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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 道民Xフォローして
大人たちへの復讐
192/217

第2話:I'll be waiting

主題歌:L change the WorLd/I'll be waiting

https://youtu.be/xntxoEFsqfU?si=jroKFZlbTNj_7kQI

「……どういうことだ。説明しろ!」


エラーラが問いただす。

アルスは、懐から一枚のホログラム設計図を取り出し、空中に投影した。

それは、彼らが築き上げた「ネフィリム」の全貌だった。


「僕たちは。人間を、憎んでいなかった。」


アルスが静かに語り始めた。


「母さんも、父さんも。キバの母親も。……僕たちが本当に憎んだのは、人間そのものではなく、その心に巣食う『悪意』という病原体だった」


キバが続く。


「俺たちは知っちまったんだ。正義の味方ごっこじゃ、悪は倒せねえ。法も、秩序も、きれいごとも、結局は力のある奴らが弱え奴らを食い物にするための道具にしかならねえ……ってな」


だから、彼らは決断した。

自分たちが「それ以上の悪」になることを。


「僕たちがばら撒いた『ロスト・ヘブン』は、麻薬じゃない。『魂のワクチン』だ」


アルスが淡々と言う。


「これを摂取し続けた人間は、二度と他人を傷つけようと思わなくなる。差別も、暴力も、搾取もできなくなる。ただ、穏やかな『善人』として生きるしか、なくなるんだ」


彼らが粛清したのは、救いようのない外道だけ。

彼らが支配したのは、悪意に満ちた組織だけ。

そして、彼らが麻薬で稼ぎ出した天文学的な資金。その全ては――


「地下。……ほら、見ろよ、姉ちゃん。」


キバが床を指差す。

床が透け、地下の様子が映し出された。

そこにあったのは、黄金の宮殿でも、武器庫でもない。


学校だった。


最新鋭の設備、温かい給食、たくさんの本。

スラムの孤児、売春宿から買い戻された少女、虐待されていた子供たち。

何万人もの子供たちが、そこで学び、笑っていた。

黒板には、キバの字でこう書かれている。


『知恵を持て。それが最強の武器だ』


「文字が読めれば、騙されねえ。計算ができれば、搾取されねえ」


キバの声が震える。


「俺たちみたいな……学がねえせいで、親に、大人に、世界に食い物にされるガキを、もう……俺らは!……一人も出したくなかったんだよ!」


ナラティブは、鉄扇を取り落とした。


「あんたたち……そのために……?」


「ふん……」


アルスが悲しげに笑った。


「僕たちは自分たちの手が汚れても構わない。世界中の悪意を、僕たちという『魔王』が全て引き受けて、最後に僕たちが倒されれば……この世界から『悪』は消える」


彼らの計画は、壮大な自殺だった。


圧倒的な悪として君臨し、全ての悪党を傘下に収める。麻薬を使って、悪党たちの「牙」を抜く。稼いだ金で、次世代の子供たちに「教育」という最強の盾を与える。……最後に、自分たちという「最大の悪」が倒されることで、恐怖政治を終わらせる。


「……なんてバカな子たちだ……」


エラーラが、呻くように言った。


「なぜ?……なぜ言わなかった……。なぜ、私に頼らなかった……なぜだ!」


アルスは、涙を流しながら首を振った。


「綺麗だから。……エラーラ先生の手は。」


彼は、自分の血と泥にまみれた手を見つめた。


「先生の手は……真理を掴むための手だ。僕たちみたいな汚物で、汚しちゃいけないんだ」


キバが、泣きそうな顔で笑う。


「俺たち、頑張ったよな? 誰にも褒められなくても……俺たちなりに、スジ、通したつもりだぜ」


二人は、悪魔の仮面の下で、ずっと泣いていたのだ。

誰よりも優しかったからこそ、誰よりも残酷な悪魔になるしかなかった。

罪を憎んで人を憎まず。

その理想を叶えるために、自らの魂を地獄へ投げ捨てた、哀しき少年たち。

その時、塔の外で爆音が響いた。


「『ネフィリム』包囲完了! 総員、突入せよ!」


「悪魔どもを焼き払え! 地下のガキどもごと、消し炭にしろ!」


拡声器から響く声。

それは、かつて彼らに利権を奪われた腐敗貴族や、麻薬で更生させられることを恐れた悪徳警官たちの大軍勢だった。

彼らは、「正義」の皮を被り、自分たちの「悪意」を取り戻すために来たのだ。


「……チッ。あいつら、まだ懲りてねえのか」


キバが涙を拭い、銃を構え直す。


「アルス、子供たちを逃がすぞ。俺たちが盾になる」


「うん。……計算通りだ。これが最後の仕事だね」


アルスも杖を構える。

死を覚悟した二人の背中。

その前に、白い影と黒い影が躍り出た。


「……勘違いしないで」


ナラティブが、鉄扇を開き、二人の前に立った。


「あんたたちは悪党よ。でも……子供の未来を守ろうとする大馬鹿野郎を、見殺しにする趣味は、私にはないわ!」


「フム……」


エラーラの瞳は、かつてないほどの怒りと、慈愛に燃えていた。


アルスとキバが目を見開く。


「……行くぞ、相棒!」


「ああ……!」


四人が並び立った瞬間、戦場は一方的な蹂躙劇と化した。

悪意に塗れた正規軍は、四人の「正義の悪魔」によって、完膚なきまでに叩き潰された。


戦いは終わった。

敵は壊滅し、子供たちは地下通路から無事に逃げ延びた。

だが、代償は大きすぎた。

キバが崩れ落ちる。その体は、無数の銃弾と魔法によって蜂の巣にされていた。

アルスもまた、魔力を使い果たし、瓦礫の下で血を吐いていた。


「キバ! アルス!」


ナラティブが駆け寄る。エラーラが治癒魔法をかけようとするが、アルスがその手を止めた。


「……無駄ですよ、先生。……僕の体は、もう……」


「やめろ! 喋るな! まだ助かる!」


エラーラが叫ぶ。だが、彼女自身、分かっていた。

彼らは、致死量を超えるドーピングと、命を削る禁術を使って戦っていたことを。


「……へへ。いいんだ、姉ちゃん」


キバが、血まみれの手でナラティブの手を握る。


「これが……俺たちの『上がり』だ。俺たちが生きてちゃ……世界は元に戻らねえ。『ネフィリム』という悪夢は……俺たちの死で、終わらなきゃならねえんだ」


彼らは、最初から生き残るつもりなどなかった。

自分たちという「必要悪」が消えることで、初めて新しい世界が始まると信じていた。


「……エラーラ先生」


アルスが、懐から一冊のノートを取り出した。

それは、かつて親に破られ、エラーラに拾い集めてもらった、あの研究ノートだった。ボロボロになり、血に濡れているが、大切に補修されていた。


「僕たち……間違ってなかったかな?」


エラーラは、ボロボロと涙をこぼしながら、そのノートを受け取った。


「ああ……。満点だ。誰よりも美しく、誰よりも優しい数式だったよ。きみたちは……私の自慢の生徒だ」

 

「……よかった」


アルスは、心底安心したように微笑んだ。


「……姉ちゃん。俺たち、最後くらい……かっこよかったか?」


キバが、霞む目で問う。

ナラティブは、声を押し殺して泣いた。


「ええ……!世界一の男たちよ。……あんたたちが守った子供たちは、きっとあんたたちを超えるわ」


「……そうか。なら……いい人生だったな」


その時、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

生き残りの警官隊が、包囲を狭めてきている。


「行ってください、先生。姉ちゃん」


アルスが言う。


「ここから先は、僕たちだけの時間だ」


「でも……!」


「行ってくれ! ……頼む!」


キバが叫んだ。


「俺たちを……かっこいいままで、逝かせてくれよ」


エラーラとナラティブは、断腸の思いで背を向けた。

これ以上ここにいれば、彼らの「悪役としての死」が無駄になる。

二人は、涙を流しながら、崩壊する塔を後にした。

残されたアルスとキバは、互いの肩を支え合い、よろめきながら立ち上がった。

夕日が、瓦礫の山を赤く染めている。


「……なぁ、アルス。地獄に行っても、つるんでくれるか?」


キバが、愛用の拳銃を取り出す。


「もちろんさ。地獄の鬼たちも、僕らの薬で更生させてやろう!」


アルスも、自分の杖を構える。

二人の前に、警官隊が雪崩れ込んでくる。

無数の銃口が、二人に向けられる。

だが、二人は笑っていた。

恐怖はない。あるのは、やり遂げた男たちの、澄み切った誇りだけ。


「……いくぞ、相棒」


「ああ、幕引きだ」


二人は、夕日に向かって、高らかに叫んだ。


「俺たちが! この世界を! 変えたんだ!!」


一斉射撃の音が、王都の空に響き渡った。

二人の体は、折り重なるように倒れた。

その顔は、悪魔の仮面が剥がれ落ち、ただの傷ついた少年たちの、穏やかな寝顔に戻っていた。


二人の死後、「ネフィリム」は解体された。

だが、彼らが作った「学校」だけは、エラーラとナラティブが秘密裏に引き継ぎ、「ヴェリタス育英会」として存続した。

王都からは、暴力的な犯罪が劇的に減った。

「ロスト・ヘブン」の影響を受けた元悪党たちは、今は真面目な労働者として、あるいは教育者として、子供たちを支えている。

彼らは時折、空を見上げて涙ぐむ。

「俺たちを救ってくれた、あの二人の修羅のおかげだ」と。



冬の日。

再建された学校の校庭。

その片隅にある、名もなき二つの石碑に、静かに雪が降り積もる。

そこには、一冊のボロボロの研究ノートと、一本の赤い花が供えられていた。


「……授業の時間よ、二人とも」


ナラティブが、墓標の雪を優しく払う。

その顔には、もう悲しみはない。あるのは、未来を守る者の決意だ。


「……今日の講義は、『世界を変えた二人の馬鹿者』についてだ」


「彼らの『解』は、あまりに過激で、あまりに悲しかった。だが、その『過程』にあった愛だけは……決して忘れてはならない」


校舎からは、子供たちの朗らかな読書の声が聞こえてくる。

文字を学ぶ声。世界を知る声。未来を紡ぐ声。

それは、暴力と欲望の果てに。

泥の中を這いずり回った二人の少年が、自らの命と引き換えに勝ち取った、本当の「宝物」だった。

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