表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/218

第2話:熱血の当事者(2)

一ヶ月後に行われる公式戦。

それに向けて、ガンテツが用意した特訓場所は、王都から遠く離れた「断崖絶壁の孤島」だった。


「ここなら、逃げ場はねえ。……死ぬ気でやれ」


目の前には、トレーニング用具として用意された「巨大な鉄球」や、「魔導ゴーレム」が並んでいる。


「さあ、始めようか。……まずは準備運動だ。あの山頂までダッシュだ」


ガンテツが指差したのは、雲を突き抜けるほどの絶壁だった。


「……正気ですの?」


ナラは、ジャージ姿で呆然とした。

彼女の背中には、選手全員分の水とタオル、そして救急箱が入った、総重量200キロはある巨大なリュックが背負われている。


「マネージャー! 遅れるなよ!」


ガンテツが怒鳴る。


「……言われなくても! 一流のレディは、荷運びだって優雅にこなしますわ!」


ナラは、スパイクで岩場を踏みしめた。

地獄の合宿が、幕を開けた。

訓練は、壮絶を極めた。

「タックルの練習だ!」と言って、ガンテツ自身が高速で突っ込んでくる。

選手たちはボウリングのピンのように宙を舞い、岩盤に叩きつけられる。

「スクラムの練習だ!」と言って、野生のベヒーモスと押し合いをさせられる。

血反吐が舞い、骨が軋む音が響く。

ナラは、戦場のようなグラウンドを走り回っていた。


「水よ! 飲みなさい!」


「テーピングを巻きますわ!じっとして!」


彼女の身体能力は高い。200キロの荷物を背負って走り回るくらい、造作もない。

だが、彼女を苦しめていたのは「肉体的な疲労」ではなかった。

「口を出せない」という精神的な拷問だった。

模擬戦。

レオたちは、連携が取れずに苦しんでいた。

敵役のゴーレムに翻弄され、陣形が崩れる。


(……違う! そこで右に開けばパスが通るのに!)


(バカね! そこで突っ込んだら囲まれるわ!)


ナラの目には、『ナラの正解』が見えていた。

彼女の戦術眼は、スラムでの実戦経験に裏打ちされた本物だ。

「右よ!」「引いて!」と叫べば、彼らはすぐに動けるだろう。

そうすれば、無駄に傷つかなくて済む。

ナラの喉まで、言葉が出かかった。

拡声器を構えそうになる。

その時、ガンテツの視線が刺さる。

無言の圧力。


『言うな』


「ぐぬぬぬぬ……ッ!」


ナラは、自分の口を両手で塞いだ。

言いたい。指示したい。動かしたい。

でも、それは彼らのためにならない。

分かっているけれど、目の前で仲間がボロボロになっていくのを見るのは……自分が殴られるよりも辛かった。


「……あぁっ!」


レオが判断を誤り、ゴーレムに吹き飛ばされる。

泥まみれになり、悔しそうに地面を叩くレオ。

ナラは、唇を噛み切った。

血の味が口に広がる。

これが、「見守る」ということの痛みなのか。


夜。

焚き火を囲んでの夕食。

メニューは、エラーラが差し入れで送ってきた「プロテイン・ブロック」だ。

選手たちは、泥のように眠っている。

起きているのは、ナラとガンテツだけだ。


「……辛そうだな、お嬢ちゃん」


ガンテツが、鉄骨のような太い薪を火にくべながら言った。


「……ええ。地獄ですわ」


ナラは膝を抱えた。


「あたしが指示すれば……あの子たちはもっと楽に勝てますのに」


「楽に勝って、何になる?」


「え……?」


ガンテツは、炎を見つめたまま言った。


「あいつらが戦っているのは、目の前の敵じゃねえ。『自分自身の弱さ』だ。」


ガンテツは、眠っているレオを指差した。


「あいつは、キャプテンだ。……判断の重圧、失敗の恐怖、仲間の期待。それら全部を背負って、フィールドに立っている」


「……」


「お前が答えを教えれば、成功するかもしれないだろうよ。……だがな、それは『お前の成功』だ。あいつの成功じゃねえ」


ガンテツは、ナラの方を向いた。

その顔は、鬼コーチのそれではなく、導く者の顔だった。


「失敗する権利を、奪うんじゃねえ。……迷って、間違えて、傷ついて。その果てに自分で掴んだ『答え』だけが、土壇場でそいつを支える『骨』になるんだ」


「……骨」


「そうだ。……お前は、あいつらの骨を抜いて、操り人形にしたいのか? それとも、自分の足で立つ戦士にしたいのか?」


ナラは、言葉を失った。

操り人形。

かつて、自分が最も嫌悪した存在。

「良かれと思って」やっていたことが、彼らをそうしてしまうことだったなんて。


「……あたしは……」


ナラは、眠るレオたちの顔を見た。

傷だらけで、泥だらけの顔。

でも、その寝顔は、以前よりもずっと逞しく見えた。


「……戦士に、したいですわ」


「なら、黙ってろ。……信じて、待て」


ガンテツは、笑った。


「待つのも、戦いだぞ」


合宿最終日。

仕上げの模擬戦が行われた。

相手は、ガンテツが召喚した「ケルベロス・チーム」。

本物の魔獣だ。手加減はない。


「行けェッ! ワイルド・タスクス!」


試合開始。

レオたちは、やはり苦戦していた。

パワーもスピードも、相手が上だ。

陣形が崩され、ゴールライン際まで押し込まれる。


(……右が空いてる!)


(そこを抜ければ、逆転できる!)


ナラには見えていた。

喉が熱くなる。叫びたい。教えてあげたい。


「……ッ!」


ナラは、タオルを握りしめ、自分の太ももをつねった。

我慢しろ。

耐えろ。

これは、あたしの戦いじゃない。彼らの戦いだ。

レオがボールを持って走る。

前にはケルベロス。後ろには味方のグリズ。

パスか? 突破か?

迷えば潰される。


「……」


ナラは、息を止めて見守った。

レオの脳裏に、これまでの特訓が走馬灯のように駆け巡る。

泥の味。痛み。そして、悔しさ。


『自分で考えろ!』


ガンテツの怒号が蘇る。

レオは、目を見開いた。

考えるな。感じろ。

俺たちの、野生を!


「……グリズッ!!」


レオは、パスを出さなかった。

叫びと共に、あえてケルベロスに突っ込んだ。


「ウオオオオオッ!!」


真正面からの激突。

ケルベロスが怯む。

その一瞬の隙に、レオは倒れ込みながら、背後へノールック・パスを放った。

そこには、誰もいない――ように見えた。

だが。


「もらったァッ!!」


ミューが、風のように走り込んでいた。

打ち合わせにない、即興の連携。

レオの意図を、ミューが感じ取ったのだ。

当事者だからこそ、できる判断。

言葉ではない。泥の中で培った「信頼」が、パスを繋いだ。

ミューがボールを受け取り、敵陣を独走する。

トライ!


「……やった」


ナラは、へなへなと座り込んだ。

あたしの指示じゃない。

あたしの想定すら超えた、彼らだけの「答え」。


「……見事だ」


ガンテツが腕組みをして頷く。

レオたちが抱き合って喜んでいる。


「見たか! 俺たちの連携!」


「最高だぜ!」


ナラは、涙がこぼれそうになるのを堪え、立ち上がった。

そして、満面の笑みで、タオルと水を抱えて走った。


「お疲れ様! ……最高に……一流のプレイでしたわよ!」


「ナラ姉ちゃん!」


レオが、泥だらけの体でナラに抱きついた。


「俺たち、やったよ!」


「ええ!」


ナラは、彼らを抱きしめ返した。

自分の思い通りに動く駒よりも。

自分の予想を裏切って成長する「人間」の方が、何倍も愛おしいと知ったから。

空には、飛行船が浮かんでいた。

エラーラが、望遠鏡で覗いている。


「ふむ。……変数を操作せずに、結果を見守る。……これこそが、愛だよ、ナラ君」


合宿は終わった。

だが、彼らの物語はこれからだ。

本番まであと数日。

ナラは、もう迷わない。

「軍師」ではなく、世界一熱い「応援団長」として、彼らの背中を押す覚悟が決まったのだ。


「さあ、帰りますわよ! ……ガンテツさんも、打ち上げに来るんでしょうね?」


「おう。……肉を食うぞ!」


「ええ。……アリアさんに言って、牛一頭用意させますわ!」


夕陽に向かって、傷だらけの一行が歩き出す。

その背中は、来るべき決戦に向けて、赤く、熱く燃え上がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ