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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
学生はやがて詐欺師となった
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第3話:詐欺師の品格!

王都の夜景を一望できる会員制クラブ『ベルベット・ムーン』のVIPルーム。

シャンパングラスの塔が崩れそうなほど積まれ、紫煙と高価な香水の匂いが充満している。

その中心で、アスカは王のように振る舞っていた。


「いやあ、ナラティブさん! 飲んでます?今日は私の奢りですから、一番高いやつ開けちゃってくださいよ!経費、経費! 全部アカデミー持ち!全て、エラーラとかいうバカのお陰です!」


アスカは真っ赤な顔で笑い、ナラティブのグラスに琥珀色の液体を注ぐ。

ナラティブ・ヴェリタスは、優雅に足を組み、表情を完全に殺していた。


「……ええ、いただきますわ!」


ナラは、アスカの話を聞いていなかった。

ただ、目の前の液体を摂取し、適度なタイミングで相槌を打つ自動人形になりきっていた。

それは、かつてアスカが塾の個室ブースで机に突っ伏し、講師の話を遮断して睡眠を貪っていたのと全く同じ構図だ。

アスカは今、「話を聞いてもらう」という快楽を金で買っているつもりだが、実際にはナラティブという高級な壁に向かって独り言を言っているに過ぎない。


「でね、私がエラーラをどうやって丸め込んだかっていうと……」


アスカの自慢話が続く。

ナラティブは虚空を見つめる。


(それにしてもこのシャンパン、ヴィンテージにしては酸味が強いわね。保存状態が悪いのかしら)


アスカの人生になど、微塵も興味がない。

ただ、誘われたから、来た。

酒が、飲めるから、座っている。

……それだけだ。


「私とナラティブさんで組めば、もっとデカいことができますよ!二人で王都を牛耳りましょうよ!」


アスカは、ナラティブを「対等」だと信じ込んでいた。

彼女には見えていない。

ナラティブの瞳の奥にある、底なしの「無関心」という深淵が。


その時、VIPルームの扉が静かに開いた。

入ってきたのは、仕立ての良いグレーのスーツを着た、デブでブサイクな中年男だった。

眼鏡の奥の瞳は、死んだ魚のように濁っているが、口元には愛想の良い、しかし冷徹な笑みが張り付いている。


「おやおや。こんなところで『黒き翼の会』の代表理事が豪遊とは。景気がよろしいようで」


アスカはグラスを止め、目を細めた。


「……誰? 私の知り合いだっけ?」


男は名刺を差し出した。


『経営コンサルタント事務所・K&パートナーズ代表 カガミ』


アスカの記憶の底から、10年前の風景が蘇る。

狭いブース。スマホゲームをする男。共犯者。


「……えっ、先生!? 嘘?カガせん!?」


カガミだった。

かつての三流塾講師は今、企業のコストカットや不採算事業の整理を請け負う「屠殺人(リストラ・アドバイザー)」に変貌していた。


「懐かしいねぇ、アスカちゃん。や、アスカ代表か」


カガミは馴れ馴れしくソファに座り込んだ。


「噂は聞いてるよ。アカデミーからガッポリ引き出してるってね。あーい変わらず『賢い』生き方をしてるじゃないかぁ」


アスカは警戒を解き、破顔した。


「カガせんこそ出世したじゃないですか!やっぱ私たち、似た者同士ですね。真面目に働くなんてバカらしい!」


アスカはカガミにもグラスを渡した。


「今日は飲みましょうよ! 昔話に花を咲かせて!」


カガミはグラスを受け取り、一口飲んでから、さらりと言った。


「ああ、もちろん飲むよ。……ところでアスカちゃん。実は俺、今度アカデミーの『外部監査』を任されてね」


カガミの仕事は、10年前と本質的に何も変わっていない。

かつては、親の「安心したい欲求」に漬け込み、嘘の報告書を書いて授業料を掠め取っていた。

今は、企業の「経費削減したい欲求」に漬け込み、簡単なリストラ対象を見つけて報告し、成功報酬を掠め取っている。

彼は、複雑な経営分析などしない。

「一番目につく無駄」を指さして、「仕事をしたフリ」をするだけだ。

そして今回、アカデミーの理事長エラーラから依頼された仕事が、『使途不明瞭な助成金の洗い出し』だった。

カガミは、リストの一番上にあった『黒き翼の会』という名前を見て、吹き出したのだ。


(あのアホ生徒、まだこんなことやってるんか……)


彼にとって、アスカを潰すのは「正義」ではない。

「一番手っ取り早い実績作り」だ。

難解な研究予算に手をつけるより、この明らかな不正団体を一つ潰せば、それだけで「年間1億円の削減に成功しました」と報告できる。

最小の労力で、最大の報酬を得る。

10年前、アスカが寝ている横でスマホをいじっていた時と、『全く同じ』論理である。


「へえ、監査ですか。でも私なら大丈夫ですよね?」


アスカは酔った頭で笑った。


「先生とはツーカーの仲だし。ほら、昔みたいに『適当な報告書』で誤魔化してくださいよ。謝礼は弾みますから!」


カガミは、ナラティブを一瞥した。

ナラティブは、興味なさそうに爪を眺めている。


(……空気が張り詰めている。こっちの女は『本物』だな。関わらないでおこう)


カガミはアスカに向き直り、優しい声で言った。


「もちろんだよーん。俺とお前の仲じゃないか。とりあえず、形式上の書類が必要だから、今の活動報告書と会計簿、俺に預けてくれない?俺の方で『うまいこと』して、理事会に通しておくよ」


嘘は言っていない。


「さすがカガせん!はなしはや!」


アスカは即座に魔導端末を操作し、データを全てカガミに転送した。

それは、杜撰な使途不明金の証拠そのものだった。

10年前、白紙の答案用紙をカガミに渡して「親にはうまく言っといて」と頼んだのと同じ感覚だった。

彼女は信じていた。

カガミは「こちら側の人間」だと。


翌日。アカデミー理事長室。

カガミは、アスカから受け取ったデータを『そのまま』プリントアウトし、エラーラのデスクに置いた。

修正など、1文字たりともしていない。


「理事長。調査結果です。『黒き翼の会』ですが、活動実態ほぼゼロ。予算の9割が代表個人の交際費に充てられています」


エラーラは、フラスコを振りながら、書類を横目で一瞥しただけだった。


「……やはりか。で、削減効果は?」


「即時契約解除と返還請求を行えば、来期の予算100,000,000クレストが浮きます。さらに、過去の不正受給として告発すれば、数割は戻ってくるでしょう」


「採用だ。手続きを進めたまえ」


エラーラは即決した。

彼女にとって、アスカは「金で買える静寂」だったが、カガミという「より安く買える静寂」が現れたなら、乗り換えるのに一秒の躊躇もなかった。

アスカへの情などない。

あるのは計算だけだ。


「かしこまりました。……あ、報酬の方は契約通り、削減額の20%で?」


「ああ、経理に回しておいてくれ。君も良い仕事をしたね!」


カガミは、薄ら笑いを浮かべて一礼した。

仕事時間はわずか1時間。

労せずして、20,000,000クレストを手に入れた。

断じて、アスカを売ったのではない。

落ちていたゴミを拾って、ゴミ箱に捨てて、褒められた。

ただ、それだけ。


その日の午後。

アスカの魔導端末が鳴り止まなくなった。

銀行からの融資停止。クレジットカードの利用停止通知。事務所の家賃督促。

そして、アカデミーからの『契約解除および不正受給返還請求通知書』。


「な、なんで……? カガミ先生!? どうして!?」


アスカは震える手でカガミに電話した。

コール音の後、無機質な音声が流れる。

『おかけになった番号は、現在使われておりません』


「嘘……嘘よ……!」


次に、ナラに電話した。

昨夜、あんなに楽しく飲んだ「親友」だ。彼女なら、何とかしてくれるかもしれない。


『はい、ヴェリタス探偵事務……』


ナラティブの冷たい声が響く。


「ナラさん助けて!カガミに嵌められたの!あいつ、私の書類をそのまま理事会に出したみたいで……!ねえ、昨日の話! 一緒にエラーラと戦うって……!」


受話器の向こうで、ナラティブはあくびを噛み殺している気配がした。


『アスカさん?わたくし、昨日申し上げましたわよね?「パートナー選びには慎重だ」と。つまり検討の結果、あなたは不採用となりましたーーー。悪しからず。』


「そ、そんな……私たち、友達でしょ!?」


『友達?……ああ、昨夜の接待のことですか。お酒は美味しかったですわ。ごちそうさま!』


アスカは、呆然と魔導端末を落とした。

誰もいない豪華なオフィス。

部下たちは、金の切れ目が縁の切れ目とばかりに、備品を持ち逃げして消えていた。


翌日。

王都の裏路地にあるゴミ集積所。

雨が降っていた。

高級スーツは泥にまみれ、魔導時計は質屋に買い叩かれた。

アスカは、コンビニの廃棄弁当を漁っていた。

黒い翼は濡れて重く、もう飛ぶことはできない。


「……なんで……私は賢かったはずなのに……」


彼女はまだ、理解していなかった。

彼女が「賢い」と思っていたのは、「他人の無関心と手抜き」の上に乗っかっていただけの幸運だったことを。

賢さと、ズルさは、全く違う。


親も、カガミも、エラーラも、ナラティブも。

誰もアスカを見ていなかった。

アスカという「ノイズ」を処理するために、金や笑顔を消費していただけだ。

路地の向こうを、高級車が通り過ぎる。

後部座席には、カガミが乗っていた。

彼は新しいクライアントと電話で話しながら、窓の外のゴミ漁りをするカラスを一瞥もしなかった。

アスカもまた、カガミに気づかない。

彼女は、腐りかけたサンドイッチを見つけ、必死に口に運んだ。


10年前。

「路地裏で体を売る」と親を脅した少女は、今、本当に路地裏の住人となった。

雨に打たれる公衆電話ボックス。

アスカは、震える指で、10年間一度も変えていなかった「パパ」の番号を押した。

これが最後のライフラインだ。

泣きつけば、怒鳴られはするだろうが、最終的には世間体を気にして金を出すはずだ。あいつらは「バカ」だから。


『……はい』


父親の声だ。


「パパ! 私よ、アスカ!今、路地裏にいて……」


アスカは演技たっぷりに泣き叫んだ。

だが、受話器の向こうから聞こえてきたのは、怒声でもなければ、焦りでもなかった。

穏やかで、どこか晴れ晴れとした「祝福」の声だった。


『路地裏?……ああ、そうか。ついにやったんだな!』


「……え?」


『10年前、お前は毎日言っていたじゃないか!「金を出さないなら路地裏で体を売る」と。「獣人の女は高く売れるんだ」と、誇らしげに語っていたな!』


父親の声には、皮肉ではなく、心からの納得が込められていた。


『パパはね、ずっと覚悟していたんだよ。お前がいつか、その「夢」を叶える日を。家にいた頃は、勉強もせず、ただ金をせびるだけだったお前が、ついに自立して、有言実行したわけだ。路地裏から世界を変えると!』


「ち、違う! あれは脅しで……!」


『謙遜するなって!お前は自分の価値を「体」だと定義し、それを売って生きると宣言していた。10年かかったが、ようやくお望みの場所に行けたんだな!おめでとう、アスカ。夢が叶ってよかった!』


「パパ……? 何言ってるの……?」


『もう電話してくるなよ。専門家(プロ)の邪魔はしたくないからな。……元気でな、売春婦さん。頑張れよ!』


アスカは受話器を握りしめたまま凍りついた。

見捨てられたのではない。

「お前の価値はそこがお似合いだ」と、笑顔で見送られたのだ。


「……寒っ。……誰か、5万くれないかな……」


彼女は虚ろな目で通りを歩く男たちを見た。

10年前の脅し文句通り、彼女に残された道は、その翼を泥にまみれさせることだけだった。

雨は降り続く。

誰からも必要とされないカラスの羽を、冷たく濡らし続けていた。

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