ヤンの変化
その日を境に、ヤンは少しずつ変わりはじめる。
掃除も、生活も、その匂いさえも。
シズルという恋人ができたことで、すべてがゆっくりと整いはじめていくのであった。
職場の仲間たちも驚き、ヤンに声を掛ける者の数は以前より多くなっていた。
「ヤン、何かいいことあったのか?」
「最近なんだか、嬉しそうね」
「……実は、恋人ができたんだ」
その言葉に、周囲はかすかに色めき立つ。
「相手は?」
そう問われたものの、視界の端でシズルが強く首を振るさまを目にしたヤンは静かに答える。
「秘密。照れ屋なんだ」
シズルは遠くで、顔を赤くさせていた。
しかし周囲はそれに気づくことなく、ヤンを質問攻めにしていた。
「付き合ったきっかけは?」
「告白は、どっちから?」
「今日中に片付けないといけない仕事が、山ほどあるから」
軽やかにいなし、ヤンはシズルの隣へと座る。
「すごいな、ヤン。人気者じゃないか」
しかしヤンは、眉間に皺を寄せていた。
「全然、嬉しくない。シズルとの時間が減る」
その姿は以前のヤンのままで、思わずシズルは小さく笑った。
「じゃあさ、今日の夜……また家に行ってもいい?」
「もちろん。今朝も掃除してきたばかりだ」
二人は並んで仕事に励み、帰りも同じ道を歩いていた。
道中コンビニに立ち寄り、食料を買い込む。
大きな袋を抱えて扉を開ければ、清潔感漂う部屋が広がっていた。
冷蔵庫にデザートをしまうシズルの背に向けて、ヤンが不意に声を落とす。
「そういえば、シズルの家にはいつ呼んでくれるんだ?」
袋を置きながら、シズルは少しだけ照れたような声で答えた。
「俺の家、物少ないしつまんないと思うけど……いい?」
「いい。行ってみたい」
「じゃあ、明日は俺の家で夕飯食べよう。適当に作るからさ」
その言葉に、ヤンの心は一気に舞い上がる。
シズルの家に行けるどころか、手料理まで味わうことができるのかと。
しかしそのような感情は表には一切表さず、赤くなった耳が揺れるだけであった。
シズルはその姿を見つめて、にっこりと微笑んだ。
「何にしようかな……」
「でも、無理に作らなくてもいいんだぞ?」
「ううん。俺の分のついでだから、気にしないで」
「ありがとう、楽しみにしている」
実はヤンは、料理もてんで苦手であったのだ。
普段の食事も買い食いか外食がほとんどであった。
そのため冷蔵庫の中には食材という食材はほとんどなく、加工品や酒が並んでいた。
シズルもそのことを知っており、いつもヤンに合わせていたのだ。
***
次の日、ヤンは朝からぽわぽわとしていた。
何をしても上の空で、周囲はデートかと囃したてる。
しかしそれを否定する気さえ浮かばなかった。
退勤後、シズルに連れられて部屋に入った瞬間、ヤンは息を呑んでいた。
そこは必要最低限のものしかない、静まり返った空間であったのだ。
「俺もヤンを見習って、断捨離してみたんだ」
それにしても捨てすぎなのではないかと、ヤンは思った。
テレビもなく、ソファもなく、がらんと静まりかえるその部屋にはまるで色がなかった。
ラグもないわずかに冷えた床に座れば、シズルは照れたような笑み浮かべていた。
「ヤンが家にいるの、なんかいいな」
その笑みに、胸がじわりと温かくなる。
さらにシズルは、ヤンのために朝からシチューを作ったのだという。
一口食べれば、心まで温まるようでもあった。
「おいしい。シズルは、料理上手なんだな」
「そうかな、そこまで嫌いじゃないよ」
シズルもまた、気持ちの良いヤンの食べっぷりに胸を熱くさせていた。
鍋に用意した全てを平らげた二人は、ほかほかと温まりながら静かに抱きしめ合う。
「なんか、いいな。……こういうの」
「そうだな」
シズルの指先がヤンの毛並みを撫で、そっと香りを嗅ぐ。
「あれっ、風呂入った?」
「もちろん。シズルの家に行くからと思って」
「えらいな。ありがとう」
その言葉に、ヤンはゆっくりと目を細めた。
抱きしめられる腕の中で、わずかに笑う。
じわりと広がる幸せを噛みしめながら、どうかずっとこの温度が続くようにと。




