Coordinate*α 相互反作用のプロローグ
___2002年9月11日、ある事件が世界を揺さぶる。きっと知らない者はいないだろう。
アメリカ同時多発テロ。
ハイジャックされた旅客機がアメリカの世界貿易センターに激突したあの事件だ。
「あいつ」が死んだ。信雪が9歳の頃だった。
「あいつ」はロサンゼルス行きアメリカン航空77便に乗った切り帰ってこなかった。この世に。
「あいつ」は事故に巻き込まれて死んだ。
はずだった。
___2012年7月20日金曜日午後3時をお知らせします。
1LDKのマンション部屋にテレビの時報が響く。
___いや~、去年に引き続き今年も天災続きでしたね~
テレビの芸能人が科学の専門家相手に話を切り出す。
「古代マヤ文明の予言通り、か....」
古代マヤ文明の予言によるとこの世界は2012年で滅亡するらしい。
信雪はテレビのリモコンを掴み電源を切った。
「まだそんなん信じてるん?好い加減現実みなよ」
スマートフォンを操作しながら康夫は信雪の独り言に喰いついてきた。
康夫は信雪と同じ大学に通う同級生だ。
「ではこの天災続きをどう説明する?」
「少なくともその予言は論理的じゃないんですの~ってさゆりんが言ってた~」
ちなみに康夫は重度のネット依存症、いわばオタクだ。
さゆりんというのは康夫が好きなアニメのヒロインだろう。
「はっ!?まさか古代マヤ文明人はすでにタイムマシンを開発して....」
「ねーよ」
即答。まだ言い切ってもないのに否定された。
「なっ!?....ならなぜ古代マヤ文明人は予言できたのだ?」
「偶然だろ~?もしくはメディアのガセかも...」
康夫はゆっくり立ち上がり、パソコン用の椅子に腰掛けた。
「....不思議に思わないのか?」
信雪は康夫を目で追って質問した。
「思ってどうこうできる問題じゃないだろ~?」
康夫はパソコンを立ち上げる。
「だがしかし...」
「おっと...今からオルコットの実況始まるからこの話は終わりっつーことで」
「ま、待て!まだ話は終わって....」
信雪の声は康夫に届いていない。
すでに康夫はヘッドホンを頭に挟んでいたからだ。
こうなった康夫に何を話しかけても返事は返ってこないだろう。
信雪はため息をついた。
「....ふっ...では光秀に意見をきいて...」
「すまないが読書中だ」
縁なしメガネのイケメンが本の中身を眺めながら返事をした。
光秀は信雪と同じ大学でトップの成績を誇る天才エリート。だがいつも読書をしているせいかコミュニケーション能力は低い。
「....なっ!?博士が助手の意見を聞いてやるというのにっ!?....」
「だから助手じゃないって~」
康夫が反論する。どうやら聞いていたようだ。
喉の乾いた信雪は相手を話に乗せるのを諦め冷蔵庫を開いた。
「.....?スプライトが無いではないか....買いたしに行ってくる」
光秀が無言で頷く。康夫は聞いちゃいない。
信雪は不服だったが靴を履き部屋をでた。
『朱楽研究所』____イロハヶ丘マンション5階の514号室のドアにはそう書かれた木札が飾ってある。
設立者は「朱楽 信雪」メンバーは信雪の他に「旭 康夫」と「白川 光秀」の3人。
研究所といっても大学のサークルで、部屋は1LDKの広さしかなく、設備も望遠鏡やモーターなどといったそこら辺のスーパーでも買えるものぐらいしかない。おそらく世界で最も小さい研究所だろう。
「最近博士の威厳がなくなってきてるな....助手の目も冷たいし...」
信雪は愚痴をこぼしながらエレベーターへと向かう。
エレベーターに乗ると慣れた手取りで①のボタンを押し込む。数十秒もすれば1階についた。
エレベーターを降り、狭いメインホールを抜け外へ出ると生暖かい夏の風が信雪を包む。
すると夏の強い日差しが信雪を襲った。
ぐっ...熱い...
信雪は空を睨み返す。雲ひとつない晴天だ。
部屋は冷房がついていたため外との温度差が激しい。夏の暑さを痛感させられる。
「こんな日こそスプライトに限るな」
信雪はマンション横の自販機の前に立っていた。
小銭を投入させた信雪はスプライトのスイッチを押す。
.......出てこない。
「?確かに120円入れたはずなのだが....」
再びスイッチを押す。
........やはり出てこない。
自販機をよく見てみると下の方に小さい字で【故障中】という文字が綴ってある紙が小さく張られていた。
「なっ!?」
信雪は焦って返金レバーを何度も下へ倒す。
.....やっぱり出てこない。
「うぐっ....大切な資金がっ....」
信雪は自販機にもたれかかり、うなだれた。
......蝉がうるさく鳴いている。
しばらくして信雪は仕方ないと重心を足元に戻し、しぶしぶ歩き出した。
「仕方がない....コンビニで買うか....」
足先はマンションから最も近いコンビニへ向いていた。そのコンビニは信雪もよく行くところだ。
スタスタと歩いていると3分もしないうちに信雪はコンビニの前に立っていた。
コンビニのガラスの扉の前に立つと扉は左右にスライドして開いた。自動扉だ。
扉が開くと同時に中から出た冷気が信雪の頬を撫でる。
その冷気は日差しの暑さと絡みあい心地よい風となって外へ飛び出す。
「さすがコンビニだ...涼しい...」
「あっ!オケラおじさん!」
声がしたレジの方向に目を向けるとそこには見た目がなんとも女子高校生らしい少女が立っていた。
「オケラではない!朱楽だ!」
信雪の知り合いだ。
天音 優香、イロハヶ丘高校に通う女子高校生。信雪の年が三つ離れている従兄弟。たまに研究所に遊びにくる陽気な性格の少女だ。
「....って、どうしてお前がここにいるのだ?」
「夏休みはバイトの季節だよ~?バイトに決まってるじゃん♪」
優香はニコッと笑みを浮かべてる。
「で、オケラおじさんは何の用~?」
「オケラではないと何度言えば分かる!?朱楽だ!あ・け・ら!!」
この少女はいつも信雪の名前を間違える。『朱楽』という苗字はそうそういないのだが、名前を間違えるのは失礼だ。
「わ、分かったよ~おじさん...で、要件は?」
「うむ、スプライトの調達に....ん?」
レジの左端で売ってある商品に目がついた。
「これはなんだ?」
いつもは置いていない商品だ。信雪はよくこのコンビニには来るから分かる。
「え?ああ、それね、店長が試作品にって置いてるんだって」
「店長?ああ、あの大男か....」
「そんなこと言ってるとまた店長に怒られるよ~?」
優香は苦笑いしている。
信雪はよくここの店長、大橋 将生に世話になっている。
「で、おじさん試作品食べてみる?」
「うむ」
信雪は優香の手からプラスチックのパックを受け取る。パックの中にはゴマ団子のようなものが入ってる。
信雪は爪楊枝で刺して口に運ぶ。
「............」
微妙。不味くないが旨くもない。文字通り微妙だ。だが、とても独特な味だ。
「....で、どうなんだ?信雪」
突然、後ろから声が聞こえた。振り向くと大男が突っ立っていた。店長だ。図体がでかく、体つきもガッシリしている。
「ふむ....率直に言うと微妙だな。不味くもないし旨くもない」
「そうか....ありがとな、貴重な意見を聞かせてもらってな。今日もスプライトの調達だろ?ほらよ、スプライトだ。2、3本持ってくか?」
「ああ、三本もらおう」
店長は500mlペットボトルを放るように投げた。ペットボトルは放物線を描いて信雪の手に渡る。
信雪はレジに360円分の小銭をばら撒く。
「フッ...またいつか調達にくる。さらばだ」
「じゃあね~」
優香がコンビニから出て行く信雪に手を振った。
まだ日が高い。
そういえば研究所に戻ってやることがあったな....
信雪はスプライトを手に来た道を引き返す。
マンションの前に着くとマンション横の自販機で康夫がうなだれていた。
「....その自販機は故障中だぞ」
「さっき知ったお...」
手遅れだったか....
多分康夫も喉が乾いて飲み物を買いに部屋から出てきたのだろう。
「あぢぃ....」
信雪は無言で康夫にスプライトを渡す。
「サンキュー、ノブたん」
そう言って康夫はマンションのホールに戻る。
「俺はノブたんではない!」
康夫はエレベーターの△ボタンを押す。
外からは空を掛けて行く飛行機の轟音が聞こえる。
信雪はその飛行機を眺めていた。
...「あいつ」を思い出すな....
そうこうしてる内にエレベーターの扉が開く。
「ノブたん、エレベーター来た」
ホールの影に隠れた康夫が日差しにかかった信雪に呼びかける。
まだ飛行機の轟音は続いている。
「うむ」
信雪はエレベーターに乗り込んだ。康夫も後に続く。
エレベーターは扉を閉め、上へ上がっていく。
エレベーターが2階に差し掛かって信雪が口を開く。
「...あの事件からもう十年経ったんだな...」
「あの事件って何のこと?」
康夫が聞き返す。
信雪が呆れた顔で答える。
「何のことってお前、忘れたのか?アメリカ同時多発テロのことだぞ?」
康夫が目を丸くする。
「ちょっ、ノブたん」
「なんだ?」
軽い気持ちで返事をするととんでもない答えが返ってきた。
「アメリカ同時多発テロって....何ぞ?」
信雪は固まった。
聞き間違いかと思った。そうだ、きっとそうに違いない。
「何って、アメリカの旅客機がニューヨークのツインタワーに突っ込んだあの事件だぞ?」
「ツインタワーはまだあるじゃん」
「えっ...?」
どういうことだ...?
世界貿易センターは十年に潰れた。それに伴いツインタワーも潰れたはずだ。
「おっ...起こったではないか!2002年9月11日に!」
「だから、そんな事件起こってないって」
信雪は動揺せずにはいられなかった。
「おっ...お前は知らないのか!?」
「だから...」
康夫の言葉を遮るようにエレベーターの扉が開く。と同時にゆっくりと視線を扉の奥に向ける
そこには一人の女性が壁にもたれかかっていた。
美しく整った顔立ち。ストレートに伸びた長い金髪。スラッとした長い足。身長はそれほど高くないが美人をそのまま形にしたような見るからに外国人の少女だった。
「あいつ」だ...
10年前に事故に巻き込まれたはずの「あいつ」がここにいたのだ。
しかも姿も形もそのままだ。
10年も経っているのに全然老けていない。
「な…なぜだ...」
信雪は震えてままならない足取りでその少女に近づく。
「お前は....」
口が震えてうまくしゃべれていない。
「ど、どうしたの...?」
少女は動揺し始めた。だが、次の信雪の発した言葉で完全に動きが止まった。
「お前はっ!....あのとき...死んだのではなかったのか.....?」