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【5位】異世界探偵ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
未来からきた黒い百合
55/71

第1話:未来からきた黒い百合(1)

2010年、冬。東京、上野。

ガード下の雑踏は、年末特有の焦燥感と、煮詰まった醤油のような生活臭で満ちていた。

アタシ、レイナは、高架下のコンクリートに背中を預け、パカパカとガラケーを開閉させていた。


「……あーあ。つまんね」


画面に映る「圏外」の文字。

アタシの人生も、ここんとこずっと圏外だ。

学校はサボり気味。バイトはクビになったばかり。

背中に龍の刺繍が入ったお気に入りのジャージを羽織り、金髪の根本が黒くなってきた頭を掻きむしる。

この世界は、なんつーか、アタシには狭すぎる。もっとこう、ガツンとくる刺激が欲しい。

例えばそう……。

映画に出てくるような、黒髪で、強くて、ゾクッとするほどエロい「お姉さん」が、空から降ってこないかな、とか。

そんなバカな妄想をして、煙草を咥えた、その瞬間だった。


ズドォォォォォォォォォン!!!!!


雷が落ちたかと思った。

いや、違う。目の前のゴミ集積所に、何かが「着弾」したのだ。

爆風がアタシの前髪を吹き上げ、積まれていた段ボール箱が紙吹雪のように舞い散る。

鳩が一斉に飛び立ち、通行人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


「……はあ? マジか……」


アタシは腰を抜かしそうになりながらも、その爆心地を凝視した。

土煙の向こうで、何かが動いた。


「……痛っ! 痛いですわ! 座標計算が甘すぎますわよ!」


聞こえてきたのは、鈴を転がすような、でもドスの効いた声。

煙が晴れる。

そこにいたのは、アタシの妄想を、そのまんま物理法則を無視して具現化したような「女」だった。

漆黒のドレススーツ。

体に吸い付くようなその生地は、豊かな胸のラインと、くびれた腰、そしてスラリと伸びた脚の曲線を、いやらしいほど完璧に強調している。

艶やかな黒髪は、ゴミにまみれてもなお、濡羽色に輝いている。

そして、その瞳。

燃えるような、深紅の瞳。


「……うっそだろ」


アタシの喉が鳴った。

タイプだ。

どストライクなんてレベルじゃない。アタシの遺伝子が「ひれ伏せ」と叫んでる。


「……あら。ここはどこかしら?」


女がアタシを見た。

目が合った瞬間、心臓が跳ねた。

見下ろされている。完全に、値踏みされている。

でも、その視線は冷たいようでいて、どこか熱い。

獲物を見つけた肉食獣のような、あるいは、同類を探していた迷子のような。

アタシは、震える足で立ち上がり、精一杯の虚勢を張って声をかけた。


「……おいおい、マジかよ、宇宙のお姫様じゃん……」


「いいえ。……通りすがりの、一流のレディですわ」


女は、笑った。

その笑顔の破壊力たるや。

強さと、余裕と、そして隠しきれない「ヤバさ」が混在している。


「……ここ、上野だよ。……アンタすげー降り方したな。スタントマン?」


「スタント? ……ふん。あんな計算違いの射出ポッド、二度と御免ですわ」


女は、ボロボロになったヒールを気にすることもなく、アタシの方へ歩み寄ってきた。

近い。いい匂いがする。

濃厚な、大人の女の香り。


「ねえ、お嬢さん」


女は、アタシのジャージの襟首を、スッと指先でなぞった。

ゾクッとする。


「お腹が空いて死にそうですの。……この辺に、安くて早くて、生命力が湧いてくるような店、知りませんこと?」


その距離感。その厚かましさ。

普通ならキレるところだ。

でも、アタシは直感していた。

この人は、普通じゃない。

アタシは、ニヤリと笑い返した。


「……あるよ。とびきり『野蛮』な店がな」


アタシが連れて行ったのは、ガード下の迷路の奥にある大衆酒場『酔いどれ天国』。

昼間から赤ら顔のオッサンたちが管を巻いている、地元の吹き溜まりだ。


「……狭いですわね。人口密度がバグってますわ」


女――ナラと名乗った彼女は、文句を言いながらも、アタシの隣のパイプ椅子にドカッと座った。

その座り方がまた、男前すぎる。足を組み、背筋を伸ばし、それでいて、この薄汚い店をまるで王宮のサロンか何かのように支配している。


「ここなら、誰にも見つからないだろ」


「あら、誰に見つかるというの?」


「……空から降ってきた宇宙人を探す、黒服の男たちとか?」


アタシが軽口を叩くと、ナラはふふっと笑った。


「宇宙人……。まあ、当たらずとも遠からず、ですわね」


注文したのは、この店の名物「特製・牛モツ煮込み」と、大瓶のビール。

ナラは、運ばれてきた煮込みを見て、眉をひそめた。


「……内臓? 随分とグロテスクですわね」


「食ってみ」


ナラは、恐る恐る一口食べた。

その瞬間、彼女の目が見開かれた。


「……!」


「どよ?」


「……美味しい」


ナラは、ビールをコップに注ぐのも待ちきれず、瓶ごとラッパ飲みした。

豪快すぎる。

喉仏が動く様までが、芸術的に美しい。


「悪くありませんわ! ……この味噌の味、労働者の血と汗の味がしますわね!」


「どーんな食レポだよ」


アタシたちは笑い合った。

初対面なのに、まるで十年越しの「悪友」みたいな空気感。

ナラは、箸でモツをつつきながら、ポツリポツリと語り始めた。


「……あたしの故郷じゃ、こんな平和な食事、ありえませんでしたのよ」


「故郷? 遠いの?」


「ええ。……時間も、場所も、次元さえも違う場所よ」


ナラは、遠い目をした。

その瞳の奥に、アタシの知らない「地獄」と、そこを生き抜いてきた「強さ」が見えた気がした。


「空から落ちたのは……事故?」


「お母様の発明品の暴走よ。……あのマッドサイエンティスト、座標計算をミスりやがって……」


「お母様?」


「ええ。……世界最強の賢者にして、あたしの最愛のパートナーよ」


ナラが「最愛」と言った時、その顔が少しだけ緩んだ。

それを見て、アタシの胸がチクリとした。

ああ、やっぱり。

こんないい女が、フリーなわけがない。

しかも「パートナー」ってことは、そういうことだろ?

でも、ナラは続けた。


「……ま、今ははぐれちゃいましたけれど。迎えが来るまでは、この世界で『休暇』を楽しむしかありませんわね」


ナラは、アタシを見た。

熱っぽい、意味深な視線。


「ねえ、レイナ。……この街のこと、もっと教えてくださらない?」


「……いーけど」


アタシは、煮込みの汁を啜った。

断片的な情報が、アタシの中で繋がっていく。

彼女は、別の世界から来た。

事故で飛ばされて、帰る方法を探している。

普通なら「頭のおかしい人」認定だ。

でも、アタシは信じた。

彼女は、アタシの退屈な日常をぶっ壊しに来た、黒い彗星に違いないのだ。


「……アンタさあ」


アタシは、勇気を出して聞いた。


「休暇の相手……アタシでいい、の?」


ナラは、箸を置いた。

そして、テーブル越しに身を乗り出し、アタシの顎を指先で持ち上げた。

至近距離。

整いすぎた顔。赤い唇。


「……あら。何言ってるの?」


ナラは、妖艶に微笑んだ。


「あんたみたいな、強がりで、寂しがり屋の猫……。あたし、大好物ですのよ?」


アタシの心臓が、早鐘を打った。

完全に、ロックオンされた。

彼女も、アタシと同じだ。

女が好きで、強気な女が好きで、そして……この一瞬の火花を楽しんでいる。


「……ふん。口が上手いね」


アタシは顔を背け、照れ隠しにビールを飲んだ。

顔が熱い。

これ以上ここにいたら、アタシの理性が蒸発してしまう。


「……そろそろ、行くわ」


アタシは立ち上がった。


「買い物があるんだ。……『中田商店』でスカジャン買わなきゃなんねぇ」


「スカジャン? なんですのそれ?」


「派手な刺繍が入ったジャケットだよ。……アンタのそのドレスには合わねぇけどな」


「あら、ファッションには自信がありますわよ? 今度見立てていただきましょうか」


ナラも立ち上がった。

会計は、彼女が金貨一枚で済ませた。

店の外。

夕暮れのアメ横は、さらに人が増えていた。


「じゃあな、ナラ」


「ええ。……ごきげんよう、レイナ」


ナラは、スッと手を差し出した。

アタシは、その手を握った。

柔らかくて、でも芯のある、強い手。


「……また、会えるか?」


「……運命があれば、ね」


ナラはウィンクをして、人混みの中へと消えていった。

その背中は、どこまでも気高く、そして孤独に見えた。

アタシは、自分の手を握りしめた。

残っている体温。

そして、確信。


(……絶対、また会うわ)


だって、あんな目で見つめられたんだ。

「大好物」なんて言われたんだ。

このまま終わってたまるか。

アタシは、雑踏をかき分けて歩き出した。

退屈だった日常が、急に色鮮やかに見え始めた。

空から降ってきた、黒いドレスの女。

彼女との出会いが、アタシの17歳の冬を、熱く焦がそうとしていた。

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