シズルの誕生日
その後も、二人は仲睦まじく過ごしていた。
仕事を終えて同じ道を歩き、温かい食事を分け合って、静かに抱きしめ合う。
しかしある日、ヤンは窮地に立たされていた。
シズルの誕生日に、何をプレゼントすればいいのかと。
これまで、互いに誕生日など意識したこともなかった。しかし先日、知ってしまったのだ。
同僚の男が発した言葉によって。
「シズルもうすぐ誕生日じゃん、飯でも行くか?」
シズルは、恋人がいるからとその誘いを断っていた。
ヤンは別に行ってもいいと伝えたものの、シズルがそれを拒んだのだ。
「あいつと行くくらいなら、ヤンと一緒に過ごしたい」
ヤンは嬉しさのあまり抱きつきそうになるものの、ここは会社であると気を引き締めた。
そして当日に、何かを贈りたいとも思っていたのだ。
真っ先に思いついたのは、お揃いのもの。
マグカップや皿といった雑貨にはじまり、ペアリングやネックレスなど身につけるものまで。
互いに持つ姿に思わず笑みを浮かべるものの、ふとこれまでのヤンの苦い経験とシズルの物がなさすぎる部屋が頭をよぎり冷静になる。
物が多すぎても、別れた時に辛い。
相手が望まない物を贈っても、迷惑になるだけではないのかと。
しかし、二人の愛を示す確かな物がほしかった。
ヤンは立ち尽くし、深く息を吐く。
今日も仕事帰りに、様々な店を巡っていたのであった。
衣服も好みがある、雑貨は嵩張る、アクセサリーは重すぎるのではないか。
筆記用具では味気ない。料理やケーキをつくろうにも、ヤンにはハードルが高すぎた。
「どうすればいいんだ……」
あれこれ悩んでいるうちに、ついに誕生日当日を迎えてしまう。
その日は、シズルの家で祝う予定であった。
ヤンは朝から会社で祝いの言葉を伝え、から回っていた。
いつもしないミスをして、怒られる。何度も物を落としては、周囲に拾われていた。
そのたびに、シズルは心配そうな視線をおくる。
「ヤン、どうした?大丈夫?」
「大丈夫だ……」
退勤後に並んで歩く帰り道、夕焼けに伸びる影は寄り添っているはずであるというのに、なぜかその心だけが互いに遠く感じられていた。
いつものように床に座り、ヤンはシズルの手料理が並ぶのを待っていた。
その間も、その身はそわそわと落ち着きがなかった。
シズルは少しでも元気が出るようにと、ヤンのぶんを多くよそった。
ついに食べ始めようとしたその時、ヤンはシズルに向けて頭を下げていた。
「誕生日、本当におめでとう。そして、ごめん。プレゼント……悩みすぎて準備できてない」
と、正直に打ち明けたのであった。
シズルは笑いながら、こう言った。
「その気持ちだけで、嬉しいよ。ヤン、ありがとう」
料理が冷める前にと、シズルはヤンの肩に手を置いた。
「顔を上げて?ヤンと一緒に食べたくて、今日はうんと張り切ったんだから」
ヤンは静かに顔を上げ、眉を寄せていた。
「シズル、ありがとう。本当にごめん」
「いいんだよ。こんど一緒に、何か買いに行こう?」
こうして二人は料理を食べはじめ、ヤンはせめてものお祝いにと皿洗いを申し出ていた。
不器用ながら励むヤンの姿を見て、シズルはあることを思いつく。
「物もいいけど……。こんどさ、一緒にケーキでも作らない?」
思わず、ヤンの手がぴたりと止まる。
シズルは照れくさそうに笑っていた。
「俺、お菓子作りは苦手でさ。でも……ヤンと一緒なら、きっと楽しいと思うんだ」
その笑みに負けて、ヤンは小さく頷いていた。
「……ああ、やろう。シズルと一緒なら、俺も。頑張ってみる」
抑えきれない想いが、ヤンの胸に満ちていく。
形だけが、愛ではないのだと。
同じ時間を重ねていくこと。
それが、何より確かな贈り物であるのだと。
あたたかな湯気がまだ残るキッチンで、二人は静かに笑い合う。
「楽しみだなぁ……。どんなケーキにする?」
「やっぱり、ショートケーキじゃないのか?」
「簡単かな?」
「さあ……」
「失敗しても、ぜんぶ食べような」
「もちろん」
二人はさっそく、レシピを調べるのであった。




