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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 道民Xフォローして
夢で稼ぐ悪魔たち
159/226

第2話:詐欺への誘い!

ヴェリタス探偵事務所の重苦しい沈黙を、ナラの冷徹な声が切り裂いた。


「……これが調査結果よ。『ウロボロス経済』の全貌だわ」


ナラはホワイトボードに描かれた図式を指示棒で叩いた。

外部からの流入ゼロの、緩やかな自殺にも似た経済循環。

そして、ガロとミミが過去に繰り返してきた、学業、就職、バンド、漫画、小説、声優……ありとあらゆる「努力」からの敵前逃亡の履歴。


突きつけられた現実に、ガロとミミは一瞬だけ言葉を失った。

図星だったからだ。

彼ら自身の心の奥底にある、「本当は自分たちが何者でもない怠け者である」という恐怖の琴線に触れたからだ。

だが、次の瞬間。彼らは防衛本能を作動させた。

「プライド」を守るために、「被害者」という最強の盾を構えたのだ。


「……騙された!」


ガロが震える声で呟き、やがて叫んだ。


「俺たちは騙されたんだ!キリトの野郎、俺の純粋な創作意欲を利用しやがって!」


ミミもボロボロと涙を流し始めた。


「ひどい!私はただ、夢を追いかけただけなのに!悪い大人が、無知な若者を食い物にしたのね!親もそうよ! もっとお小遣いをくれれば、こんな怪しいバイトしなくて済んだのに!社会が悪いのよ! 政治が悪いのよ! 私たちは可哀想な犠牲者なのよ!」


ナラは溜息をつき、彼らに最後の慈悲をかけた。


「……ええ、そうね。キリトは悪党よ。でもね、楽な道ばかり選んで、甘い言葉に乗せられたあなたたち『も』悪いのよ。これを教訓にして……」


その言葉は、彼らにとって免罪符となった。


「そ、そうだ! 俺たち『も』被害者だ!」


「私たちは悪くない! 騙した奴が100%悪いのよ!」


二人は、自分たちの不幸に酔いしれた。

そこには反省など微塵もない。あるのは「自分たちは悲劇の主人公だ」という、心地よい陶酔だけだった。


その時。

事務所の床が揺れた。

雷が落ちたような轟音と共に、オーク材の頑丈なテーブルが真っ二つにへし折れ、木片が飛び散った。


「ヒッ!?」


ガロとミミが飛びのく。

粉砕されたテーブルの中心に、一本のヒールが突き刺さっていた。

リウだ。

彼女はゆっくりと顔を上げた。

いつもは綺麗にセットされている金髪が振り乱れ、極彩色のドレスからは殺気が立ち上っている。

その瞳は、ガロとミミを射抜いていた。

軽蔑でも、憐れみでもない。

「殺意」に近い、純粋な怒りの炎が渦巻いていた。


「……ナラちゃん。訂正なさい」


地獄の底から響くような、低く、ドスの効いた声。


「『も』じゃありませんわ。『も』じゃあ。こいつら『だけ』が悪いですのよォォォォン!!!」


リウの身体がブレた。

次の瞬間、ガロの視界が反転した。

リウの拳がガロの顔面にめり込んでいた。

ガロは吹き飛んで、本棚に激突した。


「ぶべっ!?」


「キャーッ! 暴力!? 警察を……!」


ミミが魔導水晶を取り出そうとする。

リウはその魔導水晶を手刀で叩き割り、裏拳でミミの頬を張り飛ばした。

ミミは独楽のように回転し、床に無様に転がった。

リウは、倒れたガロの胸ぐらを掴み、引きずり起こした。

ガロの顔は鼻血と涙でぐしゃぐしゃだ。


「痛い……痛いよぉ……何するんだよババア……」


「黙りなさいッ!!」


リウは至近距離で絶叫した。唾がガロの顔にかかる。


「お前らよ、さっき言いましたわね? 被害者だと?ふざけンじゃあ、ありませんわッ!お前らは加害者ですのよ!表現への、芸術への、そしてお前ら自身の人生(いのち)への加害者ですわッ!」


リウはガロを床に叩きつけ、ミミの腹を踏みつけた。


「答えなさい!お前の夢は何ですの!?小説家になって、何を伝えたかったんですの!?」


ガロは喘ぎながら、本音を漏らした。暴力の恐怖が、彼の虚飾を剥ぎ取ったのだ。


「……ちやほや……されたかった……」


「あぁ!?」


「実家では……ママもパパも『すごいね、偉いね』って褒めてくれたんだ!なのに社会に出たら……誰も俺を褒めない!ムカつくんだよ!俺は特別なのに!だから作家になれば……先生って呼ばれて……みんなが俺を崇めると思ったんだよぉン!」


幼児のような駄々。

大人の肉体を持った赤ん坊の、醜悪な承認欲求。

リウは次にミミの髪を掴み上げた。


「お前はどうですの!?バンド?声優?いったいぜんたい何がしたかったんですの!?」


ミミも泣き叫びながら吐露した。


「許せないのよ!テレビに出てるアイドルとか声優とか!あんなのただ声出してるだけでしょ!?あんな『楽な仕事』で稼いでみんなに愛されてるのが許せないのよ!私にだって出来るわよ!勉強も努力もしないで、楽してあいつらみたいに愛されたいのよォッ!」


ナラは呆然と立ち尽くした。

これが、彼らの正体だった。

クリエイターへの憧れではない。

「他人が汗水垂らして得た栄光」を、「ズルをして得た不当な利益」だと曲解し、しかも、それを自分も享受する権利があると思い込んでいる、傲慢な、嫉妬の塊。

二人の醜い本音を聞いた瞬間。

リウの目から、大粒の涙が溢れ出した。

彼女は震える拳を握りしめ、天を仰いだ。


「……ああ、なんて……なんて哀れで、気持ちの悪い生き物ですの……」


リウはガロを再び殴りつけた。

今度は、先ほどまでの破壊的な暴力とは違う。

一発一発に、重く、悲しい祈りが込められた拳だった。


「その夢とやらを……わたくしが今ここで、叩き潰してやりますわッ!!」


「お前らが『楽だ』と馬鹿にしたその仕事(せんもんぎょう)はね!魂を削り、寿命を燃やし、孤独な夜を何千回も越えて、ようやく、やっと、誰かの心に届くようになった『奇跡』なんですのよッ!」


リウの叫びは、事務所の壁を震わせた。


「チヤホヤされたい?楽したい?結構ですわ!なら一生、親の脛をかじって部屋に引きこもっていなさい!でもね!表現者の皮を被って、安全圏から石を投げる『評論家』ごっこだけは許しませんわ!それは……『魂』への冒涜だからですわッ!」


リウは二人を抱きしめるようにして、殴り、殴り、また殴った。

ガロとミミは、痛みの中でリウの涙を見た。

自分たちのために、本気で泣き、本気で怒り、本気で拳を振るってくれる他人の存在を、彼らは初めて知った。


「痛いかよ!?苦しいかよ!?痛みこそが現実ですわ!お前らが逃げ続けてきた『現実』の重みですわッ!!親に謝れ!自分の人生(いのち)に謝れ!そして何より、お前らがコケにした『仕事(さくひん)』に、土下座して詫びなさいッ!!」


リウの鉄拳制裁は、1時間にも及んだ。

それは暴力でありながら、歪んで固まった骨を一度砕いて継ぎ直すような、荒療治の手術だった。


夕日が、事務所の中に差し込んでいた。

嵐は去った。

顔を腫らし、血と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったガロとミミが、床に正座していた。

リウは、乱れたドレスを直し、化粧崩れも気にせず、優しく二人に問いかけた。


「……わかりましたか?楽な道なんて、どこにもありませんのよ」


ガロは、腫れ上がった目でリウを見上げ、深く頭を下げた。


「……はい。……痛かったです。でも、目が覚めました。俺は……俺はただの、甘ったれのクズでした。小説なんて書けもしないのに、書けるフリをして、他人を見下して安心したかっただけです」


ミミも、嗚咽しながら言った。


「……ごめんなさい。私、怖かったの。『自分が何者でもないって認める』のが怖くて……。でも、もう逃げません」


リウは微笑み、二人の肩を叩いた。


「よろしい。……家に帰りなさい。そうして、どんな仕事でもいい、汗水垂らして働きなさい。誰かに怒られ、理不尽に耐え、自分の足で立って飯を食う。……それができて初めて、あんた達の魂に『本当の色』が宿りますわ」


二人は立ち上がり、深々と頭を下げた。

そして、夕焼けに染まる街へと歩き出した。

その背中は、以前のような虚飾に満ちたものではなく、小さくとも確かな一歩を踏み出しているように見えた。

リウはその背中を、涙を拭いながら見送った。


「……いい絵になりそうですわ」


ナラも、安堵の表情を浮かべた。


「荒療治だったけど……まあ、最悪の結末は回避できたわね。人間、どん底を見れば変われるものよ」


美しい夕焼け。感動的な結末。大団円。

……そう、ナラとリウは信じていた。



・・・・・・・・・・



それから、半年が過ぎた。

王都の繁華街。

若者たちが溢れかえる広場の一角で、熱心に声をかける男女の姿があった。

パリッとしたスーツを着こなした狼獣人の男と、清楚なオフィスカジュアルに身を包んだ兎獣人の女。

ガロと、ミミだった。

彼らの顔色は良く、以前のようなドブ川のような色はしていない。

代わりに、「メッキのような、安っぽい金色」に輝いていた。

ガロは、夢に悩む若者の肩を抱き、熱っぽく語りかけていた。


「わかるよ、君の気持ち。僕も昔は君と同じだった。才能があるのに、社会が認めてくれなくて、苦しんでいたんだ」


彼は懐から、一冊の小冊子を取り出した。


「でもね、ある『メソッド』に出会って人生が変わったんだ。見てくれ。僕は今、こうしてベストセラー作家として活動している。努力? 修行?ははは、そんなのは『才能のない愚者がやる徒労』だよ。君のような天才には、もっと効率的な『近道』があるんだ」


ミミもまた、声優志望の少女の手を握りしめていた。


「そうよ! 私も以前は、辛い下積みがなきゃデビューできないって騙されてたの。でもある日、気づいたの。『正しい環境』に身を置けば、翌日には主役になれるんだって!私、今度、セミナーが作った5分アニメの主役に決まったのよ!」


少女の目が輝く。

ミミは満面の笑みで、契約書を差し出した。


「本当よ。あなたも私たちと一緒に『夢』を叶えましょう?初期費用は少しかかるけど、すぐに回収できるわ」


彼らが渡している名刺には、こう書かれていた。

『クリエイティブ・ネクサス シニア・マネージャー』。

そう。

彼らは真人間に戻ったのではない。

リウに殴られたあの日、彼らは学んだのだ。


「夢を追うのは痛い」と。


「努力するのは辛い」と。


そして


「一番楽なのは、夢を見ている馬鹿から金を巻き上げる側に回ることだ」と。


彼らは、自分たちが搾取される「カモ」から、他人を搾取する「ハンター」へと鞍替えしたのだ。

リウの鉄拳制裁は、彼らの怠惰を矯正するどころか、むしろ、「暴力と支配の構造」を体に叩き込む結果となってしまった。

「殴られる側」から「殴る側」へ回ればいいのだと、彼らは歪んだ学習をしてしまったのだ。

ガロが、契約書にサインする若者を見て、ミミに耳打ちする。


「へへっ、チョロ。今月のノルマ達成」


ミミもクスクス笑う。


「リウのババアに感謝しなきゃね。あの暴力のおかげで、私たちは『強者』の理屈を理解できたんだから」


二人は、カモを連れて雑居ビルへと消えていく。

その背中は、以前よりも自信に満ち溢れ、そして以前よりも遥かに深く、救いようのない闇に染まっていた。

ヴェリタス探偵事務所では、何も知らないリウが、新しい絵を描いていた。

タイトルは『再生の詩』。

泥の中から芽吹く、美しい若芽の絵。

その絵が、現実の残酷さを際立たせるように、虚しく輝いていた。

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