第2話:犯罪の流儀!
午前9時。
王都の裏路地にある雑居ビルの一室、広域暴力団『黄昏の会』の第三支部。
タイムカードに打刻し、私は自分のデスクに座った。
私の名前はガンツ。勤続25年、役職は行動隊長。
今日のツーヅーリストには、『宝石店での資金調達』というタスクが入っている。
「おやざっす。ガンツさん。はやっすね」
隣の席に、新人のルカが座った。
金髪にピアス、ダボダボの服。手には最新型の魔導端末。
こいつは、魔法学校を中退して入社してきた「魔導世代」だ。
「おはよう、ルカ君。……おい、ネクタイが曲がってるぞ。現場に出る時は身だしなみが第一だと言ったろう」
「えー?マスク被るんで関係なくないっすか? それより今日の案件、サクッといきましょうよ。俺、夜からデートなんで」
私はため息をつき、愛用の回転式拳銃の手入れを始めた。
油の匂い。鉄の重み。これこそが仕事道具だ。
ルカはそれを見て鼻で笑う。
「先輩、まだそんなしけた武器使ってるんすか? 重いし、うるさいし、環境負荷、高くないっすか?」
「馬鹿野郎。これは『信頼』の証だ。この重みが、客に誠意を伝えるんだ」
午前10時。現場到着。
王都の大通りに面した高級宝石店。
私は深呼吸をし、目出し帽を被った。さあ、営業開始だ。
「よし、ルカ。まずは俺がお手本を見せる。『挨拶』が肝心だぞ」
私はドアを蹴破り、店内に踏み込んだ。
「動くなコラァァァッ!!」
私は天井に向けて威嚇射撃を行った。
轟音と共にシャンデリアが揺れる。店員と客が悲鳴を上げて床に伏せる。
完璧なツカミだ。恐怖による場の支配。これがプロの仕事だ。
「皆さん!お忙しいところ申し訳ありませんが、命が惜しければ金品を袋に入れてください! 手荒な真似はしたくありません! ご協力をお願いします!」
私はドスの効いた声で、しかし丁寧に要望を伝えた。
震える店員の頭に銃口を突きつける。これは「至近距離でのプレゼン」だ。相手の目を見て、こちらの本気度を伝える。
店員が失禁した。よし、契約成立だ。
「……先輩、長くないっすか?」
背後で、ルカが欠伸をした。
彼は懐から、魔導端末を取り出した。
「あーも。めんどくさいんで、アプリで済ませますね」
ルカが画面をタップした瞬間。
店内に無色の催眠ガスが充満した。
店員も、客も、私も、一瞬で意識が朦朧とする。
「な、なにを……」
「広域昏倒魔法っす。これなら抵抗されないし、通報もされない。最強っすよ?」
ルカは倒れた店員たちを跨ぎ、ショーケースを魔法で切断。タブレットで「転売価格相場」を検索しながら、高額商品だけを効率よくバッグに詰め込んでいく。
「はい、回収完了。撤収っす」
所要時間、3分。
私は薄れゆく意識の中で、ルカの背中を睨みつけた。
誰も恐怖していない。誰も泣き叫んでいない。
こんなの、ただの作業じゃないか。
汗もかかず、客との対話もなく、ただ物を右から左へ動かすだけの……そんなの、仕事と言えるのか?
帰りの車中。私はルカを叱責した。
「ルカ君!なんだあの態度は!接客をサボるな!」
「えー?でも売上目標は達成しましたよね? むしろ先輩のやり方、コストの無駄だし、近所迷惑ですよ」
私は言葉に詰まった。
数字は出ている。だが、何かが決定的に失われている気がした。
数日後。
社長から直々の案件が降りてきた。
組織の金を横領した裏切り者の粛清。つまり、懲戒解雇の通達だ。
「ガンツ君。君の経験を見込んで頼む。……きっちりと『落とし前』をつけてくれ」
「彼の人生という名の決裁書類に、赤ペンを入れてきます」
現場は、裏切り者が潜伏しているビジネスホテルの一室。
私は、処刑用のレインコートを着込み、足音を消して廊下を進んだ。
手には、サプレッサー付きの拳銃。
私の流儀はこうだ。
対象を椅子に縛り付け、罪状を読み上げ、本人に確認印をもらう。眉間を撃ち抜き、現場に薬莢を一つ残す。
この薬莢こそが、私の「名刺」であり、組織の威光を示す「社判」なのだ。
手間はかかる。血の処理も大変だ。だが、これを見て他の社員たちは身を引き締めるのだ。
しかし。
ホテルのドアの前に立った時、ルカが言った。
「先輩。つか、中に入る必要、なくないすか?」
ルカは廊下に立ったまま、魔導デバイスを取り出した。
壁越しにサーモグラフィーで室内の様子を確認する。
「ターゲット確認。……心臓麻痺、送信っと」
部屋の中で、ドサッという音がした。
それだけだ。
悲鳴も、命乞いも、銃声もない。
「はい、処理完了。ログも消去済み。完全犯罪っす」
「……はあ?」
私はドアを開けた。
裏切り者は、ベッドの上で胸を押さえて死んでいた。外傷はない。顔は苦悶に歪んでいるが、ただの病死にしか見えない。
「ルカ君?……これじゃあ、ただの事故死じゃないか!『組織がやった』という広告効果はどうなるんだ!」
「いや……警察にバレないのが一番でしょ。先輩のやり方、現場に薬莢残すとか、なんつーか、今の時代的にありえないっすよ。個人情報とかうるさいし」
「馬鹿野郎!殺し屋が個人情報保護を気にしてどうする!血の匂いこそが我々のブランドイメージだろうが!」
私は激昂し、死体の額にわざわざ銃弾を撃ち込もうとした。
だが、ルカに止められた。
「やめてくださいよ。清掃費かさむんで。リソースの無駄遣いはNGっす」
私は、握りしめた拳銃を下ろした。
死体は綺麗だった。部屋も汚れていない。
だが、私の心には、拭いきれない澱が溜まっていった。
ハンコを押さない書類。顔を見ない会議。そして、血の出ない殺人。
これでは、彼が「生きていた」という事実さえ、希薄になってしまうではないか。
一週間後。
私は、賭博場の窓際部署に回されていた。
総務・管理業務だ。
薄暗い地下室で、イカサマをした客を尋問する。これだけが、今の私に残された「対面業務」だった。
「お兄さん、袖口からエースが出てきましたねぇ。……これは重大な違反行為ですよ?」
私は客の手をテーブルに固定し、出刃を突きつけた。
客は泣き叫ぶ。
「許してください!」
「金は払います!」
その必死な形相。飛び散る汗。尿の臭い。
そうだ。これだ。これこそが、人間同士の魂のぶつかり合いだ。
「指を詰めるか、倍額払うか。……誠意を見せていただきましょうか」
私が出刃を振り上げた、その時。
ドアが開いた。
社長と、ルカが入ってきた。
「ストップだ、ガンツ君」
社長が、冷ややかに言った。
「そいつは解放したまえ。……ルカ君、頼む」
ルカがため息交じりに杖を振る。
「記憶消去。……はい、お客様、出口はこちらですー」
客は虚ろな目になり、ふらふらと出て行った。指も、金も、そのままで。
「社長!?なぜです!彼は不正を……!」
「ガンツ君?……賭博場で指を詰めると、客足が遠のくんだよ。今は『クリーンで安心な違法カジノ』がトレンドなんだ。君のようなパワハラ尋問は、魔導通信で拡散されるリスクがある」
そして、社長は、一枚の紙を私に差し出した。
『組織再編に伴う人員整理のお知らせ』
要するに、解雇通知だった。
「君の強盗の手順も、殺しの作法も、もう……やはり時代に合わない。……コストパフォーマンスが悪すぎるんだ」
「社長……!私は、創業時からの精神を……『恐怖による支配』を、誰よりも忠実に守ってきたつもりです!」
「わかっている。君の職人芸は確かに素晴らしい。だがね、今は魔法の時代だ。手作業で内臓を引きずり出す時代は終わったんだよ」
社長は、少しだけ寂しそうな顔をした。
彼もまた、板挟みの中間管理職なのだ。上部組織からのノルマと、時代の変化に押しつぶされそうになっている。
「……退職金代わりに、命だけは助けてやる。……お疲れ様、ガンツ君」
私は、私物を詰めた段ボール箱を抱え、雨の降るオフィス街をトボトボと歩いていた。
箱の中身は、愛用の実弾拳銃、血塗れのドス、そして使い古した革の手袋。
私の25年間のキャリアの全てが、この小さな箱に収まっていた。
すれ違うのは、スマートに魔導具を使いこなす若い半グレたち。
彼らは魔導端末をいじくりながら、遠隔で人を騙し、遠隔で人を殺し、遠隔で報酬を受け取っている。
誰も汗をかいていない。誰も血に濡れていない。
「……世知辛い世の中になったもんだ。真面目にやってきたのになぁ」
私はコンビニで、一番安いカップ酒を買った。
そして、誰もいない公園のベンチに座り、箱の中からリボルバーを取り出した。
ずしりと重い。
シリンダーには、一発だけ弾が残っている。
私は、空に向かって銃口を向けた。
これが、私の最後の「業務日報」だ。
乾いた音が、雨音に吸い込まれていく。
誰も悲鳴を上げない。誰も通報しない。
私の放った弾丸は、誰にも届かず、ただ虚空を切り裂いただけだった。
鼻腔に残る、懐かしい火薬の匂い。
それだけが、私がかつて「恐怖の代名詞」と呼ばれた会社員だったことの、唯一の証明だった。
私はカップ酒を煽り、冷たい雨に打たれながら、静かに目を閉じた。
……明日は職安に行こう。
暗殺団か、強盗団か。
心のこもった「手づくりの悪」が残っている職場があるを祈って。




