第2話:野蛮人対宇宙人(2)
数日後。アレンはナラを展望デッキに連れ出した。
眼下には、緑色に光るグリッドに覆われた王都が広がっていた。
「ナラティブ殿。私は君に、正式な提案をしたい」
アレンは、熱っぽい瞳で彼女を見つめた。
「君を、ガレリア本国へ連れて行きたい。君の遺伝子は素晴らしい。魔法などに頼らず、自力で進化した君の肉体は、停滞した我々の種族にとっての希望だ。本国に行けば、君は英雄として迎えられる。最高の医療、最高の教育、そして永遠に近い寿命が約束される。……どうだろうか? この未開の惑星を捨てて、我々と共に生きないか?」
それは、最大級の求愛であり、慈悲だった。
未開の部族を、文明社会の貴族へと引き上げる、シンデレラ・ストーリーの提案。
だが、ナラの反応は冷たかった。
「……それって、あたしを飼ってやるってこと?」
「言葉が悪いですが……君の遺伝子を後世に残すことは、宇宙規模の損失を防ぐことになります」
ナラは鉄扇を開き、パチンと鳴らした。
「断るわ」
「……なぜです!?君は賢い人だ! 地上の惨状を見れば分かるはずだ!このままでは、君たちの文明は詰んでいる!我々と共存するしか、生き残る道はないんだ!」
アレンは必死だった。彼は本気でナラを愛し、救おうとしていた。
ナラは、アレンの胸ぐらを掴み、自分の顔を近づけた。
「よく聞きなさい、宇宙人。アンタの言う『共存』ってのはね、あたしたちがアンタたちのルールに従って、アンタたちのエサを食って、アンタたちの都合のいいように生きるってことよね?それは共存じゃない。『消化』よ」
「消化……?」
「アンタたちは、あたしたちという異物を飲み込んで、自分たちの栄養にしようとしてるだけ。
あたしはね、誰かの栄養になるつもりはないの。
たとえ野垂れ死ぬとしても、自分の足で立って、自分の獲物を狩って、自分の好きなように死にたいの」
ナラは、アレンを突き放した。
「あたしは人間よ。首輪がどれだけ宝石で飾られていても、それは鎖に変わりないのよ」
アレンは呆然とした。
彼の信じていた「善意」が、「支配」という名の暴力であると突きつけられたからだ。
「……残念だ。君なら、分かってくれると思ったのに」
「分かるわけないでしょ?住んでる文脈が違うんだから」
その時。
船内に警報が鳴り響いた。
『警告!地上居住区にて、高エネルギー反応を確認!対消滅エンジンが……暴走の危機!』
「なっ!? 何が起きた!?」
アレンがモニターに駆け寄る。
そこには、信じられない光景が映っていた。
地上の広場。
エラーラを中心に、市民たちが集まっていた。
彼らが囲んでいるのは、ガレリア軍が設置した「反物質炉」だ。
都市ひとつを消し飛ばせるエネルギーを生み出す、超高度テクノロジーの結晶。
触れれば即死、扱いを間違えれば大爆発を起こす、神の火。
市民たちは、そのエンジンの上に、巨大な木の桶を乗せていた。
中には、大量の白菜と塩が入っている。
「……し、司令! これは!?」
駆けつけた司令官が絶叫する。
「……漬物だ」
「は?」
「彼らは、反物質炉を『漬物石』にしている!!」
映像の中で、エラーラが解説している。
『フム。この黒い石、重さが絶妙だね。しかも微細な振動が、塩の浸透圧を促進しているようだ。
乳酸菌の発酵も加速させている。実に合理的だ』
ナラティブの妹分、ルルが桶を覗き込んでいる。
『わぁ! もう浸かってますよエラーラさん! 宇宙人の石、すごいですぅ!』
司令官が、恐怖で顔を歪めた。
「……バカな。あり得ない。彼らは……恐怖を感じないのか?あれは反物質だぞ? 一歩間違えれば自分たちが蒸発するんだぞ?それを……漬物の重石にするだと……?」
アレンもまた、戦慄していた。
彼が「迷信深い未開人」だと思っていたエラーラは、実際にはガレリアの技術を「理解」した上で、「どうでもいい道具」として扱っていたのだ。
魔法的な畏敬も、科学的な尊敬もない。
あるのは、「使えるものは使う」という、徹底した実利の精神だけ。
ナラが、横でケラケラと笑った。
「あはは!さすがお母様!ねえ少尉、見た?これがあたしたちの『文明』よ。アンタたちが何万年かけて作った最新鋭のエンジンも、あたしたちにかかれば『よく漬かる石』に過ぎないのよ」
「……君たちは、悪魔か」
「いいえ。ただの、食い意地の張った人間よ?」
エラーラが、地上から通信を入れてきた。
『おーい、宇宙人諸君。聞こえているかね?この漬物、なかなか良い出来だ。今からこのエンジンの出力を上げてみようと思うのだが、爆発しない保証はあるかね?』
「やめろォォォォ!!」
司令官が叫ぶ。
「出力を上げるな!臨界点を超える!王都ごと消し飛ぶぞ!」
『フム?それは困るな。では、君たちが撤退してくれれば、この石は返してやろう。……あ、ついでにこの「重力制御装置」も、肩こり解消のマッサージ機として優秀だから貰っておくよ』
これは、交渉ではなかった。
「バカのふりをした脅迫」だった。
彼らは知っているのだ。自分たちの命よりも、ガレリア人が「高価な機材」と「論理的整合性」を大事にすることを。
「……撤退だ。総員、直ちにこの星系から離脱せよ」
司令官の命令は、悲鳴に近かった。
「あいつらは、話が通じない!論理が通用しない!こちらの常識がバグる前に逃げるんだ!」
アレンは、脱力して床に座り込んだ。
彼の夢見た「啓蒙」は、漬物石一つで粉砕された。
彼らは救われる必要などなかった。
彼らは、どんな環境でも、どんな支配下でも、それを咀嚼し、消化していく「怪物」だったのだ。
ナラは、アレンの肩をポンと叩いた。
「じゃあね、アレン少尉。エアマットの寝心地は悪くなかったわ。……でも、あたしはやっぱり、凸凹した煎餅布団の方がよく眠れるみたい」
ナラは、要塞のハッチを開け、パラシュートを背負って飛び降りた。
「元気でねー!宇宙人ー!また美味しいもの持ってきたら、遊んであげるわー!」
夕日の中を降下していく彼女の姿は、アレンの目には、やはり美しく、そして恐ろしい「自由の女神」に見えた。
ガレリア船団が去った後の王都。
そこは、以前の王都とは少し違っていた。
ガレリアが残していったハイテク機器が、街中に散乱している。
それらは全て、本来の用途とは違う形で利用されていた。
アンテナは物干し竿に。
レーザーガンは着火剤に。
プロペラは扇風機に。
ナラは、探偵事務所で、エラーラが漬けた白菜の漬物を食べていた。
「ん、美味い。反物質の味がするわ」
「フム。反物質発酵は特許が取れるかもしれんね」
エラーラが、ガレリア製の端末でお茶を運んでくる。
「結局、あたしたちは何も変わらなかったわね」
「いや、変わったさ。便利な道具が増えた。メニューも増えた。……彼らの残した『毒』も『薬』も、全部食らって、我々はまた少し強くなったのだよ」
ナラは、空を見上げた。
星の海へ逃げ帰った「文明人」たちを思い浮かべながら、彼女はニヤリと笑った。
「そうね。世界がどう変わろうと、あたしたちはあたしたちの物語を生きるだけ。……さ、明日の朝食はパンケーキにする? それとも宇宙食の残りで雑炊?」
「両方にしよう。カロリーは正義だ」
これぞ、実利主義の勝利。
世界最強の武器は、魔法でも科学でもない。
どんな不条理も飲み込み、笑い飛ばして明日を迎える「生活力」そのものなのである。




