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第4話:おばけの人権(1)

あの「山岳地帯一斉掃討作戦」から数日後。

王都のメインストリートは、異様な熱気と、少しカビ臭い冷気に包まれていた。


「……な、なんですの、あれ」


ナラは、買い物の帰りに足を止めた。

大通りを、プラカードを持った集団が行進している。

だが、彼らは人間ではなかった。

首のない騎士が『頭より権利を!』という看板を掲げている。

足のない幽霊が、宙に浮きながら『理不尽な除霊反対!』とシュプレヒコールを上げている。

全身が濡れた水死体たちが、『水回りの居住権を守れ!』とビラを配っている。

百鬼夜行ではない。

「デモ行進」だ。それも、極めて法に則った、許可申請済みの。


「……シュールすぎて頭が痛くなりますわ」


ナラがこめかみを押さえていると、トレンチコート姿のカレル警部が、疲労困憊の体で歩み寄ってきた。

彼の手には、分厚い書類の束が握られている。


「やあ、ナラ君。……悪いが、署まで同行願えるか」


「あら、何かありまして?」


「……訴えられているんだよ。君とエラーラ君が」


カレルは、遠い目をして言った。


「罪状は……『過剰防衛』『器物損壊』そして……『心霊的生存権の侵害』だ」


王都警察署、第3取調室。

そこは、現世と幽世の境界線が崩壊したかのようなカオスな空間となっていた。

机を挟んで向かい合っているのは、ナラとエラーラ。

そして対面には、スーツを着た「のっぺらぼうの弁護士」と、原告代表である「一つ目小僧」が座っていた。


「……えー、今回の事案において」


のっぺらぼうの弁護士が、顔のない面から器用に声を出した。


「被告人エラーラ・ヴェリタス氏による『陽子崩壊ビーム』の使用は、明らかに過剰。……であり、国際条約で禁止されている『非人道的兵器』の使用に該当すると思われます」


「異議あり!」


エラーラが机を叩く。


「あれは単なる『高出力掃除機』だ! 科学的探究心に基づく清掃活動であり……」


「掃除機で仲間が分子レベルまで分解されたんですが!?」


一つ目小僧が涙目で叫ぶ。


「あいつ……来週結婚する予定だったんだぞ!廃屋のローンも残ってたのに!」


「……知らんがな」


ナラがボソリと呟く。


「それに!」


弁護士が畳み掛ける。


「被告人ナラティブ・ヴェリタス氏による暴行も問題です。……私の依頼人である『天井下がりの女』さんは、貴女に髪を強引にとかされた精神的ショックで、現在、引きこもり状態です。『もう二度と人を驚かせない』と塞ぎ込んでいます」


「髪は女の命ですわ?ケアしてあげた感謝こそすれ、訴えられる筋合いはありません」


ナラは腕組みをしてふんぞり返った。


「そこです! その認識のズレこそ!が!問題なのです!」


弁護士は、分厚い辞典を開いた。


「我々怪異にとって、『人を驚かす』『呪う』という行為は、単なる趣味ではありません。……『生業』であり、アイデンティティであり、生存に必要なエネルギー摂取行動なのです!」


「はぁ?」


「人間がパンを食べるように、我々は『恐怖』を食べる。……貴女方が行ったのは、我々の『食事をする権利』と『労働権』を不当に奪う、営業妨害です!」


ナラは呆れ果てた。

コイツら、自分たちが化け物だという自覚があるのか?

いや……あるからこそ、「マイノリティとしての権利」を主張してきているのだ。


事態は法廷闘争だけに留まらなかった。

王都の職安では、さらに奇妙な光景が繰り広げられていた。


「……あの、次の仕事を紹介してほしいんですけど」


窓口に座っているのは、全身が腐りかけたゾンビの青年だ。

彼は申し訳なさそうに縮こまり、腐った指で書類を書いている。


「えーっと……。前職は?」


相談員が引きつった笑顔で聞く。


「墓場の警備員兼、通りすがりの旅人専門の『怖がらせ師』です」


「退職理由は?」


「……エラーラ・ヴェリタスって人に、職場ごと爆破されまして……」


相談員は頭を抱えた。


「あのですね……。ゾンビさんのスキルだと、食品関係は衛生法的に無理ですし、接客もちょっと……」


「僕、耐久力には自信あるんです! 殴られても死なないし、残業も24時間平気です!」


「いや、労働法がですね……」


その隣では、ろくろ首の女性が泣いていた。


「私、驚かすことしか能がないのに……。首が伸びるだけじゃ、大道芸人としても採用されないなんて……資格あるんですよ?」


街のあちこちで、怪異たちが路頭に迷っていた。

ナラとエラーラが「恐怖の根源」を徹底的に破壊しすぎたせいで、彼らは住処を失い、職を失い、ただの「不気味な失業者」として王都に溢れかえってしまったのだ。

彼らは人間に危害を加えない。

ただ、申し訳なさそうに街角に立ち、不安そうに人間社会を見つめている。


「……なんだか、あたしたちが悪者みたいですわね」


ナラは、街の様子を見てため息をついた。

カフェのテラス席。隣の席では、透明人間がコーヒーを飲んでいる。


「論理的に考えて、生態系のバランスを崩したのは我々だ」


エラーラが新聞を読みながら言う。

新聞の一面には『怪異の貧困問題、深刻化』『共生社会への道は?』という見出しが踊っている。


「でも、放っておいたら人が死にますわよ?」


「そこだ。……彼らにも『良い怪異』と『悪い怪異』がいるという議論が巻き起こっている」


エラーラは新聞を指差した。


「ルールを守って適度に驚かすだけの『伝統的怪異』と、命を奪う『悪質怪異』。……我々はそれらを区別せず、十把一絡げに殲滅してしまった」


「……区別なんてつきませんわよ。どっちもお化けじゃない」


「それが、差別だと言われているのだよ!ナラ君」


数日後。

事態を収拾するため、王都庁舎にて「人と怪異の共生に関する円卓会議」が開かれた。

出席者は、市長、カレル警部、エラーラ、ナラ。

そして怪異側の代表として、吸血鬼の伯爵(弁護士資格持ち)と、人狼の組合長。


「……単刀直入に言おう」


吸血鬼が、赤いワインを揺らして言った。


「我々は、人間を食べないし、殺さないと誓約しよう。その代わり、『驚かせる権利』の一部を認めていただきたい」


「具体的に?」


カレル警部が渋い顔で聞く。


「『指定驚かし区域』の設置だ」


人狼が提案する。


「夜の廃屋や、特定の墓地など、人間が『入ってはいけない場所』を定め、そこに侵入した者に対してのみ、我々は全力で脅かす権利を持つ。……いわゆる、お化け屋敷の天然版だ」


「それなら、人間の『肝試し需要』とも合致する」


エラーラが頷く。


「さらに、彼らには特殊能力がある。透明化、浮遊、怪力……。これらを労働力として活用する『怪異派遣法』を整備すれば、経済効果も見込める」


「……正気ですか、お母様?」


ナラが呆れる。


「ウィンウィンの関係だよ。……それに、彼らも生活がかかっているんだ。必死なんだよ」


議論は白熱した。


「驚かしの強度は? 心臓発作が起きたら?」


「労災は適用されるのか?」


「ゾンビの腐敗臭対策は?」


細かな法整備と、権利のすり合わせ。

それは、ファンタジーな戦いなどではなく、あまりにも現実的で、世知辛い「政治」の場だった。


一ヶ月後。

王都の夜は、少しだけ様変わりしていた。


「キャーーッ! 出たーーッ!」


廃屋から、若者たちの悲鳴が聞こえる。

中から、満足げな顔をしたろくろ首と一つ目小僧が出てくる。


「ふぅ、いい仕事したわね」


「今日の客、いいリアクションだったな」


彼らはタイムカードを押し、「お疲れ様でしたー」と言って帰路につく。

工事現場では、ゴーレムやゾンビたちが、夜間工事を行っている。


「オーライ、オーライ」


「重い資材は俺たちに任せな!」


彼らは「人間にはできない危険作業」を担う、頼もしい労働力となっていた。

そして、王都は外れの獣医院。


「……おい、新入り。そこ、埃が残ってますわよ」


ナラが、リビングの掃除をしている「ポルターガイスト」に指示を出していた。

宙に浮いた雑巾が、慌てて床を拭く。


「はいはい! すみません姐さん!」


「まったく。……幽霊なら幽霊らしく、壁のシミまで綺麗にしなさい」


ナラは紅茶を飲みながら、やれやれと肩をすくめた。

窓の外では、カレル警部が透明人間と一緒にパトロールをしているのが見える。


「……変な街になりましたわね」


「そうかな? 多様性の時代だよ」


エラーラが笑う。


「それに、彼らがいるおかげで、私の実験も捗る。『心霊現象の物理的解明』のサンプルには事欠かないからね」


「ひぃッ! エラーラ先生の実験だけは勘弁してください!」


ポルターガイストが震え上がる。

かつて殺し合った敵同士が、契約書と法律の下で、奇妙な隣人として暮らしている。

恐怖は管理され、エンターテインメントや労働力へと変換された。

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