第3話:地獄の日々(1)
冷たい雨が降りしきる中、王都の一角にある高級宝飾店の前で、異様な光景が広がっていた。
路上の水たまりは赤く染まっている。ショーウィンドウは粉々に砕け散り、ガラス片と共に店主だった男の「一部」が散乱していた。
その中心に、一人の男が座っている。
漆黒の喪服に身を包んだ男、レクタ・ファルサス。
その姿は、まさに「賢者」。あるいは「祭司」。
周囲を取り囲む野次馬たちは、その圧倒的な静謐さと威圧感に息を呑んだ。
静寂が場を支配した、その時。
レクタが口を開いた。
「あ〜〜〜〜〜〜〜、たりいなッ!マジで腹減ったなぁオイ!!」
静寂は、品のないダミ声によって粉々に粉砕された。
レクタは足元に転がっていた店主の頭を、革靴で何度も踏みつけた。
店主は屈強な豹の獣人だった。本来なら、レクタなど爪の一撃で肉塊に変えられる。だが、店主は震えながら丸まり、無抵抗のまま蹴られ続けている。
なぜなら、レクタの背後に「それ」が控えているからだ。
黄金の装飾が施された魔導車が、暴徒たちをかき分けて到着した。降り立ったのは、王都の政治と経済を牛耳る大貴族、ファルサス公爵夫妻である。
「おお!レクタちゃんんんん!可哀想に、こんなところで雨に濡れて!」
「誰だ!我が愛息レクタをこんな不潔な場所に連れ出したのは!この獣人がやったのか!? 殺せ! 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!今すぐこの薄汚い店ごと、殺せ!」
「父ちゃあああん!こいつが俺を睨んだんだよォ!目が合ったんだよ!怖かったんだよ俺ェ!」
レクタは両親に泣きつきながら汚い笑みを浮かべ、両手の中指を立てて周囲の群衆を威嚇した。
その光景を、路地の陰から苦虫を噛み潰したような顔で見つめる男がいた。
王都警察のカレル警部だ。
カレルは吸っていた煙草を地面に叩きつけ、靴底で激しく揉み消した。
「警部、動かないんですか!? 今ならまだ店主は生きてます!」
部下の若手刑事が叫ぶが、カレルは首を横に振った。
「無理だ。ファルサス公爵家は、王家の血筋すら引いている。レクタに手錠をかけた瞬間、俺たちの首が飛ぶだけじゃねぇ。俺たちの家族、親戚、友人、まとめて必ず『事故死』することになる」
「そんな……!じゃあ、あの男はやりたい放題なんですか!?」
カレルは拳を握りしめ、雨に濡れる王都の闇を睨んだ。
レクタは店主の顔面に唾を吐きかけると、ふと、通りの向こうにある「カフェ」に目を止めた。
レンガ造りの古風なカフェのテラス席。雨避けの魔法結界が張られたその席に、一人の人物が座っているのが見えた。
「あ?なんじゃあいつ……ムカつくな」
レクタの単純な脳細胞が、即座に「不快」の信号を発した。
自分が雨の中で遊んでいるのに、優雅にコーヒーを飲んでいる奴がいる。ただ、それだけの理由だった。
「おい、そこ退けよ! 俺が座るんだよ!」
レクタは公爵家の親衛隊を引き連れ、大股で道路を横断した。
テラス席に座っていたのは、奇妙な白衣を着た女性だった。
褐色の肌に、短い銀髪。片手にはフラスコのような形状をした奇抜なコーヒーカップを持ち、もう片方の手で何やら空中に数式のようなものを描いている。
「おいコラ!テメテメテメコラ!コ!ラ!耳付いてんのかテメェ!?」
白衣の女性は、まるで珍しい昆虫を見るような視線でレクタを凝視した。そして、芝居がかった動作で両手を広げ、天を仰いだ。
「君が噂の、レクタ・ファルサス君だね!私の名前はエラーラ・ヴェリタス! 王都警察から直々に『君の観察』を依頼されてねぇ!」
エラーラ・ヴェリタス。
その名を聞いた瞬間、周囲の野次馬や、遠巻きに見ていたカレル警部たちに電流が走った。
元王宮筆頭医師にして、史上最年少で「賢者」の称号を得た天才。
そして、かつては単身でドラゴンすら素手で倒したという伝説を持つ、元聖騎士。
「最強」が、そこにいた。
しかし、無知蒙昧なレクタに、その凄みが通じるはずもない。
「えら……?誰だあ?知らねぇなそんな奴!父ちゃんこいつ殺していいよな!?」
「レ、レクタ……やめなさい。その方は……もっと、他の殴る用の人にしなさい!ほら、あそこの獣人とか……」
レクタは父親の制止を振り切り、懐からナイフを取り出した。
「そのツラ、ズタズタに切り刻んでやるよォオオオオオッ!!」
レクタが突き出したナイフは空を切り、勢い余って彼は無様に転倒した。
地面の泥水に顔から突っ込んだレクタ。
「私の仮説では、君には、外部からの強烈なエネルギー干渉……すなわち、『お仕置き』が必要だと出ているんだよ!さあ!さあさあ!」
「テ……テメェ……!俺の服を汚しやがったなァ……許さねぇ……!俺をコケにした奴は全員まとめてぶち殺す!」
エラーラ・ヴェリタスは、白衣の裾を激しく翻し、両手を広げた。その指先からは、青白いルーン文字が幾重にも溢れ出し、空間そのものを書き換えるほどの魔力が奔流となって渦巻く。
「さあ、レクタ君! 私のこの『多元宇宙干渉術式』をどう解く!? 君のその沈黙は未知の戦術か、それとも単なる思考停止か!さあ!さあさあ!見せてくれたまえよねッ!」
彼女にとって、これは戦いではない。未知の解明であり、世界の歪みを正す神聖な外科手術だった。
レクタは、ズボンの尻ポケットから、飲みかけの炭酸ジュースの瓶を取り出した。
中身は温まり、炭酸が抜けた砂糖水だ。彼はそれをラッパ飲みすると、「ゲフッ」と汚いげっぷを吐き出した。
カレル警部と群衆は、息を止めてその光景を見つめていた。
「行くぞ、被検体レクタ! 君の思考回路を物理的にハッキングさせてもらう!」
エラーラが指を鳴らす。
刹那、世界が凍りついた。
時間停止魔法。彼女だけが動ける静止した世界の中で、彼女は光速に近い速度でレクタの背後に回り込み、無力化のための手刀を首筋に叩き込む――はずだった。
だが。
事象は、誰も予想し得ない「バグ」を起こした。
レクタが、動いたのだ。
魔法を無効化したのではない。時間停止を認識したわけでもない。
ただ、たまたま彼が履いていた高級革靴の底が、雨に濡れた石畳の上で滑り、摩擦係数がゼロになっただけだった。
「ぬおッ!?滑ったァアアアアアアアアッ!?」
レクタの体が、物理法則を無視した奇妙な角度でスライディングした。
鈍い音が響いた。
エラーラの顔面に、レクタが振り回したガラス瓶が直撃したのだ。
「……が……?」
「あれ?……何しやがんだテメェ!!!」
レクタは、自分が滑ったことを「エラーラに攻撃された」と勘違いした。
逆上した彼は、よろめくエラーラの髪を鷲掴みにした。
「……離したまえ!」
「うるせぇ!離したまえ、だとぉ?お前いま俺を殺そうとしてたじゃねえかああああん?死ね!死ね!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、死ねオラァ!」
レクタは、拳で、瓶で、膝で、エラーラをめちゃめちゃに殴りつけた。
そして、決定的な瞬間が訪れる。
レクタは、倒れたエラーラの首に、持っていた魔力封じの犬の首輪を巻き付け、力任せに締め上げたのだ。
「ハァ……ハァ……。あれ?お前……可愛いな?好きだぜ!……俺がお前を好きということは、お前も俺を好きなんだよな?じゃあ立てよ!散歩の時間だぞ、犬」
カレル警部は、火のついた煙草が指を焼いていることにも気づかず、口を開けたまま呆然としていた。
市民たちは、膝から崩れ落ちていた。
勝ったのは、知性でも正義でも魔法でもなく、ただの、「理不尽」だった。
「素晴らしい!」
静寂を破ったのは、ファルサス公爵の歓喜の声だった。
彼は泥だらけの二人に駆け寄ると、感極まって涙を流した。
「見なさい! 我が息子レクタが、ついに嫁を見つけたぞ!」
「まあ素敵! なんて情熱的な求愛なのかしら!」
公爵夫人は、瀕死のエラーラを見下ろし、うっとりと頬を染めた。
「あなた!すぐに式場の準備を!レクタちゃん、その鎖、とっても似合ってるわよ!」
「へへっ、だろ? じゃあこいつ俺のペットな。名前は……そうだな、犬だから、『犬』でいいや」
レクタは、意識を取り戻しかけて呻くエラーラの顔を靴底で踏みつけ、ニタリと笑った。
「おい犬。返事は『ワン』だろ? ああん?」
「……ふざ……けるな……私は……真理の探究者……」
「あ〜? 聞こえねぇなァ!ワンだろおおおん!ワンワンワンワンワンワンワンワン、ワン!」
その光景は、王都の、いや、世界の終わりの始まりだった。
そのニュースは、魔法通信網を通じて瞬く間に全世界へと拡散した。
『救世主エラーラ・ヴェリタス、敗北。ファルサス家の玩具となる』
その事実は、深く、重く、人々の心を粉砕した。
老教授が、書きかけの論文を破り捨て、窓から身を投げた。
校庭では、エリート学生たちが、教科書を焚き火にくべ、虚ろな目で炎を見つめていた。
長寿と叡智を誇るエルフたちは、一斉にその長い耳を切り落とした。
森の乙女たちは、自らの顔を傷つけ、毒草をスープにして飲み干した。
人語を解さないはずのゴブリンたちでさえ、震えていた。彼らにとってエラーラは「恐ろしい天敵」だったが、同時に「敬意を払うべき強者」でもあった。その絶対的な強者が、同族の恥晒しのような男に飼われている。その事実は、モンスターたちの闘争本能すら萎えさせた。
一方、王都のタワーマンション、最上階。
そこは、外の地獄絵図とは無縁の、狂気的な幸福に満ちていた。
「ほらほら、犬! ご飯だぞ〜! 感謝して食えよオラ!」
レクタは、最高級の絨毯の上に、ドッグフードの缶詰をぶちまけた。
「……拒否する。私は断じて犬ではない」
窓の外では、王都警察のカレル警部が、降りしきる雨の中でそのタワーマンションを見上げていた。
逮捕状など出せるわけがない。レクタが「犬」を虐待するたびに、ファルサス公爵家から警察に莫大な寄付金が振り込まれる。上層部は「痴話喧嘩だ」と言って黙認を決めた。
・・・・・・・・・・
王都の目抜き通り、かつては貴族たちが優雅に行き交ったその場所を、異様な一行が歩いていた。
先頭を行くのは、喪服をまとったレクタ。
その手には鎖が握られている。
鎖の先、引きずられているのは、かつて「最強の魔女」と謳われた「犬」だった。
彼女の白衣は剥ぎ取られ、代わりに着せられているのは、露出度の極めて高い、娼館の売り物のような際どい衣装だ。
「……おりっ?なんだテメェ」
レクタが足を止めた。
通りの向こうから、二つの影が近づいてきていた。
明らかに、堅気ではない。
その身から発する殺気は、雨粒すら避けて通るほど鋭利で、濃厚な血の臭いを纏っている。
現れたのは、二人の女だった。
一人は、小柄だが全身が筋肉に覆われた獣人の女。名はサリナ。「解体魔」の異名を持つ、大陸最悪の快楽殺人鬼。
もう一人は、対照的に長身で痩躯の女。
全身を鮮やかな極彩色の羽毛で飾ったコートで覆い、背中にはライフル型の長大な魔導銃を背負っている。名はキジヤ。「死告鳥」と呼ばれる、王都暗殺ギルドのトップランカー。
犬は、息を呑んだ。
「なんだァ?あ!テメェら、俺のファンか!」
レクタは、状況を理解していなかった。
いつものように威圧すれば、相手は平伏すと思っている。
彼は口元で手を組み、精一杯の威嚇をした。
「ファン? 違うねェ!アタシ等はあんたの首を獲りに来たんだよォ!その内臓の色が見たくてたまんないのさァ!」
サリナが曲刀を打ち鳴らし、アスファルトを削りながら突進する。
キジヤが魔導銃を構え、レクタの眉間に照準を合わせる。
だが、レクタの瞳孔は開ききり、まばたき一つしない。口元で組んだ手は微動だにせず、呼吸すら止まっているように見える。
それが、狂人たちの目には「別」のものに見えた。
「……これは?」
サリナが声を漏らす。
彼女の本能が告げていた。
目の前の男は、防御態勢すら取っていない。殺気すら放っていない。
それは「無」だ。
圧倒的な強者のみが許される、絶対的な虚無。
自分ごときが刃を振るうことさえ、彼にとっては「認識する価値もない羽虫の羽音」に過ぎないのだ、と。
キジヤもまた、スコープ越しに見るレクタの「虚ろな目」に戦慄していた。
レクタは実際には、何も考えていなかっただけである。
だが、狂人は狂人を呼び、誤解は神話を生む。
サリナが、曲刀を取り落とした。
彼女の頬が紅潮し、荒い息遣いが熱を帯びていく。
サリナはその場に跪き、レクタの靴に頬を擦り付けた。
「アタシ、惚れたよ。アンタのその『虚無』に、アタシの刃を捧げる。ねぇ、アタシを飼ってよ。アンタの邪魔な奴、全員バラバラにしてあげるからさァ!」
キジヤもまた、銃を降ろした。
彼女は恍惚とした表情でレクタに歩み寄ると、その背後に音もなく跪いた。
「……私の狙撃から視線を外さなかったのは、あなたが初めて。その傲慢さ、その絶対的な孤独……濡れるわ。私の翼は、あなたの為に羽ばたく」
「……?」
犬は、開いた口が塞がらなかった。
「……分かってんじゃねぇか。俺様のフェロモンにやられちまったか? 悪いなァ、俺はモテモテなんだよ」
レクタは調子に乗った。
「いいぜ、猿!それからそっちの鳥!俺の配下にしてやる!ありがたく思え!」
「ああんッ! 嬉しいィィィ!」
「……光栄です、我が主」
犬、猿、鳥。
悪夢の役者は揃った。
レクタは、全能感が限界突破した。
彼は、雨上がりの空に向かって、高らかに宣言した。
「俺はレクタ・ファルサス! 今からこの世界の『テッペン』を獲りに行く! まず手始めに、あっそうだ!ウルセェ説教垂れてくるジジイどもの集まり……なんだっけ?なんだ?すうこ、え?すうき、あれ?さいか、違う!……そうだ、『世界評議会』だ!」
世界評議会、通称『オニガシマ』。
それは、各国の王や大賢者が集い、世界の平和と秩序を維持する最高意思決定機関。
この世界における、絶対的な秩序の守護者たち。
(……終わった。本当に終わった。このバカどもは、自分が何を言っているのか分かっていない)
世界評議会は、一個の国家すら灰にする軍事力と魔法技術を持っている。
だが、レクタには「恐怖」がない。
なぜなら、彼は、想像力が欠落しているからだ。
翌日。
世界評議会本部、大会議場。
そこには、各国の代表、賢者、将軍たちが集結していた。
レクタ・ファルサスへの対抗策を協議するためなどではない。
彼らが協議していたのは、「どうすれば最も苦しまずに死ねるか」だった。
その時、空間が歪んだ。
転送魔法だ。
現れたのは、四人の男女。
喪服の男。猿の獣人。鳥の衣装の女。そして、犬の首輪をつけた、焦点の合わない踊り子姿の女。
警備兵たちが武器を構えることすらしなかった。
『圧倒的な死の匂い』が、彼らの生存本能を麻痺させていたからだ。
レクタは議長席に歩み寄り、そこに座っていた老議長を無言で蹴り飛ばした。
老議長は悲鳴も上げず、転がった。
レクタは玉座に座り、足を机の上に投げ出した。
その左側には、猿が狂気の笑みで侍る。
右側には、鳥が銃を構えて立つ。
そして足元には、廃人となったエラーラ・ヴェリタスが、犬のようにうずくまっている。
静寂。
誰も喋らない。
レクタも喋らない。
一分。
十分。
一時間。
永遠とも思える沈黙が続いた。
その「底知れぬ虚無」に、世界の指導者たちは心を折られた。
言葉はいらなかった。
威圧も、魔法も、暴力すら必要なかった。
そこに「理解不能な狂気」が存在しているという事実だけで、文明は降伏を選んだのだ。
レクタは、ふと、顔を上げ……静まり返った議場を見渡した。
そして、気の抜けた声で言った。
「あ。じゃあ、もういい?」
それは、「もう帰っていい?」という意味だったかもしれない。
あるいは「もう飽きた?」だったかもしれない。
だが、議場にいた全員が、それを「人類の終焉への同意」として受け取った。
誰かが、震える声で答えた。
「……はい」
その一言で、世界は終わった。
知性の時代は去り、無知の時代が始まった。
レクタ・ファルサス。
彼は何も成し遂げていない。何も努力していない。ただそこにいて、欲望のままに振る舞っただけで、空間全ての覇者となったのだ。
一方その頃、王都のタワーマンション最上階。
世界が静寂と虚無に包まれる中、そこだけが、爆発的な「歓喜」の渦の中にあった。
「キシャアアアアアアッ!! レクタァァァァッ!!」
ファルサス公爵が、天井に張り付いていた。
彼は人間としての関節の可動域を無視し、四足歩行で壁を駆け上がり、シャンデリアにぶら下がって絶叫していた。
「見たか! 見たか我が妻よ! 我が息子が! 世界の王に! 神に! なったぞオオオオオッ!」
「フシャアアアアッ! 最高よ! 最高よあなたァッ!」
公爵夫人もまた、狂っていた。
彼女は高価なドレスを引き裂き、全裸になって床を転げ回っていた。
ゴロゴロゴロゴロと高速回転しながら、飾られている壺や絵画を次々と破壊し、その破片で身体中を切り刻みながら、血まみれで笑っていた。
「ああああ!嬉しい!嬉しすぎて脳が破裂するわ!レクタちゃん!ママの愛しい息子!」
「ギャウッ! ガルルルルッ!」
公爵はシャンデリアから飛び降り、執事の喉元に噛みついた。
執事は抵抗もせず、白目を剥いて倒れる。公爵はその血をワインのようにすすり、奇声を上げて跳躍した。
「世界はレクタのものだ!法律も倫理もクソ食らえだ!今日から毎日が殺戮のパーティーだ!」
二人は互いに爪を立て、引っ掻き合い、噛みつき合いながら、部屋中を破壊し尽くした。
それは喜びの表現ではない。
あまりに巨大すぎる「悪の勝利」に、彼らの精神という器が耐えきれず、獣以下の何かへと変質してしまったのだ。
壁を飛び、天井を這い、床を転がる二匹の親。
その狂った影が、窓の外の死に絶えた王都に長く伸びていく。




