第1話:人を殺した感想はいかがですか(1)
王都の中央広場は、巨大な石の皿のようだった。
真昼の太陽が容赦なく降り注ぐ。
そこに集まった数千の人間の体温と、汗と、化粧品の匂いが混ざり合い、粘着質な空間を形成していた。
休日。
色とりどりの服を着た群衆が、広場を埋め尽くしている。大道芸人が投げる鞠の軌跡、屋台から立ち昇る油の煙、風船売りの持つ極彩色の球体。平和という名の、退屈な時間が、底に沈殿していた。
その澱みの中心に、一滴の劇薬が落ちた。
極彩色の衣装。顔を白塗りにし、裂けたような赤い口紅を引いた男。
ピエロ。
彼は雑踏をかき分けることなく、ただ、そこに在った。彼が歩を進めると、群衆はまるで磁力に反発するように無言で道を開ける。
ピエロは、広場の噴水の前で足を止めた。
そして、通りがかりの、くたびれた紳士服を着た男の肩を抱いた。親しげに。
男が顔を上げる。
その瞬間、ピエロの手元が閃いた。
空気を裂く音はしなかった。ただ、男の喉元に、赤い線が一本、定規で引いたように現れただけだ。
一拍の静止。
次の瞬間、鮮血が噴水のように噴き出した。
赤い飛沫が宝石のように輝き、乾燥した石畳にどす黒い染みを描いていく。
男は、何が起きたのか理解できぬまま、喉を押さえて膝から崩れ落ち、動かなくなった。
静寂。
圧倒的な、静けさ。
誰も叫ばなかった。誰も逃げなかった。誰も警察に通報しようとしなかった。
その代わり、彼らは一斉に、懐から撮影機材を取り出した。
数千の硝子の瞳が、一斉に死体に向けられた。
撮影音と録画開始の電子音が、広場の空気を埋め尽くした。
彼らの顔には、恐怖などなかった。
目の前の現実を現実として認識せず、撮影機材越しに見る現象として消費し始める。
ピエロは、満足げに深くお辞儀をした。
無言のまま、第二の獲物を選ぶ。
最前列で魔導水晶を構えていた、若い女だ。
女はピエロに手を引かれると、抵抗もせず、むしろ、私が選ばれた、という興奮で頬を紅潮させて舞台中央へ歩み出た。
ピエロは彼女を長椅子に寝かせた。
取り出したのは、錆びついた巨大な鋸。
ピエロは、鋸を彼女の腹部に当て、ゆっくりと引き始めた。
布が裂ける音。皮膚が破れる音。そして、肉と骨が削れる抵抗音。
女が口を大きく開け、苦痛に顔が歪む。
鮮血が噴き出し、女の白い服を赤く染め上げる。彼女は観衆に助けを求めて手を伸ばした。
観衆は、一歩下がっただけだった。
血が自分の服にかからない安全圏を確保するためだ。
そして、魔導水晶を回した。
苦痛に歪む彼女の顔の拡大。飛び散る肉片の鮮明な画質。彼らの目は撮影機に釘付けになっている。
太い音がして、脊椎が断たれた。
女の上半身と下半身が、物理的に分かれた。瞳から光が消える。
ピエロは切断された上半身を持ち上げ、観衆に見せつけた。内臓が垂れ下がり、石畳を汚す。
誰かが拍手をした。つられて、まばらな拍手が起きる。
それは賞賛ではない。いい画が撮れた、という、満足の合図だった。
ピエロは、次の準備にかかった。
風船売りの荷車から、大量の風船を奪い取る。魔力瓦斯が充填された、浮力の強い風船だ。
標的は、親とはぐれて泣いていた小さな男の子。
ピエロは男の子を捕まえると、その身体に縄を巻き付け、数百個の風船を括り付けた。
男の子の体が、ふわリと浮き上がる。手足を振り回し、助けを求めて口を動かすが、その声は撮影音にかき消される。
風船の浮力が重力に打ち勝ち、男の子は空へと舞い上がっていった。
観衆は、撮影機材を上空へ向けた。
青空を背景に、色とりどりの風船と、手足を振り回す子供。
誰も降ろそうとはしない。誰も石を投げて風船を割ろうとはしない。ただ、次の展開を期待して、息を殺している。
ピエロは、弓矢を取り出した。
矢を継がえ、片目を閉じて狙いを定める。
矢は正確に、風船の束を射抜いた。
乾いた破裂音と共に、浮力が失われる。
男の子の体が、重力に従って落下を始める。
観衆は、落下地点を予測し、そこへ撮影機材を向け、そして自分たちが巻き込まれないように円形に広がった。
誰も受け止めようとはしなかった。自分が怪我をする危険を負ってまで、他人の子供を助ける義理はない。ここは劇場なのだから。
濡れた雑巾を叩きつけたような、嫌な音が響いた。
男の子は石畳に叩きつけられ、動かなくなった。
風船の残骸が遅れてひらひらと舞い落ち、小さな死体を色とりどりに彩る。
連写音が鳴り響く。
死の芸術。完璧な構図。
観衆は画面で画像の出来栄えを確認し、満足げに頷き合った。
広場の熱気は、異様な高まりを見せていた。
次は何か。誰が選ばれるのか。恐怖と期待がないまぜになった、どす黒い興奮。
ピエロは、散歩の若い夫婦を選んだ。
二人は手を取り合って逃げようとしたが、投げ縄に捕らえられ、引きずり戻された。
ピエロは二人を背中合わせにして縛り上げ、太い工業用の針と、赤い針金を取り出した。
針を刺す。男の右腕と、女の左腕。皮膚と筋肉を貫通し、二人の肉体を物理的に縫い合わせていく。
二人は口を大きく開けて絶叫し、のたうち回る。だが、動けば動くほど針金が肉に食い込み、傷口が広がる。
ピエロは楽しそうに、二人を縫合していく。血が混ざり合う。強制的な一体化。
観衆の中にいる他の夫婦たちは、それを見て、無意識に互いの手を強く握りしめた。他者の不幸を香辛料にして、自分たちの幸福を確認する。その顔には、優越感に浸った醜悪な笑みが張り付いていた。
縫合が終わると、ピエロは二人を立たせ、振り回した。不自然に繋がった関節が悲鳴を上げ、骨が折れる音。
最後は、二人の首を同時に掴み、万力のような力でねじ切った。
縫い合わされた死体は、永遠に離れられない肉塊となって崩れ落ちた。
匂いがした。脂の焼ける、食欲をそそる匂い。
ピエロは、屋台の鉄板を強奪していた。その上には、小太りの商人が乗せられていた。
四肢を切断され、達磨のような状態で、熱された鉄板の上で焼かれている。
皮下脂肪が溶け出し、肉が焦げる。商人はまだ息があり、喘いでいるが、熱さから逃れる手足がない。
ピエロは金属片で商人の背中を押し付けた。
肉の匂い。それは生物として抗えない、根源的な食の誘惑。
観衆は、喉を鳴らした。
彼らは、目の前の光景が人間の調理であることを理解していながら、その匂いに生理的な反応を示していた。人肉を食らうわけではない。だが、この禁忌と猟奇を視覚情報として摂取し、脳を満たすという行為は、食人行為と何ら変わらない。
ピエロは、焼き上がった商人の肉片を切り取り、観衆の方へ放り投げた。
人々は悲鳴を上げて避けたが、その顔は笑っていた。
彼らは恐怖の娯楽を楽しんでいた。
陽が傾き、広場に影が落ち始めた。終幕の時間だ。
ピエロは、広場の隅で祈りを捧げていた修道女を引きずり出した。彼女は最後まで神に助けを求めていたが、神は来なかった。
ピエロは修道女を柱に縛り付け、燃料の入った大瓶を頭からぶちまけた。揮発性の臭気が漂う。
観衆がざわめく。
誰も水を汲みに行こうとはしない。誰も消化器を探そうとはしない。
これから起きる美しい現象を、一秒たりとも見逃したくないからだ。
ピエロは燐寸を擦り、放り投げた。
爆発的な燃焼。修道女の体が紅蓮の炎に包まれた。
肉が炭化し、骨が爆ぜる音。人間が、生きたまま松明へと変わっていく。
その瞬間、数千の撮影光が一斉に焚かれた。
広場が白昼よりも明るく輝いた。燃え盛る炎と、黒い煙、そして悶え苦しむ修道女。
それは地獄のように恐ろしく、そして皮肉にも、芸術的に美しかった。
観衆は息を呑んでその光景に見入った。死の輝き。命が消えゆく瞬間の、最大の娯楽。
彼らの瞳には燃える修道女の姿が焼き付いていたが、その心には、彼女の痛みなど届いていなかった。
修道女が灰になり、炎が消えた。




