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【5位】異世界探偵ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
未来からきた黒い百合
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第3話:未来からきた黒い百合(3)

部屋に入った瞬間から、主導権は完全にナラにあった。

「シャワーを浴びてきなさい」と言われ、アタシは従順な犬のようにバスルームへ向かった。

戻ってくると、ナラは既にベッドに横たわっていた。

漆黒のドレスを脱ぎ捨て、白いシーツの上に、その雪のような肌を晒して。


「……来なさい」


その後のことは、正直、記憶が断片的だ。

ただ一つ言えるのは、ナラは「いやに手際が良かった」ということだ。

彼女の指先、唇、吐息。

その全てが、アタシの弱点を知り尽くしているかのように、的確に、執拗に攻め立ててくる。

アタシは「食べる」つもりだったのに、気づけば「食べられて」いた。

彼女は、アタシを壊すように、そして慈しむように愛した。

快楽の波が、途切れることなく押し寄せる。

一度終わっても、すぐに次が来る。

意識が飛び、視界が白く弾け、喉が枯れるまで叫ばされた。

100回。

いや、そんな数字じゃあ、きかないかもしれない。

アタシは数えるのをやめた。

ただ、この快楽の海に溺れて、二度と浮上できなくてもいいと思った。

最高すぎるぜ──。

こんな世界があったなんて、知らなかった。

嵐が去った後。

アタシは、指一本動かせない状態で、天井を見上げていた。

隣には、ナラがいる。

彼女は、気怠げに髪をかき上げ、アタシの頬を指でなぞっていた。


「……生きてる?」


「……ギリギリ、な。」


アタシは、首だけを動かしてナラを見た。

汗ばんだ肌。乱れた黒髪。

事後の彼女は、神々しいほどに美しかった。


(好きだ)


心の底から、そう思った。

満たされた。

体も、心も、空っぽだったアタシの器が、彼女という存在で満杯になった。

ナラが、ふと遠い目をした。

窓の外、白み始めた空を見つめている。

その瞳。

さっきまで熱情を宿していた赤い瞳が、今は深く、暗く沈殿していた。

そこにあるのは、底なしの「闇」だった。

彼女が見ているのは、上野の空じゃない。

もっと遠い、アタシの知らない地獄。

彼女が「一流」になるために潜り抜けてきた、泥と血の世界。

孤独。喪失。諦観。

彼女の強さは、その圧倒的な「闇」の上に成り立っているのだと、アタシは直感した。


(……ああ)


アタシの目から、勝手に涙が溢れた。

悲しいわけじゃない。

ただ、彼女の孤独に触れてしまって、魂が震えたのだ。

ナラが、アタシの涙に気づいて振り返る。


「……どうしたの? 痛かった?」


「……ちげぇよ」


アタシは、動かない体を無理やり動かして、ナラの体に腕を回した。

そして、彼女の胸に顔を埋めた。


「……アタシが、守るからッ」


口をついて出た言葉は、自分でも驚くほど安っぽく、子供じみていて、そして、真剣だった。


「え?」


「アンタが……何を見てきたか知らねぇけど。……これからは、アタシがいる」


アタシみたいな半端者が、何を言ってるんだ。

彼女の方がずっと強いのに。

でも、言わずにはいられなかった。


「……だから、そんな顔すんなよ」


ナラは、一瞬きょとんとして、それからふわりと笑った。

その笑顔は、いつもの「強き女」の仮面が外れた、ただの少女のような笑顔だった。


「……生意気な子猫ちゃんね」


ナラは、アタシを抱きしめ返した。

その力は強く、温かかった。


「……ありがとう」


言わない。

彼女の闇の正体なんて、聞かない。

ただ、今この瞬間、彼女がアタシの腕の中にいること。

それだけが、揺るぎない真実だった。


「……時間よ、レイナ」


無情にも、現実が訪れた。

時計の針は夜の8時を回っている。

ホテルの延長料金が発生する時間ではない。アタシの仕事――『コンセプトカフェ・けもの道』の開店準備の時間だ。

店は夜9時オープン。今から向かわないと遅刻だ。


「……クソッ。行きたくねぇ」


「ダメよ。一流は仕事をすっぽかしたりしないわ」


ナラに急かされ、アタシたちはホテルを出た。

上野の夜は、これからが本番だ。

ネオンが毒々しく輝き、呼び込みの声が響く。

冷たい夜風が、火照った体に心地よい。……いや、むしろ熱を煽るようだ。

ナラは、そのままアタシについてきた。

「送ってあげるわ」なんて殊勝なことを言って。

だが、その距離があからさまに近かった。

歩きながら、腰と腰がぶつかる距離。

時折、二の腕が触れ合い、ナラのドレスの衣擦れの音が耳元で聞こえる。


「……近いってー。」


「あら。嫌なの?」


ナラは、アタシの耳元で囁いた。

事後の、甘くて濃厚な匂いを漂わせて。

すれ違う人々が、振り返る。

これから夜の街に繰り出すサラリーマン、同伴出勤のホステスたち。

みんな、アタシじゃなくて、ナラを見ている。

その圧倒的な美貌と、溢れ出る色香に当てられて。


「……チッ」


ムカつく。

みんな見んじゃねぇよ。

でも、同時に、腹の底からどす黒い優越感が湧き上がってくる。


(見ろよ。……このいい女、アタシのだからな)


さっきまで、この女を泣かせていたのはアタシだぜ。

この肌の柔らかさを知ってるのは、世界でアタシだけだぜ。

ナラがアタシに体を寄せるたび、それが「所有の証」みたいで、背筋がゾクゾクする。


「……アンタ、わざとやってんだろ」


「さあ? 何のことかしら」


ナラは涼しい顔で、でもしっかりとアタシの腰に手を回していた。

まるで、アタシが彼女のエスコート役であるかのように。あるいは、彼女がアタシの飼い主であるかのように。

店に着いた。

開店前の『けもの道』の前には、既に出勤してきた他のキャストや、黒服たちがたむろしていた。


「あ、レイナさん! おはようございます……って、え?」


後輩のキャストが、目を丸くする。

アタシの隣に、見たこともないとんでもない美女が張り付いているからだ。

ナラは、周囲の視線なんてお構いなしに、アタシの襟元を直した。


「……襟が曲がってましてよ」


その指先が、首筋をゆっくりと撫でる。

昨夜の感触が蘇り、アタシは小さく震えた。


「……んッ」


「ふふ。……いってらっしゃい、レイナ」


ナラは、アタシの頬にキスをするような距離で囁き、そして離れた。


「……頑張りなさいな」


周囲がざわめく。


「誰あれ?」


「超美人……」


「レイナさんのカノジョ?」


腹立つ。

マジで、腹立つ。

でも、悪い気はしなかった。

アタシの女だ。どうだ、羨ましいか。


「……じゃあな」


アタシは店に入ろうとした。

ナラは、踵を返して歩き出す。


「……ええ。ごきげんよう」


適当すぎる、当たり障りのない別れの言葉。

ナラの後ろ姿が、夜の雑踏に消えていく。

その背中を見た瞬間。

アタシの足が、ピタリと止まった。


(……待てよ)


あいつ、どこへ帰るんだ?

ナラは言っていた。「異世界から来た」と。

それはつまり、この世界には家がないってことだ。

昨日はどうした?

今日も、アタシとホテルにいた。

じゃあ、今夜は?

一人で、この寒い夜空の下を彷徨うのか?

あの寂しそうな目で、どこかのバーで時間を潰して、朝を待つのか?


(……ふざけんな)


アタシの女を。

アタシが抱いた女を、路頭に迷わせるなんて。

そんなの、ヤンキーの仁義に反する。

いや、アタシの「愛」が許さない。


「……店長ッ!!」


アタシは、店の奥から出てきた店長に向かって叫んだ。


「レイナちゃん? どうしたの?」


「じゃあ、腹痛ッス!死ぬほど痛ぇ! 今日、休みます!」


「ええっ!? 開店直前だよ!? なんとか……」


「無理ッス! 盲腸かもしれねッス! 救急車呼ぶ前に帰ります!」


アタシは、制服に着替えることもなく、ジャージのまま店を飛び出した。


「レイナちゃん!?」


背後で店長の悲鳴が聞こえるが、知ったことか。

クビになってもいい。

今、追いかけなきゃ、一生後悔する。

アタシは走った。

上野の夜道を、全力で。


「……ナラッ!!」


交差点の信号待ち。

漆黒のドレスを見つけた。

彼女は、ぼんやりと夜空を見上げていた。

アタシは、ナラの手首を掴んだ。


「……っ!」


ナラが驚いて振り返る。


「レイナ? ……どうしたの、仕事は?」


「早退した。……腹痛でな」


アタシは、肩で息をしながら言った。


「……帰るぞ」


「帰るって……どこへ?」


「アタシの家だよ」


アタシは、ナラの手を強く引いた。


「アンタ……帰る場所、ねぇんだろ?」


ナラは、目を丸くした。

そして、少しだけバツが悪そうに、視線を逸らした。


「……ホテルなら、取れますわよ。金貨もありますし」


「うっせぇ。……ホテルなんかじゃ、死んじまうだろ」


アタシは、ナラを睨んだ。


「ウチに来い。……狭いし、汚いけど。……一人は、やめろ」


ナラの瞳が、街灯の光を反射して揺れた。

彼女は、しばらくアタシを見つめていたが、やがてふわりと微笑んだ。

それは、大人の余裕なんてかなぐり捨てた、ただの安心した少女の顔だった。


「……ええ。お邪魔しますわ」



アタシのアパートは、駅から徒歩20分のボロアパートだ。

六畳一間。万年床。

散らかった雑誌や服を足で端に寄せ、ナラを招き入れる。


「……狭いですわね」


「うっせ。文句言うな」


ナラは、文句を言いながらも、アタシのベッドに腰掛けた。

その姿が、あまりにも非日常で、でも不思議とこの部屋に馴染んでいて。

アタシは、鍵をかけた。

そして、ナラに抱きついた。

衝動的に。

背中から、ぎゅっと。


「……おかえり」


言ってから気づいた。変な言葉だ。

ここはアタシの家で、彼女は客なのに。

でも、ナラは笑わなかった。


「……ただいま」


ナラは、アタシの腕に自分の手を重ねた。

そして、体を預けてきた。


「……気にしないでね」


ナラが、囁いた。


「え?」


「あんたが考えてること。……『自分には何もない』とか、『いつか終わる』とか。……そんな不安、全部捨てちゃいなさい」


ナラは、アタシの心を見透かしていた。

アタシは、怖かったのだ。

こんな幸せが続くわけがないと。

いつか彼女は、元の世界へ帰ってしまうと。

アタシみたいな半端者には、彼女を繋ぎ止める資格なんてないのだと。


「あたしは今、ここにいるわ。……あんたの腕の中に」


ナラは、振り向いて、アタシの頬にキスをした。


「今は……それだけで十分でしょう?」


「……うん」


アタシの目頭が熱くなった。

言葉はいらない。

理屈もいらない。

ただ、彼女がここにいて、アタシを受け入れてくれている。

「とか」なんて曖昧な言葉は、もういらない。

ここにあるのは、確かな熱と、二人だけの物語だけだ。

いつか終わりが来るとしても。

今日という日は、間違いなくアタシたちのものだった。

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