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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 道民Xフォローして
虚無の世界の主人公
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第1話:虚無の世界の主人公

王都の酒場。

紫煙と安酒の臭い、そして欲望の熱気が渦巻くその場所で、ナラティブ・ヴェリタスは、目の前の男と怒鳴り合っていた。


「おいナラティブ!あいつの居場所を教えろ!俺は金が欲しいんだよ!そのためには看板を剥がしてでも、女房を質に入れてでも回収する!それが俺の流儀だ!」


男の名はボリス。王都でも札付きの悪徳借金取りだ。

唾を飛ばし、顔を真っ赤にして喚くその姿は、客観的に見れば明らかに社会のゴミである。

だが、ナラはニヤリと笑い、グラスを傾けた。


「いい根性ね、ボリス。あんたのその汚い欲望、筋が通っていて嫌いじゃないわ。……でも、あいにく店主は夜逃げした後よ。残念だったわね」


「なんだとぉ!クソッ、俺の執念が足りなかったか……!次だ!次こそは骨の髄までしゃぶり尽くしてやる!」


ボリスは悔しがり、テーブルを叩く。

そこには「意志」があった。自分の欲望のために走り、失敗し、自分の痛みとして後悔する。

その泥臭い「生」の熱量は、ナラにとって心地よいものだった。

隣で静かに論文を読んでいたエラーラ・ヴェリタスも、ふむ、と頷く。


「エネルギー保存の法則通りだ。彼はカロリーを消費し、感情を排出し、生きている。実存主義。現実を切り拓く者。……美しいサンプルだ」


その時だった。

軽やかなドアベルの音と共に、一人の青年が入ってきた。

その瞬間。

ナラとエラーラは、反射的に口元を押さえた。

生理的な拒絶反応。

腐った死体の臭いを嗅いだ時のような、あるいは、この世に存在してはならない「バグ」を見た時のような、根源的な不快感。

青年――カイ・ムソウは、ただ歩いているだけだった。

だが、彼が歩くだけで、世界が勝手に「整って」いく。

躓きそうになったウェイトレスが、物理法則を無視して彼の胸に飛び込み、抱き止められた。

「きゃっ、ごめんなさい! ……素敵……」と頬を染めるウェイトレス。

さらに、店内で暴れていた酔っ払いが、カイが近づいただけで勝手に足をもつれさせ、窓から飛び出して自滅した。

周囲の客がどよめく。「すげぇ! 何もしてないのに解決したぞ!」

カイは、困ったように頭をかいた。


「あーあ。静かに飲みたかっただけなんだけどなぁ。俺、なんかしちゃいましたか?……まーた勝手に『運命』が俺を勝たせちゃったよ。」


ナラは、こみ上げる胃酸を飲み込み、彼を睨みつけた。


「……何あれ。中身がない。まるで『空っぽの着ぐるみ』が歩いているみたい」


エラーラが、青ざめた顔で補足する。


「因果が切断されている。彼には『動機』も『過程』もない。結果だけが自動的に発生している。内容がない。……つまり、あれは人間ではない。『現象』だ」


何者でもない男が、何故か世界にいて、何かをしている。

その不条理な光景に、ナラの美学が悲鳴を上げた。


翌日。事件が起きた。

王都の地下遺跡から、封印されていた「復讐の魔女」が蘇ったのだ。

彼女は、かつて王族に裏切られ、一族を皆殺しにされた怨念の塊だった。空が暗転し、血の雨が降り注ぐ。


『我が痛みを知れ! 千年の恨み、今こそ晴らさん! 王都よ、血の海に沈め!』


魔女の叫びは、悲痛で、そして重かった。

彼女には戦う理由がある。背負っている歴史ナラティブがある。

ナラは鉄扇を構え、敬意を持って迎撃しようとした。


「いい声ね。……その恨み、私が正面から受け止めてあげる!タイマンよ!」


だが、その前に。

カイ・ムソウが、あくびをしながら通りかかった。


「あ、なんか敵が出た。……なんか面倒だな」


カイは、魔女を見てもいない。彼女の悲痛な言葉も聞いていない。

ただ、右手をかざしただけ。


「『聖なる光』。……発動」


天から極光が降り注いだ。

魔女の防壁も、千年の怨念も、一族の歴史も、一瞬で蒸発した。

戦いではない。事務的作業だ。

魔女は断末魔すら上げられず、自分の想いを誰にも理解されないまま、ただの経験として消去された。


「……ふぅ。レベル上がったわ。ラッキー」


そこには、達成感も、罪悪感も、相手への興味もなかった。

彼は自分が何を殺したのかさえ、理解していなかった。

ナラの中で、何かが切れた。


「……待ちくさりなさいよ、こののっぺらぼう!!」


ナラは、カイの胸ぐらを掴み上げた。


「え?なに?誰?」


「謝りなさい!!」


「は?誰にだよ?俺、街を助けたんだけど?」


カイはキョトンとしていた。本当に、わかっていないのだ。


「あの魔女にだよ!彼女には千年の恨みがあった!命を懸けた復讐という『目的』があった! それを……あんたは経験値としか見ないのか!?」


「え、でも悪い奴でしょ?倒すのが正論じゃん」


正論。

単なる、正論。

主語のない、ルールブックの、引用。

そこに、意志はない。

それは、ナラにとっての地雷だった。


「……正論?誰が決めたの?あんたの『意志』はどこにあるの?」


「意志って……。スキルが最適解を選んでくれるから、俺はそれに従ってるだけで……」


カイは、心底不思議そうに言った。


「俺、別に戦いたくないんですよ。巻き込まれ系というか。でも、向こうが勝手に倒れてくれるし、みんなが褒めてくれるから。……俺のせいじゃないですよ。全部、『スキル』のおかげですから」


ナラは、カイを突き飛ばした。

汚いものを触った手で。


「消えなさい。……あんたみたいな『主語のない男』が英雄だなんて、私が認めない」


他責。

勝っても「スキルのせい」。何かあっても「巻き込まれただけ」。

自分は悪くない。自分は何もしていない。ただそこにいただけ。

そんな透明人間に、世界を救う資格などない。


ナラは、獣病院に戻ると、電話をかけまくった。

呼び出したのは、正義の味方ではない。

かつてナラが戦い、叩きのめし、それでも意地汚く生き残っている「愛すべき悪党たち」だ。

数時間後。獣病院の裏庭には、異様な面子が揃っていた。


借金取りのボリス。

爆破の美学に命を懸けるテロリスト、ジン。

以前ナラを監禁しようとした怪人、ミロク。

そして、強欲な悪徳女商人、マダム・ロゼ。


「……何の用だい、探偵。また俺たちを警察に売る気か?」


ジンが爆弾を弄りながら睨む。


「違うわ。……ムカつく奴がいるのよ」


ナラは、カイ・ムソウの話をした。

努力も苦悩もなく、ただ「なんとなく」で全てを手に入れ、他人の物語を踏みにじる男の話を。

悪党たちの顔つきが変わった。


「……気に食わねぇな」


ボリスがタバコを地面に叩きつけた。


「俺は金を奪うために命を張ってる。……苦労せずに手に入れた金に、何の重みがある?」


「美しくない」


ジンが吐き捨てる。


「破壊には思想が必要だ。ボタン一つで消去? ……それはテロじゃない。ただの清掃作業だ」


「愛がないよ!」


ミロクが叫ぶ。


「相手の痛みを知らずに殺すなんて! 執着のない殺害なんて、ただの排泄だ!」


「リスクも負わずに利益を得ようなんて、商人としてもクズね」


マダム・ロゼが扇子を鳴らす。

彼らはクズだ。社会のゴミだ。

だが、彼らには強烈な「エゴ」があった。

「俺はこれがしたい」「私はこれが欲しい」という、揺るぎない主語があった。


「そうでしょ?」


ナラは鉄扇を開き、笑った。


「教えてやりましょうよ。……私たちの『ドロドロした欲望』と『自分勝手な美学』で、あいつの『綺麗な無』を塗り潰してやるのよ!」

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