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第1話:Flash Gordon

主題歌:フラッシュ・ゴードン/フラッシュのテーマ

https://youtu.be/epb8CoI8zXg?si=cEMOje6T2MUq55rh

王都の経済は、狂乱の只中にあった。

路地裏の靴磨きから宮廷の貴族まで、誰も彼もが挨拶代わりにこう叫ぶのだ。


「『フラッシュ』は買ったか!?」


株式会社フラッシュ・エナジー。

突如として現れたこの新興企業は、「『永久機関』の開発に成功した」と発表し、王都証券取引所・エイジャックスの話題を独占していた。株価は連日ストップ高。出資すれば月利10%の配当が確約されるという……まさに、夢のような錬金術だ。

そんな狂騒とは無縁の場所――王都の外れ、獣病院の二階。

ナラティブ・ヴェリタスは、空っぽの財布を逆さまにして振っていた。出てきたのは埃と、スーパーの割引券だけだ。


「……不条理だわ。世界には無限の富があるはずなのに、なぜあたしの財布だけが真空地帯なのかしら。紙幣をもっと印刷して配れば、誰もがお金持ちになれるはずなのに……」


「ナラ君?君がいま一文無しなのは、先週、気に入ったアンティークのティーカップを『運命の出会い』だとか言って衝動買いしたからだろう?」


奥のデスクで魔導書を読んでいたエラーラが、顔も上げずに指摘する。

そこへ、不意にチャイムが鳴った。

現れたのは、仕立ての良いスーツを着た、銀髪の紳士だった。柔和な笑みを浮かべているが、その目は爬虫類のように冷たく光っている。

ゴードン・ビッグ。通称「錬金術師の王」。今をときめくフラッシュ・エナジーのCEOその人だ。


「お初にお目にかかります、ナラティブ・ヴェリタス様。……単刀直入に申し上げましょう。貴女を我が社の『リスク管理顧問』としてお迎えしたい」


提示された報酬額は、ナラが一生かかっても使い切れないほどのゼロが並んでいた。

ナラは鉄扇で口元を隠し、眉をひそめる。


「うまい話には毒がある。……あたしに何を求めているの?産業スパイの排除?それとも呪いの解除?ヤクザとのタイマンなら、まかせて頂戴!」


「ハハハ、もっと高尚な仕事ですよ。貴女の『直感』をお借りしたい。貴女のような高潔な方に、会社の所有権者(ドミュナス)となっていただきたいのです」


ゴードンは深々と頭を下げた。

「所有権者」。彼女の中の「文脈」が、これを「正義の味方へのスカウト」と翻訳した。


「……いいでしょう。その『見えない悪意』とやら、あたしが祓ってあげるわ」


こうして、経済知識ゼロの探偵が、史上最大の金融犯罪の中心へと足を踏み入れた。



フラッシュ・エナジーの本社ビルは、王都の一等地に聳え立っていた。

大理石のロビー、クリスタルのシャンデリア。社員たちは皆、忙しなく電話に向かって叫んでいる。

ナラはゴードンに案内され、社内を見学していた。


「見てください、この活気を!」


ゴードンが指差す先では、社員が顧客に電話をかけていた。


『ええ、ええ! 今買わないと損です! まだ一般公開前の『未公開株』を、特別にあなただけに……!』


ナラは通信機越しに、エラーラに囁いた。


「ねえお母様。あんな大声で『あなただけに』なんて言ったら、全員に聞こえちゃうんじゃない?」


『……ナラ君?それは典型的なIPO詐欺の手口だ。上場する予定のない株を、値上がり確実と偽って売りつけているんだよ。いいかい?上場しないということはだね……』


「ふうん? まあ、熱意は伝わってくるわね」


次にナラが案内されたのは、地下にある厳重な警備区画だった。

そこには、巨大な魔導演算機が鎮座していた。機械は高熱を発し、唸りを上げている。

無数の光ケーブルが、壁の向こうへと伸びていた。


「これが我が社の心臓部、スーパーコンピュータ『マモン』です」


「……随分と禍々しい名前ね。悪魔の名前じゃないの?」


「ハハ、富の神ですよ。こいつが1000分の1秒単位で市場を監視し、最適な『流動性』を提供しているのです」


ゴードンは誇らしげだが、エラーラの声は冷ややかだ。


『ナラ、その機械が行っているのは「相場操縦」だ。買う気のない大量の注文を一瞬で出しては消し、人工的に人気があるかのように見せかけて株価を変動させているんだ』


「へえ、働き者な機械ね。あたしも見習わないと」


『……君には私の声が届かない呪いでもかかっているのか?』


そして、記者会見の時間がやってきた。

ナラはゴードンの隣に座らされた。

記者のカーラが詰め寄る。


「ヴェリタスさん! 貴女から見て、フラッシュ・エナジーの将来性はどうですか!?」


ナラは経済など一切知らない。

だが、彼女は空気を読む天才だ。彼女は、この会社に漂う、何か大きなものが渦巻いている気配を感じ取っていた。


「そうね……。ここには、目に見えない『巨大な力』が働いているわ」


ナラは真剣な眼差しで答えた。彼女は「ゴードンに取り憑いた悪霊か何か」の話をしていた。


「それは底知れぬほど深くて、一度足を踏み入れたら二度と戻れない……そんな『魔力』を感じるわね」


会場がどよめいた。

投資家たちは、その言葉を勝手に翻訳した。


『あのヴェリタスの娘が認めた! 底知れぬ利益! 戻れないほどの高騰!』


「買いだ! 今すぐ買えェェェ!!」


ナラの一言で、株価チャートが垂直に跳ね上がった。

「風説の流布」。著名人を利用した相場操縦が、完璧に決まった瞬間だった。



その夜。社長室でゴードンは祝杯を挙げていた。

窓の外には、フラッシュ・エナジーの株を求めて行列を作る市民たちの姿が見える。


「チョロいもんだ。……おい、財務状況はどうなっている?」


部下の会計士ドロシーが、青ざめた顔で報告書を差し出す。


「社長……限界です。新規の出資者から集めた金を、古参の出資者への配当に回すポンジスキームも、もう回らなくなってきました。もし嘘がバレたら、暴動が起きます」


「構わん。決算書は適当に数字を弄って粉飾しておけ。利益が出ているように見せかければいい」


ゴードンは葉巻を燻らせ、ニヤリと笑った。


「そろそろ出口戦略の時間だ」


彼は懐から、一枚の魔導チップを取り出した。

それは、株価が暴落すればするほど儲かる空売り権利の山だった。


「私が持っている自社株を、高値のうちに全て売り抜けて、そして同時に、空売りを仕掛けて会社を意図的に潰す。……そうすれば、私は上がる時も下がる時も儲け、最後は莫大な資産を持って海外へ高飛びだ」


ゴードンはモニターに映るナラの姿を指差した。


「そのためのスイッチは、あの『所有権者(ドミュナス)』に押させてやるさ。破滅のボタンをな」


狂乱の株価上昇の裏で、破滅のカウントダウンが始まっていた。

だが、ナラはまだ気づいていない。

彼女は社食で出された高級ランチを食べながら、能天気に喜んでいた。

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