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第2話:見苦しい鼠の侵略!

広場の中央。

無数の死体と、まだ息のある負傷者たちが積み重なった山の上で。

一人の男が立ち上がった。

アグリー・ワン(見苦しいネズミ)と名乗る彼は、右手に聖書、左手に銃、背中に環境保護の旗を背負い、口には愛国者のマスク、足にはリベラルのスニーカーを履いていた。

服装だけではない。彼の脳内では、王都中のあらゆる過激思想が融合し、一つの「答え」に達していた。

男は、大音量の拡声器で演説を始めた。


『民衆よ!聞け!我は到達した!』


彼の声は、歓喜に震えていた。


『右も左も、神も科学も、全ては争いの種だ! ならば、争いをなくす唯一の方法とは何か!?』


群衆が、血走った目で彼を見上げる。

男は、恍惚とした表情で、狂気の結論を叫んだ。


『全人類が、被害者になればいいのだ!!』


『加害者がいるから争いが起きる!ならば、全員が「私は可哀想だ」「私は傷ついた」と叫び、互いに互いを攻撃し続ければ、世界は「被害者」だけで埋め尽くされる! 誰もが弱者! 誰もが正義! これぞ完全なる平等! 被害者デモクラシーの完成だ!』


狂っている。

だが、広場の群衆は、その言葉に熱狂した。


「そうだ! 俺は被害者だ!」


「私の方が可哀想だ!」


「僕を傷つけた世界が悪い!」


彼らは武器を手に取り、無差別に隣人を殴り始めた。

殴りながら叫ぶ。「痛い! 殴った手が痛い! お前の顔が硬いせいだ! 謝れ!」

刺しながら叫ぶ。「怖い! 返り血が怖い! お前が血を流すから僕がトラウマを負った! 賠償しろ!」

加害行為を行えば行うほど、彼らは自分が「被害者」であるという確信を深めていく。

「自分は正しい」「自分は傷ついている」「だから何をしても許される」。

その無敵の論理が、王都を埋め尽くした。

ナラは、鉄扇を握りしめた手が白くなるのを感じた。

怒りではない。恐怖でもない。

底知れぬ「虚無」への戦慄。


「……何よ、これ」


ナラは呟いた。


「これが、あんたたちの守りたかった『物語』なの? 自分の都合のいいように解釈して、他人を悪者に仕立て上げて、自分だけが安全圏で泣き喚く……。そんなの、赤ちゃんの夜泣き以下じゃない!」


エラーラが、つまらなそうに言った。


「幼児退行だよ、ナラ。複雑な社会に耐えられなくなった脳が、最も原始的な『不快=敵』という反応に逃げ込んだんだ。……さて、どうする? この巨大な託児所(地獄)を」


ナラは、演説を続ける男を見据えた。

彼は今、この狂った世界で最も支持される「カリスマ」となっていた。

彼を倒せば、この熱狂は止まるのか? いや、別の誰かが「あいつは殉教者だ」と叫び、新たな神輿になるだけだ。

論理では勝てない。

武力でも制圧しきれない。

なぜなら、彼らは「弱者」という最強の鎧をまとっているからだ。攻撃すれば、「強者が弱者を虐げた!」と、さらに彼らの正当性を強化してしまう。

ナラは、大きく息を吸い込んだ。

そして、懐から通信機を取り出し、ある場所へと繋いだ。


「……もしもし、カレル警部?」


『ナ、ナラ君か! 今、署の前がデモ隊に包囲されて……!』


「警部。今すぐ、王都全域の『魔導放送網』をジャックして。私の声を、街中に流すの」


『な、何を言うつもりだ? 説得か?』


「いいえ」


 ナラは、冷酷な笑みを浮かべた。


「説得なんて通じる相手じゃないわ。……だから、『ネタバレ』してやるのよ」


「……止めるしかないわね」


ナラティブ・ヴェリタスは、屋根から飛び降りた。

彼女の目の前では、右翼と左翼、環境団体、宗教団体が入り乱れ、血みどろの乱闘を繰り広げている。

ナラは、その中心へと躍り出た。


「いい加減になさい! あんたたち、自分が何をしてるか分かってるの!?」


ナラは鉄扇を開き、魔力を込めて一喝した。

その声は、戦場の喧騒を一瞬だけ切り裂いた。

数人の男たちが手を止め、ナラの方を向いた。


「なんだ、女?」


「邪魔をするな! 我々は崇高な戦いをしているのだ!」


右翼の男が、血走った目でナラを睨む。

左翼の女が、ヒステリックに叫ぶ。


「聞く耳を持たないなら、力ずくで止めるわよ!」


ナラは鉄扇を構えた。彼女の実力なら、この場の数十人程度は軽く制圧できるはずだった。

だが、現実は甘くなかった。


「こいつは敵だ! 我々の正義を否定する『絶対悪』だ!」


「殺せ! 異端審問だ!」


ナラの登場は、彼らにとって「共通の敵」の出現を意味した。

それまで殺し合っていたはずの右翼と左翼が、環境団体と宗教団体が、一斉にナラへと矛先を向けたのだ。

数百人の狂気が、一つの塊となってナラに襲いかかる。


「くっ……!」


ナラは鉄扇で防御し、襲いかかる刃や魔法を弾き返す。

だが、多勢に無勢。

全方位からの攻撃に、ナラはじりじりと追い詰められていく。


「なぜ分からないの! あんたたちは、同じ穴の狢だって言ってるのよ!」


ナラは叫びながら、一人の男の腕を捻り上げた。

だが、その男は痛みに顔を歪めながらも、恍惚とした表情で叫んだ。


「痛い! 痛いぞ! 俺は傷つけられた! だから俺は正しい! 俺は被害者だァァァッ!」


「なっ……!?」


ナラは愕然とした。

彼らは、痛みすらも「自らの正当性」の証明として消費している。

暴力を振るわれること自体が、彼らにとっては快感であり、燃料なのだ。


「こいつら……! 話が通じないどころか、痛覚までバグってるの!?」


ナラの焦りを突いて、背後から魔法弾が直撃した。


「きゃあっ!」


ナラは吹き飛ばされ、瓦礫の中に転がった。

ドレススーツが破れ、肌に擦り傷ができる。

すぐに立ち上がろうとしたが、群衆が雪崩のように押し寄せてきた。

彼らの目は、もはや人間のものではなかった。


「見たか! 我々の団結の力を!」


「正義は勝つ! 悪を滅ぼせ!」


ナラは、泥まみれになりながら、空を見上げた。

彼女の視界を、狂気に満ちた人々の顔が覆い尽くす。

彼らは、ナラを殺そうとしているのではない。

ナラという「異物」を排除することで、自分たちの「物語」を完成させようとしているのだ。


(……無理、ね……)


ナラは、悟った。

言葉も、力も、理性も、この圧倒的な「集団幻覚」の前では無力だ。

彼らを止めるには、彼らの信じている「世界」そのものを壊すしかない。


「……ルル、エラーラ。聞こえる?」


ナラは、瓦礫の下で通信機を握りしめた。

彼女の声は、冷静さを取り戻していた。


「プランBよ。……この茶番劇、強制終了させるわ」


ナラは、群衆の隙間から這い出し、情報タワーへと向かった。

彼女の背中には、もはや迷いはなかった。


数分後。

王都中のスピーカー、街頭ビジョン、個人の魔導端末が、一斉にノイズを走らせた。

殺し合い、罵り合っていた人々が、ふと手を止める。

画面に映し出されたのは、瓦礫の上に優雅に座り、珈琲、ではなく紅茶を飲むナラティブ・ヴェリタスの姿だった。


『ごきげんよう、王都の皆様。……楽しそうね、被害者ごっこ』


ナラの声は、冷ややかだった。挑発的ですらなかった。ただ、駄々をこねる子供を見るような、絶対的な「大人」の視線。


『あんたたちが信じているその「正義」。……それ、全部「パクリ」よ』


ざわめきが走る。

演説していた男が叫ぶ。「何を言う! これは我々の魂の叫びだ!」


『違うわね。……ルル、データを出して』


画面が切り替わる。

映し出されたのは、過去数十年分の新聞、雑誌、SNSのログデータだった。


『右翼のおじさん。あんたが叫んでる「愛国スローガン」。それ、30年前の隣国の独裁者が言った言葉の丸パクリよ。出典すら知らないの?』


『左翼のお姉さん。あんたの「人権宣言」。それ、先週流行った三流小説のセリフの継ぎ接ぎね。文法が間違ってるわよ』


『そこの環境団体のリーダー。あんたの着てる「自然素材の服」、化学繊維100%の工場大量生産品よ。タグ見なさいよ』


ナラは、淡々と、残酷な事実ファクトを突きつけていく。

彼らが「自分の魂」だと思っていたものが、実は誰かの受け売りであり、コピペであり、商業的に作られた安っぽいフレーズでしかないことを。


『あんたたちには、自分だけの物語ナラティブなんてない。誰かが作った「気持ちよくなれる台本」を拾って、役になりきって踊ってるだけのエキストラよ』


ナラは、画面越しに視聴者を指差した。


『見てごらんなさい、自分の顔を。鏡がないなら、隣の奴の瞳を見ればいいわ』


人々は、互いの顔を見た。

そこにあるのは、崇高な戦士の顔ではなかった。

借り物の言葉で武装し、興奮して鼻水を垂らし、充血した目で喚き散らす、醜悪なピエロの顔だった。


『ダサいわよ。あんたたち。』


「……でも!」


『でも?……モテなそう。』


ナラの一言が、トドメだった。

悪だと言われれば反発できた。間違っていると言われれば議論できた。

だが、「ダサい」「パクリ」「エキストラ」という言葉は、彼らの肥大化した承認欲求を、最も惨めな形で粉砕した。

広場の演説男が、膝から崩れ落ちる。


「俺は……俺はオリジナルだ……俺は特別なんだ……」


武器を持っていた人々が、恥ずかしそうにそれを隠す。

熱狂が、急速に冷めていく。魔法が解けたかのように。

ナラは、通信を切った。

瓦礫の上で、彼女はふぅ、と息を吐いた。


「……疲れるわね。馬鹿の相手は」


エラーラが、感心したように拍手した。


「見事だ。論理でも武力でもなく、『羞恥心』という原始的な感情で暴走を止めるとは。……やはり君は、人間の専門家だ」


ルルも頷く。


「あの人たち、一番恐れているのは『死ぬこと』じゃなくて、『イタい奴だと思われること』でしたからね」


騒乱は収束した。

王都はボロボロになり、人間関係はズタズタになった。

人々は、気まずそうに瓦礫を片付け、二度と「思想」や「正義」を口にしなくなった。


彼らは今も、強烈な「賢者タイム」の中にいる。

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