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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
嫉妬が放つ人間爆弾
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第3話:嫉妬が放つ人間爆弾(3)

バダの自爆テロから数日後。王都の空気は冷え切っていた。

瓦礫の撤去が進む地下闘技場の跡地には、献花台が設けられていたが、そこに供えられる花よりも、投げつけられる石の方が多いのが現実だった。


『英雄アリオス、横領の共犯か?』


『管理責任を問う声、高まる』


『子供たちを見殺しにした「太陽」』


新聞の見出しは、アリオスを断罪する言葉で埋め尽くされていた。

市民たちは、彼を悪人だとは信じたくなかった。だが、あまりにも杜撰な金銭管理と、側近の暴走を見過ごしていた事実が、彼らの疑念を膨らませていた。

「知らなかった」では済まされない。無知は、権力を持つ者にとっては罪なのだ。

獣医院の一室。

アリオスは、ベッドの上で膝を抱えていた。

かつての輝きは消え、無精髭を生やし、目は虚ろだ。


「……僕が、殺したんだ」


アリオスは、自分の手を見つめて呟いた。

バダも、子供たちも。僕が「面倒くさい」と目を背けた結果、失われた命。


「……そうね。否定はしませんわ」


ナラは、着替えの包帯を置きながら冷淡に言った。

慰めはしない。

ここで慰めれば、彼は一生「可哀想な被害者」のままで終わる。


「でも……まだ、終わっていないことがあるでしょう?」


「……終わっていない?」


「ガロット公爵よ」


ナラの言葉に、アリオスの肩が震えた。

全ての黒幕。バダを唆し、子供たちを爆弾に変えた男。

彼は混乱に乗じて王都を脱出し、国境付近の砦に立てこもっているという情報が入っていた。

彼の手元には、まだ「人間爆弾の製造データ」が残されている。


「……警察も騎士団も、世論を気にして動けませんわ。英雄を担ぎ上げた手前、公爵との癒着が暴かれるのを恐れているのよ」


ナラは、アリオスの前に剣を置いた。

彼が愛用していた、白銀の聖剣。


「行くなら、一人で行きなさい。……あたしもお母様も、手出しはしません」


「……一人で?」


「ええ。……これは、あんたが自分で拭わなきゃならない尻ですもの」


アリオスは、剣を見つめた。

重い。

かつては羽のように軽く扱っていた剣が、今は地球ほどの重さに感じられる。

それは「責任」の重さだった。


「……分かった」


アリオスは剣を握った。

震えが止まる。


「行ってくる。……僕の『物語』を取り戻すために」


国境の古砦。

ガロット公爵は、私兵団と数台の魔導戦車に守られ、高笑いしていた。


「愚かなアリオスめ! 失脚した今、貴様になど何の力もない!」


公爵は、隣国への亡命準備を進めていた。

爆弾のデータを売り渡せば、巨万の富が得られる。

その砦の正門に、たった一人の男が現れた。

鎧は着ていない。ボロボロのシャツに、一本の剣。

アリオスだ。


「……ガロット。償ってもらうぞ」


「撃て! 殺せ! ただの元・英雄だ!」


砲撃が開始される。魔法の雨が降り注ぐ。

だが、アリオスは退かなかった。

バダが作ってくれた「華やかな演出」も、ナラの「助言」もない。

ただ、自分の目で見極め、自分の足で踏み込み、自分の腕で斬る。


「うおおおおおおッ!!」


アリオスは走った。

砲弾が近くで炸裂し、破片が頬を切り裂く。

兵士の槍が脇腹を貫く。

痛い。熱い。

だが、その痛みが、彼に「生きている」ことを実感させた。

今まで、どれだけバダに守られ、現実から隔離されていたかを知る。


「邪魔だァッ!!」


アリオスは、魔導戦車の砲身を叩き斬った。

技術ではない。気迫だ。

綺麗な剣技などかなぐり捨て、泥臭く、獣のように暴れ回る。


「な、なんだあいつは!? あんな野蛮な戦い方は……!」


公爵が慄く。


「これが……! 俺の『当事者』としての戦いだ!!」


アリオスは、傷だらけになりながら本丸へ突入した。

私兵たちをなぎ倒し、公爵の喉元に剣を突きつける。


「ひぃッ! ま、待て! 金ならある! バダの借金も帳消しに……!」


「金なんていらない」


アリオスは、公爵の持っていたデータディスクを奪い取り、その場で踏み砕いた。


「僕が欲しかったのは……。失った信頼と、覚悟だけだ」


アリオスは、公爵を斬らなかった。

代わりに、公爵の襟首を掴み、王都まで引きずって歩き出した。

血の跡を点々と残しながら。

それは、誰のお膳立てでもない、彼自身が勝ち取った、初めての勝利だった。


アリオスが公爵を伴って戻った時、王都は静まり返っていた。

満身創痍の英雄。

だが、その目は以前のような「盲目の輝き」ではなく、地に足のついた「人間の光」を宿していた。

彼は公爵を警察に突き出すと、そのまま倒れ込んだ。

搬送された先は、獣医院。


「……よくやったわね」


目が覚めると、ナラが包帯を巻いてくれていた。


「ガロットは全て自白したわ。……あんたの疑いは晴れた。世論も『孤独に戦った英雄』として、手のひらを返してる」


「……そうか」


アリオスは、天井を見上げた。

名誉は戻った。

だが、失われたものは戻らない。

バダも。子供たちも。


「……ナラさん。……僕、生きる資格あるのかな」


「あるともさ。」


答えたのは、ナラではなく、実験室から出てきたエラーラだった。

彼女は、疲労困憊の様子で、しかし満足げな笑みを浮かべていた。


「君がガロットを捕らえている間に……。私は『論理的な奇跡』の準備をしていたんだ」


「……奇跡?」


エラーラは、アリオスを地下の保管室へと案内した。

そこには、あの日爆発した子供たちの「遺留品」や、現場の空気を封じ込めたカプセルが並んでいた。

そして、中央には巨大な魔導装置。


「いいかい、アリオス君。……あの爆弾は『生体魔力感応式』だった。つまり、爆発の瞬間、彼らの肉体は『魔力』に変換されて飛散したのだ」


エラーラは、黒板に複雑な数式を書き殴った。


「……エネルギーは消滅しない。形を変えるだけだ。ならば、飛散した魔力パターンを全て回収し、逆演算で再構成すれば……」


「……まさか」


「その『まさか』だよ」


エラーラがスイッチを入れる。

装置が唸りを上げ、光の粒子が渦を巻く。

王都中に拡散していた「子供たちの魂のデータ」が、吸い寄せられてくる。

そして、光の中から――。


「……あれ? ここどこ?」


「ママ……?」


子供たちが、姿を現した。

五体満足で。

傷一つなく。


「……あ……あ、あぁ……!!」


アリオスは、腰を抜かした。

夢かと思った。

だが、子供たちの体温は本物だった。


「最初の犠牲者……君の腕の中で爆発した子も、復元できたよ」


エラーラが、一人の少年を連れてきた。

アリオスは、少年を抱きしめ、号泣した。


「ごめん……! ごめんね……!」


「アリオス様? 泣かないで?」


「……反則ですわよ、お母様」


ナラが、涙を拭いながら苦笑する。


「ふん。……私が本気を出せば、神の領分さえ侵犯できるという証明さ。……もっとも、私の魔力が少々持っていかれたがね」


エラーラは平然と言ったが、その手は震えていた。

彼女もまた、必死だったのだ。

娘の友人が、絶望したまま終わるのを見たくなかったから。

バダだけは、戻らなかった。

彼は自らの意志で命を燃やし尽くしたため、魂のデータが破損していたのだ。

それが、彼に残された最後の「罰」であり「救い」だったのかもしれない。


数ヶ月後。

アリオスは、完全に復帰していた。

だが、彼は変わった。

彼は、自身の財産の半分を、王立アカデミーと孤児院に寄付した。

そして、残りの半分を使って、小さな個人事務所を設立した。

スタッフは雇ったが、金銭管理と最終決定は、必ず自分で行うようにした。

夜な夜な、老眼鏡をかけて帳簿と格闘する英雄の姿が、そこにはあった。

夕暮れの獣医院。

ナラは、久しぶりに訪ねてきたアリオスに、コーヒーを出した。


「……少し、老け込みましたわね」


ナラが軽口を叩く。


「ああ。……数字を見るのがこんなに疲れるとは知らなかったよ」


アリオスは苦笑したが、その顔は以前よりもずっと精悍だった。


「でも、気分はいいんだ。……自分で稼いで、自分で使って、自分で責任を取る。当たり前のことだけど、生きている実感がする」


アリオスは、コーヒーを一口飲んだ。


「ナラさん。……君の言った通りだったよ」


「何が?」


「『信頼』と『丸投げ』は違う。……僕は、バダを信じていたんじゃない。彼に依存して、考えることを放棄していただけだった」


アリオスは、窓の外を見た。

街は平和だ。

だが、その平和を守るためには、剣を振るうだけでなく、泥臭い「確認」と「管理」が必要なのだと、彼は知った。


「……教訓は見つかりまして?」


ナラが問う。

アリオスは、迷いなく答えた。


「自分の人生の『監査』は、自分自身でし続けなければならない。たとえ相手が、誰であろうとも」 


「……合格点ね」


ナラは微笑んだ。


「信頼とは、盲目になることじゃない。……疑って、確認して、それでも背中を預けられる相手とだけ結ぶ契約のことよ」


「ああ。……肝に銘じるよ」


アリオスは席を立った。

彼にはもう、マネージャーはいない。

スケジュールも、戦う敵も、自分の意志で決める。


「ありがとう、ナラさん。エラーラ先生」


アリオスは深々と頭を下げ、店を出ていった。

夕陽に向かって歩くその背中には、かつてのような「作られた輝き」はない。

だが、地面を踏みしめる足音は、誰よりも力強かった。

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