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第2話:The Flower of Carnage

主題歌:修羅雪姫/修羅の花

https://youtu.be/xjNiZFxq5JA?si=yuzGwjTIGkZh9oKs


フロントガラスに、白い染みが一つ、落ちた。

そう思った次の瞬間には、世界は灰色の帳を下ろしていた。

雪だ。

季節外れの牡丹雪が、音もなく降り始めている。

旧式の魔導車のワイパーが、重たげに雪を払う音が、まるで古時計の秒針のように響く。

ハンドルを握る私の手は、冷え切っていた。

助手席には、差出人不明の手紙が一通。

インクの代わりに、腐った果実と鉄錆の匂いが染み付いた、悪趣味な果たし状だ。

だが、私には薄々分かっていた。

これは、かつて私が北の果てへ逃がし、「自由に生きろ」と放り出した小娘、エウロパからの便りだ。


「……血の跡を消すには、おあつらえ向きだ」


私は独りごちて、苦いコーヒーを呷る。

先行させた今の「懐刀」、ナラティブ・ヴェリタスは、とうに現地に着いているはずだ。

過去の身内と、現在の身内。

二匹の野良犬が出会って、ただで済むはずがない。


現場に着いた時、雪はすでに地面を薄く染めていた。

だが、その白ささえも覆い隠せないほどの「冒涜」が、そこにはあった。


「……なんてことだ……」


車を降りた革靴が、グチャリと音を立てて沈み込む。

かつての聖域は、見る影もなかった。

地面も、岩も、木々も。視界に入るすべてが、半透明の桃色の粘膜で覆われている。

その光景は、まるで巨大な化け物の内臓の中を歩いているようだ。

足元に、溶け残った「遺品」が転がっている。

黒いシャツの切れ端。警察の代紋。そして……白い貝殻の首飾り。

あの日、私がエウロパを託し、固い盃を交わした連中だ。

彼らが……こんな所で、ドロドロに溶かされて、地面のシミになっている。


「……道理を、外したな」


私は雪の中に唾を吐き捨てた。

いくら力が欲しかろうが、いくら寂しかろうが、身内を食っちゃあ、お終いだ。

それはもう……「外道」だ。


「エウロパ……お前は……」


最奥の祭壇。そこは、処刑場だった。

黒いヘドロと血の海。

その中心に、一人の女が立っていた。

ナラティブだ。

自慢のドレススーツを鮮血で染め、鉄扇をだらりと下げて、白い息を吐いている。

降り注ぐ雪が、彼女の肩に積もり、血と混じって桃色の滴となって落ちていた。


「……ナラ?」


私の声に、ナラティブがゆっくりと振り返る。

その眼には、甘えなど、微塵もない。

あるのは、冷徹な蔑みと、仕事を完遂した職人(しまつにん)の虚無だけ。


「……遅かったわね」


ナラティブは、足元に転がる「肉塊」を、つま先で軽く小突いた。

それは、首だった。

銀色の髪。青い瞳。褐色の肌。

幼い頃の私に瓜二つの、少女の生首。

エウロパだ。

喉元を鉄扇でえぐられ、無惨に切断されている。

だが、その表情は――満面の笑みだった。

まるで、死に場所を得たことに感謝するかのように。


「……ナラ、これは……」


「『掃除(しまつ)』しといたわよ」


ナラティブは、凍えるような声で言った。


「酷い化け物だったわ。人の言葉を喋るのに、中身はカルトの教義のみ。人を食って、混ぜて、それが『愛』だなんてほざく、狂った泥人形だったわ」


ナラティブは、エウロパの死体を見下ろす。


「だから、アタシがバラした。お母様を食べるなんてって言ったから。お母様の『一部』になるなんて寝言を吐くから、引導を渡してやったのよ」


ナラティブの言葉が、乾いた銃声のように響く。

彼女は、知らない。

この生首が、かつて私と同じ釜の飯を食った「妹分」だったことを。

そして、この共食いが……すべて私の「教育」という名の盃の結果であることを。

エウロパは、私の教えを守ったんだ。


「効率的に生きろ」


「最適解を出せ」


あいつは、愛する者たちを失う恐怖から逃げるために、物理的に融合するという「最適解」を選んだ。

そして、私という「親」に認められたくて、私に殺されることを「上がりの儀式」だと信じて、笑って死んだ。

そして、ナラティブもまた、私の教えを守った。


「敵は倒せ」


「私の盾となれ」


彼女は、私を守るために、躊躇なく「妹分」の喉笛を食い破った。

どっちも、悪くない。

悪いのは、道理を外れたエウロパだ。

そして、道理を外れるような生き方しか教えてやれなかった……この私だ。

所詮、はぐれ犬。


「……お母様?」


ナラティブが、怪訝そうに眉をひそめる。

私の沈黙。

それが、彼女の中にある「疑念」を「確信」へと変えていく。


『この怪物を、お母様が作ったの?』


私は、真実を言うべきだったか?


『すまない、私が悪かった。こいつは私の娘で、お前は妹殺しをさせられたんだ』……と、泣いて謝るか?


……笑わせるな。

そんな安い涙で、死んだ連中が浮かばれるものか。

ナラティブに「身内殺し」の十字架を背負わせて、私だけ「悲劇の親」気取りか?

……ふざけるな。

この業は……私が、背負う。

ナラには、ただ「化け物を退治した英雄」でいさせれば、それでいい。

泥を被るのは、親一人で十分だ。


「……ナラ」


私は、エウロパの死体から目を逸らし、ナラティブを見た。

表情は作らない。能面のままでいい。


「……いい仕事だ」


そう吐き捨てるのが、精一杯だった。


「……これは、実験の失敗作だ。処理してくれて、手間が省けたよ……」


「……ッ!!」


ナラティブが、息を呑んだ。

彼女は、軽蔑と、諦めと、深い絶望が混じった目で私を一瞥し、背を向けた。


「……帰るわよ。」


「……ああ。車を回しておく」


ナラティブは歩き出す。

雪を踏む足音が遠ざかる。

その背中は、来る時よりもずっと小さく、そして遠く見えた。

私は一人、雪の降りしきる聖域に残された。

足元には、笑っているエウロパの生首。

汚泥に沈んだ、ユウゴとレンの、成れの果て。

雪は強くなっていた。

桃色の粘膜も、黒い汚泥も、赤い血も。

すべてを、白く塗りつぶしていく。


「……馬鹿な、奴だ。」 


それが、手向けの言葉だった。

私は踵を返した。

エウロパの死体を弔うこともしない。振り返ることもしない。

ただ。

白衣の襟を立て、雪の中を歩き出す。

背中が重い。

死んだ者たちの怨念と、生き残った者の軽蔑。

その全てが、鉛のようにのしかかっている。

だが。

それが「はぐれ犬」の生き様だ。

誰にも理解されず、誰にも愛されず……ただ、業火の中を、血を流しながら、歩いていく。

雪は、止まない。

私の足跡も、エウロパの笑顔も、すべて、消えていく。

それは、愚かな修羅たちに贈られた、最初で最後の、弔いの雪だった。

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