第十四話「妹の返事は、いつも核心を突く」
手紙が届いた。
麻衣からの4通目だ。封蝋を見た瞬間、胸の奥で何かが緊張した。
前回の手紙でフィオナの名前を送った。麻衣はゲームを全ルートコンプしている。フィオナ・エルストが何者なのか、麻衣ならわかるはずだ。
書斎に入って、封を切った。
「ランベルト様。お手紙ありがとうございます。お元気そうで何よりです」
(訳:本題に入る前の前置き。麻衣が丁寧に書くときは、中身が重い)
「さて、お尋ねの方について調べましたところ、学園の記録に確かに名前がございました」
(訳:調べた。見つかった)
「フィオナ・エルスト。平民出身、光の魔力持ち、王立学園特待生。学業成績は優秀で、特に魔力制御の分野で高い評価を受けております」
ここまでは知っていた。フィオナが自分で言っていたことと一致する。
次の段落に目を移した。
「なお、私の記憶が正しければ、この方は『Eternal Crown』においてかなり重要な役割を担う人物です。具体的には、全ルートの起点となる中心人物であり、言い換えれば、物語の軸でございます」
手が止まった。
(全ルートの起点)
(物語の軸)
(それは)
「念のため確認いたしますが、ランベルト様。その方は――ヒロインです」
手紙を持つ手が、少しだけ震えた。
(ヒロイン)
フィオナ・エルスト。
『Eternal Crown』の、ヒロイン。
ゲームの中心人物。攻略対象4人全員が恋をする相手。物語を動かす起点。
俺が、毎日飯を作っている相手。
出汁の取り方を教えた相手。
離れに住んでいる相手。
(……ヒロインだったのか)
手紙の続きを読んだ。手が震えていたが、読まなければならなかった。
「ランベルト様が以前仰っていた「近隣の方」がこの方であったとすれば、状況はかなり複雑です。ヒロインが農村にいるということは、攻略対象がそこに集まる可能性がございます」
(もう集まっている)
(レオンが来て、シャールが来て、クロードが来た)
(攻略対象4人のうち3人が、もう来ている)
「ヒロインと長期的に接触している人物は、物語の流れに巻き込まれます。これは避けられません」
(避けられない)
「ランベルト様の当初のご方針は「関わらない」ことだったと記憶しておりますが、現状は大きく逸脱しているように見えます」
(逸脱している。大きく逸脱している。離れに住まわせている。料理を教えている。毎日一緒に飯を食べている。これを「逸脱」と呼ぶのは控えめすぎる)
「対策を講じる必要がございます。以下、私の提案です」
(麻衣の提案が来る。営業事務時代のメール形式だ。箇条書きは手紙の中では使えないが、麻衣なりに整理して書いている)
「第一に、距離を取ること。毎日の食事を共にすることは、ゲームにおいてフラグ成立の条件に極めて近い行為です」
(毎日の食事がフラグ条件に近い)
(言われてみれば、そうだ。ゲームにはだいたい「好感度が一定以上になるイベント」がある。一緒に食事をする回数は好感度に直結するだろう)
(俺は、何回一緒に飯を食べた)
(数えたくない)
「第二に、攻略対象との接触を最小限にすること。既に3名が来訪されているようですが、これ以上の接点は危険です」
(これ以上の接点は危険。しかし、レオンもシャールもクロードも「また来る」と言った)
「第三に――」
手紙が、ここで少しだけ文体が変わっていた。貴族令嬢の硬い文体から、ほんの少しだけ柔らかくなっていた。
「第三に、ランベルト様ご自身のお気持ちをご確認ください。距離を取る必要があるのは、フラグを避けるためだけではございません。ランベルト様のお手紙には、最近、その方に関する記述が増えております。前回のお手紙の「大変真面目な方です」という一文は、報告には不要な情報でした」
(……)
(見抜かれた)
(「大変真面目な方です」を消さなかったことを、麻衣は正確に拾った)
「恐れながら申し上げます。ランベルト様は既に、その方に対して「報告者」の立場を超えた感情をお持ちではないでしょうか」
手紙を置いた。
置いてから、窓の外を見た。
畑が見えた。大根が並んでいた。離れの前で、フィオナが魔力石の修行をしていた。石が光って、消えて、また光る。
いつもの光景だった。
しかし今は、その光景の意味が変わっていた。
あそこにいるのは「正体不明の旅人」ではない。
ゲームのヒロインだ。
(……ヒロインだった)
(最初からヒロインだった)
(だから攻略対象が集まってくるんだ。フィオナがここにいるから、レオンもシャールもクロードも来た。物語がフィオナの周りで動いている)
そして俺は、その渦の中にいる。
当て馬が、ヒロインの隣にいる。
(……麻衣。お前の言う通りだ)
(俺は、逸脱している)
*
返事を書いた。
「リリア様。ご報告に深く感謝いたします。ご指摘の通り、状況を正確に認識できておりませんでした」
(訳:フィオナがヒロインだとは思っていなかった。完全に想定外だった)
「ご提案の第一、第二については、直ちに実行に移します」
(訳:距離を取る。攻略対象との接触も減らす。……できるかどうかはわからないが、努力する)
「第三のご指摘については、お心遣いに感謝いたしますが、誤解でございます。報告の文体に不備があったことをお詫び申し上げます」
(訳:「大変真面目な方です」は事実の報告だ。感情ではない。断じて。たぶん)
書き終えて、封をした。
「誤解でございます」と書いた。
誤解かどうかは、わからなかった。
*
昼飯の時間になった。
フィオナが離れから来た。いつも通りだ。
「今日は何作るんですか」
「……根菜の煮物だ」
「手伝います」
「……いい。今日は一人で作る」
フィオナが少しだけ目を丸くした。
「珍しいですね。いつも手伝えって言うのに」
「今日は量が少ないからだ」
「ふうん」
フィオナは石の上に座って、畑を眺めていた。いつもの場所だ。
俺は台所で煮物を作った。一人で作った。
麻衣の手紙が頭の中を回っていた。「距離を取ること」。「フラグ成立の条件に極めて近い行為」。「報告者の立場を超えた感情」。
(距離を取る。距離を取ればいい。簡単なことだ)
(料理は一人で作る。食事は別々にする。修行にも付き合わない。離れの明かりも確認しない)
(簡単なことだ)
煮物が出来た。
器に盛った。
2人分だった。
(……)
(2人分作った)
(無意識に、2人分作った)
フィオナを呼んだ。「できた」と。
距離を取ると決めて、最初にしたことが「フィオナを呼ぶ」だった。
(……麻衣。申し訳ない。第一の提案は、初日から失敗した)
*
夕方、離れの明かりが灯った。
確認していないつもりだった。
しかし、窓の外を見たとき、視線は自然と離れに向いていた。
明かりは灯っていた。いつも通りだ。
(明日から距離を取る。明日から)
「明日から」という言葉が、すでに敗北の証だということに、気づいていた。
しかし今夜だけは、もう少しだけ、離れの明かりを見ていたかった。
(……見ていたかった、と思ったことを、麻衣には報告しない)




