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第1話:破滅へと誘う調和の花!

獣病院の二階、日当たりの良いベランダ。

ナラティブ・ヴェリタスは、園芸用のシャベルを片手に、小さな植木鉢と格闘していた。


「……地味ね」


ナラは、土いじりで汚れた手を払いながら呟いた。

植えているのは、『リチウムフラワー』の種だ。

先日、街角でうずくまっていた老人を助けた際、「礼に」と押し付けられたものだ。老人はフードを目深に被り、顔はよく見えなかったが、枯れ木のような手でナラの手を握り、「これを育ててくれ。世界には『調和』が必要だ」と震える声で言った。


リチウムフラワー。

それは、王都の初等教育課程における自由研究の定番である。

大気中の極微量な魔素を吸って成長し、朝になるとラッパのような花を咲かせ、微弱な魔力を放出する。その循環効率は極めて悪く、魔力リソースとしての価値は皆無。

だが、「誰でも育てられる」「害がない」という点において、この植物は平和と初心の象徴とされていた。花言葉は『調和』。


「おや、ナラ。君が植物を育てるとは、明日は雨でも降るのかな?」


バルコニーに、白衣のエラーラ・ヴェリタスが出てきた。手にはいつものように怪しげな色の薬液が入ったフラスコを持っている。


「ただの気まぐれよ。……それに、少しは『調和』ってやつを学んでみようかと思ってね。最近、血なまぐさい事件ばかりだったし」


ナラは水をやった。

水は、この世界における魔力触媒液ではなく、ただの水道水だ。リチウムフラワーは、それだけで育つ。

あまりに無害で、あまりにささやかな生命。

数日後、双葉が出た。

さらに数日後、蔓が伸び、蕾が膨らんだ。

ナラは毎朝、その成長を見るのが少し楽しみになっていた。

だが。

王都という街は、無害なものが無害なままでいることを許さない、歪んだ磁場を持っていた。


ある晴れた午後。

獣病院の前に、一人の男が立った。

よれよれのスーツに、「市民監視団」という自作の腕章をつけた中年男。名前は、誰も知らない。彼自身も忘れているかもしれない。彼はただ、「何かを攻撃したい」という欲求だけで駆動する、人形のような存在だった。

男は、獣病院の二階を見上げた。

そして、ベランダの手すりに絡まるリチウムフラワーの蔓を見つけ、口元を歪めた。

獲物を見つけたハイエナの顔だ。


「……見つけた……あれは、違法魔導植物だ」


男は懐から魔導拡声器を取り出し、最大音量で叫び始めた。


「異議あり!住民の安全を脅かす違法な魔力放出を確認!直ちに撤去せよ!」


ナラが窓を開ける。


「うるさいわね。一体何なのよあんた」


「私は『王都の空気を守る会』の代表だ! 貴様、その花がどれほどの魔力を大気中に撒き散らしているか自覚があるのか!」


ナラは呆れた。


「はああああ?…リチウムフラワーよ?小学生が育ててるやつ。魔力放出量なんて、蛍の光以下よ」


「量の問題ではない!『法の遵守』の問題だ!」


男は、分厚い法律辞典を広げた。


「『王都魔術法・第108条』!『いかなる者も、当局の許可なく、公共の場または地上において、常識的な範囲を超える魔力の放出及び吸収を行ってはならない』!」


エラーラが奥から出てきて、眼鏡を光らせた。


「ふむ。解釈の争点だな?」


男は叫ぶ。


「第一に!『地上』の定義だ!地面から離れていれば地上ではないのか?否!建物の外壁に設置されている以上、それは公共空間への侵食であり、実質的な『地上』である!」


「屁理屈ね……」


ナラが呟く。


「第二に!『常識的な範囲』とは何か?常識だ!花一株なら微量かもしれない。だがな、もし王都全土の家庭がこれを植えたらどうなる?バタフライ・エフェクトにより、魔力嵐が起きないという保証はあるのか!?」


「一体何の話なのよ!起きないわよ!」


「証明はされていない!『絶対に起きない』という論文がない限り、それは『危険』とみなされるべきだ!これは『原則』だ!」


男の主張は、論理の皮を被った言いがかりだった。

彼はリチウムフラワーが危険だとは、もちろん思っていない。そもそも花自体にも興味もない。ただ、「法律の曖昧な部分」を突くことで、相手を困らせ、謝罪させ、自分が「社会正義の執行者」になった気分を味わいたいだけなのだ。

暇つぶし。

人生の退屈を埋めるための、安価なエンターテインメントとしての抗議活動。


騒ぎを聞きつけ、野次馬が集まってくる。

その中には、暇を持て余した三流ゴシップ紙の記者や、炎上ネタを探す配信者もいた。


「おお!素晴らしい!『脱法リチウムフラワー』だ!良いネタになる!」


「有名探偵ナラティブ・ヴェリタス、ついに違法栽培に手を染めるか!?」


事態は、ナラのあずかり知らぬところで、勝手に燃料を投下され、燃え広がっていった。

情報屋のルル・オーガストが、青ざめた顔でタブレットを持ってきた。


「ナラさん、大変です。魔力通信の掲示板で議論が爆発しています」


画面には、地獄のような論戦が展開されていた。


『たかが植物だろ?』


『植物に法律の例外を認めれば秩序が崩れる!』


『そもそも植物に法律は適用されるのか?』


エラーラが解説する。


「王都魔術法の条文には、『獣人、人間、その他全ての動物及び魔獣』とある。……『植物』についての記述が……ない」


「えっ、じゃあ対象外、じゃないの?」


「法治国家において『書いていないこと』は『禁止されていない』と解釈されるのが通例だが……逆に言えば『保護もされていない』ということになるな……」


男はそこを突いてきた。


「植物への適用が明記されていないのは、立法の不備だ!だが、魔力を放出している事実は変わらない!即刻焼却処分せよ!さもなくば、私がこの手で『除草』を行う!」


男が石を拾い上げ、投げようとした瞬間、ナラは鉄扇でそれを弾き飛ばした。


「……いい加減にしなさいよ」


ナラの目が据わった。


「たかが花よ。咲こうとしているだけの命よ。……あんたのその腐った退屈しのぎのために、摘ませたりしないわ」


ナラは、冷徹な怒りを湛えていた。

だが、今回の敵は「個人」ではない。

「法の解釈」という、実体のない怪物だった。


翌朝。

獣病院のベランダにあるリチウムフラワーは、見事な「開花」を迎えていた。

薄紫色の花弁が朝露を弾き、ラッパのように開いている。その中心から、微弱な魔力の燐光が立ち昇り、朝日に溶けていく。

それは、息を飲むほど美しく、そして無害な「調和」の姿だった。


「……綺麗ね」


ナラティブ・ヴェリタスは、じょうろで水をやりながら、少しだけ口元を緩めた。

たかが花。されど花。

泥沼のような事件続きだった日々の中で、この植物だけが、純粋な生命の営みを見せてくれていた。


だが、その静寂は、下界からの怒号によって粉砕された。


「我々を無視するな! 法の平等なる適用を!」


「エルフにも『規制される権利』をよこせ!」


ナラがベランダから下を見下ろすと、そこには異様な集団が陣取っていた。

長い耳、透き通るような肌、そして環境に配慮した麻の服を纏った一団。

エルフ権擁護団体『緑の風』のメンバーたちだ。

彼らは、昨日騒いでいた「市民監視団」とは別のベクトルで激昂していた。


「どゆことよ、これ……」


ナラがリビングに戻ると、エラーラが紅茶を飲みながら、分厚い六法全書をめくっていた。


「……昨日の議論が飛び火したのだよ、ナラ。あのクレーマーが突きつけた『王都魔術法』の定義だ」


エラーラは条文を指差した。


「『獣人、人間、その他全ての動物及び魔獣』。……ここには、『エルフ』の記述がない」


「それがどうしたの? 縛られないなら自由でいいじゃない」


「いいや。彼らにとって、それは『法的な無視』であり、国家による『存在の否定』と映ったようだ」


エルフの代表者が、拡声器で演説をぶち上げる。


「王都政府は、我々エルフを『その他』にすら含めていない!これはネグレクトだ!我々は高尚な種族だが、法の下では平等であるべきだ!なぜあの花だけが議論の的になり、我々の魔力放出量は不問にされるのか!」


エルフは、生まれながらにして体内に魔力炉心に近い器官を持ち、呼吸をするように魔力を循環させている。その放出量は、リチウムフラワーの数万倍だ。

彼らの主張はこうだ。


『花ごときが規制対象になるなら、それより高エネルギー体である我々エルフが弾圧されていないのはおかしい』


逆説的な権利闘争。

「自由をよこせ」ではなく、「我々も縛れ」という要求。

彼らは、自分たちが法律という名の「国家の枠組み」から外されていることに、強烈な疎外感とプライドの毀損を感じたのだ。


「め、面倒くさい連中ね……」


ナラが頭を抱えていると、さらに別の集団が現れた。

同じエルフだが、彼らは車椅子に乗っていたり、杖をついていたりする。

『魔力障害者エルフ連盟』だ。


「『エルフなら誰もが魔力を放出している』という前提そのものが、我々への差別だ!」


「魔力を持たないエルフもいる!『エルフ=高魔力』というステレオタイプを押し付けるな!」


彼らは、先のエルフ団体に向かって石を投げ始めた。


「お前たちが『魔力を持つ者は敬われて当然』みたいな顔をするから、俺たちが肩身の狭い思いをするんだ!」


「エルフの多様性を認めろ!」


ベランダの下で、エルフ同士の内ゲバが始まった。


「規制しろ!」と叫ぶエリートエルフと、「偏見を持つな!」と叫ぶマイノリティエルフ。


彼らはリチウムフラワーのことなど、もう、見ていない。

花は単なる代替可能動機(マクガフィン)に過ぎず、彼らは自分たちのアイデンティティを叫びたいだけなのだ。


「……調和、ね」


ナラは、紫色の花を見つめた。

花言葉とは裏腹に、この花は王都の「不協和音」を可視化するレンズとなってしまった。


騒ぎは、種族間の対立へと拡大した。

昼過ぎ。

今度は、毛皮を纏った獣人の集団が、デモ行進をしながらやってきた。

彼らは手に、スプーンとフォークを持っている。

『獣人食文化保存会』。

彼らの主張は「食」だった。

リチウムフラワーの葉と茎は、古来より獣人族の間で、高級香辛料として愛されてきた。

人間で言えば、バジルやパクチーのようなものだ。

獣人の代表、豚の獣人であるシェフが、ナラの前に詰め寄った。


「ヴェリタスさん!貴女は我々の味方ですよね!? あの花を育てているのは、今夜のシチューに入れるためですよね!……ね?」


「い、いいえ。観賞用よ」


「な……なんと嘆かわしい!花を愛でるなどという軟弱な使い道は、食材への冒涜です!」


シェフは、集まった野次馬に向かって包丁を振り上げた。


「お前ら人間は、いつだって、我々の文化を『野蛮』だの『危険』だのと言って排除しようとする!」


これに対し、人間の「環境保護団体」が噛み付いた。


「野蛮なのはそっちだ! 希少な魔力植物を食べるなんて!植物の権利を考えろ!」


議論は混沌を極めた。

獣人側は「これは文化侵略だ! 人間による獣人差別だ!」と叫び、人間側は「環境保護だ! コンプライアンスだ!」と応戦する。


「……ねえ、お母様。これ、どう収拾つけるの?」


「無理だ。」


エラーラは、実験器具を磨きながら即答した。


「論点がズレまくっている。法解釈、人権問題、食文化、環境保護。……共通言語(ルール)がない以上、対話(ゲーム)は成立しない」


そこで、決定的な「燃料」が投下された。

あの最初のクレーマー男だ。

彼は、この混乱を見て、恐怖するどころか、恍惚とした表情で笑っていた。

自分が投げた小石が、雪崩を引き起こしたことへの全能感。


「そうだ!戦え!議論せよ!私が社会への問題提起をしたおかげだ!」


彼は、新たなターゲットを見つけた。

ナラがリチウムフラワーを植えていた、何の変哲もない「植木鉢」だ。

彼はその鉢の底に刻印されたメーカーのロゴを見つけ、大げさに叫んだ。


「み、見ろッ!この鉢は『グリーン・テック社』製だ! あの悪名高い魔導具メーカーだ!」


『グリーン・テック社』。

それは、王都の魔力インフラを支える魔導部品の最大手メーカーだった。

そして、その親会社の社長は――獣人だった。

クレーマー男は、拡声器のボリュームを最大にした。


「諸君! 気づかないか!? これは巨大な陰謀だ!」


彼は、独自の「点と点を繋ぐ……と称する妄想のロジックを展開した。


「なぜ『人間』のナラティブ・ヴェリタスが、『わざわざ』リチウムフラワーを育てていたのか?それは、人間を裏切ったナラティブが、獣人の食文化を広めるためだ!そして、その鉢を作ったのは獣人社長の企業だ!」


群衆がざわめく。


「つまり、獣人たちは、この花を王都中にばら撒き、魔力環境を汚染し、その対策として自社の魔導具を売りつける『マッチポンプ』を画策しているのだ! これは獣人による、王都経済の乗っ取り計画だ!」


空気が爆発した。

エルフの権利も、食文化も、環境保護も、すべてが「経済戦争」と「種族間対立」という、最も分かりやすく、最も憎悪を煽りやすい文脈(ナラティブ)へと塗り替えられた。


人間の市民たちが、獣人たちを睨みつける。


「そういえば、最近の電気代が高いのは、あいつらのせいか?」


「魔力を持たない獣人が、なぜ魔力産業のトップにいるんだ?」


「俺たちの魔力を搾取して、私腹を肥やしているに違いない!」


嫉妬。偏見。生活の不安。

それらが「獣人」というスケープゴートを見つけ、一気に噴出した。

獣人たちも黙っていない。


「言いがかりだ!我々は産業で成り上がったんだ!」


「人間の嫉妬は見苦しいぞ!」


石が、飛んだ。

誰が投げたかはわからない。

だが、その一つが獣人の子供の額に当たり、血が流れた瞬間、理性は決壊した。

獣病院の前は、暴動の最前線と化した。

エルフは魔法を放ち、獣人は爪を立て、人間は魔導具を振り回す。

リチウムフラワーの植木鉢が、誰かの流れ弾で粉々に砕け散る。

美しい紫色の花が、泥と血にまみれて踏みにじられていく。


「……あ」


砕けた鉢。折れた茎。

老人が「調和を」と言って託してくれた種が、今は憎悪の象徴としてゴミのように扱われている。


「やめなさい!花が……!」


ナラの声は、怒号の渦にかき消された。

誰も花など見ていない。

誰も「調和」など求めていない。

彼らが求めているのは、自分の不満をぶつけ、相手を屈服させ、「自分が正しかった」と確認するための「生贄」だけだ。

エラーラが、ナラの肩に手を置いた。

その表情は、諦観に満ちていた。


「……手遅れだ、ナラ。これはもう、個人の喧嘩ではない。『構造』の軋みだ」


エラーラは、遠くに見える王宮の方角を指差した。


「見ろ。……いよいよ政治が動くぞ」


王都の行政庁舎から、黒塗りの魔導装甲車列が出動していた。

乗っているのは、治安維持部隊ではない。

「王都魔術管理委員会」の執行官たちだ。

彼らを率いるのは、この国の議長、ハイルマン。

彼は、「人間至上主義」を掲げる極右政党の党首であり、獣人排斥派の急先鋒として知られる男だった。

ハイルマン議長は、暴動の現場に到着すると、装甲車の上から演説を始めた。

その顔は、紅潮し、喜びに満ち溢れていた。

彼は待っていたのだ。弾圧のための、これ以上ない「口実」を。


「親愛なる、王都市民よ!」


ハイルマンの声が、魔導拡声器によって王都中に響き渡る。


「この暴動の原因は明らかだ!『魔力の乱用』である!一部の不届きな獣人が、無秩序に魔力を操作し、自然の調和を乱した結果だ!」


彼は、砕けた花の残骸を指差した。


「たかが植物?否!これは『魔力汚染』の始まりだ! 獣人たちは、植物を使って我々の大気を毒そうとしたのだ!そして、それに加担したのが『グリーン・テック社』……魔力を持たぬ下等種族が、神聖なる魔力産業を牛耳るという、異常事態である!」


論理の飛躍。デマゴーグ。

だが、興奮状態の群衆には、それが「真実」として響いた。


「規制しろ! 奪い返せ!」


ハイルマンは、満足げに頷き、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

それは、すでに用意されていたであろう、新しい法案だった。


「──よって、私はここに『魔力安全確保法』の即時施行を宣言する!」


ハイルマンが高らかに読み上げる。


「第一条!王都全域における、『屋外での魔力使用の全面禁止』!」


「第二条!獣人による魔導具の製造・販売の禁止! グリーン・テック社の即時接収!」


「第三条!全ての魔力植物の焼却処分!」


ナラは耳を疑った。


「……は?全面禁止?馬鹿なの?正気なの?」


この世界において、魔力とは電気であり、ガソリンであり、通信網だ。

それを「屋外で禁止」するということは、街灯が消え、魔導車が止まり、通信が途絶えることを意味する。

文明生活の放棄。

だが、ハイルマンは叫ぶ。


「安全のためだ!多少の不便は、愛国心で耐え抜こうではないか!」


狂気。

だが、群衆は拍手喝采した。

彼らは、自分たちの首が絞まることにも気づかず、「『敵』が罰せられる」という快感だけに酔いしれていた。

彼らは自腹を切ってでも、他人を貶めたいのだ。


王都の結界塔の明かりが消えた。

街灯が消えた。

走っていた魔導車が、その場で停止し、立ち往生する。

暖房が切れ、通信機が沈黙する。

王都は、静寂と闇に包まれた。

ただ、ハイルマンを照らすスポットライトだけが、白々しく輝いていた。

ナラは、ベランダの手すりを握りしめ、震えた。


「……馬鹿げてる。たかが、たかがよ?たかが花一輪のために……国を殺す気?」


「国ではないよ」


エラーラが、冷めたコーヒーを飲み干した。


「彼らが殺したのは、『寛容』だ。……そして、寛容を失った社会は、自壊するしかない」


リチウムフラワーの「調和」という花言葉。

それは皮肉にも、「全員が等しく不幸になる」という最悪の形で実現されようとしていた。

社会全体が、仲良く手を繋いで、破滅の崖へと飛び込んでいく。

ナラは、屋内の魔導水晶を見た。

まだ辛うじて動いている放送で、ハイルマン議長の顔が大写しになっている。

勝利に酔いしれるその顔。

ナラは、息を呑んだ。


「う……嘘……」


その顔に見覚えがあった。

スーツを着て、整髪料で固めているが、その骨格、目つき。

それは、あの日、街角でうずくまり、ナラにリチウムフラワーの種をくれた――

あの老人そのものだった。

ナラは戦慄した。

あの老人は、被害者ではなかった。

最初から、この騒動を起こすために、ナラという「有名人」を利用し、(ミーム)を植え付けたのだ。

自作自演。

マッチポンプの点火役。

ハイルマンが、画面越しにナラに向かってウィンクしたように見えた。


『ありがとう、探偵さん。君のおかげで、美しい花が咲いたよ』


ナラの視界が暗転する。

枯れ果てた花の残骸が、風に吹かれて虚しく舞った。

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