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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ@skeb¥1,000-
詐欺師は虚栄心をくすぐる
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第2話:貴女を詐欺罪で訴えます!

翌日。

ヴェリタス探偵事務所のリビングは、緑色の地獄と化していた。

積み上げられた段ボール箱、50箱。

中身はすべて、『古代マナ酵素・クォンタム青汁』だ。


「さあ、やるわよ! これであたしも大魔導師、そして億万長者よ!」


あたしは鉢巻を締め、勧誘活動を開始した。

まずは、身近なところから攻めるのがセオリーだと、シャイニング様も言っていたわ。


あたしは、王都警察の刑事部屋に押し入った。

カレル警部は、書類の山に埋もれて疲れた顔をしていた。


「警部、朗報よ!組織のしがらみや、終わらない残業から解放される方法があるの!」


「……ナラ君か。また厄介ごとかね? 解放される方法なら知っているよ。退職届という紙切れだ」


「違うわよ! これよ、これ!」


 あたしは青汁のパックをデスクに叩きつけた。


「『クォンタム青汁』! これを飲めば、宇宙の真理と繋がって、捜査の勘も冴え渡るわ!」


カレル警部は、渋い顔で青汁を手に取った。

そして、裏面の成分表示を見ようとして、眉をひそめた。


「ナラ君?……成分表示がないぞ。それに、『販売元:株式会社・宇宙の愛』というのは……」


「細かいことはいいの!感じて!波動を!」


「……商取引法違反および、薬機法違反の疑いがあるな。ナラ君、ちょっと別室で話を聞こうか?」


「ち、違うのよーっ! 警部の石頭ーっ!」


あたしは窓から飛び降りて逃走した。

くそっ、警察権力という名の「常識」が邪魔をするわね。


次は、情報屋のルルだ。彼女なら、あたしの言葉を信じてくれるはず。

路地裏のカフェ。ルルは薄暗い個室でモニタを見つめていた。


「ルル! あなたに最高のプレゼントよ!」


あたしが青汁を差し出すと、ルルはビクッとして、それから頬を染めてモジモジし始めた。


「あ、ナラさん……プ、プレゼント……?私に……?」


「そうよ! これを飲めば、あなたのその陰気な性格……じゃなくて、内気な波動がポジティブに変換されて、誰とでも明るく話せるようになるわ!」


「ほ、本当に……? ナラさんと……対等に話せるようになりますか……?」


「なるなる! さあ、ワンセット30万クレストよ! 特別価格!」


ルルは財布を取り出し、逆さまに振った。

チャリン。10クレスト硬貨が一枚落ちた。


「……あの、今月、これ払ったら……」


「……そう。また今度ね」


貧乏は罪だわ。

その後も、ゴウ君には「楽して得た力に価値はありません」と論破され、商店街のおばちゃんには「ウチの自家製野菜ジュースの方が美味い」と返り討ちに遭った。


夕方。

あたしは、売れ残った50箱の段ボールに囲まれ、途方に暮れていた。


「どうして……? こんなに『本物』なのに、なんで誰も心が動かないの?」


金庫は空っぽ。

明後日にはエラーラが帰ってくる。

このままでは殺される。いや、それ以上に、あたしの「信じた道」が間違いだったと認めることになる。


「……なら、あたしが証明してやるわ」


あたしは、青汁のパックを手に取った。


「あたしがこれを飲んで、実際に魔力を覚醒させればいいのよ! そうすれば文句ないでしょ!」


あたしは封を切り、ドブ川のような臭いのする緑色の液体を流し込んだ。

マズい。吐き気がするほどマズい。

でも、良薬口に苦しって言うし!

一本、二本、三本……。

焦りと意地で、あたしは箱単位で青汁をガブ飲みした。

50本を超えたあたりで、急激な腹痛と共に、身体に異変が起きた。


「う、うぐっ……!き、来た……!熱い……身体が熱い……!」


魔力が、溢れてくる!

あたしは鏡の前へ這っていった。


「私……輝いてるわ!!」


本当に、輝いていた。

鏡に映っていたのは、大魔導師となったあたし……ではなく、全身が強烈なネオングリーンに発光しているあたしだった。


「すごい……!これがオーラ!?可視化されるほどの魔力密度!?」


あたしは狂喜乱舞した。

皮膚の下から、毒々しい緑色の光が脈動している。


「見たかエラーラ! これがあたしのポテンシャルよ!」


あたしは発光したまま、夜の王都を練り歩いた。

すれ違う人々が悲鳴を上げて逃げていく。

ふふん、凡人にはこの輝きが眩しすぎるのね。


しかし、数時間後。

高揚感が引いていくとともに、猛烈な悪寒と吐き気が襲ってきた。

光は消えない。むしろ強くなっている。

眩しすぎて眠れない。

こうしてあたしは、自ら招いた緑色の地獄の中で、運命の日を迎えることになった。



玄関のドアが開く音がした。

学会から帰宅したエラーラだ。

彼女が目にした光景は……リビングを埋め尽くす青汁の段ボール迷路と、その中央で、部屋の照明がいらないほど緑色に発光し、サングラスをかけてうずくまっているあたし。


「……ただいま。随分と賑やかなインテリアに変えたものだね……」


エラーラは、鞄を置くと、冷静に言った。


「お、おかえりなさい、お母様……」


あたしはサングラスを外した。目が光ってて怖いと言われたからだ。


「怒るんでしょ!? お金を勝手に使ったから! でも見てよこの輝き! 科学じゃ説明できない『奇跡』が起きてるのよ! 私の心には響いたの!」


あたしは開き直って叫んだ。

エラーラは、金庫が空になっていることも、部屋がゴミ溜めになっていることも、一切言及しなかった。

彼女は無言で床に転がっていた飲みかけの青汁パックを拾い上げた。

そして、白衣のポケットから携帯型の成分分析器を取り出し、一滴垂らす。

分析終了まで、わずか3秒。

エラーラはモニターの数値を一瞥し、眼鏡の位置を直した。

その奥にある瞳は、絶対零度まで冷え切っていた。


「……ナラ?……座りたまえ」


あたしはソファに正座させられた。

直視すると目が痛くなるほど、あたしは緑色に輝いている。


「だ、だから、お金は倍にして返すから……」


「金?」


エラーラは鼻で笑った。


「そんなものはどうでもいい。金など、新しい特許を一つ取ればいくらでも湧いてくる紙切れだ」


「えっ……じゃあ、何を……?」


エラーラは、ゆっくりと白衣を脱ぎ捨てた。


「私が許せないのは、貴様が、『科学の歴史と信頼』を、冒涜したことだ。」


空気が凍りついた。

エラーラが、ここまで「本気」の殺気を放つのは、凶悪な魔獣を狩る時だけだ。


「科学とは、何か。」


エラーラは、足元の青汁の箱を、革靴の踵で踏み抜いた。


「医学や科学は、数千年の間、あまたの先人たちが毒を舐め、疫病に倒れ、失敗と検証を繰り返し、血の涙を流して積み上げてきた『歴史』だ。貴様が当たり前のように享受している安全も、健康も、その歴史の上に成り立っている」


エラーラが一歩、また一歩と近づいてくる。

その一歩ごとに、床がきしむようなプレッシャーがかかる。


「それを貴様は……『心に響いた』だの『量子波動』だのという、無知な詐欺師が作った耳障りの良い造語ごときで断定し、あまつさえ……他者に広めようとした」


彼女の目が、あたしを射抜く。


「それは、知性への反逆だ。人類の進化に対する冒涜だ。……万死に値する」


「ひっ……!で、でも、実際に光ってるし!これは事実でしょ!?」


あたしは最後の抵抗を試みた。

この光は嘘じゃない。


「そうだ。事実だ。」


エラーラは分析器の画面をあたしに突きつけた。


「主成分は、その辺のドブ川に自生する藻類と、大量の果糖ブドウ糖液糖。そして……深海魚由来の未精製蛍光タンパク質と、工業用蓄光塗料だ。」


「……は?」


「貴様が光っているのは魔力ではない。重度のアレルギー反応による蛍光物質の皮下沈着と、塗料による重金属中毒だ!馬鹿者がッ!」


思考が停止した。

魔力じゃない?

ただの、塗料と、アレルギー?

ガラガラと、あたしの信じていた「奇跡」が崩れ去った。

感動も、希望も、選ばれし魂もなかった。


「心になど、響かなくていい。」


エラーラは、あたしの胸倉を掴み上げ、宙に浮かせた。

その顔は、慈悲なき教師の顔だった。


「事実は冷徹で、残酷で、退屈なものだ。それを直視する強さを持たぬ者に、知性を語る資格はない。」


「ご、ごめんなさ……話せばわか……」


「話してもわからないからこうなっている。……これより、貴様の身体に直接『知性』を叩き込む」


エラーラの拳が、唸りを上げた。

強烈なボディブローが、あたしの発光する腹部に深々と突き刺さる。


「あぐっ!」


空気が抜け、目の前がチカチカする。


「痛いか?それが『現実』だ。波動でも想いでもない、質量と速度の積だ」


エラーラは手を緩めない。

元騎士団長の剣技を応用した拳が、あたしの身体をサンドバッグにする。


「科学とは、観察であり、検証であり、再現性だ。貴様のそのふざけた根性が叩き直されるまで、何度でも追試を行う!」


「あだだだだ!お母様!痛い!暴力反対!」


「黙れ!これは教育だ!身体で覚えろ、この愚か者め!」


事務所の外まで、あたしの悲鳴と打撃音が響き渡る。

緑色の光が、ボールのように部屋中を跳ね回った。


翌朝。

ヴェリタス探偵事務所の前には、「ご自由にどうぞ」と書かれた青汁の段ボールの山が積まれていた。

そして、事務所のリビング。

綺麗に片付けられた部屋のソファには、全身包帯まみれで、ミイラのようになったあたしが横たわっていた。

毒素が抜けたせいか、少し痩せた気がする。

まだ皮膚は薄っすらと緑色に光っているが、非常口レベルから蛍レベルには落ち着いた。

エラーラは、窓際のデスクで優雅に高級豆の珈琲を飲んでいた。

あたしの治療を終え、清々しい顔をしている。


「……うぅ」


あたしが呻くと、エラーラはカップを置き、こちらを見た。


「目が覚めたか。……授業料は高かったな」


「……科学って、痛いのね……」


あたしは涙声で言った。全身が軋む。


「ああ。真実はいつだって、骨身に染みるものさ。……それと、光が完全に消えるまで外出禁止だ。夜歩くと虫が集まってくるからな」


エラーラは、フラスコに入った特製ドリンクをあたしに差し出した。


「飲みたまえ。失ったミネラルの補給だ。……代金は、次の依頼で稼いでもらうぞ」


あたしは震える手でドリンクを受け取り、一気に飲み干した。

苦い。でも、青汁よりはずっとマシだ。

あたしは誓った。

二度と「心に響く」なんて言葉に騙されない。

「感動」や「奇跡」を安売りする奴がいたら、まずは成分表を確認する。

そして、この天才科学者に逆らうときは、せめて査読済みの論文を三本くらい用意してからにしようと、心に固く決めたのだった。

こうして、王都の未確認発光生物騒動は幕を閉じた。

残ったのは、あたしの身体の痛みと、少しだけ賢くなった……と信じたがっている脳みそだった。

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