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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
詐欺師と無知
77/198

第2話:Big King

主題歌:THE ビッグオー/BIG-O!

https://youtu.be/YNJO6gmMRrY?si=3nyh4e2PGLuF0_90

翌日。

フラッシュ・エナジーの株価は最高値を更新していた。

だが、ナラは違和感を抱いていた。

社内を歩いていると、妙な気配を感じるのだ。社員たちの目が血走っている。そして何より、地下のスーパーコンピュータ「マモン」から、どす黒い怨念のような熱気が漂ってきている。


「……お母様、やっぱり変よ。この会社、何かがおかしい」


『やっと気づいたか。って……今頃?』


「あの地下の機械……あれ、ただの計算機じゃないわ。きっと『社員の生体エネルギーを吸い取って魔力に変える祭壇』よ! だからみんなあんなにやつれているんだわ!」


『……君の想像力は、ある意味で真実を突いているが、どうもまだ、おしいね。経済的にはもっと酷いことをしているぞ?』


ナラはゴードンの社長室へ乗り込んだ。

ゴードンは待っていたかのように、深刻な顔でナラを迎えた。


「ナラさん……実は、貴女に話さなければならないことがあります」


「やっぱりね。あの地下の機械『マモン』のことでしょう?」


「ええ。……実は、あの機械が暴走を始めたのです」


ゴードンは嘘をついた。

暴走などしていない。彼はこれから、マモンを使って市場に大量の「売り注文」を浴びせ、株価を大暴落させる計画だった。だが、それを自分の手でやれば逮捕される。だから、事情を知らないナラを利用するのだ。


「あの機械を止めるには、この『緊急停止ボタン』を押すしかありません。しかし、私には悪魔の契約があって押せない……。正義の心を持つ貴女にしか、この役目は果たせないのです!」


ゴードンが差し出したのは、真っ赤なボタンがついたリモコンだった。

それは実際には、全保有株の即時売却と空売りプログラムを一斉起動するスイッチだった。


「これを押せば、悪魔は止まるのね?」


「はい。会社は一時的に混乱しますが、社員たちの魂は救われます」


「わかったわ。任せて!」


ナラはリモコンを受け取り、地下室へと走った。

ゴードンは忍び笑いを漏らした。


「ククク……愚かな女だ。それを押した瞬間、株価はナイアガラの滝のように落下し、私は巨万の富を得る。14時間後には国外で優雅な隠遁生活の始まりだ。全ての責任は、『操作ミス』をしたお前に被ってもらうぞ」



地下サーバールーム。

「マモン」は轟音を立てて稼働していた。その熱気は、まさに地獄の釜のようだ。

ここでは、証券取引所の正規ルートを通さない私設取引が行われ、一般投資家には見えないところで巨額の金が動いていた。

ナラはマモンの前に立ち、リモコンを構えた。

ボタンを押そうとして――止めた。


「……待って。こんな小さなボタン一つで、この巨大な悪魔が止まるものかしら?」


ナラの直感が囁いた。

ラスボスを倒すのに、リモコンでピッとやって終わり? そんな味気ない結末、物語としてありえない。

悪魔を退治するには、もっとこう、物理的な「聖なる一撃」が必要なはずだ。


「そうよね……あたしは『ドミュナス』として雇われたんだもの。半端な仕事はしないわ!」


ナラはリモコンを放り投げた。

そして、愛用の鉄扇を抜き放ち、なけなしの魔力を充填した。


「ナラティブ!ショータイム!」


ナラは全力で、マモンの主要回路を叩き割った。

火花が散り、冷却液が噴き出す。

だが、それで終わりではなかった。

物理的に破壊されたマモンは、回路がショートし、暴走状態に陥った。

「停止」ではなく、「バグった注文」を光の速さで市場にばら撒き始めたのだ。


『注文:1株をゼロ価値で売却』


『注文数:無限』


『繰り返し:永久』


それは、ゴードンが想定していた「空売り」などという生易しいものではなかった。

市場のシステムそのものを破壊する、「フラッシュ・クラッシュ」の引き金だった。


王都証券取引所。

電光掲示板が赤く染まった。

フラッシュ・エナジーの株価が、10000から、一瞬で1、そして0、さらにはエラー表示へと変わった。

それだけではない。マモンの暴走したアルゴリズムは、市場全体の回線をジャックし、他の全銘柄にも「0価値で無限に売り続ける」誤発注を感染させた。


「ぎゃあああ! 私の資産が!」


「システムがダウンした! 取引停止だ!」


市場は大パニックに陥った。

投資家たちは恐怖に駆られ、銀行へ殺到した。

取り付け騒ぎの発生である。

社長室のゴードンは、モニターを見て絶叫した。


「な、なんじゃあこれは!? 下がるどころか、市場そのものが、消滅している!?」


彼は慌てて、自分の「空売りチケット」を換金しようとした。

だが、画面には非情なメッセージが表示されていた。


『取引所サーバーダウンにより、全決済を凍結します』


「ば、馬鹿な……!システムが死んだら、利確できないじゃないか! 私の資産はどうなる!?」


さらに最悪なことに、マモンが物理的に破壊されたことで、ゴードンが隠していた裏帳簿やタックスヘイブンのデータが、壊れたサーバーから自動的に警察の回線へ流出してしまった。


「終わった……。私の完全犯罪が、たかが、ただの暴力で……!」


数時間後。

フラッシュ・エナジー本社は、王都警察と証券取引等監視委員会によって封鎖された。

ゴードンは、詐欺、相場操縦、粉飾決算、インサイダー取引など、ありとあらゆる金融犯罪の容疑で逮捕された。

彼は連行されながら、ナラを指差して叫んだ。


「あの女だ! あの女がやったんだ! 私は被害者だ!」


ナラもまた、取調室にいた。

向かいには、カレル警部と、王国の法務官ハンスが座っている。


「……ええと、ナラ君。君がやったことは……」


「ああ、あの機械、やっぱり呪われてましたよ!」


ハンス法務官は頭を抱えた。


「……法律的に分析しましょう。彼女は会社の備品であるコンピュータを破壊しました。これ自体は『器物損壊罪』です。しかし、彼女には株取引の権限も知識もなく、相場を操縦する『意図』の立証ができません。さらに、彼女が機械を壊してくれたおかげで、ゴードンの犯罪の証拠が全て明るみに出ました」


カレル警部が頷く。


「つまり?……彼女は結果的に犯罪組織を壊滅させた功労者……ということになる、のか?」


「……釈然としませんが、法的には、無罪です。器物損壊についても、会社自体が消滅したため、被害届を出せる者がいません」


ナラはキョトンとしていた。


「あら、あたし無罪? 当然よね。正義は勝つのよ!」


そして、この大騒動の結末は、意外な形で幕を閉じた。

流出したデータから、ゴードンが海外に隠していた莫大な隠し資産が発見されたのだ。

王国政府はこれを全額没収し、フラッシュ・エナジーの株で損をした市民への賠償金に充てた。

結果として、経済的な損失は補填され、市民たちは「いい夢を見させてもらった」と懐を温め、ゴードン一人が無一文で牢獄に入ることになった。



後日。

瓦礫となったオフィス街の屋台で、ナラは安っぽいスープを啜っていた。

青空の下、風が心地よい。


「ふぅ。やっぱり汗をかいた後のスープは最高ね」


通信機から、エラーラの呆れた声が響く。


『……ナラ。君ね、自分が一体何をしたか分かっているのか? 君の一撃で、一時的とはいえ国の経済が崩壊したんだぞ』


「あら、人聞きの悪い。あたしは悪魔を退治しただけよ。結果的にみんなのお金も戻ってきたし、悪い奴は捕まった。ハッピーエンドじゃない?」


『……無知とは、時に最強の武器だな』


ナラはスプーンを置き、空を見上げた。

そこには、紙屑になったフラッシュ・エナジーの魔導電子株券が、白い鳥のように舞っていた。

経済の理屈も、株価の乱高下も、彼女には関係ない。

彼女にあるのは、今日も美味しいスープが飲めるという「確かな現実」と、自分は正義を成したという「揺るぎない物語」だけだった。


「さ、帰って昼寝でもしましょうか。……あ、お母様、今月の家賃、ゴードンからもらった顧問料で払っておいたわよ!」


『……それは多分……後で没収されるぞ?』


ナラティブ・ヴェリタス。

彼女は今日も、複雑怪奇な世界を「文脈(ぼうりょく)」という一本の剣で叩き切り、笑顔で歩いていく。

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