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第2弾:ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
他人の為に死ねますか

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202/304

第2話:医療従事者の勝利!

地下鉄構内へ逃げ込んだナラたちを、インフラ連合が追い詰める。

前方からは高圧電流を纏ったスタンバトンを持つ電力局員、後方からは高圧洗浄機を構えた水道局員。

挟み撃ちだ。


「このままじゃジリ貧よ!」


ナラが叫ぶ。

通信機越しに、エラーラが冷静な、しかし切迫した声を飛ばした。


『ナラ!私が遠隔で王都の制御システムに介入する!一時的にエリアのライフラインを強制停止させる!』


「できるの!?」


『可能だ。セキュリティは堅牢だが、私の演算能力なら3秒で突破できる。……システムダウンさえさせれば、彼らの武器は沈黙する!』


エラーラは、世界最強の魔導師だ。

彼女の論理に間違いはないはずだった。

エラーラは術式を展開し、王都の管理システムへハッキングを仕掛けた。


「……接続完了。『強制停止』!!」


一瞬、地下鉄の照明が落ち、水道局員の高圧洗浄機のポンプ音が止まった。

成功したかに見えた。

だが、次の瞬間。


『警告。警告。基幹システムへの不正侵入を検知……制御権を「自律防衛モード」へ移行します』


止まったはずの機械が、悲鳴のような駆動音を上げて再起動した。

それだけではない。出力が倍増している。


「な、何よこれ!?」


『馬鹿な……! システムが、私のハッキングを「大規模テロ」と誤認したのか!?』


エラーラが驚愕する。

インフラシステムには、「外部からの停止攻撃を受けた際、生存本能のように出力を最大にして機能を維持しようとする」安全装置が組み込まれていたのだ。

エラーラの「停止」という介入が、逆にシステムの「暴走」スイッチを押してしまった。


「放水開始! 汚染物質を物理的に破砕する!」


水道局員の洗浄機から放たれたのは、ただの水流ではなかった。

コンクリートをも切断する、工業用の「ウォーターカッター」だ。


鋭利な水刃が、ナラの横の鉄柱を豆腐のようにスライスした。


「ひぃッ!」


エリスが悲鳴を上げる。当たれば人体など瞬時に両断される。

エラーラの策は、敵を無力化するどころか、致死性の兵器へと進化させてしまった。


「……ッ! ならば、私が防ぐ!」


ナラは即座に動いた。

彼女は鉄扇を展開し、魔力障壁を張って、3人のターゲットの前に立ちはだかった。

ウォーターカッターの刺突を防ぐには、水の軌道を物理的に逸らすしかない。


「そこだぁッ!!」


ナラは、天井を通る太い配水管を鉄扇で叩き割った。

大量の水が滝のように落下し、ウォーターカッターの軌道を乱す「水の壁」を作り出した。

ナラの読み通り、高圧水流は水の壁に阻まれ、威力を減衰させた。


「やった……!」


そう思ったのも束の間。

足元に溜まった水が、急速に水位を上げていく。

そして、ナラは気づいた。

反対側から迫っていた電力局員たちが、水浸しになった床を見て、青ざめて後退していることに。


「……あ」


ナラが作り出した「水の壁」と、床に広がった水たまり。

それが、電力局員たちが持っていた高圧スタンバトンや、壁の露出したケーブルに接触した。

水は、電気を通す。

地下空間全体が、巨大な電気椅子と化した。


「きゃあああああ!!」


「うわぁぁぁぁ!!」


ターゲットの3人が感電し、痙攣して倒れる。

ナラもまた、全身を焼かれるような激痛に膝をついた。


「し、しまった……! 漏電……!?」


ナラの「防御」が、最悪の形で「攻撃」を媒介してしまったのだ。

水で守ろうとした結果、電気という逃げ場のない処刑台を作り上げてしまった。


『ナラ! 何をしている! 状況が悪化しているぞ!』


「うるさいわね! お母様がシステムを暴走させるからでしょうが!」


エラーラの「論理的ハッキング」は殺戮兵器を呼び覚まし。

ナラの「物理的防御」は処刑台を完成させた。

個人の足掻きが、巨大なシステムの前では全て裏目に出る。

この理不尽な連鎖こそが、インフラという怪物の真の恐ろしさだった。

感電して泡を吹くハンス。

髪が焦げたエリス。

ミコは苦痛に涙を流しながら、ナラを見た。


「……ごめんなさい……僕たちがいるから……ナラさんまで……」


その言葉が、ナラの胸をえぐる。

助けようとすればするほど、彼らを苦しめている。

自分は無力だ。

ナラたちは追い詰められていた。

前方からは、カッターを持った水道局員と、スタンバトンを持った電気局員が迫ってくる。

彼らの背後には、トラックのライトがサーチライトのように照らされている。


「確保の時間だ」


「抵抗はやめろ。これは公共の利益だ」


無機質な殺意。

ナラが鉄扇を構え、最後の抵抗を試みようとした、その時。


「下がりたまえ!!」


凛とした声が響いた。

インフラ連合とナラたちの間に、白い影が割って入った。

一人ではない。十人、二十人。

白衣を纏った集団――王都医師会のメンバーたちだった。


「ここは我々の管轄だ!傷病者に指一本触れさせん!」


先頭に立った老医師が、メスを構えて仁王立ちする。

水道局長が、眉をひそめて前に出た。


「どいてください、ドクター。これはインフラの維持管理業務です。貴方たちも医療機器を動かすのに、水と電気が必要でしょう?」


「その通りだ。だが!」


老医師は叫んだ。


「我々は『生命維持』のインフラだ! 目の前の患者を見殺しにすることは、我々の『業務規定』に違反する!」


課長は溜息をついた。


「非論理的だ。その3人を生かすことで、数万人が感染症で死ぬリスクがある。……公衆衛生の観点からは、彼らを排除するのが正解のはずだ」


「それは『数』の論理だ!」


医師が反論する。


「我々の論理は違う! 我々は、目の前にある心臓が動いている限り、それを止める権利を持たない! 一人の命を救えないなら、一万人の命など救えるものか!」


決して交わることのない、二つの正義の衝突。

どちらも正しい。どちらも社会に不可欠だ。

だが、その両立は不可能。


「……業務妨害とみなす。排除せよ」


課長が冷徹に命じた。

青い波が襲いかかる。

白い壁が迎え撃つ。

鈍い音が響く。

医者がパイプレンチで殴られ、頭から血を流す。

電気屋がメスで刺され、うめき声を上げる。

トラックが突っ込み、白衣の集団を跳ね飛ばそうとするが、魔導医術による障壁がそれを防ぐ。

血みどろの乱闘。

彼らは個人的な恨みで戦っているのではない。

それぞれの「職務」と「倫理」を守るために、互いを殺そうとしているのだ。

ナラは、その地獄絵図を呆然と見ていた。

止められない。

これは、人間の尊厳と、社会のシステムが軋み合う音だ。

その光景を見ていた、3人のターゲットたち。

パン屋のハンス、孤児のミコ、令嬢のエリス。

彼らは抱き合い、震えていた。


「やめて……」


エリスが、か細い声で呟いた。

目の前で、自分たちを守ろうとする医師が、ツルハシで腕を砕かれている。

自分たちを殺そうとする水道屋が、「家に帰らせてくれ」と泣きながらレンチを振るっている。


「私たちの……せいだ……」


ハンスが呻く。

自分たちが生きているだけで、水が止まり、電気が消え、街が機能不全に陥る。

自分たちが息をしているだけで、善意の人々が殺し合っている。

自分たちは、人間ではない。

社会という巨大な機械に混入した、取り除くべき「バグ」なのだ。


「……ごめんなさい」


ミコが、落ちていた医師のメスを拾い上げた。


「僕たちが、いなくなればいいんだ」


「待って!」


ナラが叫ぶ。

だが、遅かった。

エリスは、高圧電流が流れる露出したケーブルに向かって走った。

ハンスは、蓋の外れたマンホールの暗闇を見つめた。

ミコは、メスを自分の首に当てた。


「迷惑をかけて、ごめんなさい」


「綺麗な水に、なりたい」


修正リセット、します」


三つの音が、ほぼ同時に響いた。

ナラが手を伸ばした先で、三つの命が唐突に消えた。

自殺ではない。

それは、システムのエラーを解消するための、自発的な「削除」だった。


その瞬間。

地下鉄構内の非常灯が、通常の照明に切り替わった。

低い音と共に、空調が動き出す。

インカムから、水道局の本部からの通信が入る。


『――水圧、正常値へ復帰。魔瘴気濃度、クリア。配管内の異物反応、消失しました』


ピタリ、と争いが止まった。

水道局長は、血のついたレンチを下げ、腕時計を見た。


「……業務、完了」


彼は深く息を吐き、部下たちに合図した。


「撤収だ」


作業員たちは、淡々と動き出した。

エリスの黒焦げの死体、ミコの血まみれの死体を袋に詰め、ハンスが落ちたマンホールに蓋をする。

彼らに悪意はなかった。勝利の喜びもなかった。

ただ、「やっと仕事が終わった」という安堵感だけがあった。

電気屋も、通信屋も、トラック運転手も、互いに声を掛け合い、散っていく。

彼らは明日もまた、この街のインフラを支えるために働くのだ。

今日の「清掃」のことなど忘れて。

残されたのは、血まみれになった医師たちと、ナラだけ。

老医師は、空になったメスの鞘を握りしめ、項垂れていた。


「……救えなかった。……我々の敗北だ」


医療は、数の論理に負けたのだ。

水道局員たちが去り、地下鉄構内に静寂が戻った。

残されたのは、ナラティブ・ヴェリタスと、血まみれになった医師団、そして物言わぬ3つの遺体だけ。

ナラは、脱力感に膝をつきかけた。

終わった。救えなかった。

だが、その時。


「……総員、蘇生術式用意! 急げ!」


老医師の怒号が響き渡った。

ナラが顔を上げる。

医師たちは、レンチで殴られた腕を包帯で吊り、血を拭いながらも、猛然と3人の遺体に駆け寄っていた。彼らの目に、諦めの色は微塵もない。


「な……何を……?」


「ナラ君! 下がっていろ!」


老医師はナラを押しのけ、ミコに跨がった。

首の傷を瞬時に魔導縫合し、心臓マッサージを開始する。

他の医師たちも、黒焦げのエリス、溺死したハンスに対し、最高位の治癒魔法と電気ショックを併用した蘇生措置を敢行する。


「彼らは一度死んだ! 心停止を確認した! だが、脳組織はまだ死滅していない!」


老医師の手から、凄まじい魔力が奔流となってミコの心臓へ流れ込む。


「我々は医者だ! 水道屋が『詰まり』を直すのが仕事なら、我々の仕事は『死神』の手から命をもぎ取ることだ! 1秒でも早ければ、まだ引きずり戻せる!」


それは、執念だった。

インフラの論理に負けたままでは終わらせない。

目の前の命を救うこと。それだけが、彼らの絶対正義。

微かな音が、静寂を破った。

続いて、ハンスが激しく水を吐き出した。

エリスの焦げた皮膚が再生し、肺が空気を求めて収縮する。


「……あ、が……っ」


ミコの喉が震え、産声のような呼吸が戻った。

3人が、息を吹き返したのだ。


「ば、馬鹿な……」


ナラは呆然と呟いた。

通信機から、エラーラの興奮した声が響く。


『ナラ! 計器を見ろ! ……数値は「正常」のままだ!』


「どういうこと!?」


『「死ねば魔瘴気は晴れる」という予言の条件は、彼らの一度目の死によって達成されたのだ! 彼らの体内に蓄積していた魔力ヘドロは、心停止と共に霧散した。つまり……』


「今、生き返っても、もう世界に害はない……?」


『その通りだ! 呪いは消滅している!』


その時、去っていったはずの水道局長(課長)が、戻ってきた。

彼は蘇生した3人と、処置を続ける医師たちを見た。

ナラが身構える。また殺し合いになるのか。

だが、課長は手元の圧力計を確認し、無表情に言った。


「……水圧、正常。配管内異物反応、なし」


彼は、ヘルメットの位置を直し、医師たちに向かって軽く敬礼した。


「障害物が除去されたのなら、我々の業務は終了です。……後は、医療区分の管轄ですね」


彼らはプロだった。

憎くて殺したわけではない。数値が異常だったから排除しただけだ。

数値が正常に戻り、かつ対象が生きているなら、それは水道局の関知することではない。

青い作業着の男たちは、「お疲れ様でした」と言って、日常業務へと戻っていった。

ナラは、へたり込んだ。

目の前では、医師たちが汗だくになって、生き返った3人を抱きしめている。

そこには、非難も、対立もない。

ただ、命が戻ったことへの純粋な喜びと、極限状態で職務を全うした専門家同士の、無言の敬意だけがあった。


「……勝てないわね、お医者様には」


ナラは、涙を拭いながら笑った。

水道も電気も大事だ。けれど、最後の最後で理屈を超えて手を伸ばしてくれる「医療」というインフラの、なんと力強く、頼もしいことか。

地上に出ると、夜が明けていた。

王都は今日も回っている。

水は流れ、電気は灯り、そして病院では医者が命を救っている。

それぞれの「仕事」が、それぞれの領分で全力を尽くすことで、この世界はギリギリのところで守られているのだ。

ナラティブ・ヴェリタスは、軽やかな足取りで歩き出した。


世界は残酷で、論理的で、そして――まだ、やっぱり、捨てたもんじゃない。

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