第16話:Sorry, I can't be a good child.
主題歌:キルラキル/ごめんね、いい子じゃいられない
https://youtu.be/BWGGOFov504?si=zjUQCTYLu8__fDMd
「あら、お母様。今日のサンドイッチ、具材の配置が3ミリほどズレてましてよ?」
「細かいねぇナラ君。味は変わらないよ。……それより、空間線量の乱れが気になる」
王都の中央広場。
ナラティブ・ヴェリタスとエラーラ・ヴェリタスは、買い出しのついでにランチを楽しんでいた。
平和な昼下がり。だが、エラの直感通り、世界は唐突に牙を剥いた。
不快な高周波音と共に、広場の時計塔が逆回転を始めた。
周囲の風景が、まるでビデオの巻き戻しのように歪み、色彩を失っていく。
「な、なんですのこれ!? 私のサンドイッチが腐っていきますわ!」
ナラが悲鳴を上げる。手の中のパンが、一瞬でカビだらけになったのだ。
「時間侵食だ! ……来るぞ!」
空間が裂け、そこから歯車と時計の部品で構成された異形の怪人――時空神クロノスが現れた。
『バグめ……。貴様ら親子が歴史を歪めすぎたせいで、我の管理する「完璧な絶望」が崩れた……。修正する……』
クロノスが両手を掲げると、ナラとエラーラの足元に別々の時空ゲートが開いた。
「ナラ! 離れろ!」
「嫌よ! 一緒に戦う!」
だが、引力は強烈だった。
ナラは過去へ、エラーラは未来へ。
強制的に引き剥がされる二人。
「必ず戻るんだ、ナラ! ……君の淹れたコーヒーがまだ飲みたい!」
「お母様ぁぁぁッ!!」
視界がホワイトアウトし、ナラの意識は時空の彼方へと飛ばされた。
「……痛ったぁ……!」
ナラが目を開けると、そこは薄暗い路地裏だった。
ドレスの裾が泥で汚れている。
空気の匂いが違う。古くて、カビ臭い。
「ここは……どこ? いえ、いつ?」
路地の向こうから、怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい! 気持ち悪いんだよお前!」
「変な機械ばっかり作りやがって! 魔女め!」
数人の少年たちが、一人の少女を囲んで石を投げている。
少女はうずくまり、必死に頭を抱えていた。
ボサボサの銀髪。大きな眼鏡。そして、サイズの合わない白衣。
「……嘘」
ナラは息を呑んだ。
間違いない。あんなに小さくても、あの偏屈で愛おしい雰囲気は隠せていない。
あれは、過去の――少女時代のエラーラだ。
「うぅ……。私の理論は正しいのに……。バカなのは君たちのほうだっ……」
少女エラーラは泣きながらも、小声で毒づいている。
「……まったく。昔から口が減らない子ですわね」
ナラは、呆れたように、しかし嬉しそうに微笑んだ。
そして、ヒールを鳴らして歩み寄った。
「お待ちなさい、クソガキども」
少年たちが振り返る。
そこには、漆黒のドレスを着た美女が立っていた。
その美女は、優雅に鉄扇を開き、ゴミを見るような目で彼らを見下ろしていた。
「よってたかってレディをいじめるなんて……。三流以下の、ドブネズミの所業ですわよ?」
「な、なんだこの女!?」
少年の一人が石を投げつける。
ナラは鉄扇で石を弾き返した。石は少年の額に命中する。
「痛っ!?」
「教育的指導ですわ」
ナラは疾風のように踏み込んだ。
ドレスの裾を翻し、少年たちの襟首を次々と掴んでは、路地の壁に叩きつけていく。
「淑女には優しく!」
「才能には敬意を!」
「そして、あたしのお母様に手を出すんじゃありませんわよッッッ!!」
数秒後。
少年たちは「ごめんなさいぃぃ!」と泣き叫んで逃げ去った。
残されたのは、ポカンと口を開けている少女エラーラと、ドレスの埃を払うナラだけ。
「……あ、あの……」
少女エラーラが震える声で話しかける。
「お姉さん……誰?」
ナラは、少女の前にしゃがみ込んだ。
近くで見ると、さらに可愛いじゃない。
あの大天才にも、こんな弱々しい時代があったなんて。
ナラの中で、保護欲と、歪んだ母性が爆発しそうになるのを必死に抑える。
「通りすがりの、未来のファン、よ?」
ナラは、ハンカチで少女の顔についた泥を拭った。
「泣くんじゃないわ。……あんたの顔は、笑ってる方が100倍マシよ」
「で、でも……みんなが私を変だって……」
「変で結構じゃない。凡人に理解できないから『天才』なのよ」
ナラは、少女エラーラにデコピンを一発食らわせた。
「シャキッとなさい! あんたは将来、世界一のマッドサイエンティストになって、世界を救って、……世界一可愛い娘に愛されることになるのよ!」
「は、はいぃ……?」
その時。
空間が歪み、歯車の怪物――クロノスの刺客が現れた。
過去のエラーラを抹殺し、歴史を変えるために。
『エラーラ・ヴェリタス……排除スル……』
「ひぃッ!?」
少女エラーラが怯える。
「下がってなさい、チビエラ」
ナラは立ち上がり、鉄扇を構えた。
その背中は、かつて自分が守られた時と同じように、頼もしく、大きかった。
「未来の母親を守るのは……娘の務めですわ!!」
ナラが舞う。
怪物の刃を紙一重で躱し、鉄扇を関節に叩き込む。
「遅い!」
「脆い!」
「美しくない!」
ナラの罵倒と共に、怪物は解体されていく。
(見てる、お母様? ……あたし、強くなったでしょ?)
ナラは、圧倒的な暴力で怪物を粉砕した。
その姿を見て、少女エラーラの瞳に、憧れの光が宿る。
「す、すごい……! あの運動エネルギーの制御……完璧だ……!」
戦闘終了。
ナラは髪をかき上げ、少女に向き直った。
「さあ、帰りましょうか。……お腹空いたでしょ?」
「う、うん……」
「あたしが作ってあげるわ。……未来直伝の、オムライスをね」
ナラは少女の手を引いた。
その手は小さく、冷たかった。
でも、これから温かくなることを、ナラは知っている。
(待ってて、お母様。……過去のあんたは、あたしが絶対に守り抜くから)
・・・・・・・・・・・
一方、エラーラ・ヴェリタスが飛ばされた先は、光のない世界だった。
空は分厚い黒雲に覆われ、大地は枯れ果てている。
廃墟と化した王都。そこには人の気配がない。
あるのは、風の音と、徘徊する機械兵器の駆動音だけ。
「……ここは?」
エラーラは、瓦礫の上に立ち尽くした。
理解できてしまった。
ここは、ナラが存在しなかった世界。あるいは、ナラが「戦い」に敗れた後の「絶望の未来」だ。
「……寒いな」
白衣をきつく合わせる。
ナラのいない世界は、こんなにも寒々しいのか。
その時。
瓦礫の影から、鋭い殺気が放たれた。
「……何者だ」
低く、冷徹な声。
一人の戦士が、折れた剣を引きずって現れた。
ボロボロの黒い鎧。片目は眼帯で覆われ、全身に無数の傷跡がある。
だが、その顔立ちは――。
「……ナラ?」
エラーラが息を呑む。
そこにいたのは、別の時間軸のナラティブ・ヴェリタス――オルタ・ナラだった。
だが、エラーラの知る「高飛車で甘えん坊な娘」ではない。
愛を知らず、希望を失い、ただ憎悪だけで戦い続けてきた、悲しき修羅の姿。
「……お母様?」
オルタが、かすれた声で呟いた。
だがすぐに、その瞳が凍てつく。
「ハッ……。また幻覚か。……あいつは、死んだ……」
オルタは剣を構えた。
「私の記憶を弄ぶな、悪の手先め! ……消えろッ!」
オルタが突っ込んでくる。
その剣速は、エラーラの知るナラよりも速く、重く、そして痛々しいほどに捨て鉢だった。
「くっ!」
エラーラは、とっさに防御障壁を展開する。
障壁にヒビが入る。
「やめるんだナラ! 私は本物だ!」
「黙れ!母さんは死んだ!死んだんだ!二度と帰ってこない!」
オルタの叫びは、血を吐くようだった。
彼女は、この地獄でたった一人、何年も戦い続けてきたのだ。
エラーラを失った喪失感を、怒りに変えて。
エラーラの胸が締め付けられる。
(ごめん。……ごめんよ、ナラ)
君を一人にしてしまった。
君をこんな姿にしてしまった。
「……ならば、証明しよう」
エラーラは、障壁を解除した。
無防備な姿を晒す。
「なッ!?」
オルタの剣が、エラーラの首筋寸前で止まる。
「斬りたまえ。……それが君の気が済むなら」
エラーラは、一歩も退かずにオルタを見つめた。
その黄金の瞳には、恐怖など微塵もない。
あるのは、ただ深い、海のような愛情だけ。
「だが、一つだけ言わせてくれ。……君の髪、随分と傷んでいるね」
「……は?」
「それに、その服のセンス。……君にしては実用一辺倒で、華がない。一流のレディが台無しだ」
エラーラは、そっと手を伸ばし、オルタの頬に触れた。
荒れた肌。冷たい体温。
「……苦労をかけたね。……私の娘」
その手触り。その温度。
そして、憎らしいほど冷静で、温かい言葉。
幻覚には作り出せない「本物」の質感。
オルタの手から、剣が落ちた。
「……う、そ……」
「嘘じゃない。……私は、君が救った『別の未来』から来た。……君に会いに来たんだ」
エラーラは、硬直するオルタを強く抱きしめた。
泥と血の臭いがする。
でも、それはエラーラにとって、何よりも愛おしい匂いだった。
「……あ……あああぁぁ……」
オルタの喉から、獣のような嗚咽が漏れた。
凍りついていた心が、エラーラの体温によって溶かされていく。
彼女は、修羅であることをやめ、ただの「母親を失った子供」に戻って泣き崩れた。
「よしよし。……もう大丈夫だ」
エラーラは、オルタの背中を撫で続けた。
この世界は救えないかもしれない。
でも、目の前のこの子だけは、絶対に救う。
その時。
空が割れた。
巨大な時計塔と融合した怪物、時空神クロノス・完全体が出現する。
『見つけたぞ、イレギュラー共……! ここでまとめて消滅させてやる!』
過去と未来、全ての時間を食らい尽くす最強の敵。
オルタが怯える。
「無理よ……。勝てない……」
「勝てるさ?」
エラーラは立ち上がり、白衣を翻した。
そして、空に向かって叫んだ。
「聞こえるかい、ナラ! ……迎えに来てくれ! 私の愛娘!」
その声は、時空を超えて響いた。
過去の世界。
料理をしていたナラが、フライパンを放り投げた。
「……呼ばれましたわ!」
ナラは窓を開け、空を見上げた。
そこに、光の亀裂が見える。
「行ってきます、チビエラ! ……未来のあんたが、あたしを呼んでるの!」
「えっ!? ちょっ、待ってよお姉ちゃん!」
ナラは光の中へ飛び込んだ。
「お母様ァァァァァッ!!」
・・・・・・・・・・・・
エラーラの頭上に光のゲートが開き、漆黒の流星が降ってきた。
「お待たせしましたわッ!!」
ドォォォォン!!
ナラが着地し、衝撃波でクロノスの足を粉砕する。
彼女は立ち上がり、エラーラの隣に並んだ。
「遅いよ、ナラ君。待ちくたびれた」
エラーラがニヤリと笑う。
「ごめんなさい。……過去のあんたが可愛すぎて、つい長居しちゃいましたわ」
ナラも不敵に笑う。
背後では、オルタ・ナラが呆然と二人を見ていた。
輝いている。
絶望的な戦場なのに、二人が並ぶだけで、そこが希望の光に満ちている。
「行くわよ、お母様! ……時空ごと、へし折ってやりますわ!」
「了解だ!」
最強の親子が揃った。
ナラが跳ぶ。
過去で培った「原初の格闘術」と、未来で得た「洗練された魔力操作」。
その二つが融合し、彼女の拳は流星のような輝きを放つ。
「オラオラオラオラァッ!!」
クロノスの装甲が紙のように破れる。
エラーラがサポートする。
「座標固定! 重力係数反転!」
エラーラの魔導兵器が、クロノスの動きを封じ、弱点を露出させる。
『バ、バカな……! 過去と未来の力が……融合しているだと!?』
「教えたはずよ! ……一流のレディは、過去も未来も味方につけるものだって!」
ナラは、上空高く舞い上がった。
エラーラが、その背中に全魔力を注ぎ込む。
「ナラ! 行けぇぇぇッ!!」
「ええ! ……これで、終わりよッ!!」
ナラとエラーラの心が重なる。
二人の物語が、一つの巨大な光の槍となる。
『超・因果改変』!!
ナラの拳が、クロノスの核を貫いた。
時間が止まる。
そして、逆回転を始め――崩壊した。
怪物は光の粒子となって消滅し、歪められた歴史が修復されていく。
オルタ・ナラもまた、光に包まれた。
彼女の顔には、もう修羅の影はない。穏やかな笑顔で、エラーラに手を振っていた。
『ありがとう……お母さん』
世界が、元の形に戻る。
・・・・・・・・・・
夕暮れの王都外れの獣医院。
ボロボロになった二人が、互いに包帯を巻き合っていた。
「痛っ……! もう少し優しく巻いてくださいまし!」
ナラが文句を言う。
「君こそ、私の白衣を破った弁償はどうするんだい?」
エラーラが包帯をきつく締める。
「……ふふ」
「……あはは」
二人は顔を見合わせ、吹き出した。
生きて帰ってきた。
また、この騒がしくて愛おしい日常に。
「ねえ、お母様」
ナラは、包帯を巻き終えると、エラーラに正面から抱きついた。
「……お帰りなさい」
エラーラは、少し驚いた顔をして、それから優しくナラの背中に腕を回した。
「……ただいま、ナラ」
エラーラの匂い。
薬品と、珈琲と、そして汗と土の匂い。
それが、ナラにとっての「世界」の全てだった。
「……大好きよ」
ナラは、エラーラの首筋に顔を埋め、消え入りそうな声で囁いた。
それは、娘としての甘えと、女としての情熱が入り混じった、彼女だけの愛の言葉。
「ああ。……私もだ!」
エラーラは、ナラの頭を撫でた。
言葉にしなくても、伝わっている。
時を超えても、世界が変わっても、この絆だけは決して解けることはない。
「おーい! 二人とも! ご飯できたぞー!」
下からケンジの声がする。
「ハンバーグだそうですわよ!」
ナラが顔を上げる。涙目で、でも満面の笑顔で。
「よし! 今日は勝つぞ! 君の分まで食べてやる!」
「なんですって!? 負けませんわよ!」
二人は手を取り合い、夕飯の待つ食卓へと駆けていく。
過去も、未来も、全部抱きしめて。




