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哲学サバイバル2:ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
学生はやがて詐欺師となった
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第2話:国を騙して稼ぐ者!

10年の歳月は、少女を大人に変えるには十分だったが、その本質を変えるには短すぎた。

王都アカデミー本部の最上階。大理石の床が冷たく光る理事長室に、かつての「カラス」は座っていた。

アスカ(27歳)。

『鳥獣人権利擁護団体・黒き翼の会』代表理事。

彼女が纏っているのは、オーダーメイドのスーツ。胸元には団体のバッジが光り、腕には数百万円の魔導時計が巻かれている。かつて路地裏をうろついていた女子高生の面影はない。あるのは、自信に満ち溢れた「社会的成功者」の姿だ。

対面に座るのは、この国の最高知性にしてアカデミーの若き支配者、エラーラ・ヴェリタス、22歳。

白衣を羽織り、手元のホログラム端末で膨大な数式を処理しながら、彼女は面倒くさそうにアスカを見ていた。


「……今日の『要求』は何だい、アスカ君。」


アスカは、完璧に計算された憂い顔を作った。


「要求だなんて、ンモー、人聞きが悪いですよ理事長。これは『提案』です。昨今のアカデミーへの批判……ご存知ですよね?『鳥獣人に対する研究予算の配分が不透明だ』『食堂のメニューに鳥獣人への配慮が足りない』……会員たちの不満が爆発寸前なんです!私がいま、必死に抑えてはいますが……もしデモ行進なんてことになったら、アカデミーの看板に泥が……ああ恐ろしい!」


10年前、父親に言った言葉と構造は全く同じだ。


『金を出せ。さもなくば、体を売る』。


ただ、脅す相手が「親」から「公的機関」に変わり、金額の桁が二つほど増えただけである。

エラーラは、端末から目を離さずに答えた。


「フム。つまり君の団体に『調査研究費』および『啓発活動助成金』として、100,000,000クレストを振り込めば、その『騒音』は止む……という計算で合っているかい?」


「人聞きが悪いですねぇ。あ・く・ま・で、共生社会実現のためのパートナーシップ費用ですよ?」


アスカは薄ら笑いを浮かべる。

彼女は確信していた。この若き天才科学者は、世間知らずの「カモ」だと。

少し脅せば、面倒事を避けるためにすぐに財布を開く。かつての父親と同じだ。

エラーラは、数式処理の片手間に、決済画面を呼び出した。


「……ま、いいだろう。」


彼女がアスカの要求を呑んだ理由は、アスカが思うような「恐怖」や「世間知らず」からではない。

「コストパフォーマンス」だ。


(デモが起きれば、周辺警備費、風評被害による寄付金減少、広報対応の人件費……試算で500,000,000クレストの損失。つまり、このならず者を可愛がっておけば差し引き400,000,000クレストの黒字。実に単純な『さんすう』だ)


エラーラにとって、アスカは「対話すべき人間」ではない。

研究の邪魔をする「環境ノイズ」であり、金で買える「静寂」でしかない。

アスカの父親が、娘の心に向き合うのが面倒で金を渡していたのと同様に、エラーラもまた、この寄生虫の思想に向き合う時間的コストを惜しんで、金を投げつけているのだ。


「決済したよ。『地域連携・特別対策費』の枠から振り込まれる。名目は……そうだな、『調査委託費』とでもしておこうか。報告書は適当でいいから、年度末に出したまえ」


「ありがとうございます!いやあ、理事長は話が早くて助かります!頭良いですね!私が認めるくらいだから、理事長は、そうとう頭良いですよ!」


「……」


アスカは満面の笑みで立ち上がった。

今日もまた、何も生産せず、何も生み出さず、ただ「うるさい」という一点のみで、莫大な公金を引き出すことに成功したのだ。


アスカが理事長室を出ると、廊下のソファに一人の女性が座っていた。

黒いドレススーツに身を包み、優雅に足を組んでいる美女。

ナラティブ・ヴェリタスだ。

彼女は退室してきたアスカを冷ややかな目で見上げた。

アスカは足を止めた。


「あら、見ない顔ですね。アカデミーの職員さん?」


ナラは立ち上がり、鉄扇を口元に当てた。


「……ええ、まあ。外部の監査役のようなものですわ」


アスカはナラを値踏みした。

仕立ての良い服。隙のない立ち振る舞い。


(綺麗な女。でも、雇われの監査役なら、私の敵じゃないわね?)


ナラは、アスカの顔をじっと見つめ、優雅に、しかし毒を含んだ声で言った。


「それにしても……見事な手腕ですわね、代表理事様。『無』を商品化し、相手の『無関心』を財布に変える。寄生虫が宿主に『私は共生してあげている』と演説しているようですわ。……芸術的とさえ言えます」


それは、最大級の侮蔑だった。

10年前の塾講師カガミとの関係、そして親との関係。

そこから一歩も成長せず、ただスケールだけを大きくしたアスカの浅ましさを、正確に射抜いた言葉だ。

しかし。

アスカは、ぱぁっと顔を輝かせた。


「えっ!分かります!?」


ナラは瞬きをした。


「……?」


アスカは嬉しそうにナラの手を握った。


「やー、嬉しいな!そうなんですよ!みんな『活動家』っていうと、汗水たらしてビラ配りとか想像するでしょ?違うんです。今の時代、『システム』なんですよ!相手の弱みを握って、共犯関係を築く。これが現代の公金ビジネスなんです。あなた、頭いいですねぇ!私が認めるくらいだから、かなり頭良いですよ!」


ナラは絶句した。

……嫌味が、通じない。

いや、この女の中では、「寄生虫」と言われることすら、「効率的に栄養を摂取している賢い生物」という称賛に変換されているのだ。

無知と傲慢が極まると、言葉が……通じなくなる……


アスカは、ナラを「話の分かる同類」だと勘違いし、声を潜めて言った。


「ね。あなた!監査役なんて地味な仕事、つまらなくない?」


「……と、仰いますと?」


アスカは理事長室の扉を顎でしゃくった。


「あの理事長、エラーラ・ヴェリタス。あれ、ただの『バカ』ですよ。社会のことなんてなーんにも分かってない。面倒なことは金で解決すればいいと思ってる、ホンモノの典型的な世間知らずのボンボンです」


ナラの目が、スッと細められた。

自分の最愛の母であり、世界最強の賢者を「バカ」呼ばわりするこのカラス。

殺意が湧くのを、理性で抑え込む。


「それでぇ……?」


「だからね、チョロいんですよ。私の団体と、あなたの監査の立場。これを組ませれば、もっと搾り取れますよ。例えば、あなたが『不正会計の疑いがある』って内部から揺さぶって、私が外から『説明責任を果たせ』って騒ぐ。どです? 私と一緒に、あのエラーラとかいうバカを金ズルにしませんか?」


アスカは、自分が誰に話しかけているのか、全く知らない。

目の前の美女が、エラーラの養女であり、エラーラを傷つける者は地獄の果てまで追い詰める狂犬であることも。

そして、この「監査役」こそが、アスカの団体への資金提供を裏で監視し、泳がせている張本人であることも。

だが。

ナラは、扇子で口元を隠し、妖艶に微笑んだ。


「……ふふ。魅力的なご提案ですこと!」


「でしょ!?」


「でも、少し考えさせていただけますか?わたくし、パートナー選びには慎重なタチでして」


「もっちろん!いい返事を待ってますよ。連絡先、これなんで。今度、高い寿司でも食いに行きましょう。経費で!」


アスカは名刺を押し付け、上機嫌で廊下を歩き去っていった。

その背中は、10年前の塾帰りと同じ。

自分が「賢い」と信じて疑わない、哀れな裸の王様の姿だった。


ナラは、アスカが見えなくなるまで見送ってから、理事長室に入った。

エラーラはまだ数式と格闘していた。


「……帰ったかい? あの騒がしいチンピラは」


「ええ。上機嫌だったわ。あたしに『一緒にエラーラを騙して金を稼ごう』なんて勧誘までしていきたわよ」


エラーラは手を止め、ケラケラと笑った。


「ハハッ!傑作だねぇ!君が私の娘だと知ったら、あの鳥頭はどんな顔をするかな?」


「……教えるわけないじゃないの。死ぬまで『自分はうまくやっている』と勘違いさせたまま、踊らせるに限る。それが、あの女に対する一番残酷な復讐ですわ」


ナラは、アスカの名刺を指先で弄んだ。

『代表理事・アスカ』。

立派な肩書き。だが、その実態は、親の無関心が生み出したモンスターだ。


「それにしても、お母様。本当によろしくて?あんなのに金を渡して」


「構わないさ。これは『治安維持税』だ。彼女のような無能が、野に放たれて本当の犯罪に手を染めるよりは、こうして『活動家』という檻の中で、公金をしゃぶらせて飼い殺しにしておく方が、社会全体のコストは安い」


エラーラは冷徹に言い放った。


「我々は彼女を『飼育』するのさ。金という餌を与えて、社会の片隅で、誰にも迷惑をかけずに適当に一生を終えるようにね」


ナラは、鉄扇を閉じた。

アスカは勝者ではない。

彼女は、10年前の個室ブースから一歩も出ていないのだ。

金を与えられ、静かに寝ているように仕向けられた、社会という名の巨大な塾の生徒。


「……哀れね。」


ナラは、名刺をゴミ箱に捨てた。

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