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【5位】異世界探偵ナラティブ・ヴェリタス  作者:
ナラティブ・ヴェリタス短編集
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第2話:女王の愛娘と、魔女の母親!

ナラが獣医院に住み着いて数週間が経ったある日。

いつものように平和な昼下がり、ドアベルが鳴った。


「やあ、エラーラ君。いるかね?」


入ってきたのは、恰幅の良いトレンチコートの男。王都警察のカレル警部だ。

彼は帽子を脱ぎ、汗を拭いながら重々しい口調で切り出した。


「実はね、君に折り入って頼みがあるんだ」


「おや、カレル警部じゃないか。また厄介事かね? 警察の手に余る事件となれば、私の出番というわけだね!」


エラーラは顕微鏡から顔を上げ、嬉々として応じた。

その後ろで、ナラが優雅に紅茶を飲んでいる。


「あら、警部さん。また殺人事件? それとも魔獣の暴走?」


「いや……今回は少々、『色っぽい』事件でね」


カレル警部は、証拠品袋に入った小さな小瓶を取り出した。

中には、ピンク色に怪しく輝く液体が入っている。


「最近、貴族の間で『どんな相手も虜にする香水』というのが流行っていてね。……だが、これを使った者が、理性を失って獣のように暴れ回るという被害が多発しているんだ」


「ほう!強制発情と精神汚染を同時に引き起こす魔法薬か!興味深い!」


エラーラが身を乗り出す。


「被害者は、相手に見境なく襲いかかるらしい。……成分を分析して、中和剤を作ってほしいんだ」


「任せたまえ! 私にかかれば、成分解析など赤子の手をひねるようなものさ!」


エラーラは小瓶を受け取り、早速実験台へ向かった。

ナラも興味深そうに覗き込む。


「へぇ。……安っぽい色ね。三流の媚薬ってところかしら」


「触らないでくれたまえよナラ君。揮発性が高そうだ。……さて、まずは分光分析を……」


エラーラがスポイトで液体を吸い上げようとした、その時だった。

彼女の悪い癖が出た。考え事をしながら手元がおろそかになるのだ。


「ふむ、この分子構造は……おっと?」


スポイトがビーカーの縁に当たり、小瓶が倒れた。

ピンク色の液体がこぼれ、瞬く間に気化してピンク色の霧となる。


「しまっ……! 換気だ!」


エラーラが叫ぶ。

だが、ナラは逃げ遅れた。

彼女は、真正面からその甘い霧を吸い込んでしまったのだ。


「……っ! ゲホッ! ……な、なによこれ……甘ったるい……」


ナラが膝をつく。

視界が歪む。

体の中で、何かが熱く燃え上がるのを感じた。

ナラの理性のタガが、パチンと音を立てて外れた。

彼女の中に普段隠している、エラーラへの「深すぎる愛情」と「独占欲」、そして……「マザコン心」が、薬の効果で数百倍に増幅されたのだ。


「ナラ君! 大丈夫か!? すぐに解毒剤を……」


エラーラが心配そうに駆け寄る。

その瞬間。

ナラが、エラーラの両腕を掴み、床に押し倒した。


「うわっ!? なにをするんだい?…ナラ君!?」


エラーラが仰天する。

彼女の上に馬乗りになったナラは、トロンとした瞳で、しかし捕食者のような笑みを浮かべていた。


「……あぁ、お母様。……いい匂い」


ナラは、エラーラの首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。


「なッ、なななッ!? いかん!く、首はやめたまえ!私は食べ物じゃないぞ!」


「黙ってて。……一流の娘たるもの、母親への愛も一流でなくてはなりませんわ!」


ナラは叫び、エラーラの頬ずりした。

その力は凄まじい。元々武闘派のナラだが、リミッターが外れた彼女はゴリラ並みの怪力を発揮している。


「愛してるわお母様! 誰にも渡さない! 髪も、肌も、そのおかしな喋り方も、全部あたしのものよぉぉぉッ!」


「ひぃぃぃッ! 誰か! 誰か剥がしてくれぇぇぇ!」


エラーラが悲鳴を上げる。

見かねたゴウ少年が止めに入ろうとする。


「ナ、ナラさん! 落ち着いてください!」


「邪魔よッ!!」


ナラの裏拳が、ゴウを吹き飛ばした。

ゴウは壁に激突し、気絶する。


「ゴウ君ーッ!?」


ケンジ院長も飛び込んでくるが、ナラは彼を締め上げながら、エラーラに頬ずりし続けた。


「お母様との愛の時間を邪魔する不届き者は、処刑ですわ!」


カレル警部は、その地獄絵図を見て、そっと帽子を目深に被った。


「……これは、私の手に負える事件じゃなさそうだ」


「見捨てないでくれたまえ警部ゥゥゥッ!!」


エラーラが涙目で叫ぶ。


「とにかく! この香水の出処を突き止めて、解毒剤の材料を手に入れないと、君が死ぬ!」


その時、裏口から一人の少女がひょっこりと顔を出した。

乱雑な服装の陰気な少女、ルルだ。


「あ、あの……。なんか騒がしいですけど……。じ、情報、持ってきたんですけど……」


「ルル君! タイミングがいい! その香水の売人の場所を知っているかね!?」


エラーラが必死の形相で問う。


「あ、はい……。う、裏通りの『黒薔薇館』っていう怪しい店で……ひっ!何ですか、この、変な人……」


ルルは、エラーラに吸い付いているナラを見て凍りついた。


「よォーし! 行くぞナラ君! デートだ!」


エラーラは、とっさの機転を叫んだ。


「デート!?」


ナラが反応し、顔を上げる。


「そうだ! その『黒薔薇館』とやらで、私と熱い夜を過ごそうじゃないか!」


「きゃあああッ!素敵!さすがお母様!エスコートはお任せくださいまし!」


ナラは立ち上がり、エラーラを「お姫様抱っこ」した。


「行きましょう! 愛の逃避行へ!」


「ちがーう!捜査だ!……ルル君、さ!ささ!案内したまえ!急げ!」


「は、はいぃぃ……」


暴走するナラに抱えられたエラーラ、そして怯えるルル。

奇妙な一行は、王都の夜の闇へと消えていった。

残されたのは、気絶したゴウと、腰を痛めたケンジ院長だけだった。


王都の裏路地。怪しげなネオンが輝く会員制クラブ「黒薔薇館」。

そこは、違法香水を密売する犯罪組織のアジトだった。


「おい、誰だお前らは!」


「ここは会員制だぞ!」


屈強な見張りたちが立ちはだかる。

その前に現れたのは、白衣の女性をお姫様抱っこした、黒ドレスの美女だった。


「どきなさい、三流のゴミ屑ども」


ナラティブ・ヴェリタスは、恍惚とした表情のまま、冷酷に言い放った。


「あたしは今、お母様とのハネムーンの最中ですのよ。……邪魔をするなら、ミンチにして差し上げますわ」


「は?何言ってだこの女……」


見張りが棍棒を振り上げた瞬間。

ナラは、エラーラを抱えたままハイキックを放った。

見張りの男は、ボールのように吹き飛び、ドアを突き破って店内に転がり込んだ。


「素晴らしいぞ、ナラ君!その脚力!」


腕の中でエラーラが、恐怖と感心が入り混じった声を上げる。


「お母様に褒められたわ! ……もっと、もっと褒めて!」


ナラは店内に突入した。

中は、香水の密売人や、薬でラリった客たちで溢れかえっていた。


「な、なんだ貴様ら!」


組織のボスらしき男が、魔導銃を向ける。


「お母様、危ない!」


ナラはエラーラを庇うように背を向けた……のではなく、エラーラを小脇に抱えたまま、超高速でジグザグに走り出した。


「一流の愛は、弾丸ごときには止められませんわ!」


ナラはテーブルを蹴り飛ばし、シャンデリアに飛びつき、ボスの目の前に着地した。


「ごめんあそばせッ!」


強烈な頭突き。

ボスが鼻血を吹いて倒れる。


「ひ、ひぃぃ! 化け物だ!」


手下たちが一斉に襲いかかってくる。


「うるさいわね! あたしはお母様の匂いを堪能したいのよ!」


ナラは片手でエラーラを抱きしめ、もう片方の手と足で、襲い来る敵を次々となぎ倒していく。

その戦い方は、優雅でありながら、凶暴そのものだった。


「お母様の肌はマシュマロのようですわ~!」


「この白衣の煤の匂いも最高ですわ~!」


「ナ、ナラ君! 集中したまえ! 戦闘中だぞ!」


エラーラは生きた心地がしない。


「集中してますわ! お母様の全てに!」


敵は壊滅状態だった。

だが、部屋の奥から、香水の原液が入った巨大なタンクを持った男が現れた。


「ええい! こうなったら、この原液をばら撒いてやる! 全員狂ってしまえ!」


男がタンクのバルブを開けようとする。

あれだけの量が気化すれば、王都中が大パニックになる。


「いかん! ナラ君、あいつを止めろ!」


「はい、お母様!」


ナラは、エラーラをソファに放り投げると、弾丸のように男へ突っ込んだ。


「一流のレディの前で、異臭騒ぎを起こそうなんて……」


ナラは、男の手首を掴み、ギリギリと締め上げた。


「マナー違反にも程がありますわよッ!!」


「ぎゃあああああ!」


男が悲鳴を上げてタンクを手放す。

ナラは落ちてくるタンクを、華麗な回し蹴りで窓の外へと蹴り飛ばした。


「ホームランですわ!」


「……すごい。物理法則を無視しているぞ!……」


エラーラは呆然と呟いた。

敵は全員のびていた。

静寂が戻る――わけもなく。


「さて、お母様」


ナラは、ゆっくりとエラーラの方へ向き直った。

その目は、ハートマークになりそうなほどトロトロに溶けている。


「邪魔者はいなくなりましたわ。……さあ、続きを致しましょう?」


ナラが、よだれを垂らしそうな顔で迫ってくる。

壁際に追い詰められるエラーラ。


「ま、待てナラ君! 君は今、薬の影響で認知機能がバグっているのだ! 正気に戻りたまえ!」


「正気ですわ。……あたしの本能が叫んでますの。あんたを食べちゃいたいって!」


「ひぃッ! 物理的な意味じゃないだろうね!?」


ナラがエラーラを押し倒そうとした、その時。


「……そこまでだ」


エラーラが、隠し持っていた注射器をナラの首筋に突き立てた。


「え……?」


ナラの動きが止まる。

エラーラは、戦闘のどさくさに紛れて、店内にあった解毒剤の成分を採取し、簡易中和剤を調合していたのだ。


「……ふぅ。間一髪だったよ」


エラーラは冷や汗を拭った。

ナラの瞳から、狂気が消え、焦点が戻ってくる。


「……あ、あれ? あたし、何を……?」


ナラは周囲を見回した。

転がる男たち。

そして、自分の下敷きになっているエラーラ。

自分の手は、エラーラのシャツのボタンを外しかけており、顔はキスの直前まで近づいている。

記憶が、走馬灯のように蘇る。


『愛してるわお母様!』


『匂いを堪能したいのよ!』


『食べちゃいたい!』


「……わ。」


ナラは、顔から火が出るほど赤面し、マッハの勢いで飛び退いた。


「い、いやぁぁぁぁぁッ!!」


ナラは頭を抱えてうずくまった。

死にたい。今すぐこの世から消滅したい。

普段、必死に隠していた感情を、これでもかと暴露してしまった。


「おや?正気に戻ったかい? 素晴らしいデータが取れたよ!ナラ君!」


エラーラは服を直しながら、無神経に笑った。


「君の深層心理における『マザー・コンプレックス』と『独占欲』が、薬物によってリミッター解除されると、戦闘力が向上することが判明した! これは……論文が書けるぞ!」


「か、書くなぁぁぁッ!! 忘れなさい! 今すぐ記憶を消去しなさいッ!!」


ナラは涙目で叫んだ。


「なぜだね? 君の愛は、実に熱烈で、あやうく私が窒息するほどだったよ?」


「うるさいうるさいうるさい! ……もう、お嫁に行けない……」


そこへ、カレル警部率いる警官隊が突入してきた。


「確保ォ! ……って、終わってる?」


カレルは、壊滅した店内と、うずくまるナラ、高笑いするエラーラを見て、深く帽子を被り直した。


「……報告書には、『ガス爆発』とでも書いておくか」


後日。

獣医院にて。

ナラは一週間ほど部屋に引きこもったが、エラーラが「美味しいコーヒーが入ったよ」と呼ぶと、のこのこと出てきた。


「……あの時の、勘違いしないでよね」


ナラは、そっぽを向きながらコーヒーを啜る。


「あ、あれは薬のせいで……本心じゃなくて……その……」


「分かっているとも?」


エラーラは優しく微笑んだ。


「だが、君に守られるのも、悪くない気分だったよ。……ありがとう、私の騎士様」


その言葉に、ナラは耳まで真っ赤にして、カップに顔を埋めた。


「……バカ。……お母様のバカ」


ナラのつぶやきは、湯気の中に溶けていった。

こうして、ヴェリタス親子の騒がしい日常は、今日も続いていくのである。

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