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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ@skeb¥1,000-
密告者たちの青春
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第1話:密告者たちの青春!

降りしきる雨が、獣病院の窓ガラスを叩く。湿気と共に、カビ臭い憂鬱が部屋に充満していた。

ナラティブ・ヴェリタスは、ソファに深く沈み込み、気怠げに鉄扇を弄んでいた。


「……退屈ね。世界中のカップルが爆発すれば、少しは景気が良くなるのかしら」


そんな呪詛を吐いた直後、ドアがノックされた。

現れたのは、一人の少年だった。

レオ。王都魔導学院の中等部に通う、線の細い少年だ。

彼は震える手で、胸元から一つの「魔導結晶」を取り出した。


「……助けてください、ヴェリタスさん!僕、殺されるかもしれないんです!」


ナラは眉をひそめた。


「殺される? 誰によ?」


「……彼女にです!僕の恋人の、ミナに!」


「はああ?何で?」


レオは泣きそうな顔で、掌サイズの六角形の水晶をナラに差し出した。

それは、王都の若者たちの必需品。遠く離れた相手と思念を交換できる魔導具だ。


「精神的に、殺されそうなんです。……僕、もう限界で……」


ナラは興味なげに結晶を受け取った。

そこに映し出されていたのは、個人間の思念通信アプリ『リンク』のログだった。

ログを見た瞬間、ナラは「うわっ!」……と声を漏らしそうになった。

画面が、レオの文字で埋め尽くされていたからだ。


『おはよミナ。今日も可愛いね』 (送信 7:00)


『あ?寝てる?』 (7:05)


『既読ついたのに、なんで返事ないの?』 (7:10)


『僕、悪いことした?』 (7:12)


『怒ってるなら謝る。ごめん』 (7:15)


『ね』 (7:16)


『ねえ』 (7:17)


『他の男といる?』 (7:20)


ナラは顔をしかめた。


「ん?……んんんんん?……ねえ、少年?……これ、朝の20分間の出来事?」


「はい。だって、おかしいじゃないですか! 水晶が光って『共鳴』したのに、返信ないなんて! 無視するってことは、この僕を傷つけようとしてるってこと……ですよね!?」


レオは悲劇のヒロインのように訴えた。

魔導結晶は、相手がメッセージを開くと微かに振動し、光を放つ。それが「読んだ」証拠だ。

レオにとって、光ったのに返信がない時間は、永遠の拷問に等しいらしい。


「彼女、ただ……忙しかっただけ…じゃない……」


レオは食い気味に即答した。


「違います!愛しているなら3秒で返せるはずです!それが誠意でしょう!?返信速度は愛情の重さですよ!」


「んん……?」


レオの主張は、歪んでいた。

だが、彼は本気で自分が「無視された可哀想な被害者」だと信じ込んでいる。

ナラは溜息をつき、画面をスクロールさせた。

ミナからの返信は、昼過ぎにようやく来ていた。


『ごめん授業中』


それに対するレオの返信。


『授業と僕どっち大事?』


『嘘だよね。オンラインになってたよね』


『スタンプ』(×50)


ナラは頭痛がしてきた。


「……で?……彼女に殺されるっていうのは?どう殺されるの?」


「これ見てください!」


レオが操作し、別のアプリを開いた。

不特定多数に短文を投稿できる公開掲示板『ウィスパー』だ。


そこに表示されていたのは、ミナのアカウントによる投稿だった。

画像が添付されている。

それは、魔導結晶の画面を魔術的に複写した『思念スクショ』だった。

画像の中身は、レオが送った必死な長文の愛のメッセージ(楽しいポエムのオマケ付き)。


そして、ミナのコメント。


『朝から重すぎ。通知鳴り止まなくて水晶壊れるかと思った』


その投稿には、大量の「共感」と、返信がついていた。

レオは青ざめた顔で言った。


「信じてたのにッ!二人だけのリンクを、勝手にスクショして晒すなんて……! これのせいで、僕は学校中の笑い者です!」


ナラは黙って画面を見つめた。

確かに、プライベートな会話を晒すのはマナー違反だ。

だが……レオの送っている内容も概ね「ホラー」では、ある。


「さらに、これです」


レオが指差したのは、ミナのプロフィール欄にある『ステータス』。

そこには、名前を出さずに、しかし明らかにレオを指した言葉が書かれていた。


『距離感バグってる人無理。生理的に無理。自分のことしか考えてないよね』


名指しはしない。けれど、関係者が見れば誰のことか一発でわかる陰湿な攻撃。

レオは、震えていた。


「僕、何も悪いことしてないのに……。ただ、好きだから連絡しただけなのに……。なんでこんな酷い仕打ち、受けなきゃいけないんですか?」


ナラは、レオの瞳の奥を見た。

そこにあるのは、純粋な悲しみではない。

「僕は被害者だ」という、絶対的な自信と、ミナへのドス黒い憎悪だった。

ナラは、困った。


「そ……それでぇ?えー、私に、どうして、欲しいの、カナ?」


「話し合いがしたいんです。でも、彼女は僕を避けてる。……今日の夜、クラスの皆が集まる『ラウンド』という音声通話集会があるんです。そこで僕の潔白を証明して、彼女に謝らせたい。ヴェリタスさん、立会人になってくれませんか?」


『ラウンド』。

複数人が同時に音声で会話できる、魔導サーバー・サービス。

ナラは、かなり、とても、非常に嫌な予感がした。

それは「話し合い」の場ではない。現代の魔女裁判の場だ。


「……いいわ。付き合ってあげる。ただし、覚悟なさい。あんたが望むような『正義』なんて、そこにはないかもしれないわよ」


その夜。

ナラはレオの部屋で、魔導結晶を前にしていた。

部屋は暗く、結晶の青白い光だけがレオの顔を照らしている。


「接続します……」


レオが震える指で『入室』の紋章を押した。

ポーン、という接続音。

スピーカーから、ざわめきが聞こえてきた。

画面には、参加者のアイコンが並んでいる。

ミナと、その取り巻きの女子と男子。

だが、ナラは気づいた。

アイコンが「ミュート」になっている参加者が、他に5人もいる。

彼らは喋らない。ただ、聞き耳を立てて、レオが失言するのを待ち構え、裏で笑っている「観客」たちだ。


『……ミナ、話があるんだ』


レオが絞り出すような声で言った。

ミナのアイコンが光る。


『はぁ……?何もう私寝たいんだけど』


ミナの、気だるげな、被害者を装った声。

だが、最終的にレオを人づてで呼んだのは、他でもないミナだった。


『なんで……あんなスクショ晒したの?僕たちの会話は二人だけのものだろ?』


『だってぇ、怖かったんだもん。あんなに通知来たら、誰かに相談したくなるでしょ?ね、みんなもそう思うよね?』


取り巻きたちが一斉に同調する。

多勢に無勢。

ここは公平な法廷ではない。最初から判決が決まっている処刑場だ。

はじめに処刑があり、次に裁判があり、最後に証拠を作り出すのが「ルール」なのだ。


『僕は心配しただけだ! 返信がないから、何かあったのかと……!』


『それが重いって言ってんの! 自分の気持ち押し付けないでよ!』


ミナの声がヒステリックに響く。

レオが反論しようとした時、突然、彼の声が途切れた。


「あ、あれ? 声が出ない……?」


レオが結晶を叩く。

画面には『管理者により、発言権限が剥奪されました』の文字。

管理人はミナの取り巻きだ。彼らはレオの口を封じ、一方的に罵倒するターンに入った。

クスクスという笑い声。

見えない「無言勢」たちも、裏ではスタンプを連打して爆笑しているのだろう。

ナラは、レオの横顔を見た。

彼は泣いていた。

涙を流して反省して……いなかった。

明らかに、悔し涙ではない。

「こんなに虐められている可哀想な僕」に酔っている、暗い陶酔の涙だった。

その時。

レオの部屋のドアが、ノックもなしに開いた。


「レオ! あんた、まだ起きてるの!? 早く寝なさい!」


レオの母親だ。大声で怒鳴り込んでくる。

魔導結晶のマイクは、その怒鳴り声を鮮明に拾い、全員に配信した。

爆笑の渦。

レオのプライドは、粉々に砕け散った。

彼は顔を真っ赤にし、母親に向かって「出て行けよ!」と絶叫し、結晶を投げ捨てそうになった。

ナラは、静かにその手を押さえた。


「……もういいわ。交代して」


ナラは、管理者の権限を強制突破する術式を展開しながら、冷たく告げた。

 

「茶番は終わりよ。……ここからは、あたしが『本当の地獄』を見せてあげる」

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