第2話:Grand Guignol
主題歌:AVENGER/月蝕グランギニョル
https://youtu.be/TI_oCadNArw?si=6dWHu4Wkj8u5B9Sj
内紛が、起きた。
合唱コンクールを一週間後に控えた放課後。一部の反乱分子が、「歌うなんてダセェよ」と、ボスの指揮を拒絶し、練習をボイコットしたのだ。
ボスは頭を抱えている。組織分裂の危機だ。
俺は動いた。言葉でわからぬなら、身体でわからせるしかない。
俺は反乱分子の3人を処刑場へ連行した。
そこには、俺が用務員室から調達したドラム缶と、即席のセメントが用意してある。
俺はドスを利かせて言った。
「歌うのが嫌なら、泳ぐのはどうだ? 王都湾の底で、魚と合唱だ」
恐怖に顔を引きつらせる彼ら。
だが、そこにボスが駆けつけてきた。
「ゲンさん!やめてください!埋めちゃダメだ!」
「ボス?内紛の種は、排除すべきです」
「違う!恐怖で支配してもいい歌は歌えない! ……歌の心を教えるんです!」
歌の、心……?
俺はハッとした。俺はまた、安易な暴力に頼ろうとしていた。
ボスは、「仁義」を説けと言っているのだ。言葉ではなく、魂の叫びで。
俺はドラム缶を蹴り倒し、大きく息を吸い込んだ。
そうして、腹の底から歌った。
ドスの効いた重低音が、屋上の空気を震わせる。
それは童謡ではない。地獄の底の、鎮魂歌。
修羅の哀愁、友への祈り、そして、お嬢様への懺悔。全てを乗せたビブラートが、反乱分子の鼓膜と精神を破壊する。
歌い終えた時、屋上は静まり返っていた。
不良たちは膝をつき、ボロボロと涙を流していた。
「……すげぇ。マジかよ」
「響いたっす……」
彼らは改心した。俺の魂が届いたのだ。
「やります! 俺たちも歌わせてください! 合唱、最高っす!」
・・・・・・・・・・
不良たちを屋上に呼び出したゲンさん。
駆けつけると、ドラム缶に小麦粉を溶いたドロドロの液体を用意していた。
「海に沈める」とか言ってる。アウトだ。完全にアウトだ。
僕が必死に止めると、ゲンさんは突然として、真顔で歌い出した。
低い。怖すぎるほど低い。
まるで呪いの呪文のようだ。
でも、その迫力と、「歌わなければ本当に沈められる」という圧力に、不良たちは完全にビビって泣き出してしまった。
「歌います! やりますから許してください!」
結果オーライ……なのかな?
とにかく、これでクラスは一つになった。ゲンさんのおかげで、僕たちの合唱は完成に近づいていた。
・・・・・・・・・・
決戦の日。
会場の市民ホール裏手で、予期せぬ抗争が勃発した。
敵対組織が、我々のシマに侵攻してきたのだ。
奴らは協定を無視し、ボスと女子構成員たちに因縁をつけてくる。
ボスは非暴力で対抗する。
だが、奴らは聞く耳を持たない。リーダー格の男が、魔導強化された鉄パイプを振り上げた。
――交渉決裂。
俺は前に出た。
武器はない。ボスに「学校行事に武器は絶対にダメ」と禁じられているからだ。
ならば、俺自身が凶器になるまで。
俺は敵のリーダーの前に立ち、サングラスを外した。
そして、パツパツの制服の上着を脱ぎ捨てた。
ワイシャツの下、俺の背中には見事な昇り龍。
「……俺の大事な『兄弟分』の晴れ舞台だ。手出しするなら、俺の死体を跨いでからにしろ」
俺は腹を突き出し、無防備な姿を晒した。
敵が鉄パイプをフルスイングする。
脇腹に激痛が走る。あばらが一本逝ったか。
だが、俺は避けない。瞬きもしない。呻き声ひとつ漏らさない。
ただ、冷徹な目で敵を見下ろす。
「……軽い」
俺は血の混じった唾を吐き捨てた。
「お前らの暴力には『重み』がねぇ。覚悟のない暴力は、ただのお遊びだ」
俺の放つ「死の気配」に、敵のリーダーは後ずさった。
生物としての、本能的な恐怖。
彼らは悟ったのだ。目の前にいるのは中学生ではない。修羅場をくぐり抜けた、本物の怪物だと。
「ひ、ひぃッ!こいつヤベ!目がマジだ!」
奴らは悲鳴を上げて逃げ出した。
勝った。一滴の血も流さず、俺はシマと兄弟たちを守り抜いたのだ。
・・・・・・・・・・
半グレ高校生に絡まれた僕たち。
絶体絶命のピンチに、ゲンさんが立ちはだかった。
ゲンさんが上着を脱ぐと、背中には龍の入れ墨が描かれてあった。
半グレに鉄パイプで殴られた時、ゲンさんは微動だにしなかった。
実際は痛すぎて声が出なかっただけかもしれないけど、その形相は鬼そのものだった。
殴られても無表情で、「軽いな」と呟く13歳の、おじさん。
半グレたちは完全にビビっていた。
「こいつ、ヤク中のオッサンじゃねぇか!? ヤベェぞこれ!」
彼らはゲンさんの「本物のヤバさ」を感じ取って逃げていった。
ゲンさんはそのまま、スローモーションのように膝から崩れ落ちた。
「……ボス、歌の時間だぜ」
カッコいいけど、やっぱり肋骨折れてるんじゃないですか?
・・・・・・・・・・
作戦完了。コンクールは成功した。
俺のソロパートで審査員のお婆さんが感動のあまり失神するというハプニングはあったが、特別賞を受賞した。
そして、黒幕のナラから連絡が入った。
「組長が許してくれたわよ。帰ってらっしゃい」
俺の謹慎は解かれ、本来の組へ戻る許可が下りたのだ。
夕暮れの校門。茜色の光が長く影を落としている。
俺はボス――いや、ゴウに別れを告げる。
「ゴウの兄弟……世話になったな。勉強になったぜ。世の中、チャカとドスだけが解決策じゃねぇ。時には引く勇気、そして歌う心が大切なんだとな」
ゴウは少し寂しげに笑って、俺に一つの包みを渡した。
「卒業祝いです、ゲンさん。クラスのみんなからです」
俺は震える手で包みを開けた。
中に入っていたのは――本物の『魔法少女マジカル・ピュア』の、変身ステッキ。
俺が求めてやまなかった、究極のアーティファクト。
クラスの全員が小遣いを出し合い、闇市ではなく、正規の玩具屋で買ってきてくれたのだ。
「……ありがてぇ……」
俺はステッキを懐にしまい、黒塗りのリムジンへと足を向けた。
その時、背後からゴウの声がした。
「ゲンさん! ……僕、ゲンさんみたいになりたいです!」
俺は足を止めた。
「ゲンさんは強くて、優しくて……。僕も、あんな風に生きるのも、かっこいいかなって……」
憧れ。純粋な少年が、アウトローに向ける無垢な眼差し。
だが。
俺はゆっくりと振り返り、サングラスを少しずらして、ゴウを睨みつけた。
「……吐き気がする!」
「え……?」
ゴウが怯む。俺はドスを利かせて、冷たく言い放った。
「勘違いするな。『良いヤクザ』『義理堅い極道』?そんなのはな、作り話の中にしかいねぇんだ。現実は、薄汚ねぇ金と暴力、人を騙して騙されて、そうして、後悔の行き着く先はいつも、掃き溜めだ……」
俺は自分の薄汚れた手を見せた。
「落伍者だ。俺たちはな。好きでこうなった奴もいれば、戻れなくなった奴もいる。……だが、お前は違う!」
俺はゴウの胸を、拳でトンと突いた。
「お前は表の人間だ。オモテを堂々と歩ける特権を持ってる。その切符を、わざわざ、安っぽい憧れでドブに捨てるんじゃねぇ!」
「ゲンさん……」
「『光あるうち、光の中を歩め』――昔、誰かが言ってた言葉だ。俺みてぇなドブの中の泥棒ネコに憧れる暇があったら、その光を!……光を守るために、真っ当な場所で強くなれ!」
それは、俺がこの学校で学んだことでもあった。
俺は背を向け、車に乗り込んだ。
車が走り去る。
俺は窓を開けず、懐のステッキを握りしめながら、心の中で敬礼した。
「あばよ、ダチ公……。達者でな」
・・・・・・・・・
夕暮れの校門。
ゲンさんの言葉が、僕の胸に重く響いていた。
『光あるうち、光の中を歩め』
怖い顔をして、怖い声で言ったけれど、それはゲンさんが僕にくれた、一番優しいエールだったのかもしれない。
黒塗りの高級車が彼を乗せて走り去っていく。
さようなら、ゲンさん。貴方はフィクションじゃなくて、間違いなく、僕たちのクラスメイトだった。でも、僕は貴方のようにはならない。貴方が守ろうとした「真っ当な道」を歩いていきます。
見送る僕の背中を、ナラさんがバシッと叩いた。
「いい勉強になったわね、ゴウ君」
「……はい。僕、真面目に生きます」
「そう。じゃあ、その真面目さを活かして……次は『地獄から来た魔王の息子』を転入させましょうか。彼、なんか、更生先を探してるのよ」
「ええっ」
ナラさんが指差した先には、角の生えた全身トゲトゲの少年が、校門を蹴り飛ばして「学校爆破してぇよ」などと叫んでいる姿があった。
「光の中を歩ませてくださいよぉぉぉぉぉ!!」
僕の悲鳴が、夕陽に染まる王都に響き渡った。
コメディの幕は下りるが、僕の受難はまだまだ続くらしい。




