第1話:死人のための風俗店(1)
王都の一角、レンガ造りの建物にある『ヴェリタス診療所』。
午後の柔らかな日差しが差し込む待合室。
そこに、二人の美女が額を突き合わせていた。
私、ナラティブ・ヴェリタスと、最近近所に越してきた画家、リウ・ヴァンクロフトだ。
リウは金髪の巻き髪を揺らし、いつもの派手なドレス姿で、一枚のスケッチブックを私に押し付けていた。
「見てくださいまし、ナラティブさん!このデッサン!」
彼女の鼻息は荒い。描かれていたのは、診察台に乗せられた狼獣人の患者の、「尻尾の付け根」だけが、異常な執念と解像度で描かれたクロッキーだった。
「……はぁ、素晴らしいですわ……」
私はため息をつき、扇子で口元を隠した。
「この、毛並みの奥に隠された筋肉の隆起……。そして、緊張した時にピクリと動く瞬間の躍動感。リウさん、あなたの筆使いは、まさに『神の御業』ですわ」
リウは、バシバシと私の背中を叩いた。痛い。この女、筋力がゴリラ並みにある。
「でしょう!?分かってくださいますわね!?
他の人間は『顔を描け』だの『ストーリーはどうした』だの言いますけど、本質はここッ!『太い尻尾』と『逞しい太もも』にこそ世界の真理が詰まっていますのよ!」
「ええ、ええ。顔なんて飾りですわ」
私たちは、一見すると優雅なお茶会をしているようで、その実、極めてニッチな「性癖の品評会」を行っていた。
リウは、私の隠された「尻尾好き」を見抜き、同志として認めてくれた貴重なマブダチだ。
彼女の豪快な口調と、私のお嬢様口調は、奇妙なほど噛み合っていた。
奥の診察室から、白衣のエラーラが顔を出した。
「……やれやれ。私の病院を『変態のサロン』にするのはやめてくれないかい?猫が怯えているよ」
そんなある日。
私とエラーラのもとに、王都景観保護ギルドから緊急の依頼が舞い込んだ。
「墓地の景観を損ねる違法墓石を調査し、是正させてほしい」というものだ。現場である王都郊外の巨大霊園『安らぎの丘』に到着した私たちは、絶句した。
そこは、厳粛な空気など微塵もない、カオスな石像の博覧会と化していたからだ。
「……悪趣味ね。ここはオモチャ箱のゴミ捨て場かしら」
伝統的な十字架や石塔の間に、明らかに異質な物体が鎮座している。
黄色い御影石で彫られたネズミのキャラクターのような墓。
青い石で作られた猫型ロボットのような墓。
中には、『伝説の聖王の隠し子、ここに眠る』と彫られた、無駄に豪華な金箔貼りの墓がある。中に入っているのは、近所で有名だった虚言癖のある八百屋の親父だ。
そして、私の目が釘付けになったのは、ピンク色の高級石材で作られた、一体の墓石だった。
「……なにこれ」
それは、リボンをつけたゴリラの石像だった。
台座には『愛する夫へ。彼は「おしとやかメスゴリラちゃん」を愛し、その胸で眠ることを夢見ていた。来世ではウホウホしたいとのこと。』と刻まれている。
ギルドの事務官が、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「見てくださいナラティブ様!ひどいものです!これは今、大人気の絵本キャラの盗用です!明らかな著作権侵害だ!作者のリウ・ヴァンクロフト先生が知ったら、激怒して訴訟沙汰になりますよ!」
私は、扇子で口元を隠し、プルプルと震えた。
(……こ、これは……!)
事務官は私が権利侵害への怒りに震えていると思ったようだが、違う。
私は、「あまりの造形の甘さ」に戦慄していたのだ。
隣で、エラーラがニヤリと笑った。
「フム。面白いねぇ。ナラティブ君。君はここを『墓場』だと思っているようだが、どうやら認識を改めたほうがいいね」
「……じゃあいったいここが何に見えるのよ、お母様」
「ここは、『人生最期の風俗店』だよ」
エラーラは解説する。
ホストクラブやコンカフェで、店員がアニメキャラのコスプレをしても、著作権元がいちいち目くじらを立てないのと理屈は同じだ。
ここは「閉ざされた空間」であり、「客を楽しませるためのサービス」なのだ。
死んでまで法律を守る必要はない。金さえ払えば、どんな夢でも見られる。それが墓場という名の治外法権エリアなのだ。
「……事務官さん。訴訟なんて面倒なこと、リウさんはしませんわ」
「えっ? しかし……」
「彼女が怒るとしたら、権利云々じゃありません。あたしが呼んできますわ。……覚悟しておきなさい」
30分後。
私はリウを連れて墓地に戻ってきた。
リウは、いつものド派手なドレス姿で、優雅に、しかし地面が揺れるほどの足取りで現れた。
「ごきげんよう、皆様!ナラティブさんから『面白いものがある』と聞いて飛んできましたの!」
事務官が慌てて頭を下げる。
「リ、リウ先生!申し訳ありません!我々の監督不行き届きで、先生のキャラクターがこんな無惨な姿に……!すぐに石材店へ撤去命令を……」
リウは、事務官を無視して、墓石の前に立った。
ジッと見つめる。
沈黙が流れる。風が吹き抜ける。
そして。
「……ぬるいッッッ!」
リウの咆哮が、墓地に響き渡った。
彼女は、ドレスの裾をまくり上げ、自身の太ももをパァン!と叩いた。
「なんですかこの筋肉の締まりのなさは!あたしの描くメスゴリラちゃんは、もっとこう、野生の暴力性と、母なる包容力が同居した『奇跡のバランス』なんですのよ!?特にこのお尻! 重力が仕事をしてませんわ!垂れすぎですわ!これじゃあただの『太った猿』ですわ! 解釈違いも甚だしいですわーーっ!!」
事務官がポカンとする。
「……は?……著作権は?」
「そんな細かいこと、どうでもよくてよ!」
リウは一蹴した。
そして、私に向かって同意を求めた。
「ナラティブさん!あなたなら分かりますわよね?この石屋には『愛』と『性癖』が決定的に不足していますわ!」
私は深く頷き、鉄扇で石像の背中を指した。
「ええ、おっしゃる通りですわ、リウさん。特に広背筋から臀部にかけてのライン……あまりにも平坦。これでは、このお墓に入っている男性も、興奮……いえ、安らかに眠れませんわ」
「そうですのよーっ!死ぬ時くらい、最高のキャラに抱かれたい! それが男の夢でしょう!?その夢を叶えるための『風俗店』が、こんな手抜きじゃ詐欺同然ですわ!」
二人の変態淑女の共鳴に、事務官は白目を剥きかけた。
「行きましょう、ナラティブさん!このふざけた石屋に、あたしたちの『美学』を叩き込んでやりますわ!」
「ええ、お供しますわ。友人の名誉と、死者の安眠のために!」




