第1話:悪魔の涙!
●前作「始まりの日」 https://ncode.syosetu.com/n8833lb/133/ と「探偵対組織暴力」 https://ncode.syosetu.com/n8833lb/138/ を読んでおくと良いかも。
凍てつくような雨が、王都の掃き溜めを叩いていた。
廃棄区画「第13スラム」。
そこで、二匹の怪物は出会った。
一人は、アルス。
かつて「天才」と呼ばれ、両親にその才能を搾取され、心を壊された少年。エラーラに救われた命を握りしめ、彼はこのスラムへ流れ着いた。彼の瞳には、もう光はない。あるのは、世界を凍てつかせるような冷徹な理性の輝きだけだ。
「踏みにじられる前に、踏みにじる側へ回る!」
もう一人は、キバ。
「獣人の誇り」を信じていたが、実の母に父の死すら演出され、復讐の駒として利用された狼の少年。彼は母という絶望を乗り越え、真実を知った。彼の瞳には、世界を焼き尽くすような獰猛な野生の炎が宿っていた。
「騙される前に、世界ごと騙してやる!」
雨の中、二人は対峙した。
上流の野良犬と、下流の野良犬。
本来なら交わるはずのない二つの魂が、互いの目に宿る「同じ色の絶望」を認めた瞬間、二人は笑った。
「君も、『大人』に殺された口かい?」
アルスが、濡れた前髪をかき上げて問う。
「ああ。このクソみてえな世界にもな」
キバが、牙を剥いて応える。
「なら、殺し返そうか。この世界の『悪意』を」
「上等だ。俺たちの牙で、引きずり下ろしてやる」
最強の「理性」と、最強の「野生」。
善悪の彼岸で手を結んだ二人の少年により、王都史上最悪にして最大の犯罪組織「ネフィリム」が、ここに産声を上げた。
それから、わずか数カ月。
王都の裏社会は、かつてない恐怖と秩序によって統一された。
「ネフィリム」の進撃は、既存のギャングやマフィアの常識を遥かに凌駕していた。
アルスはエラーラ譲りの天才的な頭脳で、犯罪を「ビジネス」ではなく「戦争」として再定義した。キバは獣のカリスマで、虐げられた者たちを狂信的な兵隊へと変えた。
まず、キバは腐敗した警官や役人の元へ直接赴き、二つの選択肢を突きつけた。
「金を受け取って目をつぶるか、弾丸を受け取って死ぬか」
拒否した者は、翌朝には必ず「見せしめ」の死体となって広場に吊るされた。例外は一切なかった。恐怖は伝染し、権力機構は内部から腐り落ちた。
次に、アルスは王都の魔導通信網の「裏」に、闇市場を構築した。貴族たちは、豪奢な屋敷にいながら、誰にも知られずにネフィリムの商品を入手できるようになった。さらに、表向きはクリーンな貿易会社を設立し、貴族たちを企業舎弟として取り込み、資金洗浄を完遂させた。
そして、彼らの最大の武器、新型麻薬「ロスト・ヘブン」。
それは、かつての粗悪品とは違う。摂取した者に、この世の憂さを忘れさせ、至高の幸福感を与える魔法の粉。
彼らはこれを、敵対する貴族領やスラムへ安価でばら撒いた。
中毒者は爆発的に増えた。兵士も、労働者も、貴族も、皆が「ロスト・ヘブン」の虜となり、ネフィリムの奴隷となった。
「素晴らしい。収益率、先月の300%増だ」
アルスは、積み上げられた金貨の山を見ても眉一つ動かさず、冷淡に言った。
「ああ。だが、足りねえ。もっとだ。もっと深く、この街の血管に毒を流し込むぞ」
キバは、スラムの子供たちに金貨をばら撒きながら、獰猛に笑った。
彼らは稼いだ金で病院を建て、学校を作り、飢えた者に飯を食わせた。民衆は彼らを崇め、警察が踏み込めば、人間の盾となって彼らを守った。
一方で、裏切り者には血の掟が適用された。アルスが開発した「呪詛爆弾」が構成員の心臓に埋め込まれ、口を割ろうとすれば魂ごと爆砕される。
暴力と恐怖、そして圧倒的な富。
二人の少年は、瞬く間に王都の夜を支配する「魔王」となった。
だが、誰も知らなかった。
彼らが積み上げた金貨の山が、どこへ消えているのかを。
そして、彼らがばら撒いた麻薬の、「真の効能」を。
王都の治安は崩壊の危機に瀕していた。
事態を重く見た王宮と警察上層部は、ついに「ネフィリム」の殲滅を決断する。
だが、その急先鋒に立ったのは、公式の組織ではない。
この街で唯一、誰の味方でもない「正義の代行者」たちだった。
「許さない……。子供を利用し、街を腐らせる外道ども」
獣病院の屋上。ナラティブ・ヴェリタスは、鉄扇を握りしめ、怒りに震えていた。
彼女の視線の先には、ネフィリムの本拠地である巨大な黒い塔「バベル」がそびえ立っている。
「お母様。あいつらは、一線を超えたわ」
その隣で、エラーラ・ヴェリタスは白衣を風になびかせ、冷徹な瞳で塔を見据えていた。
「フム。……アルス。まさか君が、私が与えた命で、このような『解』を導き出すとはね」
彼女の声には、深い失望と、自らの手でケリをつけるという覚悟が滲んでいた。
「かつて私が救った命だ。私が責任を持って始末する」
二人は動いた。
真正面からの強行突破。
「バベル」の警備兵たちは、ナラティブの鉄扇とエラーラの魔術の前に、紙切れのように吹き飛んだ。
「雑魚に用はない!」
ナラティブが舞うたびに、武装したギャングたちが宙を舞う。
「座標固定、反転、圧縮」
エラーラが指を鳴らすたびに、魔導兵器が飴細工のようにひしゃげる。
二人は、嵐のように塔を駆け上がった。
そして、最上階。
豪奢なペントハウスの扉を蹴り破ると、そこには二人の少年が待っていた。
黄金と宝石で飾られた玉座。
そこに座る、氷のような美少年アルスと、炎のような野獣キバ。
二人は、ワイングラスを傾けながら、侵入者たちを歓迎した。
「ようこそ、エラーラ先生。そしてナラティブ姉さん」
アルスが薄く微笑む。
キバがニヤリと笑う。
「……アルス!……キバ!」
エラーラが一歩踏み出す。その全身から、かつてギルドを半壊させた時と同じ、青白い魔力が立ち昇る。
「言い残すことはあるか?なければ、その歪んだ魂ごと、私が無に還してやる」
「歪んでいる?」
アルスは首を傾げた。
「先生。直視してください。世界を。僕たちは歪んでなどいない。この世界に合わせて『最適化』しただけですよ」
「黙れ!」
ナラティブが叫ぶ。
「麻薬で人を狂わせ、恐怖で支配するのが最適化だって!?ふッざけるな!あんたたちはただの悪魔よ!」
「ああ、そうさ。俺たちは悪魔だ」
キバが立ち上がり、両手に二丁の魔導拳銃を構えた。
「だがな。悪魔じゃなきゃ、救えねえもんもあるんだよ!」
激突。
最強の師弟対決が幕を開けた。
ナラティブの鉄扇とキバの銃弾が火花を散らす。
エラーラの極大魔術と、アルスの解析魔術が空間を歪ませる。
戦いは熾烈を極めた。
キバの身体能力は獣の限界を超えていた。アルスの魔法は、エラーラの理論を完璧に模倣し、さらに実戦的に改良されていた。
「どうした!俺たちの『痛み』はこんなもんじゃねえぞ!」
「先生、あなたの理論は古い。僕の計算では、あなたはあと3手で詰みです」
だが、戦いの中で、エラーラは違和感を抱いた。
(……おかしい)
彼女の解析眼が、彼らの魔力と、この塔の構造、そして街に流れる麻薬の成分を高速で読み解いていく。
(この麻薬……成分構成が、奇妙だ。これは……『攻撃性』と『他害衝動』を司る部位を選択的に阻害している?)
さらに、塔の地下から流れてくる莫大な魔力反応。
それは……おそらく、兵器ではない。
「……待て!」
エラーラが叫んだ。
「ナラ!止まれ!攻撃を中止しろ!」
「お母様?何を!」
ナラティブが鉄扇を止める。
その隙に、アルスとキバも攻撃を止めた。二人は、肩で息をしながら、しかし満足げに笑っていた。
「……気づいたみたいだね、エラーラ先生」
アルスが、血を拭いながら言った。
「さすがは僕の先生だ。この街の誰も気づかなかった『真実』に、たった数合で見抜いてしまうなんてね。」




