第1話:極道中学生現る!
王都の夜風は、今日も俺の頬を冷たく叩く。
俺の名はゲン。裏社会で「包丁」の異名を持つ、一匹の狼だ。
だが今、俺は人生最大の危機に瀕していた。組織からの絶縁。理由は「任務失敗」だ。
ボスの愛娘、5歳のマリーお嬢様が所望されたアーティファクト『魔法少女マジカル・ピュア』の変身ステッキ。その調達において、俺は致命的なミスを犯した。
「ピンクで光る棒」。その情報だけを頼りに、俺が闇市で入手したのは、工事現場の夜を照らす「誘導棒」だった。
お嬢様の号泣は、俺への死刑宣告に等しかった。
「子供心を理解するまで、組の敷居を跨ぐな」
ボスの言葉が重くのしかかる。俺は公園のベンチで、鳩に囲まれながらサングラスの奥で涙を流した。
そこへ、二人の影が差した。
一人は、まだ年端もいかない少年。だが、その瞳にはどこか組織の長たる器を感じさせる。
もう一人は、黒いドレスを纏った妖艶な女。
「……拾って、いきましょうか」
女が言った。
拾う? 俺をか?
笑わせる。野良犬を拾う気でいるのか。だが、今の俺には帰る場所も、ドッグフードを買う金もない。
俺は、無言で立ち上がった。この出会いが、地獄への片道切符だとは知らずに。
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ある日の夜。
僕は、獣病院への道を歩いていた。隣には、ナラさんがいる。
悩みがあった。今度行われる「合唱コンクール」の委員を押し付けられたのだけど、クラスが全然まとまらないのだ。
そんな時、公園のベンチでうなだれている、めちゃくちゃ怖い変なおじさんを見つけた。
黒いスーツ。手には、リボンでラッピングされた「工事現場の誘導棒」。
怖いよ。
「拾っていきましょうか」
ナラさんがとんでもないことを言った。
「ええっ!?ナラさん、あれヤクザ屋さんの人ですよ!?」
「大丈夫よ。以前、ちょっとしたシマのトラブルで顔見知りなの。……おーい、ゲンさん。こんなところで何してんの?」
おじさん――ゲンさんは、サングラスを外すと、充血した目で僕たちを見た。
「……姐さんか。俺はもう終わりだ。『魔法少女』が何かわからねぇ男に、渡世を張る資格は、もう、ねぇ」
何を言ってるんだろう、この人。
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連行された先は、古びた洋館だった。
そこで待っていたのは、白衣を着た狂いの博士、エラーラだ。彼女は俺の精神構造を解析し、冷酷な診断を下した。
「驚くべき結果だ。君の戦闘力は高いが、『一般的社会通念』は幼児以下だ。君は『社会』を知らなすぎる」
「『シノギ』の、ことか」
「違う。協調性や、暴力以外の解決策だ。君に必要なのは再教育だ」
黒幕のナラが、不敵な笑みを浮かべて提案した。
「名案があるわ。ゲンさん、この少年――ゴウ君の組に入りなさい」
潜入捜査か。
場所は「第1中学校」。目的は、そこで「子供心」と「常識」を学び、組織へ復帰するためのスキルを獲得すること。
そして、若きドン、ゴウの護衛だ。
「潜入用の偽装装備よ。背負いなさい」
渡されたのは、革製背嚢――通称「学生カバン」。
俺の巨体には小さすぎるが、これは拘束具の一種だろう。俺の暴走を抑えるための錘だ。
「姐さんの命令なら、地獄の釜でもお遊戯室でも」
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獣病院の診察室はカオスだった。
エラーラさんはゲンさんの精神年齢を「3歳児」と断定し、ナラさんは面白半分で「中学校への転入」を提案した。
「無理ですって!35歳ですよ!? どう見ても取り立て屋か、殺し屋ですよ!」
「大丈夫。この『認識阻害の眼鏡』をかければ、『ちょっと発育の良い老け顔の転校生』に見えるわ。嘘だけど」
ナラさんは適当な伊達眼鏡をゲンさんにかけさせ、さらに学生カバンを背負わせた。パツパツのスーツに、学生カバン。完全に不審者だ。通報待ったなしだ。
でも、ゲンさんは大真面目な顔で敬礼している。
「ボス、命に代えても護衛します」
ボスとは、どうやら僕のことらしい。
……僕の胃が、キリキリと痛み始めた。
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翌日。俺は戦場に立っていた。
30人の構成員たちの視線が痛い。だが、俺は怯まない。
「……源田だ。好きな言葉は『落とし前』」
挨拶を済ませ、ボスの隣の席に陣取る。
そして正午。配給の時間だ。
だが、トラブルが発生した。一つの「黄金」が余ったのだ。
数人の構成員が血眼になり、それを巡って争い始めた。
彼らは「ジャンケン」という原始的な儀式で決めようとしている。だが、それでは遺恨が残る。敗者は勝者を恨み、夜道で刺すのがオチだ。
俺は、動いた。
懐から愛銃を取り出し、回転式弾倉を回す。
「小僧ども。そんな子供騙しで決着がつくのか」
俺はチャカを机に置いた。教室の空気が凍りつく。
「公平に……運否天賦で決めようじゃねぇか。命を張ってこその遊戯だ。プリン一つに命を賭ける、その覚悟がある奴だけがスプーンを握れ」
構成員たちが青ざめ、震え上がる。
それが、命の重みだ。
だが、若きドンが俺の手を制止した。
「ゲン!ここは平和的解決だ!」
「しかし、それでは……」
「ジャンケンでいいんだよ!命は賭けない!」
俺は戦慄した。
なんて慈悲深い。命を賭けずに勝敗を決めるだと? 敗者を生かし、明日への希望を残すシステム。
この組は、あまりにホワイトだ。
俺は銃を収め、目頭を熱くした。
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給食の時間。余ったプリンを巡って、男子数人がジャンケンをしようとしていた。
すると突然、ゲンさんが懐からモデルガンを取り出し、弾倉を回し始めた。
「ロシアンルーレットで決めようじゃねぇか」
教室中が「ヒィッ!」と悲鳴を上げた。
先生は気絶し、女子は泣き出しそうだ。認識阻害の眼鏡、全然仕事してないじゃないか!
「ゲンさん!しまって!それモデルガンですか?」
「ああ。だが、重量感は本物だ」
「そういう問題じゃないです!学校で命のやり取りは禁止です!ジャンケンでいいんです!」
僕が必死に止めると、ゲンさんはなぜか感動して泣き出した。
「……カタギの世界は、あったけぇな……」
何に泣いてるのか全くわからないけど、とりあえず、警察沙汰は回避できた。
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清掃の時間。
一人の構成員が任務を放棄し、箒を凶器に見立てて振り回している。
組織の規律を乱す者は、即座に処分しなければ示しがつかない。
俺は無言で背後に立ち、奴の手首を掴んで机に固定した。
「な、なに!?」
俺は反対の手で、鋼鉄の棒切れを高く振り上げた。
「組織への裏切りだ。……指を詰めろ。ケジメの時間だ」
小指一本で許してやる。それが俺の慈悲だ。
だが、またしてもボスが割って入った。
「やめろゲン!指は詰めない!」
「ボス、ケジメをつけさせなければ、他の者が……」
「先生に報告して、『ハンセイブン』を書かせるんだ!」
ハンセイブン……?
俺の手が止まる。
肉体ではなく、精神に罪を刻み込み、自らの恥を文字として記録し、永久に保存させる拷問か。
指を失う痛みは一瞬だが、文字に残る恥は一生消えない。
ボス、あんたは悪魔か。
俺は棒切れを下ろし、震える生徒の肩を叩いた。
「よかったな。ボスの温情に感謝しな」
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掃除をサボって遊んでいた男子・タカシ君。
ゲンさんが無言でタカシ君の手を押さえつけ、定規をナタのように振り上げた時は、心臓が止まるかと思った。
「指を、詰めろ」
本気だ。この人の目は本気で言っている。
僕は慌てて止めに入った。
「反省文!先生に言って、そしたら、反省文だけでいいはずですから!」
するとゲンさんは、「なんて残酷な……」という顔でタカシ君を見た。
いやいや、いやいや、指詰める方が100倍残酷だからね?
タカシ君は泣きながら「掃除します! 真面目にやります!」と床を磨き始めた。
結果的にクラスは綺麗になったけど、僕の寿命はすっかり縮んだ。
こうして、僕とヤクザの奇妙な学園生活は、綱渡りの状態で続いていった。
だが、本当の試練はこれからだった。
合唱コンクール。それが、僕たちを待つ最大の抗争の場だったのだ。




