第3話:悪の真実と、正義の嘘!
王都の裁判所は、重苦しい空気に包まれていた。
被告人席に座っているのは、獣人の少年・カイ。
彼は怯えたように耳を伏せ、震えている。
容疑は、貴族の屋敷からの窃盗。盗まれたのは、国宝級の魔導アーティファクト「時詠みの懐中時計」。
傍聴席の最前列。
漆黒のドレススーツを着たナラティブ・ヴェリタスは、隣に座る古着の少女――情報屋のルルに小声で話しかけた。
「……ねえ、ルル。あの弁護士、評判はどうなの?」
ルルは、フードを目深に被り、小刻みに震えながら答えた。
「あ、あう……。彼……マサナオ弁護士は……『無敗の法廷魔術師』って呼ばれてて……。でも、裏でのあだ名は……『死神』です……」
「死神? 弁護士が?」
「はい……。彼の依頼人は……みんな、社会的に死ぬか、物理的に死刑になるか……どっちかだって……」
法廷の中央に立つ男、マサナオ。
彼は、純白のスーツに身を包み、糸目でにこやかに微笑んでいた。
その雰囲気は、聖職者のように清廉潔白に見える。
「では、審理を再開します」
裁判長が告げる。
マサナオが、優雅に一礼した。
「裁判長。……私は、真実を追求するためにここにいます。依頼人の利益? いえいえ、そんな俗なものより、『真実』こそが法廷の光ではありませんか」
マサナオは、自分の依頼人であるカイの方を向いた。
「カイ君。……君は『やっていない』と言いましたね?」
「は、はい! 僕は盗んでません! 屋敷に入ったこともありません!」
カイが必死に叫ぶ。
「ふむ。……嘘はいけませんねぇ」
マサナオは、懐から一枚の魔法写真を取り出した。
「これは、事件当夜の防犯カメラの映像です。……ほら、君が屋敷の裏口から侵入している姿が、バッチリ映っていますよ?」
傍聴席がどよめく。
検察側ではなく、弁護側が被告人の不利になる証拠を出してきたのだ。
「え……あ……」
カイの顔色が青ざめる。
「嘘つきは泥棒の始まり、と言います。……不法侵入をした時点で、君はもう『罪人』だ。さあ、正直に言いなさい。時計も盗みましたね?」
「ち、違います! 入ったのは本当だけど、盗んでない! お腹が空いて、ゴミ箱の残飯を漁ろうとしただけで……!」
「おやおや。まだ嘘を重ねますか」
マサナオは、悲しげに首を振った。
「不法侵入を隠そうとした人間が、窃盗をしていないという言葉を、誰が信じますか?」
「なっ……!?」
ナラは椅子から立ち上がりかけた。
何だこいつは。
弁護士じゃない。これは、ただの「断罪者」だ。
依頼人を守る気など更々ない。自分の潔癖な正義感を満たすためだけに、少年を生贄に捧げている。
「……ひどい。あの子、本当にやってない目をしてるのに……」
ルルが涙目で呟く。
「ええ。……三流以下の、クソ芝居ですわ」
ナラは、鉄扇を強く握りしめた。
「行くわよ、ルル。……この茶番、あたしたちがひっくり返すわよ」
休廷時間。
ナラとルルは、裁判所の外へ出た。
陽だまり獣医院のエラーラに通信を入れる。
『ふむ。状況は理解したよナラ君。……マサナオ弁護士か。彼の脳波パターンは興味深い。「嘘」に対する生理的嫌悪感が異常に高く、脳の報酬系が「真実の暴露」に直結しているようだ』
「病気ですわね。……お母様、あいつを黙らせる物理的な道具はありますの?」
『あるにはあるが……法廷で使えば君が捕まるよ。証拠だ。少年が「盗んでいない」という証拠が必要だ』
「証拠、ねぇ……」
ナラは、隣で体育座りをしているルルを見下ろした。
「出番よ、引きこもり」
「ひぃっ!? わ、私ですか!?」
「あんたの情報網で、あの屋敷の裏の裏まで洗いざらい調べなさい。……あそこの貴族、キナ臭い匂いがプンプンしますもの」
「む、無理ですぅ……!リアル捜査なんて……」
「あら、そう」
ナラは、ルルの顔の横に、パンッと手をついて壁ドンした。
「じゃあ、あたしと『二人きりで』愛の説教部屋に行きましょうか? ……朝まで逃がしませんわよ?」
至近距離で見つめるナラの美しい顔。そして、圧倒的な圧。
ルルは顔を真っ赤にして、湯気を吹いた。
「や、やりますぅぅぅ! やらせてくださいぃぃぃ!」
「よろしい」
ルルは震える手で魔導端末を取り出し、高速でキーボードを叩き始めた。
彼女の特技は「電子の海への潜航」。
あらゆるセキュリティをすり抜け、隠された真実を暴き出す、天才的なハッカーなのだ。
「……あ、ありました。……え、これ……」
数分後。
ルルの手が止まった。
画面に映し出されていたのは、盗まれたはずの「懐中時計」が、闇オークションに出品されている履歴だった。
出品者は――被害者であるはずの貴族本人。
「……保険金詐欺ね」
ナラが冷たく笑う。
「借金返済のために自分で売って、罪をあの少年に擦り付けたんだわ」
「さ、最低です……」
「ええ。……でも、これでカードは揃ったわ」
ナラは、ルルの頭をワシャワシャと撫でた。
「よくやったわ、相棒。……さあ、殴り込み(カチコミ)の時間よ!」
「あうぅ……髪が……。でも、えへへ……」
ルルは照れくさそうに笑った。
審理再開。
法廷の空気は、完全に「有罪」へと傾いていた。
マサナオは、もはや検察官以上にカイを追い詰めていた。
「君は貧しい。だから盗んだ。論理的ですね?」
「違います……!」
「嘘はいけません。君の人生は嘘で塗り固められている。ここで罪を認め、刑務所で罪を償うことこそが、君にとっての『救い』なのです」
マサナオの瞳は、狂気的なほど澄んでいた。
彼は本気でそう思っているのだ。
嘘をついてシャバにいるより、真実を認めて処刑される方が幸福だと。
カイは泣き崩れた。
「僕が……僕がやりました……」
心を折られ、やっていない罪を認めさせられようとしていた。
「異議ありッ!!」
轟音と共に、法廷の扉が蹴り開けられた。
「な、何だ!?」
裁判長が驚く。
入ってきたのは、漆黒のドレススーツの美女と、古着の少女。
「ごめんあそばせ。……三流の脚本家さんたち」
ナラティブ・ヴェリタスは、コツコツとヒールを鳴らして、証言台へと歩み寄った。
「誰だ君は! 退廷しなさい!」
「あたしはナラティブ・ヴェリタス。……通りすがりの『正義の味方』ですわ」
ナラは、マサナオの前に立った。
身長差はあるが、その気迫はマサナオを圧倒していた。
「あんた、弁護士なんでしょ? ……依頼人を守るのが仕事じゃなくて?」
「私は『真実』を守るのが仕事です。嘘つきを守る義務はありません」
マサナオは涼しい顔で答える。
「そう。……じゃあ、これを見ても同じことが言えるかしら?」
ナラは合図を送った。
ルルが、震える手で魔導端末を裁判所のスクリーンに接続する。
「え、えいっ……!」
画面に映し出されたのは、闇オークションの取引履歴と、貴族が時計を業者に渡している監視カメラの映像だった。
「なっ……!?」
傍聴席にいた被害者の貴族が、顔面蒼白になって立ち上がる。
「あらあら。……盗まれたはずの時計を、ご本人が売ってらっしゃいますわね?」
ナラは、貴族を指差して嘲笑った。
「これはどういうことですの? ……マサナオ先生?」
マサナオの表情が、初めて凍りついた。
彼は映像を凝視し、そして貴族の方を向いた。
「……貴方、嘘をつきましたね?」
その声は、絶対零度のように冷たかった。
「私に『盗まれた』と言ったのは、嘘だったのですか?」
「い、いや、これは……その……」
貴族がしどろもどろになる。
「許せない……。神聖なる法廷を、嘘で汚すなど……!」
マサナオの中で、何かが壊れた。
彼はカイへの追及を止め、今度は全力で貴族を攻撃し始めた。
「裁判長! この男は詐欺師です! 虚偽告訴罪、詐欺罪、証拠偽造……。ありとあらゆる罪で告発します! 徹底的に! 完膚なきまでに!」
マサナオの舌鋒は鋭かった。
貴族は弁明の余地もなく、その場で逮捕された。
カイへの疑いは晴れた。
……はずだった。
「さて、カイ君」
マサナオは、再びカイの方を向いた。
「君の窃盗の疑いは晴れました。……ですが、不法侵入の事実は消えません」
「えっ……?」
「君は嘘をついた。『入っていない』と嘘をついた。……その罪は、償わなければなりませんね?」
マサナオは、裁判長に進言した。
「窃盗は無罪ですが、住居侵入罪については厳罰を求めます。彼は反省の色がなく、法廷で嘘をつきました。実刑が妥当です」
「……はぁ!?」
ナラは、開いた口が塞がらなかった。
この男、どこまで融通が利かないんだ。
無実の子供を、些細な罪で刑務所に送り込もうとしている。
「あんた……バカなの?」
ナラは、マサナオの胸ぐらを掴んだ。
「あの子はね、怖かったのよ! 貴族に捕まったら殺されると思って、必死に嘘をついたの! ……生きるための嘘を、あんたは罪だって言うの!?」
「法は感情を考慮しません。嘘は嘘です」
マサナオは、ナラの手を払いのけた。
「私は『無垢なる弁護人』。……一点の曇りもない真実だけが、人を救うのです」
「……そう」
ナラは、ため息をついた。
そして、鉄扇を懐から取り出した。
「言葉が通じないなら……身体に教えて差し上げますわ」
「暴力ですか? 公務執行妨害で……」
「うるさいわねッ!!」
ナラの鉄扇が、マサナオの脳天を直撃した。
彼は白目を剥き、スローモーションで床に倒れた。
「きゃああっ! ナラさん!?」
ルルが悲鳴を上げる。
「裁判長!」
ナラは、気絶したマサナオを踏み越えて、裁判長席に詰め寄った。
「あの子は無罪! 執行猶予! お説教だけで十分! ……文句ある!?」
ナラの背後に、守護霊のような殺気が立ち昇る。
裁判長はガクガクと頷いた。
「は、はい! 執行猶予! 即時釈放!」
閉廷の木槌が鳴った。
カイは泣きながらナラに抱きついた。
「ありがとう……お姉ちゃん……!」
「いいのよ。……これからは、ゴミ箱じゃなくて、ウチの食堂に来なさい。お皿洗いを手伝ってくれたら、ご飯くらい食べさせてあげるから」
ナラはカイの頭を撫でた。
裁判所の外。
夕陽が街を赤く染めている。
「……疲れましたわ」
ナラは伸びをした。
隣では、ルルがへたり込んでいる。
「し、心臓が止まるかと思いました……。もう帰りたいです……」
「よくやったわよ、ルル。あんたのおかげで助かったわ」
「えっ? あ、ありがとうございます……」
「あんた、意外とやるじゃない。……また頼むわよ、相棒」
ナラがウィンクすると、ルルは顔を真っ赤にして、フードを深く被った。
「うぅ……。調子狂うなぁ……」
そこへ、頭に包帯を巻いたマサナオが、フラフラと歩いてきた。
「……貴女方ですね。私を殴ったのは」
「あら、生きてましたの? 頑丈ですわね」
「傷害罪で訴えることもできますが……今回は見逃しましょう」
マサナオは、眼鏡を直した。
「貴女が提示した証拠のおかげで、貴族の嘘を暴くことができました。……真実に貢献した点だけは、評価します」
「……ふん。素直じゃないわね」
「私は常に素直ですよ。……それでは」
マサナオは一礼して去っていった。
背筋を伸ばし、一分の隙もなく。
彼はこれからも、その狂った正義感で、多くの人を裁き、そして救い続けるのだろう。
「……変な男」
「ですね……」
ナラとルルは顔を見合わせ、苦笑した。
「さあ、帰りましょう! 今日はお母様に、特大のハンバーグを作らせますわよ!」
「あ、私もご相伴にあずかっていいですか……?」
「もちろんよ。……働かざる者食うべからずだけど、今日は特別ね」
二人の影が、夕陽に長く伸びる。
不条理な世界で、嘘と真実が交錯する。




