表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェリタスの最終定理 PART2/ナラティブ・ヴェリタス【5位】  作者: 王牌リウ
短編集5 相棒篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/291

第2話:未来の残穢と、過去の現在!

王都に、雨の季節が訪れていた。

獣医院の二階。

いつもなら爆発音と怒号が響くこの部屋も、今日ばかりは湿っぽい空気に包まれていた。


「……ふぅ。湿気で髪がまとまりませんわ」


窓辺で溜息をついたのは、漆黒のドレスに身を包んだナラティブ・ヴェリタスだ。

彼女は手鏡を見ながら、丁寧に髪を梳かしている。その仕草は洗練された令嬢のそれだが、鏡を見る目はどこか鋭く、窓の外の雨を睨みつけていた。


「気圧の低下は自律神経に影響を及ぼすからねぇ。ナラ君、カルシウムが足りていないんじゃないか?」


奥のデスクで、何やら複雑な回路図を広げているのは、白衣の美女エラーラ・ヴェリタスだ。

彼女はマグカップを片手に、ニヤリと笑った。 


「うるさいですわね、お母様。……あんたこそ、また徹夜して。目の下にクマができてますわよ。一流の科学者は健康管理も完璧であるべきです」


「善処しよう。……だが、この『自動肩こり解消マシン』の設計が佳境でね」


「それ、前に爆発してケンジさんの腰を破壊したやつじゃない……」


ナラが呆れ顔でツッコミを入れようとした時、階下から控えめな、しかし切羽詰まったノックの音が聞こえた。


「あ、あの……。すみません……。エラーラさん……いますか……?」


蚊の鳴くような声。

ナラが眉をひそめてドアを開けると、そこにはずぶ濡れになった少女が立っていた。

情報屋のルルだ。彼女は極度の対人恐怖症で、いつも何かに怯えている。


「あら、ルルじゃない。どうしたの、そんなに濡れて。……入りなさい、タオルを貸してあげるから」


「あ、あう……。すみません、汚しちゃって……。あの、でも、急ぎで……」


ルルはガタガタと震えながら、一枚の羊皮紙――いや、盗撮された写真のような魔導写し絵を差し出した。


「これ……。地下水路の奥で、見ちゃったんです……。怖くて、誰にも言えなくて……」


エラーラが素早く写し絵を受け取る。

そこには、暗い水路の奥に佇む、異様なシルエットが映っていた。

生物ではない。金属の装甲と、無数のチューブ、そして赤く光る単眼を持つ、機械の怪物。


「……なんだい、これは?」


ナラは、その写真を見た瞬間、顔から血の気が引いた。

持っていたタオルが、床に落ちる。


「……嘘」


ナラの唇が震えた。

彼女の脳裏に、封印したはずの記憶がフラッシュバックする。

焦げ臭い風。崩れたビル。逃げ惑う人々。そして、無機質な駆動音と共に迫りくる、殺戮の機械たち。


「なんで……こいつが、この時代に……」


「ナラ君?」


エラーラが怪訝そうに声をかける。

ナラはハッとして、強引に笑顔を作った。

だが、その瞳の奥には、隠しきれない恐怖と焦燥が渦巻いていた。


「……な、なんでもありませんわ! ただの不法投棄されたガラクタでしょう! 不潔ですわね!」


「そうか? この流線型のフォルム、明らかにオーバーテクノロジーを感じるが……」


「とにかく! これはあたしが見てきます! お母様はここにいて!」


ナラは、ルルから場所を聞き出すと、傘も差さずに部屋を飛び出した。


「おっと、待ちたまえナラ君! 単独行動は……」


エラーラの制止も聞かず、ナラは雨の中へと消えていった。

残されたエラーラは、落ちたタオルを拾い上げ、写真を見つめた。


「……彼女があんなに動揺するなんて。……ただ事じゃないねぇ」


エラーラの瞳が、科学者の冷静さと、母親の厳しさを帯びて光った。


王都の地下水路。

そこは、地上の華やかさとは無縁の、汚濁と闇の世界だ。

雨の影響で増水した濁流が、轟音を立てて流れている。

ナラは、ドレスの裾を汚すことも厭わず、ぬかるんだ通路を進んでいた。

彼女の手には、いつもの護身用ナイフではなく、エラーラの研究室から無断で持ち出した「魔導炸裂弾」が握られている。


(間違いない。あれは……)


ナラは唇を噛み締めた。

それは、彼女がいた未来で、反乱分子を狩るために作られた自律兵器だ。

感情を持たず、慈悲もなく、ただターゲットをミンチにするためだけに動く、死神の機械。


(どうして過去の世界に?)


もしそうなら、これは私の責任だ。

あんなものを、この平和な時代に解き放つわけにはいかない。

ましてや、エラーラに見せるわけにはいかない。

未来の「母」は、あの機械を止めるために命を削っていた。

きっと、自分を責める。科学を呪うかもしれない。


(守らなきゃ……お母様の心も、この街の平和も)


ナラは決意を固め、水路の奥へと進んだ。

やがて、広い空洞に出た。

そこには、写真通りの怪物がいた。

高さ3メートルほどの、蜘蛛と人間を融合させたような金属の巨体。

全身から蒸気を噴き出し、赤い単眼で周囲をスキャンしている。


『ピピッ……。生体反応、確認。……対象、識別……』


無機質な合成音声。

ナラは、物陰から飛び出した。


「ごきげんよう、鉄屑さん!」


ナラは優雅に、しかし殺意を込めて挨拶し、魔導炸裂弾を投げつけた。


「未来へお帰りなさいッ!!」


爆炎が上がる。

狭い地下空間が揺れ、天井からパラパラと粉塵が落ちてくる。

煙が晴れる。

そこには、無傷のドロイドが立っていた。

爆発の瞬間、青白い障壁バリアを展開したのだ。


「……嘘でしょ? バリア機能まで搭載してるの!?」


ドロイドの腕が変形し、高速回転するガトリング砲が現れた。


「ッ!?」


ナラは反射的に横へ飛んだ。

彼女がいた場所が、一瞬で蜂の巣になる。コンクリートが粉砕され、破片がナラの頬を掠める。


「くっ……! 一流のレディに向かって、なんて野蛮な挨拶!」


ナラは柱の陰に隠れ、荒い息を吐いた。

手が震えている。

怖い。

あの未来の記憶が蘇る。逃げ惑う日々。殺されていった仲間たち。

今のナラは、エラーラに鍛えられて強くなった。

だが、相手は「戦争」のために作られた殺戮兵器だ。生身の人間が勝てる相手ではない。


『対象、捜索中……』


重い足音が近づいてくる。

逃げ場はない。武器も、もうない。


(ここまで、なの……?)


ナラは目を閉じた。

最後に浮かんだのは、今朝、寝癖頭でコーヒーを飲んでいたエラーラの顔だった。


(ごめんね、お母様。……あんたの淹れたコーヒー、もっと飲みたかったわ)


ドロイドが、ナラの隠れている柱の前に立った。

ガトリング砲が回転を始める。


『発見。……サヨウナラ』


死の銃口が火を噴こうとした、その刹那。


「――私の娘に『サヨウナラ』とは、随分と気安いじゃないか」


凛とした声が、地下道に響き渡った。

ドロイドの頭上に、幾何学模様の魔法陣が出現した。

そこから、極太の雷撃が降り注ぐ。

ドロイドが痙攣し、膝をつく。

ナラが驚いて顔を上げると、水路の入り口に、白衣を翻した女性が立っていた。

手には、即席で作ったような魔導ライフルを構えている。


「お母様……!?」


エラーラ・ヴェリタスは、鋭い眼光を放ち、ニヤリと笑った。


「水臭いねぇ、ナラ君。……娘のピンチに駆けつけない親が、どこの世界にいるんだい?」


彼女の背後には、恐怖で顔面蒼白のカレル警部と、腰を抜かしているルルの姿もあった。


「か、怪物だ! なんだあれは!?」


カレルが叫ぶ。


「説明は後だ! ……ナラ、立つんだ!」


エラーラが叫ぶ。


「あんな鉄屑に、君の『物語』を終わらせてたまるものか! ……さあ、反撃の時間だよ!」


ナラは、涙を拭い、立ち上がった。

震えは止まっていた。

最強の味方が、ここに来たのだから。


「……ええ。分からせてあげるわ」


地下水路に、雷光と銃声が交錯する。


「右だナラ君! 角度30度から触手が来る!」


「了解ですわ!」


エラーラの指示に従い、ナラは舞うように跳躍した。

未来兵器『パージ・ドロイド』から伸びた鋼鉄の触手が、彼女の残像を貫く。


「お返しよ!」


ナラは空中で身をひねり、瓦礫の一部をドロイドのセンサーめがけて蹴り飛ばした。

硬質な音が響くが、強化ガラス製のレンズにはヒビひとつ入らない。


『対象ノ運動エネルギー、解析完了。……予測可能デス』


ドロイドが無機質に告げ、背部からミサイルポッドを展開した。


「ちっ! まだ隠し武器を持ってるの!?」


ナラが着地し、舌打ちをする。


「まずいねぇ。あの狭い空間で爆発されたら、私たちごと生き埋めだ」


後方で魔導ライフルを構えるエラーラも、額に汗を滲ませる。


『消滅シテクダサイ』


ミサイルが発射された。

数条の白煙が、ナラたちに迫る。


「カレル警部! 防御を!」


エラーラが叫ぶ。


「わ、分かってる!」


カレル警部は、警察支給の防護シールドを最大出力で展開した。

「うおおおおッ! 公務員の底力を見ろォォォッ!」


爆炎と衝撃波がシールドを襲う。

カレルと、後ろに隠れていたルルが吹き飛ばされ、泥水の中に転がる。

シールドは粉砕されたが、直撃は免れた。


「ゲホッ……! 死ぬかと思った……」


ルルが涙目で震えている。


「……ふん。旧式にしてはやるじゃない」


ナラは煤だらけになりながらも、ドレスの乱れを直した。

だが、ドロイドは止まらない。

弾切れなどないと言わんばかりに、ガトリング砲を再装填し、さらに接近してくる。

その圧倒的な「暴力」と「効率」の塊。

それはまさに、ナラが憎み、恐れていた未来そのものだった。


「……やっぱり、無理よ」


ナラが弱音を吐く。


「あいつは、戦争のために作られた殺戮マシーンよ。……あたしたちの時代の技術じゃ、傷一つつかない」


「弱気だねぇ、ナラ君」


エラーラが、ナラの隣に並んだ。

彼女は、懐から小さな試験管を取り出し、チャプチャプと振った。


「技術レベルが違う? ……だからどうした」


エラーラは不敵に笑った。


「科学とは、未知を解明し、克服するための力だ。……相手が未来の兵器だろうが、そこに『理屈』がある限り、攻略法はある!」


「お母様……」


「ナラ。君は気づいているはずだ。あいつの動き、特定のパターンがあることを」


「え?」


ナラは、ドロイドを凝視した。

攻撃の直前、関節部から排気ガスが出る。

重火器を使う瞬間、足元のアンカーが固定される。

そして何より――。


「……熱よ」


ナラが呟く。


「攻撃のたびに、胸のコアが赤熱してる。……冷却が追いついてない?」


「正解だ!」


エラーラが指を鳴らす。


「あいつはこの時代の『マナ濃度』に適応していない! 高出力の攻撃を行うたびに、内部機関がオーバーヒートを起こしているのだよ!」


「ってことは……」


「強制冷却してやればいい。……急激な温度変化による、装甲の脆性破壊だ!」


エラーラは、試験管を魔導ライフルに装填した。

中身は、絶対零度を封じ込めた液体窒素の魔導濃縮液。


「だが、チャンスは一瞬だ。コアが露出する攻撃の瞬間、私がこれを撃ち込む。……その直後、君がトドメを刺せ」


「……やってやるわ」


ナラは、足元の鉄骨を引き抜いた。

重さ50キロはある鉄の塊を、彼女は軽々と担ぎ上げた。


「一流のレディは、打席に立てばホームランしか狙わないものよ」


作戦開始。

ナラが囮となって飛び出す。


「こっちよ、ポンコツ! あたしをミンチにしたいんでしょ!?」


『ターゲット、補足。……最大火力デ粉砕シマス』


ドロイドが反応した。

胸部装甲が展開し、内蔵された巨大なビーム砲が光を放つ。

コアが剥き出しになり、真っ赤に輝く。


「今だッ!!」


エラーラが引き金を引いた。

放たれた氷の弾丸が、ビーム発射直前のコアに吸い込まれる。

凄まじい蒸気と共に、ドロイドの胸部が一瞬で凍りついた。

赤熱していた金属が、急激な冷却によって悲鳴を上げる。

装甲に亀裂が入る。


『警告。警告。内部温度、臨界点突破。システム凍結……』


「ごめんあそばせぇぇぇぇッ!!」


ナラが、頭上から鉄骨を振り下ろした。

全身全霊、魂の一撃。


「あたしの家族に……手を出すなぁぁぁッ!!」


鉄骨が、脆くなったドロイドの胸部を粉砕した。

コアが砕け散り、火花が散る。

ドロイドは、断末魔のような機械音を上げ、膝をつき、そして前のめりに倒れた。

巨大な鉄屑となった怪物が、沈黙する。

勝った。

過去の知恵と、未来の意志が、絶望のテクノロジーを打ち砕いたのだ。


「はぁ……はぁ……」


ナラは鉄骨を落とし、その場にへたり込んだ。

全身が泥だらけで、ドレスはボロボロだ。

でも、心は晴れやかだった。


「……ナイススイングだ、ナラ君」


エラーラが歩み寄り、手を差し伸べた。


「ありがとう、お母様。……あんたのサポートのおかげよ」


ナラはその手を取り、立ち上がった。

二人は、破壊されたドロイドを見下ろした。


「……これ、どうするの?」


ナラが問う。


「回収して、徹底的に解析・封印するよ」


エラーラは真剣な顔で言った。


「こんな危険な技術、この時代には早すぎる。……だが、この残骸から『未来の悲劇を防ぐためのヒント』が得られるかもしれない」


「そうね。……頼んだわよ、マッドサイエンティスト」


ナラは微笑んだ。

このドロイドは、悲しい未来の遺物だ。

だが、今ここで破壊されたことで、それは「未来を変えるための種」になったのだ。


「あの……」


物陰から、ルルが出てきた。カレル警部も一緒だ。


「す、すごかったです……! お二人とも、まるでヒーローみたいで……」


ルルが目を輝かせている。


「ああ。……報告書を書くのが大変だが、街が守られたのは事実だ」


カレル警部が苦笑しながら帽子を直した。


「礼を言うよ。……エラーラ君、そしてナラティブ君」


ナラは、カレルに名前を呼ばれ、少し照れくさそうに顔を背けた。


「……別に。あたしは、自分の庭を掃除しただけですわ」


雨上がりの地上。

マンホールから出ると、空には虹がかかっていた。


「ふぅ! 空気が美味いねぇ!」


エラーラが伸びをする。


「そうね。……お腹空いたわ」


ナラもお腹をさする。


「よし、帰ろう! ケンジ君に特大のシチューを作ってもらおうじゃないか!」


「賛成ですわ。……あ、でもその前に」


ナラは立ち止まり、エラーラの背中を見つめた。

そして、そっと後ろから抱きついた。


「……ごめんなさい」


「ん? 何がだい?」


「……あんたを巻き込みたくなかったの。あたしの『過去』のせいで、あんたが傷つくのが怖かった」


ナラの声が震えている。

強がっていても、彼女はずっと怖かったのだ。

自分のせいで、この大切な日常が壊れてしまうことが。

エラーラは、振り返らずに、ナラの手を自分の胸の上で握りしめた。


「……ナラ。私は科学者だ」


エラーラは優しく言った。


「未知の現象、予測不能なトラブル、そして厄介な娘。……それら全てを含めて、私の研究対象なのだよ」


彼女は、ナラの方を向き、額と額を合わせた。


「君の過去も、未来も、全部ひっくるめて私が引き受ける。……だから、君はただ、私の娘として笑っていればいい」


「……うぅ……」


ナラは、堪えきれずに涙をこぼした。

そして、エラーラの胸に顔を埋めた。


「……バカ。……お母さんのバカ……」


「はいはい。愛しているよ」


二人は、虹の下で寄り添った。

その姿は、どこにでもいる親子のようで、そして世界で一番強い絆で結ばれた戦友のようだった。


「さあ、帰ろうナラ君! シチューが冷める!」


「ちょっと、走らないでよ! 筋肉痛なんだから!」


泥だらけのドレスと、煤けた白衣。

二人の笑い声が、雨上がりの街に溶けていった。

未来からの銃声は止んだ。

ここにあるのは、温かな「現在」だけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ