第3話:Lord of the Speed
主題歌:仮面ライダーカブト/LORD OF THE SPEED
https://youtu.be/kPca4H4KoeA?si=4hJ1K9sCrBpu2XJK
「はあ……へっくちゅ」
可愛らしいくしゃみと共に、会場の空気が凍りついた。
ナラの背後で、最初の刺客である刀使いの男が、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
ナラは鉄扇を閉じると、まるでダンスのパートナーを変えるかのように、次のウィスキーボトルを近くのテーブルからひったくった。
「さあ、次はどなた? ダンスカードはまだ白紙よ」
恐怖で十数人の信者が悲鳴を上げて逃げ惑う。だが、洗脳の深い「戦闘部隊」化した信者たちは止まらない。
「殺せ!」
「カグヤ様のために!」
素手の男たち、およそ20人が一斉に襲いかかってくる。
ナラは琥珀色の液体を喉に流し込みながら、ふらりと体を揺らした。
「だから!泥臭いのは嫌いだって言ったでしょう……!」
ナラがテーブルを蹴り上げる。宙を舞った円卓が、突進してきた前衛の3人をなぎ倒す。
続けてナラは、鉄扇を広げずに警棒のように扱い、左右から迫る男たちの顎、鳩尾、脛を的確に打ち据えた。
男たちが吹き飛ぶ。ナラは回転しながら、ドレスの裾を翻してハイキックを放つ。
白くしなやかな太腿が露わになり、その美しい脚線美に見とれる暇もなく、男の顔面が陥没した。
「次は!」
叫びと共に、短刀とサーベルを持った5人が斬りかかってくる。
ナラは鉄扇を胸元にしまうと、無造作に壁に立てかけられていた掃除用のモップを掴んだ。
「掃除の時間よ、汚物たち!」
振り回されたモップの柄が、刃物を受け止め、絡め取り、弾き飛ばす。
「ほら、そこ! 足元が留守よ!」
モップの先端で足を払い、バランスを崩した相手の顔面に、濡れたモップの毛先を叩きつける。
「汚ねぇ!」
怯んだ隙に、ナラはモップを槍のように突き出し、2人をまとめて吹き飛ばした。
残る一人が正面から突っ込んでくる。ナラはモップを捨て、カウンターで相手の襟首と股間を掴むと、重量挙げのように持ち上げて、背後のバイキング料理のテーブルへ、男を豪快に投げ捨てる。パスタとソースが飛び散る中、ナラはその場にあったワイングラスを手に取り、優雅に飲み干した。
「……ふぅ。運動の後の水は格別ね」
会場が静まり返る。
だが、まだ終わらない。ステージ袖から、強化服に身を包んだ、明らかに一般人ではない精鋭部隊10人が現れた。
「ベリアル様の親衛隊だ!」
「いいぞ!やっちまえ!」
ガシャン、ガシャンと重厚な足音を立てて迫る親衛隊。
ナラは呆れたように首を鳴らす。
「硬い男は嫌われるわよ?」
先頭の男が鉄拳を振り下ろす。ナラはその拳を正面から掌で受け止めた。
衝撃音が響くが、ナラは一歩も引かない。
「嘘だろ……!?」
「『物語』の重みが違うのよ」
ナラは男の手首を掴んだまま、自ら後ろに倒れ込み、その勢いを利用して男を後方へ巴投げした。
さらに飛翔。空中で身体を捻り、プロテクターの隙間――首筋や関節へ、ピンポイントで蹴りを叩き込む。
強化プラスチックが粉砕され、大の大人たちが次々とゴミのように積み重なっていく。
静寂。
今度こそ、完全な静寂が訪れた。
ナラは荒い息を吐きながら、ステージを見上げる。そこには、青ざめたカグヤと、憎々しげに顔を歪めるベリアルの姿があった。
「……やれやれ。私の可愛い娘に、随分と野蛮な教育をしてくれるじゃないか」
凛とした、しかしどこか気だるげな声が響いた。
ホテルの破壊された扉から、白衣を纏った銀髪の女性が入ってくる。
エラーラ・ヴェリタス。
手には試験管に入った怪しげな……ただの珈琲。その瞳は、深海のように静かで、底知れない知性を宿していた。
「お母様!」
ナラの顔がパッと輝く。
「ナラ、遅くなってすまないね。猫が道端に落ちていたもので、つい撫で回していた」
「もう! そんなことだろうと思いました!」
ナラはステージの下から、二人を見上げて告げる。
「アンコールは終わりよ。少しはお勉強の時間にしましょうか!ね、お母様?」
ナラは指を3本立てた。
「あんたたちの教義の矛盾点、教えてあげる。
一つ。人は『弱者』という文脈に共感して貢ぐ。二つ。あんたたちは自力ではなく『他力』を誇る。三つ。自力で頑張ることは醜いとされる。……でもね、これ……全部、逆なのよ」
ナラは冷徹に言い放つ。
「『弱者』であるカグヤを支えるために、全財産を投げ打てる信者たちは、経済的には『強者』でなきゃおかしいじゃない。本当に弱かったら、貢ぐ余裕なんてないものね」
「つまり、あんたたちは自らを『弱い』と嘆きながら、その実、パトロンとしての『力』を誇示して、『弱い』カグヤという人形を支配してるのよ。そしてカグヤとベリアルは、そんな信者たちを『養分』としか思っていない」
「……互いに互いを見下し合ってる共依存。……滑稽ね」
会場の信者たちが、ハッとしたように顔を見合わせる。
「俺たちは……強者……?」
「カグヤ様を……支配……?」
洗脳にヒビが入る。その動揺を見て、ベリアルが激昂した。
「黙れ黙れ黙れェェェ!! 屁理屈をこねるな! 力こそが正義だ!カグヤ、やれ! あの女を消し炭にしろ!」
「わ、わかってるわよ!」
カグヤが立ち上がり、膨大な魔力を練り始める。
「ベリアル! あんたはあの女の連れを殺しなさい!」
「ああ、任せろ。俺の本性を見せてやる!」
ベリアルが上着を破り捨てる。その下にあったのは、神官とは思えないほど鍛え上げられた、鋼鉄のような筋肉だった。
「俺はな、元々は拷問官なんだよ。骨を砕く音が三度の飯より好きなんでねぇ!」
二人が殺気を放った、その時だ。
「死ねェェェ!!」
ベリアルがステージから飛び降り、エラーラへ向かって突進した。
「魔力だけの女が! 俺の筋肉でひき肉にしてやる!」
「させないわ!」
ナラが動く。お母様が殴られるところなど、絶対に見たくない。
同時に、カグヤが杖を振り上げる。
「邪魔よ! 消えなさい!」
カグヤの杖から、熱線が放たれる。標的はナラ。
「……配役が逆だね?」
エラーラがため息をつき、一瞬でナラの位置と入れ替わった。
「えっ?」
ドォォォォォォォォォン!!!
カグヤの放った最大火力の爆裂魔法が、エラーラを直撃した。
会場が揺れ、爆炎が視界を遮る。
「やった!」
「ざまあみろ!」
カグヤが勝ち誇ったように笑う。
「見たか! これが私の『弱者の怒り』よ!」
「お母様ッ!」
ナラが悲鳴を上げる。
だが、煙が晴れたそこには。
白衣の裾一つ焦がさず、涼しい顔で立っているエラーラの姿があった。
まるで、そよ風でも浴びたかのように、肩の埃を払っている。
「……フム?」
「な……な、な……!?」
カグヤが腰を抜かす。
「直撃したはず……なぜ!?」
「なぜも何も、君の魔力構成は穴だらけだ。……さて」
エラーラは指先をパチンと鳴らした。
「お返しだ。手加減はするが、泣かないでくれたまえよ?」
エラーラの指先から放たれたのは、魔法学校の初等科で習う『照明』の魔法だ。
だが、その光量は恒星の如く。
「うぎゃあああ!?」
カグヤが目を焼かれ、その圧倒的な魔力の余波だけで吹き飛び、壁にめり込んだ。
一歩も動かず、初級魔法一つでの完全勝利。
「……ふぅ。眩しいのは苦手なんだがね」
エラーラは懐から目薬を取り出し、さした。
一方。
「チッ、役立たずの女が! ならば俺が!」
ベリアルがナラに向き直った。
その全身から湯気が立ち上る。ドーピングか、あるいは特殊な身体強化か。
「俺には魔力なんてねえ! だがな、この拳だけで数千人をスクラップにしてきたんだ! 貴様のその細腕で、俺の『暴力』が止められるかァ!」
ベリアルが突っ込んでくる。速い。トラックが突っ込んでくるような威圧感。
会場の誰もが、ナラが挽き肉になると確信した。
だが、ナラは――
酒瓶を置き、ゆっくりと立ち上がった。
ナラの瞳が妖しく光る。
ベリアルの剛腕が迫る。
ナラは背を向けた。
「……!」
ナラは体を捻り、ベリアルの顎めがけて、最速の回し蹴りを叩き込んだ。
ヒールの踵が、ベリアルの顎を正確に捉える。
絶望、いや、それ以上の破滅の運命を飲み込み、消化し、物語として昇華してきたナラの人生。
それに比べれば、ベリアルの暴力など、中身のない空っぽの風船だった。
衝撃波が会場を駆け抜けた。
ベリアルの巨体が、きりもみ回転しながら吹き飛び、ステージの『カグヤ様』と書かれた看板を粉砕して沈んだ。
静寂。
そして、パラパラと拍手が起こり、それはやがて爆発的な歓声に変わった。
「す、すげぇ……」
「カグヤ様より強い……」
「新しい神だ!」
信者たちが、目を輝かせてナラに駆け寄ってくる。
「あなたこそが真の強者!」
「僕たちを導いてください!」
「貢がせてください!」
ナラは、瓦礫の山の上で、髪をかき上げながらため息をついた。
こいつらは結局、何も変わっていない。
「強そうな誰か」に依存先を変えただけだ。
①弱者(最初にナラは追い詰められていた)という文脈。
②自力ではなく他力(エラーラという後ろ盾)を誇る。
③自力は醜い(ナラの敵はエラーラが倒した)。
彼らの歪んだロジックに、ナラは見事にハマってしまったのだ。
「……はぁ」
ナラは、倒れているベリアルの懐から高級そうなブランデーを抜き取ると、栓を開けて一口飲んだ。
そして、頬を赤らめ、とろんとした目で信者たちを見下ろした。
信者たちは次の神託を待ち構えた。
静寂。
そして。
ナラは、言い放った。
「うう……の、飲み会は……お開きよ……」
・・・・・・・・・・
夜明け前の街道。
空が白み始め、冷たい空気が酔っ払いの火照った肌を撫でる。
ナラは千鳥足で歩いていた。
黒のドレススーツはボロボロ。肩紐は切れかけ、豊かな胸元が半分こぼれ落ちそうになっている。スカートのスリットは腰まで裂け、網タイツは伝線だらけ。
誰がどう見ても「激しい事後」か「泥酔したホステス」にしか見えないが、本人はハードボイルドを気取っていた。
「……フッ。この街も、あたしには狭すぎたようね」
ナラは誰もいない荒野に向かって呟く。
「愛に生き、愛に死ぬ。それがナラティブ・ヴェリタス……。あばよ、思い出たち……」
隣を歩くエラーラが、心底呆れたようなジト目を向けた。
「……ナラ。君、家はこっちだぞ?早く帰ってシャワーを浴びなさい。酒臭くて猫が逃げる」
「お母様、野暮なことを言わないで。今、あたしは『風』になっているの……」
「風じゃない。酒気帯びだ。全く……なぜ君は、国境沿いの酒場で昼間から飲んでいたんだい?」
ナラはふらつきながら、遠くを見つめる目をした。
「……人の世の、業ってやつ……それに、触れてたのよ。欲にまみれた荒野の……戦場は、人を、狂わせる……」
「またナンパに引っかかったんだろう? 獣人の女の子に」
「ち、違います! 社会勉強です!」
ナラは必死に否定するが、その足はもつれ、エラーラに抱きついた。
「あ~ん、お母様ぁ~! あの子、尻尾がすごくフワフワだったんですよぉ~! 触りたかったぁ~!お母様の尻尾もください〜!」
「私に尻尾はないぞ?…わかったから離れなさい。暑苦しいぞ」
「冷たい! でもそこが好き!」
ナラは再びエラーラから離れると、幻覚を見た。
街道の向こうに、あのアヤカが立っている気がしたのだ。
「……あれぇ?……ア、アヤカちゃん?待って!今度こそ『楽しいこと』しましょう……尻尾……吸わせて!」
「誰もいないよ……ナラ?」
「うふふ、待ってぇッ!ねえ、待ってッッッ!」
ナラは夕日……ではなく朝日に向かって、ふらふらと歩き出した。
その背中は妙に格好良いが、向かっている先はただの『魔導タクシー乗り場』である。
色っぽい吐息と、酒の臭いを撒き散らしながら、正義の女好き探偵は今日も行く。
その後ろ姿を見送りながら、エラーラは肩をすくめて呟いた。
「……やれやれ。手のかかる『物語』だこと」




