第1話:ものづくりを世界に!
王都の下町、第8工業区。
著名な測量家が多く住んでいたことで知られる、門前町。
ここは、魔法文明の華やかさとは無縁の、油と鉄の匂いが立ち込める場所だ。
路地裏には大小様々な町工場がひしめき合い、朝から晩まで槌音と魔導溶接の火花が絶えない。
私はこの街が好きだ。
華美なドレスを着飾った貴族たちよりも、油にまみれたツナギを着て、1ミクロンの精度に命を削る職人たちの方が、よほど気高く見えるからだ。
「……ゲン爺、いる?」
黒のドレススーツの裾を汚さないように気をつけながら、私は馴染みの工場『ゲン魔導精工』の暖簾をくぐった。
私の武器である鉄扇のヒンジが少しガタついていたため、腕利きの職人であるゲン爺に見てもらおうと思ったのだ。
だが、工場の中は、いつもと違う空気が流れていた。
神聖な加工場に、場違いなほど煌びやかなスーツを着た若者の集団が、土足で上がり込んでいたのだ。
「いやあ、ゲンさん! すごい! 感動しましたよ!この新型スラスターの曲線美! これぞ『クール・王都』だ!」
大げさな身振り手振りで喋っているのは、茶髪にパーマをかけ、細身のスーツを着こなした優男。
名をレオという。
王都国際SFC卒、ベンチャー企業『ネクスト・イノベーション・ラボ』のCEOを名乗る男だ。
「でもね、ゲンさん。もったいないですよ。こんな下町の埃っぽい場所に埋もれさせておくのは、人類にとっての『オポチュニティ・ロス』だ。僕らが『プロデュース』して、王都から世界へ『羽ばたかせ』ましょう!」
ゲン爺は、油にまみれた手で困ったように頭をかいている。
「はぁ……プロデュースねぇ。ワシはただ、良いもんが作れりゃそれで……」
「それが『思考停止』なんですよ!」
レオは畳み掛ける。
その背後には、タブレットを持った大学生くらいの若者たちが控えていた。
彼らは「学生コンサルタント」という、実体のない肩書きをぶら下げた傲慢な連中だ。
親の金で飲み会だけを真剣に取り組む高貴なならず者が、現場の人間にいったい何をアドバイスしようというのか。
私は、眉をひそめてその光景を見ていた。
私の直感が告げている。
こいつらは、職人への敬意など欠片も持っていない。
彼らの目は、ゲン爺の技術を見ているのではなく、その背後にある「金」だけを見ている。
私は鉄扇を閉じたまま、彼らの会話に聞き耳を立てた。
学生コンサルタントたちが、ゲン爺が削り出した精密部品――髪の毛よりも細い溝が刻まれた芸術品――を、無遠慮に素手で触りながら品評を始めた。
「うーん、このデザイン、『ユーザー体験』が悪いですねぇ」
一人が、したり顔で言った。
「もっとユーザーに寄り添った、『エモい』ストーリーを付加価値として乗せないと。『ヤバい』機能だけじゃ売れませんよ」
「そうそう。それにゲンさん、時代は『アジャイル』ですよ。こんなに時間をかけて完璧なものを作るんじゃなくて、とりあえず6割の完成度で市場に出して、走りながら修正しないと」
ゲン爺の顔色が、怒りで赤黒く染まった。
「馬鹿野郎!これは高速回転するエンジンの内部パーツだぞ! ユーザーが触るもんじゃねえ!何が6割の完成度だ!ミリでもズレれば爆発して人が死ぬんだよ! 何がアジャイルだ!」
職人の魂からの怒号。
だが、若者たちは怯むどころか、冷ややかな目で老人を見下した。
「あーあ。これだから職人は。『アップデート』できてないなぁ」
「完璧主義はビジネスの敵ですよ。これだから王都のものづくりは遅れるんです」
彼らは現場を知らない。
鉄を削ったこともなければ、図面一枚引いたこともない。
ただ、自己啓発本で読んだ薄っぺらな横文字をデタラメに並べ立て、熟練の職人をいじめることで、「自分は優秀だ」と錯覚して気持ちよくなっているだけだ。
レオが進み出た。
「まあまあ、ゲンさん。彼らも熱意があるんですよ。とにかく、技術は素晴らしい。あとは僕らに任せてください。『知財管理』から『ブランディング』まで、全部パッケージで請け負いますから。ここを、王都一の『スマート・ファクトリー』に生まれ変わらせましょう!」
レオは、一枚の契約書を差し出した。
「さあ、ここにサインを。これが、あなたの技術が世界へ羽ばたくためのチケットです」
ゲン爺が、言いくるめられてペンを握ろうとした瞬間。
私は割って入った。
「……ちょっと待ちなさい」
私は鉄扇で契約書を押さえつけた。
「あ? なんだあんた」
レオが不快そうに睨む。
「通りすがりの客よ。……ゲン爺、その契約書、あたしにも見せて」
私は素早く条文に目を通した。
そこには、悪魔的な搾取の構造が、小さな文字でびっしりと書かれていた。
『本契約により生じた成果物および知的財産権は、すべて甲に帰属する』
『乙は、甲が運営するコワーキングスペースを利用し、技術指導を行う義務を負う』
『契約解除の場合、乙は甲に対し違約金として10,000,000クレストを支払う』
これは「プロデュース契約」ではない。
「奴隷契約」だ。
「……ふざけてるわね」
私はレオを睨みつけた。
「知財を全部巻き上げた上で、自分たちの運営する施設の『客寄せパンダ』として働けって?よくもまあ、こんな詐欺契約書を恥ずかしげもなく出せたものね」
レオは、痛いところを突かれたように顔を歪めたが、すぐに営業スマイルを貼り付けた。
「人聞きが悪いですねぇ。これは『オープン・イノベーション』ですよ。我々のラボには、最新の機材と、クリエイティブな空間がある。そこを自由に使わせてあげる代わりに、権利をシェアするのは当然の対価でしょう?」
私は、後日その「ラボ」とやらを偵察しに行った。
王都の一等地にある、ガラス張りの綺麗なオフィス。
キャッチコピーは『いつでも、作りたいものが作れる場所』。
だが、実態は酷いものだった。
利用料は「10分・5,000クレスト」という暴利。
プロなら自分の機械を買ったほうが安くつく。
置いてあるのは、見栄えの良い3Dプリンタやレーザーカッターだけで、本格的な切削や加工ができる設備はない。
ターゲットは、「カフェ感覚でモノづくりごっこをしたい素人」や、「場所を持たない貧乏な科学者」だ。
レオたちは、ここで科学者たちに開発をさせ、高額な利用料で金を搾り取り、さらに完成した発明品を「場所を提供した対価」として横取りする。
そして、ゲン爺のような本物を「講師」としてタダ働きさせ、中身のない自分たちのブランドに箔をつける。
「中抜きビジネス……いえ、もっとタチが悪いわね。人の夢と才能を食い物にする、ハイエナ以下の所業だわ」
その夜。
私は帰宅し、夕食の支度をしていた。
リビングでは、白衣姿のエラーラが、猫じゃらしで猫と戯れながら、論文を読んでいた。
「……ナラティブ君。今日は帰りが遅かったね」
エラーラは、論文から目を離さずに言った。
「妙に、鉄と油の匂いがする。……何か厄介事に首を突っ込んでいるのかい?」
私は、野菜を切る手を一瞬止めた。
お母様の嗅覚は鋭い。
だが、言うわけにはいかない。
もし、「ゲン爺が詐欺師に工場を奪われそうになっている」なんて言えば、どうなるか。
エラーラは激怒し、あのラボごと物理的に消滅させかねない。
あるいは、レオたちを実験動物に変えてしまうかもしれない。
そうなれば、エラーラが犯罪者になるだけでなく、ゲン爺の工場も巻き添えになる。
「……いいえ、お母様。野良猫の喧嘩を仲裁していただけですわ。お気になさらず」
「フム。……ならいいがね」
エラーラは、それ以上追求しなかった。
だが、その青い瞳は、私の嘘を見透かしているようで、背筋が冷えた。
(……あたし一人で解決する。)
私はそう決意し、翌日から弁護士を雇い、レオたちとの交渉に奔走した。




