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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ@skeb¥1,000-
自分のための自分の命
81/262

第2話:Determination

主題歌:新世紀GPXサイバーフォーミュラSIN サウンドトラック

https://youtu.be/hGiNZJbR2ps?si=fv12niTxzWeOBg_u

王都から離れた古戦場跡。乾いた風が吹き抜ける荒野に、二つの影が対峙していた。

私、ルナと、母のエレナ。

周囲には、ナラさんが展開した強力な結界が張られている。エラーラという白衣の大魔導師も、高みの見物を決め込んでいるようだ。

母は、いつもの姿ではなかった。

あの、サイズアウトしたはずの深紅のドレスを、魔法で無理やり身体に合わせて着ていた。それは母親という「役者」の顔ではなく、一人の「戦士」の顔だった。


「……来たのね、ルナ」


「うん。日記、見たよ。私たちが邪魔なんでしょ?だったら捨てればよかったじゃない!」


私が叫ぶと、母の表情から仮面が剥がれ落ちた。

慈愛に満ちた母の顔が歪み、鬼気迫る情念が露わになる。


「……そうね。貴女たちのために、私は『自分』を殺して生きてきた。毎日毎日、献立を考え、掃除をし、感謝もされない労働を繰り返して……! たくさんよ!もう!……私は……私が!生きたいの!生きていたいの!」


母の全身から、赤黒い魔力が噴き出した。

それは長年溜め込んだ鬱屈と、諦めてきた夢の残骸が凝縮されたエネルギーだ。


「行くわよルナ!今日で『母』は廃業よ!」


「上等だよ!私だってもう『子供』は、やめるッ!」


私は、魔力を解放した。

開戦の合図は、なかった。

母が右手を掲げると同時に、その背後に無数の魔法陣が展開された。

そこから射出されたのは、魔力で形成された数千枚の「皿」状のエネルギー弾だった。

それらはただ飛んでくるのではない。意思を持ったかのように不規則な軌道を描き、死角を突き、全方位から私に襲いかかる。


「洗っても、洗っても!……終わらない、終わらない皿洗いの絶望を知りなさい!!」


皿一枚一枚が、物理的な質量と「精神的な徒労感」を纏って飛来する。

私は加速魔法で地面を蹴った。

大地を抉りながら加速し、迫りくる皿を紙一重で回避する。爆風が背中を焼くが、止まれば飲み込まれる。


「関係ないね!そんなの自分で食った分くらい自分で洗うよ!」


私は空中で身を翻し、掌から青い魔力弾を連射する。

狙いは定まっていない。だが、私の魔力は扇状に広がり、空間を埋め尽くす弾幕となって飛来する皿を次々と迎撃していく。

爆音と光の奔流。破片がキラキラと降り注ぐ中、私は母の懐へと飛び込んだ。


「はあぁぁぁぁっ!!」


私の右拳が母の腹部を捉える――直前。

母の周囲の重力が異常に増大した。


「甘い!私が背負ってきた『重圧』を感じなさい!」


不可視の圧力が、私を地面に叩きつける。

これは……「世間体」「理想の母親像」「PTAの役員決め」といった、母を縛り付けていた社会的重圧の、具現化!

骨が軋む。動けない。地面が陥没していく。


「私はこの重さを、自由を縛られ続ける重さを!20年間背負ってきたのよ!貴女に耐えられる!?」


母がドレスの裾を翻し、ヒールで私を踏み潰そうとする。

私の視界が明滅する。押しつぶされる。

いや、だめだ。ここで潰されたら、私は一生「母の重荷」のままだ。

私は歯を食いしばり、意識を極限まで研ぎ澄ませた。

視界から色彩が消え、母の動きがスローモーションに見える。

体内の魔力回路が過剰駆動し、限界を超える。

私は重力の檻を、純粋な魔力放出によって内側から吹き飛ばした。

母の蹴りを紙一重で回避し、そのままアッパーカットで母を空へと打ち上げた。

私たちは空へ舞った。

魔力で飛翔し、音速を超えて交錯する。

空中で、赤と青の光が激突し、衝撃波が雲を散らす。

母の動きは洗練されていた。

若き日の夢だった「ダンサー」としての身のこなし。空中を滑るように移動し、背中の魔法陣から高出力の熱線を全方位に照射してくる。それはアイロンの熱のように焼き尽くす一撃だ。


「どうしてわかってくれないの!私は貴女を愛していた!だからこそ苦しかったのよ!」


母の叫びと共に、極太のビームが私の横を掠める。

その熱量に、母の愛憎の深さを感じる。


「愛してた!?それは役割の『義務』でしょ! 『良い母親』でいるための!本当は誰も好きじゃあ、ないくせに!」


私は空中で急制動をかけ、背中から噴出する魔力翼を一気に展開した。

慣性を無視した機動で母の死角へ回り込み、両手を合わせて魔力の剣を形成する。


「私はね、アンタの『作品』じゃないんだよ!!」


母も即座に反応し、魔力を刃に変えて迎撃する。

互いに魔力を手に纏わせ、殴り合う。

衝突のたびに火花が散り、大気が悲鳴を上げる。

目にも止まらぬ高速戦闘。

一撃一撃が、互いの存在証明だ。

ナラが地上で叫ぶのが聞こえた。


「想像以上よ!あれじゃ死ぬわ!止めないと!」


だが、エラーラがそれを制止する。


「待て!あれは『出産』だ。母は『自分』を産み直し、娘も『自分』を産み落とそうとしている。ここで他人が介入すれば、二人は一生、こじれたままの化け物になるぞ!」


その通りだ。

これは殺し合いじゃない。命懸けの、魂の分離手術だ。


「エレナァァァァッ!!」


「ルナァァァァッ!!」


私たちは名前を呼び捨て合い、最大の魔力を練り上げた。

母は背中の魔法陣を全展開し、全ての砲門を私に向ける。

私もまた、全魔力を一点に集中させ、迎え撃つ構えを取る。

「家族への未練」と、「親への甘え」。

互いの残滓を焼き尽くすための、最大出力。

放たれた閃光が、上空で激突した。

太陽が二つ生まれたかのような爆発。

視界が白く染まり、そして――


魔力が尽きた。

私たちはもつれ合うように墜落し、荒野の地面に墜落した。

クレーターの中心で、私たちはボロボロになって立ち上がった。

ドレスは焼け焦げ、制服はボロ布のようだ。魔力はない。あるのは生身の肉体だけ。

母が、走ってくる。

私も、走る。

もはや、魔法はいらない。

母の拳が私の頬を殴り抜く。

私の拳が母の鼻梁を砕く。

泥にまみれ、血を吐きながら、私たちは殴り合った。

一発殴るたびに、過去のわだかまりが砕けていく。

一発殴られるたびに、相手を一人の人間として認めざるを得なくなる。

激突しあうことで、分かりあえる魂がある。


「痛い!痛いのよ!アンタを産んだときより痛いわ!」


「ありがとう!でも、もう私は一人で、生きていく!」


最後の一撃。

互いの拳が顔面にめり込み、私たちは同時に地面に倒れ込んだ。

青い空が見えた。

身体中が痛い。でも、心は驚くほど軽かった。

ああ、終わった。

母という呪いも、娘という役割も、全部燃え尽きた。



その時。

エンジンの音が近づいてきた。

高級車が止まり、中から父が慌てて降りてきた。騒ぎを聞きつけたのだ。

彼は惨状を見て、ボロボロの私たちに向かって叫んだ。


「おい!何やってんだお前たち!家どうした!俺の夕飯、早く作れよ!」


父は、瓦礫の山を見ても、私たちの怪我を見ても、心配することは……『なかった』。

彼が気にしたのは、「自分の日常」が壊れたことだけ。


「世間体!お前たち俺の家族(もの)だろ!?早く帰って着替えろ!みっともない!俺を第一に考えろ!」


その言葉を聞いた瞬間。

私と、隣で倒れていたエレナ──元・母の目が合った。

言葉は、いらなかった。

私たちは、残った最後の力を振り絞り、同時に跳ね起きた。

父に向かって、無言でダッシュを、いや、超高速で滑空した。

父は状況が飲み込めず、呆然としている。

私の拳と、エレナの拳。

それが同時に、父の左右の頬に深々とめり込んだ。

父は吹き飛び、数メートル先の瓦礫の山に頭から突っ込んで、ピクリとも動かなくなった。

静寂。

父はなぜ殴られたのか、気絶する瞬間まで理解していなかっただろう。

エラーラが口を開きかける。


「彼は、彼女たちを、自分の人生を引き立てる『役割』としてしか見ていなかった。だから……」


ナラさんが、エラーラの口を掌で塞いだ。


「解説はいらないわ」


ナラさんは、気絶した父を冷ややかな目で見下ろし、そして私たちを見た。


「視て、考えろ。答えは……その傷の中にある!」


夕暮れが荒野を赤く染めていた。

私たちは立ち尽くしていた。

ボロボロのドレス。ボロボロの制服。

けれど、その顔は憑き物が落ちたように晴れやかだった。

エレナは、北の方角を向いた。

そこには、かつて断った男性がいる街があるかもしれないし、あるいは全く知らない新しい土地かもしれない。


「……私、行くわ。あの人のところか、あるいは別のどこかへ。これからは『エレナ』として、自分を、生き直す!」


彼女は私を見た。そこにはもう、私を縛る「母親」の目ではなかった。対等な、一人の戦友を見る目だった。

私も、南を向いた。

魔導学院の寮がある方角だ。


「うん。私は寮に入る。奨学金でもバイトでも何でもして、自分で、生きのびる!……さよなら、母さん……いや、エレナさん!」


「さよなら、娘……いや、ルナさん!」


私たちは背を向け合い、二度と振り返らずに歩き出した。

家族の解散。完全なる決裂。

そこに、涙はなかった。あるのは、未来への渇望と、この世を生き抜こうとする戦士(にんげん)の「決意」だけ。

その背中を、街の誰もが、見守っていた。


「あんな風に……自分『を』生きて、いいんだ」


誰もが帽子を取り、敬意を表していた。

エラーラが杖を振るう。

大規模な時間逆行魔術により、破壊された荒野が修復されていく。

だが、私たちの関係だけは、二度と元には戻らない。

ナラさんは、遠ざかる二人の背中を見つめながら呟いた。


「悲劇じゃあ、ないわね」


彼女は鉄扇を閉じ、満足げに笑った。


「壊れることでしか、守れないものもある。……彼女たちは今、この王都で誰よりも輝いているわ」


廃墟から再生した大地の真ん中で、気絶した父だけが、取り残された。

母は女になり、娘は個になった。

その日、一つの家庭が消滅し、二人の「戦士(にんげん)」が、世界に解き放たれたのだった。

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