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【5位】異世界探偵ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
ナラティブ・ヴェリタス短編集
16/71

第16話:Sorry, I can't be a good child.

主題歌:キルラキル/ごめんね、いい子じゃいられない

https://youtu.be/BWGGOFov504?si=zjUQCTYLu8__fDMd

「あら、お母様。今日のサンドイッチ、具材の配置が3ミリほどズレてましてよ?」


「細かいねぇナラ君。味は変わらないよ。……それより、空間線量の乱れが気になる」


王都の中央広場。

ナラティブ・ヴェリタスとエラーラ・ヴェリタスは、買い出しのついでにランチを楽しんでいた。

平和な昼下がり。だが、エラの直感通り、世界は唐突に牙を剥いた。

不快な高周波音と共に、広場の時計塔が逆回転を始めた。

周囲の風景が、まるでビデオの巻き戻しのように歪み、色彩を失っていく。


「な、なんですのこれ!? 私のサンドイッチが腐っていきますわ!」


ナラが悲鳴を上げる。手の中のパンが、一瞬でカビだらけになったのだ。


「時間侵食だ! ……来るぞ!」


空間が裂け、そこから歯車と時計の部品で構成された異形の怪人――時空神クロノスが現れた。


『バグめ……。貴様ら親子が歴史を歪めすぎたせいで、我の管理する「完璧な絶望」が崩れた……。修正する……』


クロノスが両手を掲げると、ナラとエラーラの足元に別々の時空ゲートが開いた。


「ナラ! 離れろ!」


「嫌よ! 一緒に戦う!」


だが、引力は強烈だった。

ナラは過去へ、エラーラは未来へ。

強制的に引き剥がされる二人。


「必ず戻るんだ、ナラ! ……君の淹れたコーヒーがまだ飲みたい!」


「お母様ぁぁぁッ!!」


視界がホワイトアウトし、ナラの意識は時空の彼方へと飛ばされた。


「……痛ったぁ……!」


ナラが目を開けると、そこは薄暗い路地裏だった。

ドレスの裾が泥で汚れている。

空気の匂いが違う。古くて、カビ臭い。


「ここは……どこ? いえ、いつ?」


路地の向こうから、怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい! 気持ち悪いんだよお前!」


「変な機械ばっかり作りやがって! 魔女め!」


数人の少年たちが、一人の少女を囲んで石を投げている。

少女はうずくまり、必死に頭を抱えていた。

ボサボサの銀髪。大きな眼鏡。そして、サイズの合わない白衣。


「……嘘」


ナラは息を呑んだ。

間違いない。あんなに小さくても、あの偏屈で愛おしい雰囲気は隠せていない。

あれは、過去の――少女時代のエラーラだ。


「うぅ……。私の理論は正しいのに……。バカなのは君たちのほうだっ……」


少女エラーラは泣きながらも、小声で毒づいている。


「……まったく。昔から口が減らない子ですわね」


ナラは、呆れたように、しかし嬉しそうに微笑んだ。

そして、ヒールを鳴らして歩み寄った。


「お待ちなさい、クソガキども」


少年たちが振り返る。

そこには、漆黒のドレスを着た美女が立っていた。

その美女は、優雅に鉄扇を開き、ゴミを見るような目で彼らを見下ろしていた。


「よってたかってレディをいじめるなんて……。三流以下の、ドブネズミの所業ですわよ?」


「な、なんだこの女!?」


少年の一人が石を投げつける。

ナラは鉄扇で石を弾き返した。石は少年の額に命中する。


「痛っ!?」


「教育的指導ですわ」


ナラは疾風のように踏み込んだ。

ドレスの裾を翻し、少年たちの襟首を次々と掴んでは、路地の壁に叩きつけていく。


「淑女には優しく!」


「才能には敬意を!」


「そして、あたしのお母様に手を出すんじゃありませんわよッッッ!!」


数秒後。

少年たちは「ごめんなさいぃぃ!」と泣き叫んで逃げ去った。

残されたのは、ポカンと口を開けている少女エラーラと、ドレスの埃を払うナラだけ。


「……あ、あの……」


少女エラーラが震える声で話しかける。


「お姉さん……誰?」


ナラは、少女の前にしゃがみ込んだ。

近くで見ると、さらに可愛いじゃない。

あの大天才にも、こんな弱々しい時代があったなんて。

ナラの中で、保護欲と、歪んだ母性が爆発しそうになるのを必死に抑える。


「通りすがりの、未来のファン、よ?」


ナラは、ハンカチで少女の顔についた泥を拭った。


「泣くんじゃないわ。……あんたの顔は、笑ってる方が100倍マシよ」


「で、でも……みんなが私を変だって……」


「変で結構じゃない。凡人に理解できないから『天才』なのよ」


ナラは、少女エラーラにデコピンを一発食らわせた。


「シャキッとなさい! あんたは将来、世界一のマッドサイエンティストになって、世界を救って、……世界一可愛い娘に愛されることになるのよ!」


「は、はいぃ……?」


その時。

空間が歪み、歯車の怪物――クロノスの刺客が現れた。

過去のエラーラを抹殺し、歴史を変えるために。


『エラーラ・ヴェリタス……排除スル……』


「ひぃッ!?」


少女エラーラが怯える。


「下がってなさい、チビエラ」


ナラは立ち上がり、鉄扇を構えた。

その背中は、かつて自分が守られた時と同じように、頼もしく、大きかった。


「未来の母親を守るのは……娘の務めですわ!!」


ナラが舞う。

怪物の刃を紙一重で躱し、鉄扇を関節に叩き込む。


「遅い!」


「脆い!」


「美しくない!」


ナラの罵倒と共に、怪物は解体されていく。


(見てる、お母様? ……あたし、強くなったでしょ?)


ナラは、圧倒的な暴力で怪物を粉砕した。

その姿を見て、少女エラーラの瞳に、憧れの光が宿る。


「す、すごい……! あの運動エネルギーの制御……完璧だ……!」


戦闘終了。

ナラは髪をかき上げ、少女に向き直った。


「さあ、帰りましょうか。……お腹空いたでしょ?」 


「う、うん……」


「あたしが作ってあげるわ。……未来直伝の、オムライスをね」


ナラは少女の手を引いた。

その手は小さく、冷たかった。

でも、これから温かくなることを、ナラは知っている。


(待ってて、お母様。……過去のあんたは、あたしが絶対に守り抜くから)


・・・・・・・・・・・


一方、エラーラ・ヴェリタスが飛ばされた先は、光のない世界だった。

空は分厚い黒雲に覆われ、大地は枯れ果てている。

廃墟と化した王都。そこには人の気配がない。

あるのは、風の音と、徘徊する機械兵器の駆動音だけ。


「……ここは?」


エラーラは、瓦礫の上に立ち尽くした。

理解できてしまった。

ここは、ナラが存在しなかった世界。あるいは、ナラが「戦い」に敗れた後の「絶望の未来」だ。


「……寒いな」


白衣をきつく合わせる。

ナラのいない世界は、こんなにも寒々しいのか。

その時。

瓦礫の影から、鋭い殺気が放たれた。


「……何者だ」


低く、冷徹な声。

一人の戦士が、折れた剣を引きずって現れた。

ボロボロの黒い鎧。片目は眼帯で覆われ、全身に無数の傷跡がある。

だが、その顔立ちは――。


「……ナラ?」


エラーラが息を呑む。

そこにいたのは、別の時間軸のナラティブ・ヴェリタス――オルタ・ナラだった。

だが、エラーラの知る「高飛車で甘えん坊な娘」ではない。

愛を知らず、希望を失い、ただ憎悪だけで戦い続けてきた、悲しき修羅の姿。


「……お母様?」


オルタが、かすれた声で呟いた。

だがすぐに、その瞳が凍てつく。


「ハッ……。また幻覚か。……あいつは、死んだ……」


オルタは剣を構えた。


「私の記憶を弄ぶな、悪の手先め! ……消えろッ!」


オルタが突っ込んでくる。

その剣速は、エラーラの知るナラよりも速く、重く、そして痛々しいほどに捨て鉢だった。


「くっ!」


エラーラは、とっさに防御障壁を展開する。

障壁にヒビが入る。


「やめるんだナラ! 私は本物だ!」


「黙れ!母さんは死んだ!死んだんだ!二度と帰ってこない!」


オルタの叫びは、血を吐くようだった。

彼女は、この地獄でたった一人、何年も戦い続けてきたのだ。

エラーラを失った喪失感を、怒りに変えて。

エラーラの胸が締め付けられる。


(ごめん。……ごめんよ、ナラ)


君を一人にしてしまった。

君をこんな姿にしてしまった。


「……ならば、証明しよう」


エラーラは、障壁を解除した。

無防備な姿を晒す。


「なッ!?」


オルタの剣が、エラーラの首筋寸前で止まる。


「斬りたまえ。……それが君の気が済むなら」


エラーラは、一歩も退かずにオルタを見つめた。

その黄金の瞳には、恐怖など微塵もない。

あるのは、ただ深い、海のような愛情だけ。


「だが、一つだけ言わせてくれ。……君の髪、随分と傷んでいるね」


「……は?」


「それに、その服のセンス。……君にしては実用一辺倒で、華がない。一流のレディが台無しだ」


エラーラは、そっと手を伸ばし、オルタの頬に触れた。

荒れた肌。冷たい体温。


「……苦労をかけたね。……私の娘」


その手触り。その温度。

そして、憎らしいほど冷静で、温かい言葉。

幻覚には作り出せない「本物」の質感。

オルタの手から、剣が落ちた。


「……う、そ……」


「嘘じゃない。……私は、君が救った『別の未来』から来た。……君に会いに来たんだ」


エラーラは、硬直するオルタを強く抱きしめた。

泥と血の臭いがする。

でも、それはエラーラにとって、何よりも愛おしい匂いだった。


「……あ……あああぁぁ……」


オルタの喉から、獣のような嗚咽が漏れた。

凍りついていた心が、エラーラの体温によって溶かされていく。

彼女は、修羅であることをやめ、ただの「母親を失った子供」に戻って泣き崩れた。


「よしよし。……もう大丈夫だ」


エラーラは、オルタの背中を撫で続けた。

この世界は救えないかもしれない。

でも、目の前のこの子だけは、絶対に救う。

その時。

空が割れた。

巨大な時計塔と融合した怪物、時空神クロノス・完全体が出現する。


『見つけたぞ、イレギュラー共……! ここでまとめて消滅させてやる!』


過去と未来、全ての時間を食らい尽くす最強の敵。

オルタが怯える。


「無理よ……。勝てない……」


「勝てるさ?」


エラーラは立ち上がり、白衣を翻した。

そして、空に向かって叫んだ。


「聞こえるかい、ナラ! ……迎えに来てくれ! 私の愛娘!」


その声は、時空を超えて響いた。


過去の世界。

料理をしていたナラが、フライパンを放り投げた。


「……呼ばれましたわ!」


ナラは窓を開け、空を見上げた。

そこに、光の亀裂が見える。


「行ってきます、チビエラ! ……未来のあんたが、あたしを呼んでるの!」


「えっ!? ちょっ、待ってよお姉ちゃん!」


ナラは光の中へ飛び込んだ。


「お母様ァァァァァッ!!」


・・・・・・・・・・・・


エラーラの頭上に光のゲートが開き、漆黒の流星が降ってきた。


「お待たせしましたわッ!!」


ドォォォォン!!


ナラが着地し、衝撃波でクロノスの足を粉砕する。

彼女は立ち上がり、エラーラの隣に並んだ。


「遅いよ、ナラ君。待ちくたびれた」


エラーラがニヤリと笑う。


「ごめんなさい。……過去のあんたが可愛すぎて、つい長居しちゃいましたわ」


ナラも不敵に笑う。

背後では、オルタ・ナラが呆然と二人を見ていた。

輝いている。

絶望的な戦場なのに、二人が並ぶだけで、そこが希望の光に満ちている。


「行くわよ、お母様! ……時空ごと、へし折ってやりますわ!」


「了解だ!」


最強の親子が揃った。

ナラが跳ぶ。

過去で培った「原初の格闘術」と、未来で得た「洗練された魔力操作」。

その二つが融合し、彼女の拳は流星のような輝きを放つ。


「オラオラオラオラァッ!!」


クロノスの装甲が紙のように破れる。

エラーラがサポートする。


「座標固定! 重力係数反転!」


エラーラの魔導兵器が、クロノスの動きを封じ、弱点を露出させる。


『バ、バカな……! 過去と未来の力が……融合しているだと!?』


「教えたはずよ! ……一流のレディは、過去も未来も味方につけるものだって!」


ナラは、上空高く舞い上がった。

エラーラが、その背中に全魔力を注ぎ込む。


「ナラ! 行けぇぇぇッ!!」


「ええ! ……これで、終わりよッ!!」


ナラとエラーラの心が重なる。

二人の物語が、一つの巨大な光の槍となる。

『超・因果改変』!!


ナラの拳が、クロノスの核を貫いた。

時間が止まる。

そして、逆回転を始め――崩壊した。

怪物は光の粒子となって消滅し、歪められた歴史が修復されていく。

オルタ・ナラもまた、光に包まれた。

彼女の顔には、もう修羅の影はない。穏やかな笑顔で、エラーラに手を振っていた。


『ありがとう……お母さん』


世界が、元の形に戻る。


・・・・・・・・・・


夕暮れの王都外れの獣医院。

ボロボロになった二人が、互いに包帯を巻き合っていた。


「痛っ……! もう少し優しく巻いてくださいまし!」


ナラが文句を言う。


「君こそ、私の白衣を破った弁償はどうするんだい?」


エラーラが包帯をきつく締める。


「……ふふ」


「……あはは」


二人は顔を見合わせ、吹き出した。

生きて帰ってきた。

また、この騒がしくて愛おしい日常に。


「ねえ、お母様」


ナラは、包帯を巻き終えると、エラーラに正面から抱きついた。


「……お帰りなさい」


エラーラは、少し驚いた顔をして、それから優しくナラの背中に腕を回した。


「……ただいま、ナラ」


エラーラの匂い。

薬品と、珈琲と、そして汗と土の匂い。

それが、ナラにとっての「世界」の全てだった。


「……大好きよ」


ナラは、エラーラの首筋に顔を埋め、消え入りそうな声で囁いた。

それは、娘としての甘えと、女としての情熱が入り混じった、彼女だけの愛の言葉。


「ああ。……私もだ!」


エラーラは、ナラの頭を撫でた。

言葉にしなくても、伝わっている。

時を超えても、世界が変わっても、この絆だけは決して解けることはない。


「おーい! 二人とも! ご飯できたぞー!」


下からケンジの声がする。


「ハンバーグだそうですわよ!」


ナラが顔を上げる。涙目で、でも満面の笑顔で。


「よし! 今日は勝つぞ! 君の分まで食べてやる!」


「なんですって!? 負けませんわよ!」


二人は手を取り合い、夕飯の待つ食卓へと駆けていく。

過去も、未来も、全部抱きしめて。

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