表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
アークI「逃亡と日常」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/24

第二十四話「1人分の飯は、量の調整が難しい」



 朝、離れの扉が開いていた。


 中は空だった。


 布団は畳んであった。窓は開けてあった。空気を入れ替えたのだろう。テーブルの上に、紙が一枚置いてあった。


「お世話になりました。出汁の取り方、忘れません。大根、お願いします。――フィオナ」


 短い手紙だった。


 フィオナの字は、包丁さばきと同じで不揃いだった。しかし丁寧に書いてあった。


 手紙を折って、書斎の引き出しに入れた。


 (行ったのか)


 畑に出た。


 大根が並んでいた。昨日フィオナと一緒に抜いた場所だけ、穴が空いていた。


 風が吹いた。


 静かだった。



 *



 朝飯を作った。


 1人分。


 汁物と漬物。いつも通りだ。


 出汁を取った。自分で取った。フィオナに教えた方法と同じだ。


 器に注いだ。1つ。


 食べた。


 美味かった。いつも通りだ。


 (……いつも通りだ)


 食器を洗った。1枚。


 棚に戻した。棚の中に、フィオナがいつも使っていた器があった。洗ってあった。フィオナが出発前に洗ったのだろう。


 (……律儀な奴だ)


 台所が、少し広く感じた。



 *



 畑仕事をした。


 大根に水をやった。葉の状態を確認した。間引いた跡を整えた。


 全て一人でやった。フィオナがここに来る前は、全て一人でやっていた。何も変わっていない。


 (何も変わっていない)


 昼飯を作った。1人分。


 根菜の煮物。昨日の残りの芋を使った。フィオナが煮た芋だ。味が染みていた。


 一人で食べた。


 (……量の調整が難しい)


 2人分を作る手が染みついていた。無意識に根菜を多めに切る。出汁を多めに取る。器を2つ出しかける。


 2つ目の器を棚に戻すとき、手が少しだけ止まった。


 (……癖になっている)


 午後、丘に行った。


 行く理由はなかった。フィオナの修行を見守る必要はもうない。しかし足が向いた。


 丘は空だった。風が吹いていた。


 フィオナが座っていた石の上に、誰もいなかった。草が風で揺れていた。


 (……BGMは聞こえない)


 フィオナの魔力がないから、聞こえないのだろう。


 あの旋律が聞こえなくなったことで、フィオナの不在が確認された。


 丘を下りた。



 *



 夕飯を作った。1人分。


 汁物と炒め物。いつも通りだ。


 食べ終わって、食器を洗った。1枚。


 エマが台所に来た。


「坊ちゃま」


「何だ」


「……お寂しいですか」


「寂しくない」


 (また嘘をついた)


「……坊ちゃま」


「何だ」


「糸が、細くなってはおりません」


「……何の話だ」


「フィオナ様との糸です。距離が離れても、太さは変わっておりません。むしろ」


「むしろ?」


「……少し、太くなったかもしれません」


 エマはニコニコしていた。しかし今日のニコニコは、坊ちゃまを励ますためのニコニコだった。


「距離と糸の太さは関係ないのか」


「縁の糸は、距離では変わりません。関係の深さで変わります」


 エマが「縁の糸」という言葉をはっきり使ったのは、初めてだった。


「……エマさん」


「はい」


「糸のことは、いつか詳しく聞かせてくれ」


「はい。いつでもお話しいたします」


 エマは台所を出ていった。


 (縁の糸。距離では変わらない。関係の深さで変わる)


 (フィオナが王都に行っても、糸は細くならない)


 (それは、つまり)


 考えるのをやめた。



 *



 夜。


 窓の外を見た。


 離れの明かりは灯っていなかった。


 当然だ。フィオナはいない。離れは空だ。


 昨日まで毎晩見ていた明かりが、消えていた。消えたのではなく、灯る人がいなくなったのだ。


 (……暗い)


 暗さに気づいた。離れの明かりが灯らない夜は、こんなに暗かったのか。


 フィオナが来る前は、毎晩こうだった。離れは空で、明かりは灯らなかった。それが普通だった。


 しかし「普通」が変わっていた。明かりが灯っている夜が「普通」になっていた。灯らない夜が「異常」になっていた。


 (……いつから変わったんだ)


 (いつからフィオナがいることが「普通」になった)


 麻衣に手紙を書いた。


「リリア様。フィオナが本日、学園に戻りました。延長申請の結果はまだわかりません」


 書いてから、もう一行加えようとした。


 何を書くべきかわからなかった。


 「寂しい」とは書けなかった。「心配だ」とも。「戻ってきてほしい」とも。


 どれも本当のことだったが、どれも手紙には書けなかった。


 封をした。


 明日も朝飯を作る。1人分を。


 離れは暗いままだろう。明後日も。その次の日も。


 (フィオナ。延長が認められますように)


 「認められますように」と思ったことに、自分で少しだけ驚いた。


 祈ったのは、前世を含めて初めてかもしれなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ