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俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
アークI「逃亡と日常」

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第十八話「ファイン兄様がおかしいです」



 手紙が届いた。麻衣からの5通目。


 最近、手紙の頻度が上がっている。報告事項が増えているからだ。


 封を切った。



「ランベルト様。お手紙ありがとうございます。ご報告の件、承知いたしました」


 前回の俺の手紙は、フィオナがヒロインだとわかったこと、距離を取ろうとして失敗したこと、攻略対象が3人来たことを報告した。「第三の提案については誤解です」とも書いた。


 麻衣の返事は、そこには触れなかった。触れないということは、信じていないということだ。


 (……麻衣。お前の沈黙は雄弁だ)



「さて、こちらの状況をお伝えいたします。最近、少し気になることがございまして」


 (気になること。麻衣が「少し気になる」と書くときは、実際には「かなり気になる」だ。営業事務時代からの癖だ)



「ファイン兄様が、このところ私の行動を注意深く観察されているように感じます」


 (ファイン)


 攻略対象③。天才魔法師。麻衣の「推し」。そして、リリアの兄という設定の人物。


「具体的には、私が書斎で手紙を書いているときに偶然を装って通りかかる頻度が増えました。また、先日は「リリア、最近よく手紙を書いているね」と話しかけてこられました」


 (……フィオナの手紙の頻度に気づいている)


「さらに気になるのは、ファイン兄様が私の言動に対して「不自然だ」という目を向けることがあることです。表情には出されませんが、あの方は観察力に長けています。私が「リリア」として振る舞っているとき、何かがずれていることに気づいている可能性があります」


 手紙を置いた。


 (ファインが、麻衣の正体に気づきかけている)


 ロードマップの伏線管理表に「ファインの探偵行動」がある。ファインが麻衣の言動を「おかしい」と感じ始めるのは、まさにこの時期だ。


 しかし、ロードマップは俺の記憶の中の話だ。実際にどう進むかはわからない。


 問題は、ファインが麻衣の正体に気づいた場合、何が起きるかだ。


 (麻衣は「リリア・ルーシェ」として生きている。前世の記憶を持つ転生者だということは、誰にも知られていない)


 (それがバレたら――何が起きるかわからない。この世界に「転生」という概念があるかどうかもわからない)


 手紙の続きを読んだ。



「現時点では直接的な問題はございません。しかし、ファイン兄様の観察が続くようであれば、手紙の頻度を下げるか、内容をより慎重にする必要があるかもしれません」


 (手紙の頻度を下げる)


 それは困る。手紙は俺と麻衣をつなぐ唯一の回線だ。それが制限されるということは、情報が遮断されるということだ。



「最後に、前回のご質問にお答えいたします。フィオナ・エルストは、ゲーム内で攻略対象全員の好感度を上昇させる存在です。つまり、攻略対象がフィオナの近くに集まることは、ゲームの仕様通りです。ランベルト様の農村に攻略対象が訪れているのは、フィオナ様がそこにいらっしゃるからです。これは避けようがありません」


 (避けようがない)


 知っていた。知っていたが、麻衣に言語化されると重さが違う。



「ただし、ゲームの仕様に含まれていない事象が一つございます」


「攻略対象がフィオナ様ではなく、ランベルト様に好意的な反応を示していることです。レオン殿下の『良い場所だ』、シャール殿の修繕行動、クロード殿の観察行動。いずれも、ゲームのシナリオには存在しない展開です」


 (ゲームのシナリオに存在しない展開)


「ランベルト様。攻略対象があなた個人に興味を持つということは、ゲームの外側で何かが起きている可能性があります。慎重にお過ごしくださいませ」



 手紙を折りたたんだ。


 (ゲームの外側で何かが起きている)


 (攻略対象が当て馬に興味を持つ。それはシナリオにない)


 (なぜだ)


 答えは出なかった。



 *



 返事を書いた。


「リリア様。ファインの件、承知した。手紙の内容はこちらも慎重にする。頻度を下げる必要があるなら、指示してくれ」


 (訳:ファインの動きは危険だ。お前を守るための手紙が、逆にお前を危険にさらしているなら、頻度を調整する)


「攻略対象の件については、引き続き注視する。こちらでも情報を集める」


 (訳:なぜ攻略対象が俺に興味を持つのかわからない。わかったら報告する)


「お前も気をつけろ」


 最後の一文は、貴族の文体を外れていた。兄としての言葉だった。


 (……直すべきか)


 直さなかった。



 *



 午後、丘にフィオナの修行を見に行った。


 「見に行った」と自分で認めた。「雨だから」とか「道案内だから」とか、言い訳はもう使わなかった。


 フィオナは丘の上で魔力石を光らせていた。


 光が強かった。農村に来た頃とは明らかに違う。持続時間も長くなっている。


 俺は少し離れた場所に座って、見ていた。


 そのとき、また聞こえた。


 (……)


 音。


 かすかな旋律。前に丘で聞こえたのと同じだ。風の音に混じって、ほとんど聞き取れない。しかし、確かに何かが鳴っている。


 前は「気のせいだ」と処理した。


 今回は、少しだけ耳を澄ませた。


 (……やっぱり聞こえる)


 旋律は前と同じだった。穏やかで、少し切ない。ゲームのフィールド曲に似ている。しかし、完全には一致しない気がする。記憶が曖昧だから、判断できない。


 フィオナの魔力が弱まると、音も消えた。


 (フィオナの魔力と連動している)


 (魔力が強くなると聞こえて、弱くなると消える)


 (これは風の音ではない)


 確信には至らなかった。しかし「気のせい」とは思えなくなっていた。


 (……麻衣に報告すべきか)


 報告すべきだ。しかし、麻衣への手紙の頻度を下げる必要があるかもしれない今、何を優先して書くべきか。


 フィオナが目を開けた。


「今日も良かったですか」


「……ああ。良かった」


「見ててくれてありがとうございます」


 フィオナは額の汗を拭いた。空が夕焼けに染まり始めていた。


「帰りましょう」


「ああ」


 丘を下りながら、フィオナが言った。


「あなた、さっきぼーっとしてましたよね」


「……していない」


「してました。何か聞いてるみたいな顔してました」


 (……見えていたのか)


「風の音を聞いていただけだ」


「風?」


「丘は風が強いだろう」


「まあ、確かに」


 フィオナはそれ以上聞かなかった。


 屋敷に着いた。夕飯を作った。2人で食べた。


 フィオナが離れに帰るとき、振り返った。


「あなた、今日はちゃんと目合わせてくれましたね」


「……努力した」


「努力の結果、目が合うんですね」


「そうだ」


「……変な人」


 フィオナは笑って、離れに帰った。


 離れの明かりが灯った。


 俺はそれを見て、麻衣への追伸を考えた。


 (ファインの件。BGMの件。フィオナがヒロインだと知った上で、距離を取れなかった件)


 (報告すべきことが多すぎる)


 (しかし、手紙の紙面には限りがある)


 窓の外で、離れの明かりが揺れた。


 フィオナが起きている。


 今夜もまた、見てしまった。


 しかし今日は、見ないふりをしなかった。



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