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第2話:白痴が喰い尽くした未来!

「治療法はない」とエラーラに宣告され、ゴウダは病院を追い出された。

だが、彼の歪んだプライドは、まだ死んでいなかった。

数日後。ゴウダは再び診察室に現れた。

その手には、一枚の煌びやかなパンフレットが握りしめられていた。

彼の表情は、前回とは打って変わって、狂信的な希望に輝いていた。


「先生!見つけましたよ私の天職を!」


ゴウダは、パンフレットを机に叩きつけた。


『人生経験を金に変える!認定資格エグゼクチブ・ライフ・コーチ養成講座~あなたの叱責が若者を救う~』


受講料は、退職金の半分。

謳い文句には、「指導」「先生と呼ばれる」「高収入」という、ゴウダの脳髄を刺激する単語が並んでいる。


「再就職活動は辞めました。今の企業は見る目がない。だから私は、フリーランスの『コーチ』になることにしたのです!」


私は、パンフレットを見て呆れ返った。


「……はあ?コーチ?あなたが?」


「そうです!コンサルタントは資料作りが面倒だ。顧問は席がない。だがコーチなら!私の長年の経験から繰り出す『言葉』だけで、迷える若者を支配できる!これぞ、私の『否定の教育』を正当化できる唯一の聖域だ!」


エラーラは、パンフレットをピンセットでつまみ上げ、フラスコの中の沈殿物を見るような目でゴウダを見た。


「フム……。なるほど、実に興味深い生態サンプルだ。ナラティブ君。これが『バブル・団塊ジュニア世代』たちが、こぞってこの職業に群がる理由だよ」


エラーラは解説を始めた。


「彼らにとって、『コンサルタント』はハードルが高い。論理的な分析と、具体的な成果を求められるからね。無能には無理だ。だが、『コーチング』という言葉を、彼らは都合よく解釈する。『成果を出さなくていい。ただ、上から目線で説教をするだけで金が貰える仕事』だとね」


ゴウダが図星を突かれてギクリとする。


「まさに、『合法ハラスメントのライセンス』!退職して『部下』というサンドバッグを失った彼らが、金を払ってでも手に入れたい『鞭』そのものだよ!」


私は、ゴウダを哀れみの目で見つめた。


「……ねえ、ゴウダさん。あなた、その資格を取ったら、誰があなたを雇うと思っているの?」


「決まっているだろう! 道に迷った経営者や、根性のない若手社員だ!私の厳しくも愛のある指導を求めて、行列ができるはずだ!」


「……笑わせないでくださる?」


私は鉄扇で口元を隠し、冷酷な現実を突きつけた。


「いいこと? 世の中で成功しているコーチや顧問というのはね、全員『コネ』で仕事をしているの。現役時代に、部下や取引先から信頼され、愛され、徳を積んできた人だけが、『あなたにお願いしたい』と指名されるのよ」


私はゴウダの顔を覗き込んだ。


「で、あなたは?部下を潰し、娘に逃げられ、妻に離婚を切り出されている孤独な老人。そんな『どこの誰とも知らない、ただ怒鳴り散らすだけの不愉快な爺さん』に、誰が高い金を払って説教されに来るというの?……街中の電柱に怒鳴られる方が、まだマシでしてよ?」


ゴウダの顔から血の気が引いた。


「そ、そんなことはない! 資格があれば……協会が仕事を斡旋して……」


「ないよ、そんなもの」


エラーラがバッサリと切り捨てた。


「その資格ビジネスの主催者をよく見てみたまえ。彼らがターゲットにしているのは、『若者』ではない。『承認欲求と退職金を持て余した、君のような寂しい老人』こそが、彼らにとっての『カモ』なのだよ」


エラーラは、残酷な食物連鎖の図をモニターに映した。


「君は現役時代、部下を虐めて搾取してきた。だが今、君は『先生と呼ばれたい』という肥大化したエゴを、【恨みを持った下の世代から狙われ、退職金を吸い取られている】。無能は人を虐め、そしてまた、より賢い悪党に虐められる。実に美しい、自業自得のサイクルだねぇ!」


「う、うわあああああっ!!」


ゴウダは絶叫し、パンフレットを引き裂いた。

彼の最後の希望――「金で買える権威」さえも、幻想だと知らされたのだ。


社会からも、家族からも、そして「資格ビジネス」という逃げ場からも拒絶されたゴウダ。

彼の禁断症状は限界を突破した。

脳が、渇いている。

嫌がらせがしたい。虐めがしたい。否定がしたい。

誰かが自分の言葉で傷つき、萎縮する姿を見なければ、自分が透明人間になって消えてしまいそうだ。

彼は、街を彷徨った。

だが、誰も彼を「先生」とは呼ばない。ただの不審者だ。

コンビニで店員に因縁をつけようとするが、防犯カメラが怖い。

公園で子供を叱ろうとするが、親の視線が怖い。

会社という「守られたリング」を失った彼は、ただの「弱々しい老人」でしかなかった。

ふらふらと戻った無人の自宅。

そこで、彼の濁った視界に入ったのは、庭に繋がれていた老犬だった。

かつて娘たちが可愛がっていた、大人しい犬だ。

ゴウダの口元が、醜く歪んだ。


「……おい。なんだその目は」


彼は、震える手で庭箒を掴んだ。


「俺を見るな。そんな目で、俺を憐れむな!コーチングしてやる……。俺が上だと、教えてやる……!」


抵抗できない弱者。言葉を持たない獣。ツテも資格もいらない、絶対的な被支配者。

それこそが、今の彼が支配できる唯一の存在だった。

彼は、箒を振り上げた。

その瞬間、リビングの窓ガラスが粉々に砕け散った。

飛び込んできたのは、鉄扇を構えた私、ナラティブ・ヴェリタスだった。


「……そこまで落ちたか!」


私は鉄扇を抜き放ち、振り下ろされようとした箒を粉砕した。

そして、返す刀でゴウダの腕を打ち据える。


「ぐあぁっ!!」


ゴウダは無様に泥の中に転がった。

老犬が、怯えて私の足元に隠れる。

私は軽蔑の眼差しで、泥にまみれたゴウダを見下ろした。


「あなたは、戦士じゃない。教育者でもない。ツテの一つも作れないほど人望がなく、金で買った資格でしか威張れない、世界で一番弱い生き物よ!……その歪みきった性根、法の下で冷やしてきなさい!」


数ヶ月後。

ゴウダは、動物愛護法違反および傷害未遂の罪で実刑判決を受け、王都刑務所に収監されていた。

私とエラーラは、面会に訪れた。

憔悴しきっているだろうか。それとも、反省しているだろうか。

だが、アクリル板の向こうに現れたゴウダの姿を見て、私たちは言葉を失った。

ゴウダは、ツヤツヤと血色の良い顔をしていたのだ。

現役時代のように、目に生気が戻っている。


「いやあ、先生! ナラティブさん! 面会ご苦労様です!」


ゴウダは、明るい声で話し始めた。


「ここは素晴らしいところですよ。規律がある! 上下関係がある!そして何より、ここは『ツテ』がなくても、年功序列で新入りが入ってくる!」


ゴウダは恍惚とした表情で語った。


「ここの新入りたちは、本当になってなくてねぇ。箸の持ち方、歩き方、挨拶の角度……全部、私がボランティアで『コーチング』して直してやってるんです!彼らは逃げ場がないから、私の話を最後まで聞くしかない。みんな、私を見ると直立不動になりますよ。私の指導のおかげだ!」


彼は、刑務所という閉鎖空間で、ついに「理想の職場」を見つけたのだ。

カモにされることもない。孤独になることもない。

合法的にマウントを取り、否定し、自分の価値を確認できる場所。


「私はここで、死ぬまで『終身名誉コーチ』として生きるつもりです!」


面会時間が終わり、ゴウダは看守に連れられて去っていった。

その足取りは軽く、背中は自信に満ちていた。

私は、寒気を感じていた。


「……お母様。あれは……」


エラーラは、深い溜息をついた。


「フム。……まあ、ハッピーエンド、と言うべきだろうね」


「これが?」


「彼は、社会から隔離された『檻』の中でしか生きられない生物だったのだよ。あそこなら、被害者は同じ犯罪者たちだ。シャバで無辜の部下や家族、あるいは愛犬が心を殺されるよりは、遥かにマシだ」


エラーラは、刑務所の高い塀を見上げた。


「否定することでしか快楽を得られない怪物。彼ら『バブル・団塊ジュニア世代』の多くは、変わることも、【反省することはない】。彼らが社会から完全に退場するその日まで……私たちは、彼らが遺した『停滞』という負債を払い続けなければならないのだよ、ナラティブ君……」


最近の老人は異常だ、と若者は言う。

だが、彼らは異常になったのではない。

彼らは元から異常なのだ。

「高度成長」という名の夢から覚め、会社という名の「ゆりかご」を失い、ただの「未熟な子供」の姿に戻っただけなのだ。

私は、自らの足でしっかりと地面を踏みしめ、帰路についた。

この国を蝕んだ「失われた三十年」の正体。

それは、実力者に怯えた愚者たちが、自己保身のために築き上げた、死体の山だったのだ。


「さあ、お母様。帰りましょう。猫たちがお腹を空かせていますわ」


「おっと、いけない! 私の研究もまだ途中だった! 急ごうナラティブ君! 今夜は徹夜で論文を書くぞ!」


「はいはい、お母様。……もう、本当に世話が焼けるんだから」


私たちは、腐った街の中でも、確かに未来へ歩き出していた。

過去の亡霊たちに、二度と足を掴まれないように。

●なんで私がこれから必ずいい社会になると言い続けているのかって、あの世代がようやく引退し始めたからなんだよね。Z世代が覇権を握りはじめたらかなり手堅い。

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