第3話:Holding out for a Hero
主題歌:スクール☆ウォーズ, フットルース, 名探偵ピカチュウ, ブレット・トレイン, シュレック2, ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー/ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO
https://youtu.be/D6RvdH4YOWg?si=2f4vNOxO6prMea4z
王都中央スタジアム。
数万人の観衆が詰めかけ、地響きのような歓声が轟いている。
魔導ラグビー公式戦、決勝。
対戦カードは、常勝無敗の王者『アイアン・ゴーレムズ』対、スラムの野良犬軍団『ワイルド・タスクス』。
「……空気が、重いですわね」
観客席の最前列。
ナラは、手すりを握りしめていた。
その手は白く変色するほど力が込められている。
隣には、腕組みをして仁王立ちする鬼コーチ、ガンテツ。
そして、分析機材を展開して観戦するエラーラ。
「当然だ。……奴らは、この瞬間のために血を吐いてきたんだ」
ガンテツが低く唸る。
フィールドには、レオたち『ワイルド・タスクス』が整列していた。
彼らの顔つきは、一ヶ月前とは別物だった。
自信なさげな態度は消え、飢えた狼のような殺気が全身から立ち昇っている。
ホイッスルが鳴った。
試合開始。
初手から、激突音がスタジアムを揺らした。
ゴーレムズの重戦車のようなタックル。
だが、レオたちは退かない。
「押し返せェェッ!!」
レオが吠え、全員でスクラムを組む。
魔力と筋力のぶつかり合い。
火花が散り、芝生がめくれ上がる。
「……いい動きだ。重心が安定している」
エラがモニターを見ながら感心する。
「特訓の成果により、基礎筋力値が150%向上しているね」
前半戦は拮抗していた。
泥臭く、粘り強く、食らいつくタスクス。
だが、王者の壁は厚い。
後半に入ると、徐々に体力と魔力の差が出始めた。
「ハァ……ハァ……ッ!」
レオの動きが鈍る。
ミューが足を滑らせる。
グリズが障壁を割られる。
じりじりと、自陣ゴール前まで押し込まれていく。
残り時間、あと3分。
点差は、わずか2点。
逆転するには、ここから敵陣を突破し、トライを決めるしかない。
「くそっ……! 堅い……!」
レオがボールを抱え、敵の防御網に突っ込むが、跳ね返される。
敵は鉄壁の布陣だ。隙がない。
パスコースは塞がれ、突破口が見当たらない。
(……あそこよ!)
観客席のナラは、瞬時に盤面を見抜いた。
敵の右サイド。一瞬だけ、守備の連携が遅れている。
あそこに走り込み、囮を使ってパスを回せば、道が開ける。
あたしには見える。あたしなら、指示できる。
「レオ! 右よ! ……右に……!」
ナラは立ち上がり、叫ぼうとした。
喉元まで、具体的な戦術指示が出かかった。
『右に回ってカウンターよ!』
そう言えば、彼らは動くだろう。そして、勝てるかもしれない。
だが。
ナラの脳裏に、あの日、壁に埋められた時の痛みが蘇る。
そして、ガンテツの言葉が。
『責任を取れない人間が口を出すな』
『それは「親切」じゃねえ。「支配」だ』
ナラは、口を噤んだ。
唇を噛み締め、横を見た。
ガンテツは、動かなかった。
彼は、ただ腕を組み、じっとフィールドを見つめていた。
指示を出さない。怒鳴らない。
ただ、信じて見ている。
彼らが、自分たちで答えを見つけるその瞬間を、岩のように動かずに待っている。
(……そうね)
ナラは理解した。
ここで指示を出せば、それはあたしの勝利になる。
でも、彼らは永遠に「あたしの駒」のままだ。
彼らが欲しかったのは、勝利だけじゃない。
「自分たちの足で立った」という、誇りなのだ。
ナラは、震える手で扇子を握りしめた。
(見なさい、ナラティブ。……これが「傍観者」の戦いよ)
戦場に立てない者は、無力なのか?
違う。
やるべきことは、あるはずだ。
戦うときも、観戦するときも、やるべきことはただ一つ。
魂を燃やし、相手にぶつけること。
真剣に、敵を、味方を、視ることだ。
その場のすべてに、共感することだ。
ナラは、飲み込んだ「指示」の代わりに、腹の底から別の言葉を汲み上げた。
「……負けるんじゃないわよォォォォッ!」
ナラの絶叫が、スタジアムの空気を切り裂いた。
それは、具体的な指示など何一つない、ただの感情の塊。
「走りなさい! ……あんたたちの汗は!泥は! ……嘘をつかないわッ!」
ナラは、ドレスが汚れるのも構わず、手すりに身を乗り出して叫んだ。
「行けぇぇぇぇッ!レオォォォッ!」
その声は、魔力に乗ってフィールドに届いた。
指示ではない。
「信じている」という、熱い肯定の波動。
レオが、顔を上げた。
視界が霞むほどの疲労の中で、その声だけが鮮明に聞こえた。
『行け』
どう行けばいいかは言わない。
「お前なら行ける」と、ただそれだけを告げている。
「……ああ、そうだ!」
レオは、歯を食いしばった。
俺たちは、誰かの駒じゃない。
俺たちは、ワイルド・タスクスだ!
「……うおおおおおおおッ!!」
レオは、右には行かなかった。
ナラの予測とは違う。
彼は、真正面――敵が一番厚い中央へ、頭から突っ込んだ。
「なッ!?」
敵が驚く。
「自殺行為だ!」
違う。
レオは信じていた。
仲間が、ついてきてくれることを。
「押し込めェェェッ!」
レオの背中に、グリズが、ラビが、ミューが、全員が殺到した。
全員で一つの槍となり、鉄壁の防御をこじ開ける。
理屈じゃない。戦術でもない。
ただの「意地」の塊。
「ぬううぅぅぅッ!」
敵の魔法障壁が、物理的な圧力で粉砕された。
中央突破。
レオが抜け出す。
「止めろ! 撃て!」
敵が魔法を放つ。
「させねえッ!」
仲間たちが身を挺して盾になる。
レオは走った。
誰もいないゴールラインへ。
泥だらけの足で。傷だらけの体で。
「……届けぇぇぇぇッ!」
レオが飛び込む。
ボールが、ラインを超えた。
試合終了。
逆転のトライ。
スタジアムが、爆発したような歓声に包まれた。
ナラは、へなへなと椅子に座り込んだ。
「……やりましたわ」
声が枯れている。
手には汗がびっしょりと滲んでいる。
戦っていないのに、戦った後と同じくらい疲れていた。
そして、同じくらい熱かった。
「……勝ったな」
ガンテツが、小さく呟いた。
その目尻には、光るものがあった。
フィールドでは、レオたちが抱き合って泣いていた。
泥と涙でぐちゃぐちゃの顔。
世界で一番、美しい顔。
彼らは、ナラとガンテツのいるスタンドへ駆け寄ってきた。
「コーチ! ……ナラ姉ちゃん!」
レオが叫ぶ。
「勝ったよ!俺たち『が』勝ったよ!」
ナラは、立ち上がった。
もう、偉そうなアドバイスは出てこなかった。
ナラは、フェンス越しに身を乗り出し、泥だらけのレオを抱きしめた。
「……ええ。……ええ!」
ナラは、涙声で言った。
「最高の……。世界で一番、カッコよかったわよ……!」
ナラのドレスに、レオの泥がつく。
でも、ナラは気にしなかった。
この泥こそが、彼らが自分たちで掴み取った「物語」の証なのだから。
ガンテツが、ナラの肩をバンと叩いた。
今度は、ナラが吹き飛ばないくらいの、優しい力加減で。
「……いい声だったぞ、素人娘」
ガンテツは笑った。
「『指示なんざいらねえ』。……『見てるぞ』って伝えること。それが、『当事者になれねえ俺たち』ができる、この場の『当事者』としての、唯一で最強の仕事だ」
「……ふん。当たり前ですわ」
ナラは、涙を拭い、鼻を鳴らした。
「ふむ。……観測者の情熱が、確率変動を引き起こす、と」
エラーラが、満足げにデータを保存した。
その夜。
獣医院の庭で、盛大な祝勝会が開かれた。
ビールかけ、焼き肉、胴上げ。
無礼講の乱痴気騒ぎ。
ナラは、少し離れたベンチで、ビールを飲んでいた。
騒ぐ彼らを見守りながら。
「……寂しくないのかい?」
エラーラが隣に来る。
「何がですの?」
「君は輪の中心にいない。……彼らの勝利は、彼らのものだ」
「ええ。……それでいいんですわ」
ナラは、夜空を見上げた。
「あたしは……今日は、一流の『観客』ですもの」
ナラは微笑んだ。
かつては、自分が主役じゃなきゃ嫌だった。
世界を自分の思い通りに動かしたかった。
自分が動かせないなら、口出ししたかった。
でも、今は知っている。
他人が紡ぐ物語を、一番近くで見届けることの喜びを。
彼らが自分の足で歩く姿を見るだけで、こんなにも胸が震えることを。
眼の前のスポーツや映画や小説の観客だとしても、その物語に「本気」で胸を震えさせた自分は、当事者なのだ。
自分の当事者が、自分なのだ。
「それに……」
ナラは、エラーラの肩に頭を預けた。
「あたしの物語の主役は、ここにいますもの」
「……私かい?」
「さあね。……ご想像にお任せしますわ」
ナラは、エラーラの腕に抱きついた。
薬品と、珈琲と、バーベキューの煙の匂い。
「……ただ、一つだけ言えることは」
ナラは、騒ぐレオたちに向かって、グラスを掲げた。
「この世界は……『視て』るだけでも、退屈しないってことですわ!」
グラスが触れ合う音が、夜空に響く。
熱血の傍観者は、今日もまた、愛する人々の物語を、特等席で見守り続けるのだ。
大声で叫び、涙し、そして、心からの拍手を送りながら。




