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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ@skeb¥1,000-
詐欺師は虚栄心をくすぐる
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第1話:得体のしれぬ健康食品!

獣病院の二階、ヴェリタス探偵事務所。

主である魔導科学者、エラーラ・ヴェリタスが不在の部屋で、あたし、ナラティブ・ヴェリタスはソファに深く沈み込み、天井の染みを数えていた。


「……退屈ね」


エラーラは今日から三日間、王立学術院で開催される『第48回・純粋魔導理論学会~感情を排した論理の極北~』……という、タイトルだけであくびが出るような学会に出席するために留守にしている。

口うるさい同居人がいない解放感は最初の一時間で消え失せ、後に残ったのは、澱のような劣等感だった。

あたしは、自分の手を見つめる。

スラムで磨き上げた喧嘩殺法と、鉄扇の扱いには自信がある。

が。この手から炎が出ることもなければ、傷を癒やす光が出ることもない。

魔力測定値、ほぼ、ゼロ。

それが、探偵ナラティブ・ヴェリタスのスペックだ。


「エラーラはいいわよねぇ。天才で、魔法が使えて、おまけに元騎士団長。……あたしなんて、ただの『ケンカの強い一般人』じゃない」


最近、魔導犯罪が増えている。

あたしの拳だけでは解決できない事件も増えてきた。

エラーラの隣に立つ相棒として、あたしはあまりにも「神秘」が足りないのではないか?

そんな鬱屈した気分で、珈琲豆を買いに街へ出た時のことだった。


「あら? もしかして、ナラさん?」


声をかけてきたのは、昔、少しだけ顔を合わせたことのある女だった。名前は確か……ベッキー。

彼女は以前会った時よりも身なりが良く、肌も艶々としていて、何より全身から「私は幸せです」というオーラを垂れ流していた。


「久しぶりね、ベッキー。元気そうじゃない」


「ええ!毎日が幸せいっぱいなの! ……でもナラさん、あなた少し顔色が悪いわ。何か、心の『ブロック』を感じる」


ぶろっく?

あたしが眉をひそめると、彼女は心配そうにあたしの手を取った。


「あなたには素晴らしい『スターシード』の才能があるのに、現代社会の毒素と、古い常識がそれを邪魔しているのよ。……ねえ、少しお茶しない? 私の『メンター』を紹介したいの」


普段なら「忙しい」と断る場面だ。

だが……今のあたしは心の隙間風に震えていた。

「才能がある」「何かが邪魔している」という言葉は、あたしのコンプレックスという鍵穴に、恐ろしいほどぴったりと嵌まってしまったのだ。


連れて行かれたのは、王都の一等地にある高級ホテルのラウンジだった。

ふかふかのソファ。高い紅茶の香り。

そこに、一人の男が待っていた。

仕立ての良い白スーツに、胡散臭いほど白い歯。名をミスター・シャイニングといった。


「ようこそ、選ばれし魂の方」


シャイニングは、あたしを見るなり目を細めた。


「素晴らしいオーラだ。しかし……ああ、なんてことだ。あなたの体内にある魔力回路が、完全に『科学』という名の呪いで塞がれている」


「えっ……わかるんですか?」


「ええ、波動でわかります。あなたは本来、大魔導師になれる器だ。ただ、ご自身の『心』がそれを拒否している」


彼は、きらびやかな装丁のパンフレットをテーブルに広げた。

そこには、緑色の液体が入ったボトルの写真と、極太のフォントでこう書かれていた。


『古代マナ酵素・クォンタム青汁~魔力は「心」です。科学では解明できない「奇跡」をあなたに~』


「これは……?」


「深海4000メートルの古代藻類と、ナノ化された賢者の石の粉末を、量子波動水で培養した奇跡の飲料です」


シャイニングは、まるで聖書を読み上げるかのように語り出した。


「既存の魔導科学では、魔力は『遺伝』や『才覚』だとされていますね? しかし、それは嘘です。既得権益層が、あなたのような一般人から力を奪うための洗脳なのです」


彼はあたしの目を見つめた。


「魔力とは『想い』なのです。この青汁に含まれるクォンタム酵素は、あなたのDNAに直接語りかけ、眠っている魔力回路を量子レベルで再接続します。あなたは感じますよね? この、本物の、波動を。」


あたしは、雷に打たれたような衝撃を受けた。

そうだ。そうなのよ。

エラーラはいつも「数値」だの「理論」だのと、冷たいことばかり言う。

でも、世界はもっと温かくて、想いで回っているはずじゃない!

あたしに魔力がないのは、才能がないからじゃない。科学という名の常識に縛られていたからなんだわ!


「……私、変わりたいんです!」


「その想いこそが鍵です!」


シャイニングが指を鳴らすと、周囲の席に座っていた客たちが一斉に拍手をした。


「素晴らしい決意だ!」


「おめでとう!」


「波動が上がったわ!」


称賛のシャワー。肯定の嵐。

あたしの脳内麻薬がドバドバと分泌される。気持ちいい。ここでは誰もあたしを「単細胞」とか「筋肉ゴリラ」とか言わない。あたしは「特別な存在」なのだ。


「会員になるには初期投資が必要です。これは、未来への種まき。……ダイヤモンド・マスター会員になれば、この青汁を広める権利も得られます。愛を広めて、豊かさも手に入れる。素晴らしいシステムでしょう?」


あたしは、震える手で契約書にサインをした。

初期費用、5,000,000クレスト。

手持ちはない。

だが、事務所の金庫には、エラーラが「次世代魔導加速器」のパーツを買うために貯めていた研究費がある。


(……倍にして返せばいいのよ。あたしが大魔導師になれば、500万なんて安いものだわ!)


あたしは、事務所へ走り出した。

それが、地獄への片道切符だとも知らずに。

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