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ヴェリタスの最終定理2 ナラティブ・ヴェリタス  作者: Wan Liyue
愛の当事者

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第3話:愛の当事者(3)

●前作「白銀の太陽」の回答篇

王都の最高級ホテル『ロイヤル・クラウン』。その最上階にあるスイートルームのテラスでは、あまりにも不釣り合いな朝食会が開かれていた。


「……フム。実に非効率だねぇ。私の計算によれば、この包帯の巻き方では、細胞の修復プロセスに遅延が生じてしまう」


エラーラは、全身を覆う包帯の圧迫感に不満を漏らした。


「やかましいわね!生きているだけで良かったと思いなさい!」


ナラは、極上のオムレツを口に運びながら、蔑むような、しかしどこか慈愛を含んだ視線を母親に向けている。


「新入り!紅茶が空よ!気配りが足りなくてよ!」


「あ、はいっ! すみません!」


ナラの指示に慌てて反応したのは、メイド服を着た少女、ライラだった。

彼女は今、ナラの「趣味」で用意されたフリルの多いメイド服を着せられ、給仕として働かされている。

ライラの手つきは危なっかしい。ポットを持つ手が震え、カップの縁にカチャカチャと当たる。

エラーラはそれを見て、目を細めた。


「……ライラ君。君の重心移動はなっていないねぇ。体幹がブレているから末端の運動エネルギーが安定しないんだ。もっと腰の角度を……」


「きゃっ!」


エラーラが口出しした瞬間、ライラが驚いて躓き、熱い紅茶をテーブルクロスにぶちまけた。


「あ、あわわ……ごめんなさい! ごめんなさい!」


ライラは顔面蒼白になり、必死に布巾で拭おうとする。その姿は、見ていて痛々しいほどに卑屈だった。

ナラは溜息をつき、鉄扇をパチンと開いて顔を扇いだ。


「落ち着きなさい! ……まったく、これだから『被害者根性』が染み付いた奴は扱いにくいのよ。一流の給仕には程遠いわね」


「……す、すみません……」


ライラは縮こまる。

彼女は生き返った。だが、その魂はまだ「弱者」のままだ。

常に誰かの顔色を伺い、自分が悪いのだと思い込み、謝罪することで場をやり過ごそうとする。

エラーラは、そんなライラを見て胸を痛めた。


「……すまない、ライラ君。私が余計な変数を入力したせいだ。……悪いのは私だよ」


エラーラが謝ると、ライラはさらに恐縮し、小さくなった。

負の連鎖。

自責と萎縮のループ。

その淀んだ空気を切り裂いたのは、ノックもなしに開け放たれたドアの音だった。


「ごめんあそばせ!あたくしの『魂の友』、ナラティブはここにいらして!?」


香水の匂いと共にテラスになだれ込んできたのは、豪奢なドレスを纏い、取り巻きの召使いを引き連れた金髪の令嬢。

ヴァルトハイム伯爵家の令嬢、レティシアだった。


「……!?」


エラーラは、心停止しそうなほどの嫌悪感で声を上げた。

見間違うはずがない。

一年半前のフロストガルド。

自分を助けに来た3人の女性たちを見殺しにし、「下賤の民」と罵り、暖かいテントでスープを啜っていた、あの冷酷無比な悪魔。


「な、なぜ君がここに……!?」


エラーラが叫ぶ。だが、レティシアはエラーラなど路傍の石ころのように、いや、視界に入れる価値もない実験廃棄物のように無視し、ナラへと一直線に駆け寄った。


「ナラティブ!探しましたわよ!先日、ブティックでお会いして以来ですわね!貴女が王都に滞在していると聞いて、あたくし、居ても立っても居られなくて!」


レティシアは、ナラの手を取り、瞳を輝かせた。

その輝きは、純粋な好意と、そして圧倒的な「強者」の自信に満ちていた。


「あら、レティシアじゃない。精が出るわね」


ナラは、口元のソースをナプキンで拭い、笑った。

その笑顔は、高貴なレディの仮面の下にある、裏路地の強かさを覗かせるものだった。


「……は?」


エラーラは、娘を見た。


「……ナラ君?お前……レティシアと知り合いなのかい?」


「ええ。先週、服買いに行った店でね。コイツはもう、店員に理不尽なクレームつけてるところに出くわして、なかなかね。気が合ったのよ」


「気が合ったァ!?お前がァ!?じ、冗談だろう!?」


エラーラは絶叫した。

ナラは、正義感が強く、弱者に優しいはずだ。

それがなぜ、こんな特権意識の塊のような女と?

レティシアは、そこで初めてエラーラの存在に気づいた……ふりをした。

彼女は扇子で鼻を覆い、露骨に顔をしかめた。


「あら。何やら異臭がすると思いましたら……。あの時の生意気な『観測屋(かんきゃくさま)』じゃありませんの?……まーだ生きてらしたのね。しぶといこと。それにその無様な格好。ミイラ取りがミイラになったのかしら? オーッホッホ!」


「君ね……!」


「ナラティブ?なぜこのような『廃棄物』がここにありますの?ホテルの格が下がりますわ。すぐに清掃員を呼んで捨てさせましょう」


レティシアの言葉には、一片の迷いもなかった。

彼女にとってエラーラは人間ではない。不快なノイズだ。


「……やめなさい、レティシア」


ナラが、鉄扇でレティシアの肩を軽く叩いた。

レティシアはビクリとして、ナラの顔色を伺った。


「コイツはポンコツだけど、あたしのお母様よ。……一応ね」


「お、お母様!?嘘でしょう!?ナラティブ、貴女のような気高く美しい魂を持つ方が、こんな……こんな『下賤な失敗作』から生まれたなんて!」


「事情があるのよ。……で? 文句おあり?」


ナラが赤い瞳を細める。

レティシアは、シュンと縮こまった。


「い、いいえ!ナラティブがそう仰るなら、あたくしは従いますわ!……たとえ親が潰れたモグラ以下でも、貴女の輝きは損なわれませんもの!」


「???……褒めてるのか貶してるのか分からないわね」


ナラは苦笑し、レティシアに席を勧めた。


「……ちょっと待ちたまえよ、ナラ君。君は騙されているよ」


エラーラは、車椅子を進め、二人の間に割って入った。

彼女は、ナラの良心に訴えかけようとした。


「こいつは……フロストガルドで、自分を助けに来た3人の女性を『役立たず』と切り捨て、見殺しにした女だぞ!それどころか、『あいつらが勝手に死んだだけ』と笑ったんだ!

……人の心がない怪物は、こいつもだよ!」


エラーラは叫んだ。

昨日のライラ蘇生の一件を経て、エラーラは「命の重さ」を再認識していた。

だからこそ、レティシアの非論理的な所業が許せなかった。

だが。

レティシアは、優雅に紅茶を啜り、冷ややかな視線をエラーラに向けた。


「……だから?」


「だから……?」


「彼女たちは、あたくしを守るという『任務』の中で死にました。『過程』をまっとうし、あたくしの生還という『結果』を出しました。……何か問題がありまして?」


「君……!命をなんだと思っているんだ!」


「『資源』ですわ。」


レティシアは即答した。


「有能な者は生き残り、無能な者は淘汰される。彼女たちは、あたくしの金に群がり、能力に見合わぬ欲をかき、自滅した。あたくしという『主役』を生かすための『舞台装置』として機能したのですから、感謝こそすれ、悔やむ必要などありませんわ。」


その堂々たる「悪」の宣言に、エラーラは言葉を失った。


「ナラ君!聞いたかい!?こいつはこういう奴なんだ!

お前が一番嫌いな、『命を軽んじる奴』だろう!?さあ!なぜ殴らない!なぜ鉄扇で叩かない!」


エラーラは、ナラに同意を求めた。

だが、ナラは静かにマカロンを手に取り、パクっと口に入れただけだった。


「……お母様。アンタ、やっぱりまだなんか勘違いしてるわね?」


ナラは、咀嚼し、飲み込んでから淡々と言った。


「あたしはね、レティシアの言ってること、分かるのよ」


「……わかる、だと?私はわからない!理解不能だね!」


「そう。アンタは一生わからない。あたしはわかる。スラムじゃ当たり前のことよ」


ナラは、レティシアのカップに紅茶を注ぎ足しながら言った。


「親切な顔して近づいてくる奴ほど、裏でナイフ研いでるのよ!『恵んでくれ』って泣きつくババアは寝てる間に荷物を盗む!『助けてくれ』って泣きつくジジイは寝ている間に人を犯す!ガキは自ら片足を切り落とす!そうして、自ら目を潰し、何もみないで、他人が自分を見る日を夢見て、寄生させてくれと、踏みにじらせてくれと、白馬に乗った王子様が来る日を夢見て……。持たざる奴ってのは、常に『奪う』チャンスを狙ってる!弱者でありながら、弱者の演技をすることで、本当は自分は強者だぞと自分に言い聞かせて……物乞いをしているのよ!」


ナラの瞳は、冷徹なリアリズムに満ちていた。


「あたしはその3人のガイドを知らないわ。本当に善人だったかもしれない。いや……おそらくおっちょこいな善人だったと思うわ。……でもね?レティシアが語る『感覚』は分かるのよ。金持ちの令嬢に群がる有象無象。ヘコヘコしながら、腹の中じゃ『このアマからいくら毟り取れるか』しか考えてない連中の目。……レティシアは、それを感じ取って、先に切り捨てていただけよ!」


レティシアは、深く頷いた。


「ナラティブ。貴女には分かりますのね。あの方々は、あたくしを見ていませんでした。あたくしの背後にある『ヴァルトハイム家の金庫』しか見ていなかった」


「でしょ?だから、あいつらが死んだのは、けして『事故』じゃないわ。身の程知らずが、宿主に逆らって潰された……ただの『自然現象』よ」


ナラティブと、レティシア。

スラムの野良犬と、温室の毒花。

育ちは真逆だが、二人は共有していた。

「弱者とは、善人ではなく『牙を持たない捕食者』である」という、残酷な真実を。


「……そんな……非論理的な理屈が……!」


エラーラは反論した。


「それは推測だろう!?もし、彼女たちが心からの善意で動いていたとしたら……お前たちは、無実の人間を殺したことに……」


エラーラは、基本的に自分を責める。

『私の計算が間違っていた』『私が至らなかった』と。

そうして、反省し、改善し、学び取る。

だが。

レティシアは、笑った。


「あら、観測屋(かんきゃく)さん。過ち?それが?」


「……はあ?」


「もしあたくしの判断が間違っていて、彼女たちが聖女のような善人だったとしましょう。……で? それで、あたくしが死ねばよかったと?」


レティシアは扇子を閉じた。


「あたくしは生きています。彼女たちは死にました。それが全てですわ。反省?悔恨?……時間の無駄ですわね。生き残った者が正義。勝った者が歴史を作るのです。いちいち自分の行動を振り返ってメソメソするなんて……『弱者』のすることですわ」


その言葉は、部屋の隅で震えていたライラの耳に、雷のように突き刺さった。


(弱者のすること!?)


ライラは、エラーラを見た。

車椅子の上で、頭を抱え、苦悩する元・大魔導師。

「私のせいだ」「私が悪かった」と繰り返し、自分を責め続ける姿。

そして、レティシアを見た。

黄金の髪を輝かせ、胸を張り、自分の行動に一片の疑いも持たない姿。

「私が正しい」「私が生き残った」と断言する、圧倒的な生命力。


(!)


ライラの中で、何かが音を立てて崩れ、そして組み変わった。

エラーラは優しい。

自分のために命を削って蘇生させてくれた。

だが、その優しさは「贖罪」から来ている。

エラーラを見ていると、ライラは思い出してしまうのだ。

自分が「見殺しにされた可哀想な被害者」であることを。

エラーラが謝るたびに、ライラは惨めな気持ちになる。

でも、レティシアは違う。

彼女は、自分が加害者であることすら肯定している。

その圧倒的な「肯定感」は、眩しいほどに輝いて見えた。


(私は、『可哀想な子』でいたくない!)


(謝られたくない。同情されたくない。私は……レティシアみたいに、誰かを踏み台にしてでも、胸を張って生きたい!)


「……ナラ。娘よ。本当にこいつを肯定するのかい?」


エラーラは、最後の望みをかけて娘に問うた。

ナラは、鉄扇をパチンと閉じた。

そして、冷淡に言った。


「……肯定はしないわよ。倫理的にはクズだもの。でもね、エラーラ。アンタみたいに、過去の『もしも』に囚われて、

『自分は罪深い』って自己陶酔して、何かを学んだ気でいる孤独なおばさんよりは、コイツの方がよっぽど『生き物』として健全だわ」


「……っ!」


「アンタのその『自責』はね、責任を取ってるんじゃないの。『自分は反省してる善人です』ってアピールして、傷つくことから逃げてるだけよ。見なさいよ。レティシアは学ばない。真実を直視しない。世界中から後ろ指さされても平気な顔をしてる。その『覚悟』の違いよ」


エラーラは、完全に打ちのめされた。

彼女の論理も、倫理も、圧倒的なエゴイズムの前では無力だった。

その時。

ライラが、お盆を取り落とした。

ガシャーン! と音が響く。


「……あ」


ライラは、床に散らばった破片を見つめた。

いつもなら、「ごめんなさい! すぐ片付けます!」と謝る場面だ。

エラーラが、すぐに声をかける。


「大丈夫かい、ライラ君! 怪我はないか?……すまないねぇ、私が雰囲気を悪くしたせいで……」


エラーラは、また謝った。

また、自分を責めた。


「……うるさい!」


ライラが呟いた。


「え?」


「もう嫌なんです!!」


ライラは叫んだ。

彼女は、エプロンを乱暴に引きちぎり、床に叩きつけた。


「謝らないでください!『私のせいで』とか『可哀想に』とか、もううんざりなんです!貴女と一緒にいると……まるで私は……いつまでも『あの日死んだ惨めなライラ』のままじゃないですか!」


ライラは、エラーラを睨みつけた。

そこには、感謝の色はもうなかった。

あるのは、弱者扱いされることへの拒絶と、強者への渇望。

ライラは、レティシアの方へ歩み寄った。

そして、その場に跪いた。


「……レティシア様!」


「あら? なんですの、その汚いメイドは」


レティシアは、汚いものを見る目でライラを見下ろした。

だが、ライラは引かなかった。

彼女は、レティシアの靴に口づけをした。


「私を……連れて行ってください」


「……は?」


エラーラが絶句する。


「ライラ君、何を……その女は、君のような人間を一番……」


「黙ってください!!」


ライラはエラーラを一喝した。


「私は『いい人』にはなりたくない!いつもウジウジ悩んで、謝って、負け犬みたいに震えて……そんなの、生き返った意味がありません!私は……強くなりたい!」


ライラは、熱っぽい瞳でレティシアを見上げた。


「レティシア様!貴女は強い。貴女は美しい。貴女は、自分が生き残るためなら他人を蹴落とすことを躊躇わない。……私、貴女みたいになりたいんです!貴女の側で、その『強者の論理』を学びたいんです!靴磨きでも、盾でも、何でもします!だから……私を、貴女の世界に連れて行ってください!」


それは、魂の叫びだった。

「他責」の極致。

自分が弱いのは、自分が悪いからではない。使い方が悪いからだ。

強い主人のもとで、強者の振る舞いを模倣すれば、自分も強者になれるはずだ。

それは歪んだ向上心だったが、エラーラの湿っぽい贖罪より、遥かに強力なエネルギーを放っていた。

レティシアは、驚いたように瞬きをした。

そして、扇子で口元を隠し、ニヤリと笑った。


「……あら。汚い野犬かと思いましたけれど……意外と良い目をしていますわね。」


レティシアは、ライラの顎を扇子で持ち上げた。


「『強さ』を欲するその貪欲さ。過去を捨て、利用できるものは何でも利用しようとするその浅ましさ。……悪くありませんわ。ナラティブの趣味の悪いメイド服より、あたくしの召使いのドレスの方が似合いそうですわね!けして加害ではなく、エゴを貫く真の強者の生き方を、教えて差し上げますわ!」


「……!」


ライラの顔が輝いた。


「ありがとうございます! レティシア様!」


「ライラ君……やめるんだ……!」


エラーラが手を伸ばす。

だが、ライラはその手を冷たく見下ろした。


「さよなら、『反面教師』エラーラさん。」


ライラは、レティシアの後ろに立った。

彼女の背筋は伸び、表情には自信がみなぎっていた。

レティシアは、満足げに立ち上がった。


「では、行きますわよ、ライラ。今日は新しいドレスと、靴と、宝石を買いに行かなくては。あたくしの所有物になるのですから、それなりの格好をしてもらわないと」


「お供します!」


レティシアとライラ。

新たな主従が、ドアへと向かう。

だが、ドアノブに手をかけたところで、ライラが立ち止まった。

彼女は、ゆっくりと振り返った。

その目は、ナラとエラーラを、哀れむように見下ろしていた。


「……最後に、一つ。」


ライラは言った。


「貴女たちは、私を生き返らせてくれました。それは『善人』としては、正しい行いだったのでしょう。……でも」


ライラは、残酷な真実を口にした。


「一年半前、私を見殺しにして、反省もせず、笑っていた方が……貴女たちは『強者』でいられたはずです」


「……」


エラーラが息を呑む。


「貴女たちがいつも苦しそうなのは、貴女たちがいつも『地獄』を見ているのは……【弱者の苦しみに、寄り添いすぎている】からですよ」


ライラは、ナラを見た。

スラムで育ちながら、弱者を守ろうと戦い、傷つく少女。

そしてエラーラを見た。

最強の力を持ちながら、道徳と保身の板挟みで苦悩する魔女。


「頭が良くなりすぎた結果、人間になりすぎた結果、生き物だってことを忘れちゃったんですか?『他者を食らって生きる』という、生き物としての最低限のルールを。」


ライラは、淡々と、しかし決定的な一言を放った。


「……だから貴女たちはいつまで経っても『独身』なんですよ!」


「……っ!!」


エラーラとナラの動きが、完全に止まった。

衝撃。

それは、倫理的な断罪よりも遥かに深く、生物としての根源的な敗北を突きつける言葉だった。


「見ず知らずの他人から、毎日毎日精神をレイプされに行く奴隷根性の馬鹿に、いったい誰かが人生を預けると思いますか?まさか、自分は性格が良いのにとか思ってませんか?だからといって加害性のあるチンピラがモテるのではありません!エゴを貫く『主人公』がモテるのです!……お幸せに!……さようなら!可哀想な『反面教師』たち!」


ライラは、今度こそ振り返らず、レティシアと共に部屋を出て行った。

ドアが閉まる音が、弔鐘のように響いた。

部屋には、エラーラとナラだけが残された。

沈黙。

圧倒的な、沈黙。


「……えー。えーと。あー。うん。いや、ナラ君……」


エラーラは、震える声で言った。


「……そだね、えーと、いや、今の言葉は……えっと、論理的には無関係なはずだ。結婚制度と、道徳的行動には……なんだっけ、いや、直接の因果関係は……」


「……うるさい!」


ナラは、マカロンを握りつぶしていた。


「……図星なんでしょ?」


ナラは、粉々になったマカロンを皿に放り投げた。


「動物としてのルール、か。……確かに、あたしたちは『人間』を()ろうとしすぎた……」


「……私は……私はただ、正しいことを……」


「正しさなんて、生きるには役に立たないってことよ。……あーあ。あーあ!!!……負けたわ。完敗よ。」


ナラは、ソファに深く沈み込んだ。

ライラは、「優しさ」よりも、「強さ」を選んだ。

そして、その選択は、生物としては紛れもなく、正解だったのだ。

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