第6話:過激派の爆弾と、隠密の探偵!
「……行けない」
獣医院の二階。
エラーラ・ヴェリタスは、実験台に突っ伏して、この世の終わりのような声を上げた。
「なんでですの? お母様」
ナラティブ・ヴェリタスは、紅茶を飲みながら怪訝な顔をした。
普段なら「科学の進歩のためだ!」と率先して危険に飛び込む母が、今回は依頼を受ける前から縮こまっている。
「今回のターゲット……過激派組織『鉄の爪』が開発した、新型魔導ミサイルの破壊任務だがね。……奴らは、とんでもない防衛システムを導入しているのだよ」
エラーラは、魔導端末の画面を指差した。
「『対・賢者用起爆装置』だ」
「はぁ?」
「つまりだね、私が半径5キロ以内に近づいた時点で、私の膨大すぎる魔力を感知して、ミサイルが自動的にドカンだ。……私が現場に行けば、即座にゲームオーバーなのだよ!」
エラーラは頭を抱えた。
最強の魔法使いであるがゆえの、皮肉な弱点。彼女自身が「歩く起爆スイッチ」になってしまうのだ。
「なるほど。……要するに、今回はお母様抜きでやれと?」
「すまない、ナラ君。……だが、代わりの専門家を用意した。王宮諜報部から派遣された、超エリート・スパイだ」
その時、窓の外から気配もなく一人の男が現れた。
黒いボディスーツに身を包み、サングラスをかけた男。
コードネーム・ジョウヤク。
「……潜入任務のスペシャリストです」
ジョウヤクは抑揚のない声で挨拶した。
「頼りになりそうですわね。……じゃあ、さっさと済ませましょうか」
ナラは立ち上がった。
今回は物理と潜入のコンビだ。楽勝だろう。
……と、その時は思っていた。
・・・・・・・・・・
敵のアジトは、山岳地帯の地下要塞だった。
ナラとジョウヤクは、闇に紛れてフェンスに近づいた。
「……行くわよ」
ナラがフェンスを蹴り破ろうとした、その時。
「待て」
ジョウヤクがナラの腕を掴んだ。
「何よ?」
「そこは『立ち入り禁止』の看板がある。……不法侵入になる」
「……は?」
ナラは耳を疑った。
こいつ、本当にスパイだよな……?
「正規の手続きを踏むべきだ。……正面ゲートから、取材許可を申請しよう」
「バカじゃあないの!?殺されるわよ!」
「殺されたら、それは向こうの『国際法違反』だ。我々に正義がある」
ジョウヤクは真顔だった。
こいつは、スパイのくせに「法を守る」ことに命を懸けている狂人だったのだ。
「……面倒くさい男」
ナラは強引にフェンスを破り、中に侵入した。
「ああっ!器物損壊罪だ!」
ジョウヤクが慌ててついてくる。
基地の内部。
見回りの兵士が二人、歩いてくる。
「やるわよ」
ナラが鉄扇を構える。
「待て。……宣戦布告をしていない」
ジョウヤクが前に出た。
そして、兵士に向かって大声で叫んだ。
「おい君たち!我々は中立国の諜報員だ!今から君たちを制圧する!抵抗するなら国際条約に基づき……」
「敵だーッ!!」
兵士が即座に発砲する。
「危ないッ!」
ナラがジョウヤクを蹴り飛ばし、銃弾を鉄扇で弾く。
「あんた、バカでしょう!?スパイが名乗り上げてどうすんのよ!」
「奇襲攻撃は卑怯だ。……騎士道精神にも反する」
「スパイに騎士道なんて求めてませんわ!」
ナラは兵士の懐に入り、顎を砕いて気絶させた。
もう一人がナイフを抜く。
「撃て、ジョウヤク!麻酔銃を持ってるでしょ!」
「撃てない」
ジョウヤクは銃を構えたまま動かない。
「なぜ!?」
「相手はナイフだ。こちらは銃。……『過剰防衛』になる恐れがある。正当防衛の要件を満たすには、彼が私を刺した後に……」
「死ぬわよッ!!」
ナラは、もう一人の兵士も回し蹴りで沈めた。
「……はぁ、はぁ。……あんた、何しに来たの?」
「監視だ。……君が法を犯さないように」
「…………」
ナラは、こいつを敵と一緒に埋めてしまいたくなった。
だが、ミサイル発射まで時間がない。
「……ついて来なさい。余計なことはしないで!」
・・・・・・・・・・
最深部、コントロールルーム。
そこには、巨大なミサイルが鎮座していた。
発射カウントダウンが進んでいる。あと10分。
部屋には、敵の将軍と、数十人の武装兵が待ち構えていた。
「よく来たな、ネズミども。……ここで死ね!」
将軍が号令をかける。
「お母様がいないと、広範囲攻撃ができなくて不便ですわね……」
ナラは鉄扇を構えた。
多勢に無勢。だが、やるしかない。
「ジョウヤク!端末をハッキングして! ミサイルを止めるのよ!」
ナラが敵陣に突っ込む。
「ごめんあそばせぇぇぇッ!!」
兵士たちをなぎ倒しながら、ジョウヤクのための道を切り開く。
ジョウヤクは、制御端末の前についた。
画面には「パスワードを入力してください」の文字。
「早く! 解析ソフトを使って!」
ナラが叫ぶ。
だが、ジョウヤクはキーボードに触れようとしなかった。
「……できない」
「はぁ!?」
「他人のパスワードを無断で突破するのは、『不正アクセス禁止法』違反だ。……これは犯罪だ」
「ミサイル撃たれる方が大犯罪でしょうが!!」
「法に大小はない。……悪を倒すために悪を行えば、我々もテロリストと同じだ」
「この……石頭ッ!!」
ナラは、敵の剣を受け流しながら絶叫した。
こいつはダメだ。役に立たないどころか、邪魔だ。
「ええい! だったら物理で止めるまでよ!」
ナラは、敵兵を足場にして跳躍した。
狙うは、将軍が持っている「発射スイッチ」。
「死ね、小娘!」
将軍が魔導砲を撃ってくる。
ナラは空中で体をひねり、魔弾を回避。
そのまま将軍の顔面に、飛び膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐはっ!?」
将軍が吹っ飛ぶ。スイッチが手から離れ、宙を舞う。
ナラはそれをキャッチ――しようとしたが、流れ弾がスイッチに当たり、壁際へ弾き飛ばされた。
「……しまった!」
スイッチは、壊れていなかった。
赤く点滅している。
そして、それを拾い上げたのは――ジョウヤクだった。
「よこしなさい! 止めるのよ!」
ナラが叫ぶ。
だが、ジョウヤクはスイッチを持ったまま、首を横に振った。
「私には、止める権限がない」
「……はい?」
「これは敵国の所有物だ。……勝手に操作すれば『器物損壊』あるいは『威力業務妨害』になる。……所有権の侵害だ」
「あんた、どこの国のスパイよッ!!」
「私は法の番人だ。……たとえ世界が滅ぼうとも、法は守らねばならない」
ジョウヤクは、スイッチを将軍に返そうと差し出した。
「落としましたよ。」
「あ、ああ……ありがとう……?」
将軍も困惑している。
ナラの中で、何かが切れた音がした。
敵も味方も関係ない。
この場の全員、まとめて教育的指導だ。
「……いい加減になさいッ!!」
ナラは、将軍とジョウヤクの間に割って入った。
そして、ジョウヤクの手首をねじり上げ、スイッチを奪い取った。
「法?手続き? ……そんなもん、生きててナンボでしょうが!」
ナラは、スイッチを床に置き、ヒールで踏み砕いた。
「ああっ!?器物損壊!」
「貴様!我が軍の資産を!」
「うるさいわね!」
ナラは、ジョウヤクの胸ぐらを掴んだ。
「あんたの正義は、ただの『思考停止』よ! ……目の前の命より大事なルールなんて、この世に一つもないわ!」
ナラは、ジョウヤクを将軍に向かって投げ飛ばした。
「二人で仲良く反省房に行きなさい!」
二人が重なって倒れる。
だが、カウントダウンは止まらない。
スイッチは破壊したが、自動発射シークエンスに入っていたのだ。
「くっ……! 止められないの!?」
ナラが端末を殴るが、反応しない。
「……ふっ」
倒れていたジョウヤクが、眼鏡を直して立ち上がった。
「諦めるのは早い」
「何よ! パスワードも解けないくせに!」
「ハッキングは違法だ。……だが」
ジョウヤクは、懐からスマートフォンを取り出した。
「『通報』は、市民の義務だ」
「通報?」
『3、2、1……発射』
ミサイルのエンジンが点火する。
轟音が響き、基地全体が震える。
「終わりだ……!」
ナラが身構える。
だが。
ミサイルの噴射が、唐突に消えた。
発射サイロの天井も開かない。
基地内の照明が落ち、非常灯の赤色だけになる。
「……え?」
将軍が呆然とする。
「停電……?なぜだ!自家発電があるはずだ!」
ジョウヤクが、魔導端末の画面をナラに見せた。
「……電気を、止めた」
「は?」
「昨日、この基地の管轄である電力会社と、地元自治体に『匿名通報』を入れておいた」
ジョウヤクは淡々と説明した。
「この基地の地下施設は、建築基準法違反だ。さらに、高圧電流の違法な引き込みと、環境保護条例に違反する有害物質の垂れ流しがある……とね」
彼はニヤリと笑った。
「……」
ナラは絶句した。
ハッキングでも、破壊工作でもない。
「行政指導」と「停電」で、ミサイルを止めたのだ。
「……な、なんと地味な……」
「法は絶対だ。……テロリストだろうが軍隊だろうが、料金未払いの施設に電気は送られない」
ジョウヤクは、敬礼を決めた。
「コンプライアンスの勝利だ」
「……うわぁ」
ナラは、脱力した。
勝った。勝ったけれど、全くスッキリしない。
敵の将軍も、「電気代……」と呟いて膝をついている。
「……ま、いいわ。結果オーライね」
ナラは、ジョウヤクの背中をバンと叩いた。
「あんた、最高に面倒くさいけど……一流の『事務屋』だわ」
「褒め言葉として受け取っておく。……ただし、君の暴行罪については後で請求書を……」
「うるさい!」
ナラは、ジョウヤクの脛を蹴った。
・・・・・・・・・・
帰還後。
「おお! おかえりナラ君! 無事だったかね?」
エラーラが、心配そうに出迎えた。
「ええ、無事ですわ。……精神的にはボロボロですけれど」
ナラは、ソファに倒れ込んだ。
ジョウヤクは、玄関先で「靴を揃えるマナー」についてゴウ少年に説教をしている。
「報告は聞いたよ。……電気を止めてミサイルを防ぐとは。盲点だったねぇ」
ナラは苦笑した。
ルールを守ることも大事だ。
でも、それを超えたところにある「温かさ」や「無茶」こそが、人生を豊かにするのだと、彼女は知っている。
外では、ジョウヤクがカレル警部に「駐車違反の取り締まり強化」について熱弁を振るっていた。
平和だ。
少し面倒くさいけれど、愛すべき世界。
ヴェリタス探偵事務所。
そこは、法では裁けない、けれど人間臭い事件を、愛と暴力と、たまにコンプライアンスで解決する場所なのだ。




