第1話:Revolution
主題歌:機動戦士ガンダム エクストリームバーサス2/Revolution
https://youtu.be/FipfA_bUEts?si=A5WyyaPuIj9NUBmh
──雨は止まない。
むしろ、二人の女の激情に呼応するかのように、その激しさを増していた。
王都の郊外、小高い丘の上にそびえ立つ要塞のごとき豪邸。
そこへ続く一本道は今、鉄と火薬と、そして血の匂いに包まれていた。
「どきなさい、三流の雑魚どもッ!!」
漆黒のドレススーツに身を包んだナラティブ・ヴェリタスが、泥濘を蹴り飛ばして疾走する。
その速度は、豪雨を切り裂く黒豹の如し。
彼女の行く手を阻むのは、王都中の裏社会から集められたヤクザ、買収された警官隊、そしてファルサス家の私設軍隊――総勢500名を超える「暴力の壁」だ。
「撃て! 撃てェ! 近づけるな!」
「女二人だぞ! ハチの巣にしろ!」
前方に展開した50人の傭兵部隊が一斉に魔導ライフルを構える。
数百発の魔弾が、雨粒を弾き飛ばしながら殺到する。
「あら、野蛮な歓迎ですこと!」
ナラは止まらない。彼女はドレスの裾を翻すと、手にした鉄扇をプロペラのように回転させた。
超高速の防御壁が、全ての弾丸を弾き返す。
「お母様! 掃除の時間ですわ!」
「了解だ! 物理演算、完了!」
上空から、白衣を翻したエラーラ・ヴェリタスが降下してくる。彼女の周囲には、無数の幾何学模様を描く魔法陣が展開されていた。
「消え失せたまえよ! 『多重誘導魔導弾』!」
数百の光弾が雨のように降り注ぎ、傭兵たちを次々と吹き飛ばす。
爆風の中、ナラが突っ込む。
「ごめんあそばせッ!」
彼女は傭兵の顔面を踵で踏みつけ、その反動で跳躍。空中で旋回しながら、周囲の敵の顎を鉄扇で正確に打ち砕いていく。
一瞬にして、最初の壁が崩壊した。
「行くわよ、お母様。……今日があいつらの『年貢の納め時』よ」
「ああ。……最高の『教育的指導』をしてやろうじゃないか」
「ヒャハハハ! ここを通すわけにはいかねぇなァ!」
轟音と共に、巨大な魔導バイクに乗った男と、人間とは思えない巨体の男が現れた。
『疾風のガレオス』。風魔法を操る超高速の狙撃手。
『粉砕のボルグ』。全身を魔導義体化した、生ける破壊兵器。
「ミンチにしてやるよ!」
ボルグが、道路標識の鉄柱を引き抜き、棍棒のように振り回す。
「邪魔ですわね」
ガレオスのバイクが加速する。風の魔弾が、視認不可能な速度でナラの眉間を狙う。
だが、ナラは動じない。
「一流のレディは……目線だけで殺気を読みますのよ!」
ナラは首を僅かに傾けた。
魔弾が頬を掠め、後方の岩を粉砕する。
その瞬間、ナラは地面を蹴った。標的は、バイクではなく、巨体のボルグ。
「オラァ!」
ボルグが鉄柱を振り下ろす。数トンの質量攻撃。
「力比べ? ……いい度胸ですわ!」
ナラは、鉄扇を懐にしまい、素手で鉄柱を受け止めた。
ガギィィィン!!
華奢な女性の手が、鋼鉄の暴力を完全に静止させる。
「あたしが背負ってきた『重み』に比べれば……こんな鉄屑、羽毛のように軽いですわ!」
ナラは、ボルグの腕ごと鉄柱をねじり上げた。メキメキメキッ!
「ごめんあそばせェッ!!」
ナラは、ボルグの懐に飛び込み、渾身の掌底を叩き込んだ。発勁。衝撃が義体の装甲を透過し、内部の動力炉を直撃する。
ボルグの巨体がくの字に折れ、後方へ吹き飛んだ。
「バ、バケモンか! ……なら、こっちの女を!」
ガレオスがエラーラに照準を合わせる。
「遅いよ?」
エラーラは、指先で空中に数式を描いていた。
「君の速度ベクトル、摩擦熱……全て計算済みだ」
エラーラが指を弾く。『局所的・摩擦係数無限大化』。
バイクのタイヤが地面に吸い付き、急停止する。慣性の法則により、ガレオスだけが射出される。
「いってらっしゃーい!」
エラーラの電撃魔法が、空中のガレオスを黒焦げにした。
「ひるむな! 数で押しつぶせ!」
「公爵様からのボーナスがかかってるんだ!」
2人を倒した直後、道の両脇の森から、隠れていた暗殺者部隊100名が湧き出た。
毒塗りの短剣、鎖鎌、ボウガン。全方位からの波状攻撃。
「うっとおしいハエですこと!」
ナラは、倒したボルグの巨大な鉄柱を拾い上げた。
長さ5メートル、重さ数トンの鉄塊。
「まとめて……消えなさいッ!!」
ナラが鉄柱をフルスイングする。
それは剣技ではない。災害だ。
襲いかかってきた数十人の暗殺者が、鉄柱の一振りでボールのように空の彼方へホームランされる。
「残りは任せたまえ!」
エラーラが、地面に掌を叩きつける。
『重力変動フィールド・展開』
残りの暗殺者たちの体が浮き上がり、空中で身動きが取れなくなる。
「そこだ、ナラ君!」
「はい、お母様!」
ナラは鉄柱を投げ捨て、空中の敵を踏み台にして駆け上がった。
空中で舞うナラ。その蹴りと鉄扇が、浮遊する敵を次々と地面に叩き落としていく。
「落ちなさい!」
「寝てなさい!」
「反省、なさい!」
数秒後、道には呻き声だけが残った。
ファルサス邸の正門。高さ10メートルの城壁と、重魔導障壁。
その門前に、二人の怪人が立ちはだかる。
『千本針のシアン』。無数の鋼糸を操る結界師。
『重戦車ゴルドフ』。あらゆる魔法を無効化する「アンチ・マジック・アーマー」を着込んだ巨漢。
「ここが貴様らの墓場だ」
シアンが指を動かすと、空間に見えない鋼糸が張り巡らされた。
「そして、俺様の装甲は核撃魔法すら弾く!」
ゴルドフが盾を構える。
「……面倒な組み合わせね」
「ふむ。物理攻撃を阻む結界と、魔法攻撃を弾く装甲か。……論理的には『詰み』だね」
エラーラが淡々と分析する。
「でも、あたしたちに『詰み』なんて言葉、ありませんわよね?」
「無論だ。……理屈が通じないなら、理屈の上を行くまでさ」
エラーラが前に出た。
「魔法? ……誰が魔法を使うと言った?」
エラーラは、懐から一本の試験管を取り出した。
「これは『物質構造崩壊液・改』。……君の装甲の分子結合を、強制的に『水』と同レベルまで緩める薬品だよ」
液体がかかった瞬間、最強の装甲がドロドロに溶け始めた。
「な、なんだとォォォッ!?」
「科学の勝利だ! ……ナラ君、道は開けたよ!」
「感謝しますわ!」
ナラが飛び出した。シアンの鋼糸が迫る。
「かかったな! 私の糸は視認不可能……」
「見えなくても、感じればいいだけですわ!」
ナラは目を閉じた。肌を刺す殺気。風の揺らぎ。
未来の地獄で培った「野生の勘」を全開にする。
ナラは舞うように糸を躱し、あるいは鉄扇で弾き飛ばした。
「バ、バカな……! 俺の結界を、歩いて抜けた!?」
「糸遊びは終わりよ」
ナラは、シアンの指を鉄扇の柄で打ち据えた。
「ぐあっ! 指が!」
「次!」
ナラは、装甲が溶けて無防備になったゴルドフの顔面に、跳び膝蹴りを叩き込んだ。
「ぶべらッ!!」
二人の殺し屋が門に激突し、その衝撃で巨大な鉄扉が歪む。
「開けよ!!」
エラーラが、最大出力の重力魔法を門に叩きつける。
難攻不落の正門が、内側へと吹き飛んだ。
正門を突破し、広大な庭園へ。
そこで待ち受けていたのは、ファルサス家が飼っている戦闘用魔獣の群れと、重武装の親衛隊200名だった。
「グルルルル……!」
「殺せ! 侵入者を殺せ!」
魔獣キメラが火を吹き、親衛隊が槍の壁を作って迫ってくる。
「動物虐待は感心しませんわね?」
ナラは、迫りくるキメラの鼻先を鉄扇で叩いた。
「お座り!」
ナラの覇気に気圧され、魔獣たちが腹を見せて服従する。
「なっ、魔獣が懐いた!?」
「バカな! ならば人間がやるしかない!」
親衛隊が雪崩れ込んでくる。
「数が多いねぇ。……ナラ君、合わせられるか?」
「愚問ですわ、お母様!」
エラーラが両手を広げる。
『ベクトル操作・反射領域』
親衛隊が突き出した槍、放った矢、魔法弾。
その全てのベクトルが反転する。
「うわぁっ!? 自分の攻撃が!?」
自滅していく前衛部隊。
その隙間を、ナラが黒い稲妻となって駆け抜ける。
「遅い! 遅い! 遅い!」
ナラは敵の盾を足場にして跳躍し、空中で回転しながら鉄扇の乱舞を繰り出す。
一度の回転で十人の兜を叩き割り、着地と同時に全周囲への回し蹴り。
「お母様の邪魔をするんじゃありませんわよッ!」
庭園は、瞬く間に呻き声の海となった。
屋敷の内部。豪華な絨毯が敷かれた長い廊下。
最後の護衛にして、最強の二人が待ち構えていた。
『幻影のシェイド』。精神干渉と幻術の達人。
『剣鬼ヴィラ』。二刀流の神速の剣士。
「……ここを通すわけにはいかない」
シェイドが手をかざすと、廊下の景色が歪んだ。
ナラとエラーラの目の前に、それぞれの「トラウマ」が幻影となって現れる。
エラの目の前には学会での嘲笑。ナラの目の前には、路地裏での孤独な死。
「……これがお前たちの弱さだ。絶望に溺れろ」
だが。
「……あら。懐かしい景色ですわね」
ナラは、幻影の自分を見て微笑んだ。
「あたしは、この絶望を知っている。……だからこそ、今のあたしは誰よりも強いのよ!」
ナラは、幻影を真っ向から突き破った。
「小細工は通用しないよ!」
エラーラもまた、幻影を解析レンズで無効化した。
「過去の失敗は、成功へのデータに過ぎない!」
幻術が破られる。ヴィラが、神速の抜刀術で斬りかかってくる。
「速い……!」
エラーラが反応できない。
「お母様!」
ナラが、エラーラの前に割って入った。
彼女は、ヴィラの剣を、素手で――「白刃取り」した。
「なッ……!?」
手のひらから血が流れる。だが、ナラは笑っていた。
「速いだけじゃ、あたしには勝てませんわよ?」
ナラは、かつて未来で何万回も繰り返した「死闘」を思い出していた。生きるか死ぬか。その極限状態で研ぎ澄まされた感覚。
「捕まえましたわ」
ナラは、ヴィラの剣をへし折った。パキンッ!
「嘘だ……名刀・黒百合が……!」
「ナラ君! トドメだ!」
「ええ!」
ナラは、ヴィラの腹部に回し蹴りを叩き込み、吹き飛ばされたヴィラがシェイドに激突した。
執務室へと続く大階段。
そこには、最後の最後、恐怖に駆られた使用人や残党兵たちが、家具やバリケードを築いて立てこもっていた。
「来るな! 来たら撃つぞ!」
「公爵様をお守りするんだ!」
彼らは、ガタガタと震えながら、乱れ撃ちに銃を撃ってきた。
悲鳴のような銃撃。
「……見苦しい」
ナラは、ドレスの裾を払い、ゆっくりと階段を登り始めた。
弾丸が飛んでくる。
だが、彼女は避けない。
弾丸は、彼女の体に触れる直前で、エラーラの張った極小結界によって弾かれる。
「ひぃッ! 化け物だ! なんで死なない!」
「あたしは……」
ナラは、バリケードの前に立った。
その瞳は、彼らを射抜くように強く、そして冷たかった。
「地獄を見てきたのよ。……あんたたちのその震える手で撃つ弾なんて、豆鉄砲にもなりゃしないわ」
ナラは、鉄扇を一閃させた。
バリケードが、紙細工のように切り裂かれ、崩れ落ちる。
「どきなさい。……あたしが用があるのは、この奥にいる『本当の悪魔』だけよ」
ナラの気迫に押され、兵士たちは武器を取り落とし、左右に道を開けた。
誰も、彼女を止めることはできなかった。
そして、二人はついに最深部、公爵の執務室の巨大な扉の前に立った。
この向こうに、奴がいる。
全ての元凶。未来を壊し、地獄を作り出した男。
「……準備はいいかい、ナラ君」
エラーラが、魔導砲のチャージを開始する。
「ええ。……長かったわ」
ナラは、血に濡れた鉄扇を構え、呼吸を整えた。
扉の向こうからは、男の喚き声が聞こえてくる。
「……ふふ。相変わらずの泣き虫ね」
ナラは、エラーラの方を向き、ニカっと笑った。
「お母様。……仕上げと行きますか」
「ああ。……この扉の向こうに、君の『新しい物語』が待っている」
「開けましょう。……あたしたちの手で!」
「「吹き飛べェェェッ!!!」」
エラーラの最大出力の魔導砲と、ナラの全身全霊を込めた飛び蹴り。
二つの衝撃が、同時に重厚な扉を直撃した。
爆炎と共に、扉が粉々に砕け散る。
煙が晴れていく。
その向こうには、腰を抜かし、失禁して震える男と、顔面蒼白の公爵夫妻の姿があった。
ナラティブ・ヴェリタスは、瓦礫を踏みしめ、部屋の中へと一歩を踏み出した。
その背後には、頼もしき賢者、エラーラ・ヴェリタス。
「人民裁判を、受けてもらうわ。」
ナラは、地獄の底から響くような、しかし、最高に美しい声で告げた。




