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ヴェリタスの最終定理2 ナラティブ・ヴェリタス  作者: Wan Liyue
詐欺師が目指す夢

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第1話:詐欺師が目指す夢(1)

王都の片隅の獣病院。

その2階、住居スペース兼研究室には、今日も今日とて芳ばしい珈琲の香りと、どうしようもない人間の腐臭が入り混じっていた。


「……フム。つまり君は、私に10,000,000クレストの出資を求めている。そういう理解で合っているかね?」


褐色の肌に銀髪が映える美女、エラーラ・ヴェリタスは、湯気の立つマグカップを片手に、目の前の男を観察していた。

白衣を羽織り、その青い瞳は顕微鏡でバクテリアを覗くような冷淡さを帯びている。

彼女の視線の先にいるのは、一人の男だ。

年齢は40歳前後。安っぽいスーツを着ているが、袖口は擦り切れ、肩にはフケが落ちている。名刺には『グローバル・ドリーム・コンサルティング代表』という、中身のなさを横文字で必死に隠したような肩書きが踊っていた。


「その通りだ! さすがは王都一の賢者と名高いエラーラ様、話が早い!」


男は、テーブルに身を乗り出して唾を飛ばした。

その横には、人形のように無表情で座る少女がいる。年齢は……16歳ほどだろうか。安物のワンピースを着て、視線はどこか遠くを見つめており、時折、怯えたように男の顔色を窺っていた。


「私の事業計画は完璧なんだ。まず、この資金で世界一周旅行に出る!各国の絶景、グルメ、そして現地の人々との触れ合いを『魔導映像結晶』で配信するんだ。タイトルは『40歳からの挑戦~夢をあきらめない~』。そして帰国後には自伝を出版する!これが、閉塞感に満ちた現代の若者たちにどれだけの希望を与えるか……想像できるだろう!?」


男は両手を広げ、陶酔した表情で語る。

エラーラはこめかみに指を当て、大きくため息をついた。


「……ねえ、君。君の脳内にある論理回路は、どこかで断線していないかい?それは『事業』ではなくて『観光』だよ?」


エラーラの指摘は、解剖メスのように鋭利で正確だった。

だが、男は怯まない。むしろ、待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑った。


「厳しいなぁ、先生は。だが、これは僕一人の夢じゃないんだ」


男は、横に座る少女の肩を抱き寄せた。少女がビクッと体を震わせる。


「この妻……カナエのためでもあるんだよ」


「……妻?」


エラーラの眉がピクリと動く。

どう見ても親子ほどの年齢差がある。それに、少女の様子がおかしい。

精神状態がおかしいのか。あるいは、知的発達に遅れがあるのか。はたまた、長期間の支配によって思考を奪われているのか。言葉を発することなく、ただ男の指が自分の二の腕に食い込むのを耐えているように見えた。

男は、自慢げに鼻を鳴らした。


「可愛いだろう?16歳だよ。正直に言おう。僕はね、まったくモテなくてねぇ。40年間、女っ気がなかった。だからこそ目をつけたんだよ。世の中には、シングルマザーってのがいるだろう?生活に疲れて、金と男に飢えてて、判断能力が欠如した女だ。そういう女に『ボランティア』を装って近づいて手懐け、ついでにその娘も手懐けて、妻にしたのさ」


男は、まるで市場で安く仕入れた商品を自慢する商人のような口調だった。


「この子はいいぞお。何にも知らないし、僕の言うことには『はい』としか言わない。最高のパートナーだ。僕が広い世界を見せてやって、教育してやるんだ。これは『救済』なんだよ、先生」


エラーラの中で、何かが弾ける音がした。

だが、彼女はあくまで科学者だ。感情を爆発させるよりも先に、目の前の現象に対する嫌悪感が、論理的な分析結果として出力される。


「……驚くべき検体だね、君は。自己の性的欲求を満たすことを他人の『救済』と定義する。生物学的に見ても、倫理学的に見ても、ブレーキの壊れたウサギだよ。錯乱している。私の研究室に君のような汚染物質を置いておくわけにはいかないな。もう、帰ってくれたまえよ」


エラーラが冷たく言い放つと、男は少女の腕を強くつねった。


「痛っ……」


「ほら、カナエ。先生にお願いしなさい。僕たちの夢が叶わないと、どうなるんだっけ?はい、じゅうきゅうはちななろくごおよんさんにいいち、ぜろ。さん、はい」


少女は、条件反射のように、震える声で言った。

まるで、何度も練習させられた台詞を再生するように。


「えらあら……さん……。わたしに……しねって、いうの……?だんなさまの……ゆめ、かなわないと……わたし、しんじゃう……」


その瞳には、焦点が合っていなかった。

ただ、「そう言わないと罰せられる」という恐怖だけが張り付いていた。

男は勝ち誇ったように叫んだ。


「ほら!君は、この恵まれない若者と、僕の妻を見殺しにするのか!世界を救った英雄と名高いエラーラ・ヴェリタスともあろうお方が、たかが10,000,000クレストで人命を見捨てるのか!金を出せ!彼女を助けたくないのか!」


「……君ねえ。『遊ぶ金が欲しい』と言わずに、妻を人質に取って道徳的優位に立とうとするその手法、なんとも吐き気がするよ」


エラーラが白衣のポケットから何か危険な薬品を取り出そうとした、その時だった。

階下のドアが勢いよく開き、階段を駆け上がってくる足音が響いた。


「ただいまー!お母様ーっ!もう最悪よ!馴染みの酒場に行ったら『ツケが溜まりすぎてる』って追い返されたわ!仕方ないから、猫缶だけ買って帰ってきたわよ!」


部屋に入ってきたのは、黒いドレススーツに身を包んだ美女、ナラティブ・ヴェリタスだった。

赤い瞳を輝かせ、手には鉄扇、そしてもう片方の手には安売りの猫缶が握られている。

彼女は、部屋の異様な空気に気づき、ピタリと足を止めた。


「……ああん?何この小汚いオッサン?お人形さんみたいな子も、何?」


ナラは、遠慮のない視線を男に向けた。

その視線は、道端の生ゴミを見るような蔑みに満ちている。

男は、ナラティブを一瞥し、鼻で笑った。


「なんだお前?助手か?金もなさそうだし頭も悪そうだ。先生?こんな無能を飼ってるから、君まで判断力が鈍るんじゃないか?」


「……あ?」


ナラのこめかみに青筋が浮かぶ。

鉄扇を開く音が鋭く響いた。

だが、男は気づかない。

彼は、自分の思いついた「天才的なアイデア」を披露することに夢中だった。


「そうだ、いい案があるぞ先生!その使えなさそうな助手、僕の自宅で雇ってやるよ。まずは『世界一周スタッフ』として。荷物持ちくらいならできるだろう」


男は、卑しい笑みを浮かべて提案を続けた。


「ただし、彼女への給料は、君が僕に振り込んでくれ。さらに、君からは『人材育成委託費』として、彼女の給料と同額を僕に毎月振り込むんだ。そうすれば、君はこの無能な寄生虫を追い払えるし、僕は毎月安定した収入が入る。この女も、僕と付き合えるかもしれない希望が手に入る。────下の毛を剃っておいてくれたら嬉しいッ────これこそが『シナジー』! 完全なる『ウィンウィン』の関係だろ?」


部屋の温度が、氷点下まで下がった気がした。

エラーラは、怒りを通り越して笑いへと変わり、ついには純粋な……学術的な興味すら抱き始めていた。


(……と、とってもすごいぞ!ここまでいっぱい論理が破綻しているのに、本気でぜったい自分が賢いとたくさん信じ込んでいるぞ!たいへんだ!)


ナラは、怒りで肩を震わせていた。


「下の毛は剃っておいてくれたら嬉しい?……は?……は?……いや、いやいやいやいや。……いや、そもそもあたし『が』お母様から巻き上げて、それを根拠にして、アンタもお母様から巻き上げる?……アンタ、自分が何言ってるか分かってんの?三枚におろされたいわけ?あんた多分、宇宙とかからきた人でしょ?」


「なんだその口の利き方!僕は未来のベストセラー作家だぞ!雇ってやると言ってるんだ、感謝して土下座しろ!」


男がナラを指差して怒鳴った。

その瞬間。

1階へ続くドアが、油の切れた蝶番のような、しかし妙に静かな音を立てて、開いた。

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