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【5位】異世界探偵ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
アリア・フォン・クライフォルト/ARIA von CRYFAULT
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第2話:壊れた世界のやりなおし方!

私の記憶の中にある「あの日」は、いつだって冷たい雨と、錆びた鉄の臭いがする。

当時、私、アリア・フォン・クライフォルトは、王都騎士団の史上最年少団長として、白銀の鎧に身を包み、王都の広場に立っていた。

目の前には、暴走した熊型魔獣の巨体。その足元には、逃げ遅れた母親と幼い子供が震えている。


「……シールド展開! 市民を守れ!」


私は叫び、聖剣を抜いた。

熊の爪が振り下ろされる。間に合わない。

私は迷わず踏み込み、剣を一閃させた。銀の軌跡が雨を切り裂き、熊の首が宙を舞う。

鮮血が噴き出し、私の白いマントを赤く染めた。

親子は助かった。

だが。

助けられた母親は、私を見て悲鳴を上げた。

感謝ではない。怯えと、嫌悪の眼差し。


「……人殺し!!」


人殺し。

その一言が、合図だった。

群衆の中から、プラカードを持った集団が雪崩れ込んでくる。

『聖なる命の会』。

表向きは魔獣愛護を謳う市民団体だが、その実態は、軍部と癒着し、魔獣兵器の利権を独占しようとする過激派組織の傀儡だ。彼らにとって、中立を貫く騎士団長である私は邪魔な存在でしかなかった。


「見たか! 騎士団長が、熊を虐殺した!」


「対話を捨てた野蛮人!」


「熊はただ、お腹が空いていただけなのに!」


カメラのフラッシュが焚かれる。映像は巧妙に切り取られ、「怯える熊を、無慈悲に斬り殺す狂気の騎士」として、王都中に拡散された。

私は弁明しようとした。だが、言葉は怒号にかき消された。

上層部は世論の炎上を恐れ、私を切り捨てた。クライフォルト家は、保身のために私を勘当した。


数日後。

私は、騎士の称号も、家名も、財産も全て剥奪され、着の身着のままで城門の外へ放り出された。

かつて守ろうとした市民たちから、石を投げられ、唾を吐かれながら。

額から流れる血が、目に入って沁みた。痛くはなかった。

ただ、心が凍りついていく音が聞こえた。

正義とは何か。守るべきものとは何か。私が信じて剣を振るってきた日々は、全て幻だったのか。

私は、泥水の中に倒れ込んだ。

そこは、王都の掃き溜め。スラム街の最深部だった。


「……酷い顔だねぇ」


雨の中で、声をかけられた。

顔を上げると、ゴミ捨て場の陰に、白衣を着た女が座っていた。

ボサボサの銀髪。眼鏡の奥の瞳は、驚くほど理知的で、そして深く絶望していた。


「……貴女は?」


「エラーラ。……エラーラ・ヴェリタスだ」


彼女は自嘲気味に笑った。

その名には聞き覚えがあった。王立研究所の若き天才主席研究員。「魔力を持たない人間でも使える魔法」、つまり「科学」を提唱し、魔法使いギルドの特権を脅かす異端者として、追放された女。


「……同類か」


「ああ。社会のゴミさ」


エラーラは、懐から湿気たパンを取り出し、半分に割って私に差し出した。


「食べるかい? ……カビが生えているが、栄養価は変わらない」


私は、そのパンを受け取った。泥とカビの味がした。

でも、涙が出るほど美味しかった。

私たちは、廃墟の軒下で身を寄せ合った。寒さと飢え。そして、世界への不信感。

二人の天才と英傑は、ただの無力なホームレスに成り下がっていた。

そんな私たちを拾ったのが、ケンジだった。

彼は、近くの三流学校に通う、貧乏な獣医学生だった。

ボロボロの鞄を持ち、いつも眠そうな目をしていた。

彼は、私たちを見て顔をしかめた。汚いものを見る目ではない。傷ついた動物を見るような、純粋な心配の目。


「……君たち、怪我をしてるね。うちに来なさい。……狭いけど、屋根はある」


「……私たちは、追放者だぞ。関われば、君も……」


「関係ないよ」


ケンジは、私の血まみれの手を取った。


「目の前で震えてる人間を見捨てるなんて、獣医の卵として失格だ。……それに、僕は君たちを知っている」


彼は、アパートの狭い部屋で、温かいスープを作りながら言った。


「アリアさん。君があの日助けた親子……あれは、僕の姉と甥っ子だったんだ」


私はスプーンを止めた。


「姉は、周りの空気に流されて君を罵った。……でも、僕は見ていたよ。君が、自分の命を盾にして彼らを守ったのを」


ケンジは、エラーラに向き直った。


「エラーラさんの論文も読んだ。……魔法を独占せず、万人に開放しようとする思想。あれは、正しい」


彼は、私たちに深々と頭を下げた。


「君たちは悪くない。……世界が間違っているんだよ」


他責。

本心では、なさそうだった。

だが、その言葉が、どれほどの救いだったか。私たちは、その夜、声を殺して泣いた。

三人の共同生活が始まった。六畳一間のボロアパート。獣臭と薬品の臭い。

でも、そこは確かに、世界で唯一の「聖域」だった。


だが、平穏は長くは続かなかった。

スラム街で、奇病が流行り始めたのだ。

人々が突然、理性を失い、獣のように暴れ出す。体毛が生え、爪が伸び、人間としての形を保てなくなる。

「狂獣病」。

原因は、あの『聖なる命の会』だった。彼らは、保護という名目で集めた魔獣を違法に改造し、失敗作や死骸を地下水道に廃棄していたのだ。その汚染された水を飲んだスラムの住人が、次々と感染していた。

政府は事実を隠蔽した。「スラムの暴動」として処理し、区画ごと封鎖して焼き払おうとしていた。


「……許せない」


私は、錆びついた鉄パイプを握りしめた。

騎士の鎧はない。聖剣もない。だが、守るべきものは、ここにある。


「私たちが、やるしかない」


エラーラが、ガラクタを集めて即席の魔導兵器を作った。


「血清を作るには、病原体のサンプルが必要だ。……僕も行く」


ケンジが、震える手でメスと採集キットを持った。

私たちは、夜な夜なマンホールを開け、地下水道へと潜った。

そこは、地獄だった。

腐臭と湿気。暗闇の中で光る、無数の赤い目。

感染し、異形と化した元・人間たちが、私たちに襲いかかってくる。


「……ごめんなさいッ!!」


私は、鉄パイプを振るった。頭蓋骨が砕ける感触。返り血が顔にかかる。

それは、昨日まで挨拶を交わしていたパン屋のおじさんだったり、花売りの少女だったりした。

殺さなければ、殺される。そして、地上に感染が広がる。

私たちは、泣きながら殺し続けた。

エラーラが叫び、魔導障壁を展開する。

ケンジが叫び、私たちは泥水の中を走る。

毎晩、傷だらけになって帰ってきた。

ケンジが、黙って私たちの傷を洗い、消毒してくれる。


「……痛いね。ごめんね」


彼は、自分が傷ついたかのように顔を歪めて、包帯を巻いてくれた。

私たちは、誰からも感謝されなかった。むしろ、夜な夜な血まみれで出歩く私たちを、「スラムの死神」と呼んで恐れる者さえいた。

名誉もない。報酬もない。あるのは、増え続ける罪悪感と、すり減っていく魂だけ。

それでも、私たちは止まらなかった。


戦いは、続いた。

そして、ついに元凶の場所を突き止めた。地下最深部。古代の遺跡を利用した、『聖なる命の会』の秘密プラント。

そこには、教祖カルマと、都市を消滅させるほどのエネルギーを秘めた「魔導炉」があった。

カルマは、狂っていた。彼は、集めた魔獣の命と、感染者の魂を燃料にして魔導炉を暴走させ、王都全体を「浄化」させようとしていたのだ。


「よく来たね、薄汚いネズミたち」


カルマは、制御室の高みから私たちを見下ろした。周囲には、最強の改造兵士が数十体。


「貴様……! 命をなんだと思っている!」


私が叫ぶ。


「素材だよ。……素晴らしい新世界のためのね」


「ふざけるなッ!」


私は突っ込んだ。エラーラが援護射撃をし、ケンジが後方支援をする。

だが、戦力差は歴然としていた。

改造兵士の装甲は硬く、私の鉄パイプは曲がり、エラーラの魔導銃もエネルギー切れを起こす。

私は吹き飛ばされ、肋骨が折れた。ケンジも肩を撃たれ、倒れている。

カルマが、魔導炉の出力レバーを最大にした。炉心が赤熱し、臨界点を超えようとする。


「……計算終了だ」


その時、エラーラが立ち上がった。

彼女の白衣はボロボロで、眼鏡も割れていた。だが、その瞳だけは、かつてないほど澄み切っていた。


「エラーラ?」


「アリア。ケンジ。……プランBだ」


彼女の手には、試作段階の「魔力反転爆弾」が握られていた。

それは、炉心のエネルギーを逆流させ、内部で対消滅させるための自爆装置。

ただし、設置するには、防護壁のない炉心の内部に入らなければならない。

私は、嫌な予感がして震えた。


「君たちは脱出しろ。私が、炉心へ行く」


「なっ……! 死ぬわよ!?」


「論理的に考えて、それしか王都を救う方法はない。……私の魔力耐性なら、爆心まで数秒は持つ」


エラーラは、私とケンジを見た。

いつもの、人を食ったような、不敵で、そして優しい笑顔。


「君たちに出会えて、退屈しなかったよ!……最高の、最後の『実験』だった」


「待って! エラーラ! やめろォッ!」


エラーラは、走り出した。

改造兵士たちの弾幕を、障壁も張らずに突っ切る。腕が撃ち抜かれる。足が焼かれる。

それでも、彼女は止まらなかった。

這いずりながら、炉心のハッチを開ける。猛烈な熱と魔力が吹き出す。


「……計算通り、だッ!!」


彼女は、爆弾を抱えて炉心へ飛び込んだ。

閃光。音が消えた。

プラントが内側から崩壊し、カルマの野望ごと、全てが瓦礫の下に埋もれていく。

私は、ケンジを庇って伏せた。涙で前が見えなかった。

煙が晴れた後。

そこに、エラーラの姿はなかった。

残っていたのは、焼け焦げた白衣の切れ端だけ。

私は、瓦礫の中で絶叫した。

ケンジは、声も出さずに泣いていた。

三人で生き残ると誓ったのに。一番賢くて、一番不器用で、私たちの道標だった友人が、死んだ。

世界は救われた。だが、私たちの世界は壊れた。

私たちは、アパートに戻った。

エラのいない部屋。冷たい空気。三人分の食器。飲みかけのコーヒー。

その全てが、彼女の不在を突きつけてくる。


「……諦めない」


私は、立ち上がった。

目は血走り、頬はこけていた。だが、その瞳には狂気にも似た執念が宿っていた。


「ケンジ。……やるわよ」


「……何を?」


「『魂の再構成と、肉体の錬成』」


それは、エラーラが残した研究データの中にあった、禁断の術式。

理論上は可能だが、倫理的にも、魔術的にも、絶対に行ってはならないタブー。

死者蘇生。


「……アリア。それは、神への反逆だ」


「神がなんだって言うの!エラーラを奪った神なんて、私が斬り殺してやる!」


私はケンジの胸ぐらを掴んだ。


「あんたは!あんたはこれでいいの?エラーラがいない世界で、のうのうと生きていけるの!?」


ケンジは、私を見た。その目には、迷いはなかった。


「……いけるわけ、ないだろう」


ケンジは、獣医学書とエラのノートを広げた。


「やろう。……地獄まで、付き合うよ」


そこからの日々は、まさに狂気だった。

蘇生には、莫大な魔力と、生体パーツ、そして「生命エネルギー」が必要だった。

金はない。だから、私は自分の血を売った。危険な魔獣の巣に飛び込み、貴重な素材を奪い取っては、闇市で換金した。

ケンジは、大学の研究室から必要な機材や薬品を横流しし、退学処分になった。

それでも構わなかった。


「……足りない。魔力が足りない」


私は、自分の魂を削った。

騎士としての生命力、寿命、未来。全てを魔力に変換して、培養槽に注ぎ込んだ。

皮膚が焼け爛れ、片目の視力を失い、髪が白く変色しても、詠唱を止めなかった。


「戻ってこい! エラーラ! まだ珈琲を飲んでないだろう!」


ケンジが叫びながら、培養液の調整をする。不眠不休で、指の皮が剥けるまで。


「あんたは天才なんでしょ!? 死んだくらいで!サボってんじゃないわよ!」


私は吼えた。喉から血が出るほどに。

それは、美しい友情物語なんかじゃない。

死者への冒涜。自然への反逆。エゴと執着の塊。

だが、そこには純度100%の「愛」だけがあった。

そして、ある嵐の夜。

培養槽の中で、奇跡が起きた。

心臓が、動いた。

失われたはずの肉体が、粒子レベルで再構築されていく。

骨が組み上がり、神経が走り、肉が盛り上がる。

そして、褐色の肌が形成され、銀色の髪が伸びる。

ガラスが割れた。培養液と共に、全裸の女性が床に崩れ落ちた。


「……んん……?」


彼女は、ゆっくりと目を開けた。まだ焦点の合わない、青色の瞳。


「……ここは……? 私は……計算ミスを……?」


「エラーラ!」


私とケンジは、ガラスの破片で手足を切りながら、彼女に駆け寄った。

温かい。生きている。心臓が、動いている。


「……アリア? ケンジ君? ……なんで泣いているんだい?」


エラーラは、不思議そうに私たちを見た。

彼女には、死の記憶がないようだった。ただ、ぐっすり眠っていたかのような顔で。


「ごめんなさい……! 守れなくてごめんなさい!」


「ありがとう……! 帰ってきてくれて、ありがとう!」


私たちは、彼女を抱きしめて泣き崩れた。

泥だらけで、傷だらけで、罪にまみれた手で。

エラーラは、状況が飲み込めないまま、困ったように、でも優しく私たちの背中を撫でてくれた。


「……よく分からんが。まあ……ただいま、と言えばいいのかな?」


「うん……! おかえり……!」


その夜の、安酒と冷めたスープの味を、私は一生忘れないだろう。

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