第二十二話「残り7日の献立」
あと1週間になった。
フィオナの学園復帰まで、あと7日。
何も変わらなかった。朝起きて、畑に出て、フィオナが「おはようございます」と言って、大根を見て、飯を作って、食べて、修行に行って、帰ってきて、飯を作って、食べて、寝る。
何も変わらなかった。
ただ、毎日の献立を考えるとき、「残り何回」を数えるようになった。
(朝と夕で2食。7日で14食。ただしフィオナが出発する日の夕食は作れないから、13食)
(13食分の献立を考えなければならない)
(……何を考えているんだ。いつも通り作ればいい)
しかし「いつも通り」に意味が変わっていた。「いつも通り」が「残り13回のうちの1回」になっていた。
*
朝飯を作った。汁物と漬物。いつも通りだ。
フィオナが出汁を取った。手つきは安定していた。もう教えることがほとんどなかった。
「今日の出汁、いい色してるな」
「本当ですか」
「ああ。合格だ」
何度目かの「合格」だ。最初の合格のときのような感動はもうない。しかし、安定して合格を出せることが、フィオナの成長だった。
「……あなたに合格って言われるの、最初は意味わからなかったんですけど」
「今は」
「今は、ちょっと嬉しいです」
さらっと言った。フィオナはいつもそうだ。重要なことをさらっと言う。
「……そうか」
「そうです。あと何回言ってもらえるかわからないですし」
(あと何回)
フィオナも数えていた。俺が献立を数えているように、フィオナも「合格」の回数を数えていた。
「……合格は、何度でも出す。出汁が合格なら」
「じゃあ、毎日合格出してください」
「出汁の出来次第だ」
「毎日合格出しますよ。見ててください」
フィオナは汁物を器に注いだ。湯気が立った。
*
午後、丘で修行を見た。
フィオナの光が、今日は特に強かった。丘の草が金色に光った。
修行が終わって、隣に座った。
「ランベルトさん」
「何だ」
「学園に戻ったら、料理する場所がないんですよね」
「寮か」
「はい。寮は共用の食堂で、台所は使えないんです」
「……そうか」
「せっかく覚えたのに、使う場所がない」
フィオナは草を引き抜いて、指の間で転がしていた。
「……ここに、台所がありますから」
「……何が言いたい」
「延長が認められたら、戻ってきます」
「……そうか」
「認められなかったら」
フィオナは草を投げた。
「……認められなかったら、どうしましょうね」
「……俺に聞くな」
「誰に聞けばいいんですか」
「学園の事務局だろう」
「事務的な話じゃないんですけど」
(事務的な話じゃない)
(じゃあ何の話だ)
「……延長が認められなくても、大根は畑にいる。逃げない」
「また大根」
「大根は事実だ」
「大根の話をしてるんじゃないんですけど」
フィオナは少し不機嫌そうな顔をした。しかし怒ってはいなかった。
「……わかりました。大根がいるなら、いいです」
「何がいいんだ」
「いいんです」
フィオナは立ち上がって、丘を下り始めた。
(何がいいんだ。本当にわからない)
(しかし、フィオナが「いい」と言ったなら、いいのだろう)
*
夕飯を作った。いつもより少しだけ手をかけた。
根菜の煮物を丁寧に味付けした。漬物の切り方を揃えた。汁物の出汁を二度取りした。
「今日、なんか豪華じゃないですか」
「そうか。いつも通りだ」
「嘘。煮物の味付け、いつもより丁寧ですよ」
「……気のせいだ」
「気のせいじゃないです。味でわかります」
(……わかるのか。フィオナは俺の料理の微妙な違いがわかるようになっている)
食べ終わって、食器を洗った。
「残り6日ですね」
「ああ」
「明日は何作るんですか」
「……まだ決めていない」
「じゃあ、私がリクエストしてもいいですか」
「何だ」
「最初に食べた料理。大根の炒め物。あれが食べたいです」
大根の炒め物。フィオナがここに来て、最初に俺が作った料理だ。
「……ああ。作る」
「ありがとうございます」
フィオナは離れに帰っていった。
離れの明かりが灯った。
(残り6日)
(6日分の献立は、もう頭の中に並んでいた)
(1日目、大根の炒め物。フィオナのリクエスト)
(2日目以降は、まだ考えていない。しかし「残り」を数えている時点で、考えているのと同じだ)
献立表を書いた。紙に、7日分。
書き終えてから気づいた。
(……これは、献立表ではない)
(カウントダウンだ)
窓の外で、離れの明かりが揺れた。




