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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
介入のない孤独
172/212

第1話:過去からの魔の手!

●これからどんどん過去の生還者が死んでいきます。前作エラーラ・ヴェリタス「関心のない介入」を先に読むと良いかも。

https://ncode.syosetu.com/n8833lb/158/

王都の空は、まるで世界の終わりのように泣いていた。

アスファルトを叩きつける冷たい雨音が、都市の喧騒を塗りつぶし、すべての色彩を灰色に変えていく。その憂鬱なカーテンを切り裂くように、ヴェリタス獣病院の扉が激しく叩かれた。


「……エラーラ。ナラ。来てくれ」


扉の向こうに立っていたのは、王都警察のカレル警部だった。

いつもは鋼鉄のような理性を纏う男が、傘も差さずにずぶ濡れになり、唇を青白く震わせている。その瞳の奥には、警察官としての職務を超えた、深い「絶望」と「恐怖」が棲みついていた。

研究室の奥で顕微鏡を覗き込んでいたエラーラ・ヴェリタスは、ゆっくりと顔を上げた。その動作には一分の隙もないが、白衣の袖口がわずかに強張ったのを、傍らにいたナラティブ・ヴェリタスは見逃さなかった。

言葉などいらなかった。

ただならぬ事態。それも、自分たちの「魂」に関わる何かが起きたのだ。

現場は三箇所。同時多発的だった。

第一の現場、裏路地のゴミ集積所。

生ゴミと泥の臭気が漂うその場所に、肉塊のようなものが転がっていた。

かつて「鉄拳のヴォルグ」と呼ばれた大男だ。岩をも砕く拳を持ち、誰よりも仲間思いで、豪快に笑う熱血漢。その彼が、全身の骨という骨を粉砕され、原形を留めないほどに破壊されていた。


「……正面からの力技だ。ヴォルグが防御の構えを取る間もなく、圧倒的な質量で押し潰されている」


エラーラは雨に打たれながら淡々と検分する。その声は氷のように冷たいが、瞳は揺れていた。


第二の現場、魔術師居住区のマンション。

「鉄壁のセレス」と呼ばれた皮肉屋の魔術師の部屋は、黒い灰に覆われていた。

彼が得意とした多重結界ごと、部屋の内部が高熱で焼却されていた。炭化した遺体は、最期まで杖を握りしめ、何かを守ろうとした姿勢のまま固まっていた。


「……障壁の展開痕がある。だが、それを上回る熱量で『貫通』させられた」


第三の現場、警察署の裏口。

「千里眼のラピス」と呼ばれた、鋭い勘を持つ女性刑事。彼女は愛用の拳銃を抜くことすらできず、眉間を正確に撃ち抜かれて即死していた。その表情は、恐怖する間もなく命を刈り取られたことを物語っていた。


「……反応速度を超えた狙撃。プロの仕業だ」


ヴォルグ、セレス、ラピス。

1年半前、エラーラと共に、王都を揺るがした「ザルサス教団」の陰謀を暴き、古代迷宮と時計塔の危機を救った英雄たち。

彼らが、たった一夜にして全滅したのだ。


「……分析完了だ」


エラーラは泥水の中で立ち上がり、冷徹な瞳でカレルとナラを見据えた。


「現場に残留する魔力痕跡。これは1年半前に我々が壊滅させた『ザルサス教団』が使用していた禁呪の波長と、99.8%一致する。犯人は教団の残党。動機は我々への復讐。拠点は、地下水道の廃棄区画と推測される」


完璧な論理だった。

動機、能力、物的証拠。すべてが「ザルサスの復讐」を示していた。

ナラティブ・ヴェリタスは、黒い傘を差し出しながら頷く。


「お母様の推論に間違いはないわ。行きましょう。これ以上、舐められるわけにはいかない」


その時だった。

静寂を引き裂く爆音と共に、一台の魔導バイクが水たまりを跳ね飛ばしながら現場に突っ込んできた。

派手なドリフトで停車したバイクから、小柄な人影が飛び降りてくる。


「どけぇぇぇぇッ!ヴォルグはどこだ! ヴォルグぅぅぅッ!」


白い髪を逆立て、サイズの合わない大きなジャンパーを羽織った少年のような男。

リオン・ゴルドファング。

エラーラとかつて首席を争った学友であり、黄金世代のもう一人の「頭脳」だ。

リオンはヴォルグの遺体を見るなり、泥の中に膝をつき、子供のように泣き叫んだ。


「うわああああん!嘘だろ!嘘だと言ってよ!ヴォルグ!起きろよ!また一緒に焼肉食いに行く約束したじゃないか!簡単に死ぬんじゃねえよぉぉぉッ!」


雨と涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、リオンは地面を拳で叩いた。

その姿は、冷徹に分析を終えたエラーラとは対照的だった。

誰よりも感情的で、誰よりも仲間を愛し、そして誰よりも騒がしい天才。


「……リオン。泣くな。思考のノイズになる」


エラーラが静かに告げる。

リオンはビクッと肩を震わせ、真っ赤に腫らした目でエラーラを睨みつけた。


「……ノイズ?お前、友達が死んだのに、何がノイズだよ!悔しくないのか!悲しくないのか!僕は悔しい!悲しい!腹が立つ!絶対に許さない! 犯人をギッタギタにしてやるんだもんね!」


リオンは立ち上がり、小さな体でエラーラに詰め寄った。


「おいエラーラ!お前のことだから、もう犯人の目星はついてるんだろ!ザルサスって言いたいんだろ?」


「そうだ。魔力痕跡が一致した。地下水道へ殲滅に向かう」


エラーラの答えを聞いた瞬間、リオンの表情が変わった。

激情が消え、野生動物のような鋭い嗅覚が、その瞳に宿る。


「……違うね。」


リオンは首を横に振った。


「違うよエラーラ。それは違う。僕の『直感』が違うって言ってる」


「非論理的だ」


エラーラは眉をひそめた。


「魔力波長の一致は動かぬ証拠だ。お前の直感などに頼る段階ではない」


「だーかーら!お前はいつもそうやって数字ばっかり見てるから間違うんだよ!」


リオンは地団駄を踏んだ。水たまりが跳ねる。


「見てみろよ、この死体を!ザルサスならもっと効率的に殺す! 儀式的に殺す!でもこれはなんだ! ヴォルグの顔、死んだあとも執拗に殴られてる!セレスの部屋、本棚が全部ひっくり返されてる!ラピスなんて、背中からじゃなく正面から撃たれてる!これは『組織の粛清』じゃない!もっとドロドロした……個人的で、陰湿で、ちっぽけな『恨み』の匂いがするんだよ!」


リオンの主張は、感情的ではあったが、核心を突いているようにも見えた。

しかし、エラーラにとって「物的証拠」を無視して「現場の雰囲気」を優先することは、科学への冒涜に等しい。

何より、彼女は仲間を殺された怒りを、論理という氷で固めていなければ、崩れ落ちそうだったのだ。


「却下する。可能性としてゼロではないが、ザルサス残党の脅威度の方が高い。私は地下へ行く。お前も来るなら来い。来ないなら邪魔をするな」


エラーラが背を向けると、リオンは彼女の白衣の裾を掴んだ。

その手は震えていた。


「待てよ!待ってよエラーラ!僕の話を聞けよ! 今回は僕が正しいんだ!地下に行っても犯人はいない!時間の無駄だ!本当の犯人が逃げちゃうぞ!」


その必死な叫びは、1年前の悲劇をフラッシュバックさせた。


――1年前。エラーラは何者かに捕らえられ、生き埋めにされていた。リオンは、エラーラの座標を特定するため、エラーラの端末に魔力を出力しようとしていた。

国立魔導研究所のタワー頂上。


「『外部からの魔力強制注入』で、お前の居場所を確定させる!」


「リオン君?魔力が、回路にどれほどの負荷をかけるか、その変数が欠落している。非論理的だ」


「君は、魔力が『露出』した状態を想定していない。君の理論は、前提が間違っている」


エラーラは叫んだ。

しかし、当時のリオンは聞く耳を持たなかった。

リオンはスイッチを押した。

直後、魔力炉が臨界を超え、青白い閃光がタワーを包んだ。


「……あああああああああああああっ!!!!!」


エラーラの身体は、魔力の暴走によって、内側から焼き尽くされた。

リオンは、自分の過ちで最愛のライバルを殺してしまった。

その後、彼は自分の財産、地位、そして自身の「魂の予備領域」すらも代償にして、禁忌とされる蘇生技術を完成させ、エラーラを現世に引き戻したのだ。


『ごめん……ごめんよエラーラ……もう二度と、お前の言うことを無視したりしない……』


泣きながら蘇生装置にしがみついていたリオンの姿を、エラーラも覚えているはずだった。

そして現在。

リオンは、雨に濡れた顔でエラーラを見上げていた。


「1年前は僕が悪かった!僕が話を聞かなかったから、お前を殺しちゃった!でも!だからこそわかるんだよ!あの時の僕と同じ失敗を、今度はエラーラがしようとしてる!頼むから僕を信じてよ!『直感』は、論理の飛躍じゃない! 積み重ねた経験が導き出す超高速演算なんだよ!」


しかし、エラーラの返答は冷酷だった。

彼女は、リオンの手を振り払った。


「……1年前の件を持ち出すな。あれは精算済みだ。今の私は、感情に流されて判断を誤るわけにはいかない。リオン、お前は疲れているんだ。頭を冷やせ」


エラーラはナラと共に歩き出した。

一度も振り返らずに。

残されたリオンは、泥水の中に立ち尽くしていた。

雨音だけが、彼の小さな体を叩く。


「……ばーか。」


彼は涙を拭い、鼻をすすった。


「エラーラの石頭。わからずや。……いいもんね。だったら、僕が一人で証明してやる。僕が真犯人を捕まえて、『ほら見たことか!』って言ってやるんだ!そしたらエラーラも、今度こそ僕の凄さを認めるはずだもんね!」


リオンはバイクに跨った。

その瞳には、危ういほどの決意の炎が灯っていた。


エラーラたちが地下水道でザルサス教団のダミー拠点と交戦している頃。

リオンは、独自の「鼻」を頼りに、王都のスラム街を爆走していた。


「……匂うぞ。この魔力の残り香。教団の高級な香油じゃない。鉄錆と、カビと、安酒の匂いだ」


リオンの脳内で、バラバラだったパズルが組み上がっていく。

ラピスが撃たれる直前に調べていた「未解決の失踪事件」。

セレスが日記に残していた「視線を感じる」という記述。

そして、ヴォルグが殺された現場に残っていた、微細な「1年半前の新聞の切れ端」。


「繋がった!犯人はザルサスじゃない!あの3人の共通点……それは、『1年半前の凱旋パレード』だ!」


リオンは、スラム街の奥深くにある、廃墟と化したアパートを特定した。

そこに潜んでいる男の魔力波長が、現場の痕跡と完全に一致した。

男は、闇ルートで入手したザルサスの遺物を使い、捜査を撹乱していたのだ。


「ビンゴだ!さすが僕!天才!」


リオンはバイクを止め、アパートを見上げた。

ここで、彼が取るべき行動は一つだった。

エラーラに連絡し、応援を待ち、包囲すること。

リオンは通信機を取り出した。

『エラーラ』の名前が表示されている。

しかし、指が止まった。


(……今連絡しても、また『ノイズだ』って切られるかもしれない。それに……僕一人で解決しなきゃ、エラーラは僕を認めてくれない)


1年前の贖罪。

エラーラを殺してしまったという罪悪感。

そして、彼女に追いつきたい、追い越したいという強烈な劣等感と対抗心。

それらが、リオンの「直感」を曇らせ、最も危険な選択肢へと誘導した。


「……見てろよエラーラ。僕が先にゴールテープを切ってやる。サプライズ・プレゼントだもんね!」


リオンは通信機をポケットにねじ込み、単身、アパートへと突入した。

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