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【5位】異世界探偵ナラティブ・ヴェリタス  作者: り|20↑|札幌
ナラティブ・ヴェリタス短編集
14/73

第14話:都市の開発と、一輪の花!

王都の休日は、珍しく晴れ渡っていた。

しかし。


「……殺風景ですわね」


漆黒のドレススーツを着たナラティブ・ヴェリタスは、レジャーシートの上で優雅に足を崩し、周囲を見渡してため息をついた。


「文句を言うなよ、ナラ君。ここは『都市計画予定地』だ。……何もないということは、何でも描けるキャンバスということさ」


白衣のマッドサイエンティスト、エラーラ・ヴェリタスは、サンドイッチを片手に、楽しそうに笑った。


「それに、君と一緒なら、砂漠の真ん中だってオアシスに見えるよ」


「わ。……い、いきなり何を言いますの!?」


ナラは顔を真っ赤にして、サンドイッチを喉に詰まらせかけた。

この「母親」は、時々こういうキザな台詞を無自覚に吐くから心臓に悪い。


「ほら、口元にマヨネーズがついているよ」


エラーラが指を伸ばし、ナラの唇を拭う。

その指先が触れただけで、ナラの全身に電流が走る。


「……子供扱いしないでくださいまし」


ナラは拗ねたふりをしながら、エラーラの指を――もちろん、ほんの一瞬甘噛みしたかったが――払いのけた。


「と、とにかく!せっかくのピクニックですのよ。もっとこう、お花畑とか、小鳥のさえずりとか、ロマンチックな要素が必要ですわ!」


「ふむ。論理的に考えて、この土壌汚染レベルでは植物の生育は困難だね。……だが」


エラは、ナラの肩に頭を預けた。


「君のドレスの黒は、どんな花よりも美しいよ」


「……もう! 黙って食べなさい!」


ナラは照れ隠しに、バスケットから特製の唐揚げを取り出し、エラの口にねじ込んだ。

平和だ。

コンクリートの荒野であろうと、二人でいればそこは楽園になる。

……はずだった。


突如、地面が微振動を始めた。

レジャーシートの上のティーカップがカタカタと揺れ、紅茶が波紋を描く。


「……地震?」


ナラが警戒して立ち上がる。


「いや、違う。……この振動パターンは、物理的な地殻変動ではない。地下からの魔力干渉だ! ……来るぞ、ナラ!」


二人が座っていた場所のアスファルトが爆ぜた。

裂け目から飛び出してきたのは、巨大な植物――ではない。

鉄筋とコンクリート、そして錆びた有刺鉄線が絡み合ってできた、醜悪な「イバラ」の怪物だった。


『……ジャマダ……。ドケ……。ハナハ……イラナイ……』


怪物は、アスファルトの破片を撒き散らしながら、巨大な触手を振り上げた。

その切っ先が、ナラたちが広げていたお弁当――エラが徹夜で計算して作ったサンドイッチと、ナラが早起きして揚げた唐揚げ――を狙う。


「あっ……!」


無慈悲な一撃が、ランチを粉砕した。

卵サンドが飛び散り、唐揚げが泥にまみれる。

時が止まった。

ナラは、潰れたサンドイッチを見つめた。

そして、ゆっくりと顔を上げた。

その瞳から「淑女」の色が消え、地獄の底から這い上がってきた「修羅」の色が宿る。


「……よくも」


ナラの周りの空気が、怒りで歪む。


「お母様が……作ったサンドイッチを……」


「あたしが……二度揚げした唐揚げを……」


ナラは、鉄扇を抜き放った。

鋼鉄の扇が開く音が、戦いのゴングとなる。


「万死に値しますわよ、この三流ガラクタァァァッ!!」


『ハイジョ……ハイジョ……』


怪物が再び触手を振り下ろす。

その質量は数トン。直撃すれば人間など肉片になる。

だが。


「遅いッ!」


ナラは一歩も退かなかった。

彼女は正面から踏み込み、振り下ろされる鉄筋の触手を、鉄扇一本で受け止めた。

凄まじい火花が散る。

地面が陥没する。

だが、ナラは微動だにしない。細い腕一本で、数トンの質量を支えきっている。


「お母様! 解析を!」


ナラが叫ぶ。


「了解だ! 私のランチを邪魔した罪、数式で償わせてやる!」


エラは、ナラの背後に飛び込み、背中合わせに立った。

彼女は『因果抽出式・時間逆行注射器』を構え、怪物の本体を狙う。


「ナラ君! 奴の核は地下深くだ! 根っこを引きずり出せ!」


「無茶言いますわね! ……でも!」


ナラは、受け止めていた触手を弾き返し、逆にその鉄筋を素手で掴んだ。


「あたしを誰だと思ってまして!?」


ナラは全身に魔力を巡らせた。

身体強化。筋力増大。

ドレスの袖が張り詰め、筋肉が躍動する。


「んんんんんッ……ふんッ!!」


ナラは、大地に根を張るコンクリートの怪物を、鉄筋ごと一本背負いで引っこ抜いた。


「……化け物だねぇ……」


エラが感心しながら、宙に浮いた怪物の本体めがけて跳躍した。


「成分、抽出ッ!」


空中でシリンジを突き刺す。

怪物が悲鳴を上げ、灰色の液体が吸い出されていく。

怪物は空中で霧散し、ただの瓦礫の山となって落下した。

ナラは優雅に着地し、乱れた髪を直した。


「……ふん。ランチの恨み、思い知りましたか」


「解析完了だ」


エラが着地し、シリンダーの中身を確認する。

その表情が、怒りから哀しみへと変わる。


「……これは、切ないねぇ」


エラがタブレットに投影した映像。

それは、30年前のこの場所だった。

まだ開発が進んでいない頃、ここは小さな空き地だった。

そこで、一人の老人――ポルポが、たった一人で花を育てていた。


「彼は、妻を亡くした後、荒れ果てたこの街に『色』を取り戻そうとしていたんだ。毎日水をやり、雑草を抜き……ようやく、小さな花壇が完成した」


映像の中で、色とりどりの花が咲き誇っている。

ポルポ爺さんは、それを孫のように愛でていた。

だが、ある日。

「区画整理」という名目で、役人たちがやってきた。

彼らは無表情で、ブルドーザーを引き連れていた。


『ここは道路になる。邪魔だ』


ポルポは必死に抵抗した。


「待ってくれ! この花は、もう少しで種をつけるんじゃ!」


「知ったことか。効率的な都市計画のためだ」


役人――開発局長バラストは、冷酷に指示を出した。

ブルドーザーが唸りを上げ、花壇を踏み潰していく。

花が散り、茎が折れ、土がコンクリートの下に埋められていく。

ポルポは、泥まみれになって泣き叫び、そして失意のうちにこの場所を去った。


「……小さな幸福を、効率という名の暴力で、塗り潰す」


エラーラが、ギリッと歯を食いしばった。


「許せんね。……一輪の花の価値も分からない無粋な輩が、都市を作る資格などない」


「同感ですわ!」


ナラは、潰れたサンドイッチの残骸を拾い上げた。

食べ物を粗末にされた怒りと、ポルポ爺さんの無念が重なる。


「お母様。……送ってくださいまし」


ナラは首筋を差し出した。

その瞳は、冷たく燃えていた。


「その無粋なブルドーザー……。あたしがスクラップにして差し上げますわ」


「頼んだよ、ナラ。……花と、愛と、ランチの復讐だ!」


灰色の液体が魔導回路に注入される。

ナラの意識が、30年前の工事現場へと飛んだ。



30年前。

エンジンの轟音と、土埃。


「やめてくれぇぇぇ!」


ポルポ爺さんが、花壇の前に立ちはだかっていた。

その向こうから、巨大な黄色い怪物――ブルドーザーが、排気ガスを撒き散らして迫ってくる。


「往生際が悪いぞジジイ! 引っ込んでろ!」


開発局長バラストが、メガホンで怒鳴る。


「進め! 時間がないんだ!」


ブルドーザーの排土板が、ポルポと花壇を飲み込もうとした。


(……間に合った!)


上空から、漆黒の流星が降ってきた。


ナラティブ・ヴェリタスだ。


「ごめんあそばせぇぇぇッ!!」


ナラは、ブルドーザーの排土板の上に、両足で着地した。

凄まじい衝撃で、重機の前輪が浮き上がる。


「な、なんだ!?」


運転手が悲鳴を上げる。


「そこまでですわ、鉄屑さん」


ナラは、排土板の上に仁王立ちし、運転席の男を睨みつけた。


「花を踏むなんて……。庭師の風上にも置けませんわよ?」


「だ、誰だ貴様は!?」


バラストが駆け寄ってくる。


「通りすがりの、ガーデニング・アドバイザーですわ」


ナラは、優雅に鉄扇を開いた。


「この花壇は、この街の宝ですの。……それを壊そうとする無粋な輩には、教育が必要ですわね」


「ふざけるな! 公務執行妨害だぞ!」


バラストが叫ぶ。


「やれ! その女ごと埋めてしまえ!」


ブルドーザーが再び唸りを上げる。

エンジン全開。数十トンの鉄塊が、ナラを押し潰そうとする。


「力比べ? ……いい度胸ですわ」


ナラは、鉄扇を懐にしまった。

そして、排土板の縁に手をかけ、腰を落とした。


「お母様直伝の、身体強化魔法……フルドライブ!!」


ナラの全身から、赤いオーラが噴き出す。

彼女は、迫りくるブルドーザーを、正面から受け止めた。

金属が軋む音。

タイヤが空転し、白煙を上げる。

だが、ブルドーザーは進まない。

たった一人の女性が、素手で重機を押し留めているのだ。


「ば、馬鹿な……! 人間か!?」


バラストが腰を抜かす。


「人間ですわよ。……ただ、少しばかり『愛』が重いだけですわ!」


ナラは、一歩踏み込んだ。

ミシミシとアスファルトが割れる。


「花一輪も愛せない人間に……街を作る資格なんてありませんのよォォォッ!!」


ナラは、気合と共にブルドーザーを持ち上げた。


「空を飛びなさいッ!!」


ナラは、ブルドーザーを背負い投げた。

数トンの重機が宙を舞い、ひっくり返って地面に激突する。

運転手とバラストが、衝撃で吹っ飛ぶ。

静寂が戻る。

ナラは、息一つ乱さずに、ポルポ爺さんの方を向いた。


「……怪我はありませんか? お爺様」


ポルポは、口をパクパクさせていた。


「あ、あんた……女神様か……?」


「いいえ。ただの通りすがりですわ」


ナラは、踏み荒らされかけた花壇を見た。

端の方は少し潰れてしまったが、中心の花たちは無事だ。

小さな、色とりどりの命。


「綺麗なお花ですわね」


ナラは屈み込み、花に触れた。


「守ってくれて、ありがとう」


「い、いや……わしは……」


「あんたの『好き』という気持ちが、あたしを呼んだのよ」


ナラは立ち上がり、ポルポに微笑んだ。


「咲かせ続けなさい。……この花は、いつか街中を埋め尽くすわ」


ナラの体が光に包まれる。

タイムリミットだ。


「……水やりを忘れずにね」



「……ッは!」


ナラが目を開けると、現代に戻っていた。

足元には、潰れたサンドイッチの残骸……は、なかった。


「……あれ?」


ナラは周囲を見渡した。

そこは、灰色のコンクリートの荒野ではなかった。

一面の、花畑だった。

赤、青、黄色。

色とりどりの花が咲き乱れ、蝶が舞い、小鳥がさえずっている。

かつての殺風景な埋立地は、美しい「公園」へと変貌していた。


「……すごい」


「大成功だね、ナラ君」


エラーラが、ベンチに座って待っていた。

その手には、無事だったバスケットと、新しいサンドイッチがある。


「ポルポさんは、あの日からこの場所を守り抜いた。……市の計画は変更され、ここは『ポルポ記念公園』として残されたんだ」


エラーラは、公園の入り口にある石碑を指差した。

そこには、花に水をやる老人のレリーフと共に、こう刻まれていた。


『花を愛する心こそ、真の豊かさである』


「……素敵な言葉ね」


ナラは、花畑の中を歩いた。

花の香りが、風に乗って漂ってくる。

それは、かつてのヘドロの臭いとは正反対の、命の香りだった。


「……お母様」


「なんだい?」


「ここなら、最高のピクニックができますわね」


ナラは、花の中にレジャーシートを広げ直した。

今度は、揺れることも、爆発することもない。


「さあ、仕切り直しですわ! ……あーん、してくださいまし」


ナラは、新しいサンドイッチを差し出した。


「やれやれ。……君は甘えん坊だねぇ」


エラーラは苦笑しながらも、口を開けた。


「……美味しい?」


「ああ。世界一だ」


ナラは、エラーラの膝に頭を乗せて、青空を見上げた。

視界の端には、揺れる花々。

そして、愛する人の顔。


「……あたしたち、最強のヒーローね」


「違いない。……悪を挫き、花を愛で、ランチを楽しむ。完璧な正義の味方だ」


二人の笑い声が、花畑に響き渡る。

壊された花壇は蘇り、コンクリートの街に色が戻った。

ナラティブ・ヴェリタスと、エラーラ・ヴェリタス。

彼女たちが通った後には、必ず「物語」の花が咲く。

それは魔法よりも強く、鋼鉄よりも硬い、優しさという名の奇跡だった。

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