第2話:Determination
主題歌:新世紀GPXサイバーフォーミュラSIN サウンドトラック
https://youtu.be/hGiNZJbR2ps?si=fv12niTxzWeOBg_u
王都から離れた古戦場跡。乾いた風が吹き抜ける荒野に、二つの影が対峙していた。
私、ルナと、母のエレナ。
周囲には、ナラさんが展開した強力な結界が張られている。エラーラという白衣の大魔導師も、高みの見物を決め込んでいるようだ。
母は、いつもの姿ではなかった。
あの、サイズアウトしたはずの深紅のドレスを、魔法で無理やり身体に合わせて着ていた。それは母親という「役者」の顔ではなく、一人の「戦士」の顔だった。
「……来たのね、ルナ」
「うん。日記、見たよ。私たちが邪魔なんでしょ?だったら捨てればよかったじゃない!」
私が叫ぶと、母の表情から仮面が剥がれ落ちた。
慈愛に満ちた母の顔が歪み、鬼気迫る情念が露わになる。
「……そうね。貴女たちのために、私は『自分』を殺して生きてきた。毎日毎日、献立を考え、掃除をし、感謝もされない労働を繰り返して……! たくさんよ!もう!……私は……私が!生きたいの!生きていたいの!」
母の全身から、赤黒い魔力が噴き出した。
それは長年溜め込んだ鬱屈と、諦めてきた夢の残骸が凝縮されたエネルギーだ。
「行くわよルナ!今日で『母』は廃業よ!」
「上等だよ!私だってもう『子供』は、やめるッ!」
私は、魔力を解放した。
開戦の合図は、なかった。
母が右手を掲げると同時に、その背後に無数の魔法陣が展開された。
そこから射出されたのは、魔力で形成された数千枚の「皿」状のエネルギー弾だった。
それらはただ飛んでくるのではない。意思を持ったかのように不規則な軌道を描き、死角を突き、全方位から私に襲いかかる。
「洗っても、洗っても!……終わらない、終わらない皿洗いの絶望を知りなさい!!」
皿一枚一枚が、物理的な質量と「精神的な徒労感」を纏って飛来する。
私は加速魔法で地面を蹴った。
大地を抉りながら加速し、迫りくる皿を紙一重で回避する。爆風が背中を焼くが、止まれば飲み込まれる。
「関係ないね!そんなの自分で食った分くらい自分で洗うよ!」
私は空中で身を翻し、掌から青い魔力弾を連射する。
狙いは定まっていない。だが、私の魔力は扇状に広がり、空間を埋め尽くす弾幕となって飛来する皿を次々と迎撃していく。
爆音と光の奔流。破片がキラキラと降り注ぐ中、私は母の懐へと飛び込んだ。
「はあぁぁぁぁっ!!」
私の右拳が母の腹部を捉える――直前。
母の周囲の重力が異常に増大した。
「甘い!私が背負ってきた『重圧』を感じなさい!」
不可視の圧力が、私を地面に叩きつける。
これは……「世間体」「理想の母親像」「PTAの役員決め」といった、母を縛り付けていた社会的重圧の、具現化!
骨が軋む。動けない。地面が陥没していく。
「私はこの重さを、自由を縛られ続ける重さを!20年間背負ってきたのよ!貴女に耐えられる!?」
母がドレスの裾を翻し、ヒールで私を踏み潰そうとする。
私の視界が明滅する。押しつぶされる。
いや、だめだ。ここで潰されたら、私は一生「母の重荷」のままだ。
私は歯を食いしばり、意識を極限まで研ぎ澄ませた。
視界から色彩が消え、母の動きがスローモーションに見える。
体内の魔力回路が過剰駆動し、限界を超える。
私は重力の檻を、純粋な魔力放出によって内側から吹き飛ばした。
母の蹴りを紙一重で回避し、そのままアッパーカットで母を空へと打ち上げた。
私たちは空へ舞った。
魔力で飛翔し、音速を超えて交錯する。
空中で、赤と青の光が激突し、衝撃波が雲を散らす。
母の動きは洗練されていた。
若き日の夢だった「ダンサー」としての身のこなし。空中を滑るように移動し、背中の魔法陣から高出力の熱線を全方位に照射してくる。それはアイロンの熱のように焼き尽くす一撃だ。
「どうしてわかってくれないの!私は貴女を愛していた!だからこそ苦しかったのよ!」
母の叫びと共に、極太のビームが私の横を掠める。
その熱量に、母の愛憎の深さを感じる。
「愛してた!?それは役割の『義務』でしょ! 『良い母親』でいるための!本当は誰も好きじゃあ、ないくせに!」
私は空中で急制動をかけ、背中から噴出する魔力翼を一気に展開した。
慣性を無視した機動で母の死角へ回り込み、両手を合わせて魔力の剣を形成する。
「私はね、アンタの『作品』じゃないんだよ!!」
母も即座に反応し、魔力を刃に変えて迎撃する。
互いに魔力を手に纏わせ、殴り合う。
衝突のたびに火花が散り、大気が悲鳴を上げる。
目にも止まらぬ高速戦闘。
一撃一撃が、互いの存在証明だ。
ナラが地上で叫ぶのが聞こえた。
「想像以上よ!あれじゃ死ぬわ!止めないと!」
だが、エラーラがそれを制止する。
「待て!あれは『出産』だ。母は『自分』を産み直し、娘も『自分』を産み落とそうとしている。ここで他人が介入すれば、二人は一生、こじれたままの化け物になるぞ!」
その通りだ。
これは殺し合いじゃない。命懸けの、魂の分離手術だ。
「エレナァァァァッ!!」
「ルナァァァァッ!!」
私たちは名前を呼び捨て合い、最大の魔力を練り上げた。
母は背中の魔法陣を全展開し、全ての砲門を私に向ける。
私もまた、全魔力を一点に集中させ、迎え撃つ構えを取る。
「家族への未練」と、「親への甘え」。
互いの残滓を焼き尽くすための、最大出力。
放たれた閃光が、上空で激突した。
太陽が二つ生まれたかのような爆発。
視界が白く染まり、そして――
魔力が尽きた。
私たちはもつれ合うように墜落し、荒野の地面に墜落した。
クレーターの中心で、私たちはボロボロになって立ち上がった。
ドレスは焼け焦げ、制服はボロ布のようだ。魔力はない。あるのは生身の肉体だけ。
母が、走ってくる。
私も、走る。
もはや、魔法はいらない。
母の拳が私の頬を殴り抜く。
私の拳が母の鼻梁を砕く。
泥にまみれ、血を吐きながら、私たちは殴り合った。
一発殴るたびに、過去のわだかまりが砕けていく。
一発殴られるたびに、相手を一人の人間として認めざるを得なくなる。
激突しあうことで、分かりあえる魂がある。
「痛い!痛いのよ!アンタを産んだときより痛いわ!」
「ありがとう!でも、もう私は一人で、生きていく!」
最後の一撃。
互いの拳が顔面にめり込み、私たちは同時に地面に倒れ込んだ。
青い空が見えた。
身体中が痛い。でも、心は驚くほど軽かった。
ああ、終わった。
母という呪いも、娘という役割も、全部燃え尽きた。
その時。
エンジンの音が近づいてきた。
高級車が止まり、中から父が慌てて降りてきた。騒ぎを聞きつけたのだ。
彼は惨状を見て、ボロボロの私たちに向かって叫んだ。
「おい!何やってんだお前たち!家どうした!俺の夕飯、早く作れよ!」
父は、瓦礫の山を見ても、私たちの怪我を見ても、心配することは……『なかった』。
彼が気にしたのは、「自分の日常」が壊れたことだけ。
「世間体!お前たち俺の家族だろ!?早く帰って着替えろ!みっともない!俺を第一に考えろ!」
その言葉を聞いた瞬間。
私と、隣で倒れていたエレナ──元・母の目が合った。
言葉は、いらなかった。
私たちは、残った最後の力を振り絞り、同時に跳ね起きた。
父に向かって、無言でダッシュを、いや、超高速で滑空した。
父は状況が飲み込めず、呆然としている。
私の拳と、エレナの拳。
それが同時に、父の左右の頬に深々とめり込んだ。
父は吹き飛び、数メートル先の瓦礫の山に頭から突っ込んで、ピクリとも動かなくなった。
静寂。
父はなぜ殴られたのか、気絶する瞬間まで理解していなかっただろう。
エラーラが口を開きかける。
「彼は、彼女たちを、自分の人生を引き立てる『役割』としてしか見ていなかった。だから……」
ナラさんが、エラーラの口を掌で塞いだ。
「解説はいらないわ」
ナラさんは、気絶した父を冷ややかな目で見下ろし、そして私たちを見た。
「視て、考えろ。答えは……その傷の中にある!」
夕暮れが荒野を赤く染めていた。
私たちは立ち尽くしていた。
ボロボロのドレス。ボロボロの制服。
けれど、その顔は憑き物が落ちたように晴れやかだった。
エレナは、北の方角を向いた。
そこには、かつて断った男性がいる街があるかもしれないし、あるいは全く知らない新しい土地かもしれない。
「……私、行くわ。あの人のところか、あるいは別のどこかへ。これからは『エレナ』として、自分を、生き直す!」
彼女は私を見た。そこにはもう、私を縛る「母親」の目ではなかった。対等な、一人の戦友を見る目だった。
私も、南を向いた。
魔導学院の寮がある方角だ。
「うん。私は寮に入る。奨学金でもバイトでも何でもして、自分で、生きのびる!……さよなら、母さん……いや、エレナさん!」
「さよなら、娘……いや、ルナさん!」
私たちは背を向け合い、二度と振り返らずに歩き出した。
家族の解散。完全なる決裂。
そこに、涙はなかった。あるのは、未来への渇望と、この世を生き抜こうとする戦士の「決意」だけ。
その背中を、街の誰もが、見守っていた。
「あんな風に……自分『を』生きて、いいんだ」
誰もが帽子を取り、敬意を表していた。
エラーラが杖を振るう。
大規模な時間逆行魔術により、破壊された荒野が修復されていく。
だが、私たちの関係だけは、二度と元には戻らない。
ナラさんは、遠ざかる二人の背中を見つめながら呟いた。
「悲劇じゃあ、ないわね」
彼女は鉄扇を閉じ、満足げに笑った。
「壊れることでしか、守れないものもある。……彼女たちは今、この王都で誰よりも輝いているわ」
廃墟から再生した大地の真ん中で、気絶した父だけが、取り残された。
母は女になり、娘は個になった。
その日、一つの家庭が消滅し、二人の「戦士」が、世界に解き放たれたのだった。




