第2話:死人のための風俗店(2)
私たちは、墓石を製造した石材店へ殴り込んだ。
店主は、強面のドワーフ、ガンコだ。
彼はノミを片手に、悪びれもせずに言った。
「ああ?著作権?修正?お嬢ちゃんたち、勘違いしてねえか。俺たちは『石』を売ってるんじゃねえ。『接待』を売ってるんだよ」
ガンコは、店の奥にある「メニュー表」を見せた。
そこには、風俗店のコースメニューのような言葉が並んでいた。
『歴戦の勇者コース』:墓石に「ドラゴンを倒した」「魔王と戦った」等の武勇伝を彫刻。
50,000,000クレスト。
『高貴なる血筋コース』:墓石に「王家の末裔」「王家御用達」等の文言と家紋を彫刻。
20,000,000クレスト
『二次元の恋人コース』:お好きなキャラの形状に加工。あの世で永遠のハグを提供。
10,000,000クレスト
私は呆れ返った。
「……完全に風俗ね。『王様プレイ』や『恋人プレイ』を、石で固定化して永遠に提供するサービス……ってわけ?」
「その通りだ!」
ガンコは胸を張った。
「ここに来る遺族はな、みんな泣いてるんだ。『親父は冴えない人生だった。せめて墓の中では、立派な男にしてやりたい』『じいちゃんは孤独だった。せめて好きなキャラと一緒に眠らせてやりたい』そう言って金を払う。墓ってのは死んだ人間のための『記録』じゃねえ。残された人間や本人が、死者を『理想の姿』にドレスアップさせて慰めるための『風俗店』なんだよ!」
生きてる間は、法律や世間体があるから、公然と「俺は王族だ」「俺はメスゴリラが好きだ」とは言えない。
だが、死んでしまえばそこは治外法権。
誰にも迷惑をかけない箱庭の中でなら、どんなプレイも許される。
ここは、現世で満たされなかった欲望を浄化する、ラスト・リゾートなのだ。
その説明を聞いて、リウの目が輝いた。
「……なるほど。店主、あなたの言いたいことは分かりましたわ」
リウは、店に飾られていた未完成の石像を指差し、ガンコの胸倉を掴み上げた。
「だったらッッッ!なおさら手抜きは許されませんわ!客は『最高のサービス』を求めて金を払ってるんですのよ!なのにッッッ!、この造形は何ですの!魂が! 入っていないじゃありませんかーーッ!」
「ひっ!?」
「貸して!道具を貸してくださる!?あたしが手本を見せて差し上げますわ!この『メスゴリラちゃん』を、あの世までイカせる『極上の淑女』に作り変えてやりますわよ!」
リウは、ガンコから道具を奪い取ると、石像に向かった。
石屑が舞う中、彼女は鬼気迫る表情でノミを振るう。
「もっと太く! ここは丸く!ナラティブさん、ここのカーブはどう思いまして!?」
私は横から指示を出す。
「甘いですわッ!もっと深く掘り下げて陰影を!そう、そこですわ!そこに『絶対領域』が生まれますのッ!太ももは『太ければいい』のではありません、『張り』ですわ!」
「さすがナラティブさん! 分かってますわねー!これぞ! 生命の輝きですわーーっ!!」
ガンコと事務官は、抱き合って震えていた。
それは、著作権侵害の抗議でもなければ、法的な是正勧告でもない。
ただの、「極まったオタクたちによる、公式監修」だった。
事務官が、泣きそうな声で抗議する。
「でも、やっぱりダメです!『王家の末裔』とかの経歴詐称だけは撤去させないと!これは歴史への冒涜です!」
そこで、今まで静観していたエラーラが口を開いた。
「……やめておきたまえ。それをやれば、君たちのギルドが崩壊するぞ」
「な、なんですと?」
エラーラは、窓の外に見える、ギルドが管理する『本物の勇者の墓地』を指差した。
「もし、君たちが民間の墓の『嘘』を法的に裁こうとすれば、公平性の観点から、すべての墓の記述に『証拠』が求められることになる」
エラーラは意地悪く笑った。
「あの『初代勇者』の墓。『一人で魔王軍1万人を倒した』と彫られているが……物理的に不可能だよね?そっちの『聖女』の墓。『生涯純潔を守った』とあるが……私のデータによれば、彼女には隠し子が3人いたはずだが?」
「そ、それは……歴史的な演出で……」
「民間の嘘は『詐称』で、権力者の嘘は『演出』かい?裁判になれば、そのダブルスタンダードは通らないよ。墓地とは、互いに『あの世へ持っていった嘘』を黙認し合うことで成立している、巨大な共犯関係のシステムなのだよ」
「そ、そんな……」
事務官は膝から崩れ落ちた。
誰も、本当のことなんて知りたくない。
墓場とは、みんなで優しい嘘をついて、気持ちよく眠るための巨大な風俗街なのだから。
数時間後。
店にあった「メスゴリラ像」は、すべてリウの手によって修正された。
その姿は、あまりにも艶かしく、そして力強く、見る者を圧倒するオーラを放っていた。
ガンコは、完成した石像を見て、涙を流して膝をついた。
「……すげえ。俺は今まで、ただ客の注文通りに形を作ってただけだった。だが、これは違う……石が生きてやがる……!これが、本物ってやつなのか……!」
リウは汗を拭い、満足げに笑った。
「分かってくれればよろしくてよ!いいこと、店主。墓石はね、死者を弔うだけの石じゃありませんの。残された人たちが、死者に『最高の夢』を見せるための、ラスト・ステージなんですのよ!だから、手抜きは許しませんわ!」
私たちは、店を後にした。
夕暮れの墓地に、リニューアルされたメスゴリラ像が設置される。
それは、猥雑でありながら、どこか神々しい輝きを放っていた。
その夜。
ヴェリタス診療所の待合室で、私とリウは祝杯を挙げていた。
「カンパーイ!ですわー!」
「ええ、今日はいい仕事をしましたわ」
リウは、私の膝の上に乗ってきた猫の尻尾を撫でながら、うっとりと言った。
「ねえ、ナラティブさん。あたし、決めましたわ。あたしが死んだら、墓石はナラティブさんにプロデュースしてほしいですの」
「あら、責任重大ですわね。どんなデザインがよろしくて?」
「もちろん!『極太の獣人の尻尾に巻き付かれて昇天するあたし』の等身大像ですわ!素材は最高級の大理石で、毛並み一本一本まで再現してくださる?」
私は笑った。
「お任せなさい。あのガンコ親父を叩き直して、世界一のエッチで芸術的なお墓を作らせてあげますわ」
墓石には、(基本的には)何を描いてもいい。
そこは、現世のしがらみから解き放たれた者たちが、最後にわがままを言える聖なる治外法権エリアなのだから。




